魔女の瞳はにゃんこの目・3 −9−
びょり 様
その頃化物部屋に閉じ込められた少年は、正真正銘絶体絶命のピンチに陥っていました。
鏡の円の結界で身を護られてるものの、周りはおどろおどろしい化物共が隙間無く囲んでいます。
打って出ようにもルフィ達の攻撃は摺り抜け、逆に化物からの攻撃は喰らうのですから、どうする事も出来ません。
薄ら笑いを浮かべるウソップを真ん中に、3人は長い間身を寄せ合って、じっと座り込んで居ました。
「…さてどうする?結界の中に居りゃ安全っつっても、この追い詰められた状況で夜を明かすっつうのは、精神衛生上宜しくないぜ」
「1晩こいつらに囲まれて笑われてるなんて気分わりーよ!ぜってーぶちのめして泣かしてやる!」
「アハアハアハハハハハハハハアハアハアハハァ〜〜〜〜〜〜〜♪」
「同感だ!しかし外へ出て勝負しようにも、俺達の攻撃はスルーされちまう。どうしたもんかね」
「パンチが当たんなきゃケンカになんねーし…う〜〜〜〜ん」
「大人しく朝までこの中で眠って居ようぜェ〜♪悪い夢でも見てると思ってよォ〜♪そうすりゃ部屋から出して貰えて、地図も手に入るんだろォ〜?命有っての物種、わざわざ勝ち目の無ェ勝負を買うのは止そうぜェ〜♪」
放心して笑うウソップの手の中で、ランプの火が次第に弱々しくなり、遂には消えてしまいました。
それを見たウソップが堰を切った様に泣き出します。
彼には消えた火が、あたかも自分達の運命を暗示してるかの如く思えたのでした。
一切の灯りが無くなったというのに、化物の姿形ははっきり見えました。
ルフィ達の目前で、黒甲冑の首無し騎士が剣を振り上げては打ち下ろし、骸骨の歩兵が歯をカチカチと鳴らし、女の生首が嘲って宙を舞います。
暗闇の中、跳梁跋扈する化物共の哂い声が、ドームに反響して聞えました。
「…しょうがねェ。あいつを呼んで、助けて貰うか!」
「ギブアップすんのか?ゾロ」
「悔しいが、俺達の手には負えねェだろ」
「また借金追加されちまうな、俺達!」
「金の切れ目が縁の切れ目っつうなら、暫くは切られず済みそうで都合良いんじゃねェの?」
ルフィとゾロが言葉の割に愉快そうに笑い合います。
2人意見が一致した所で、未だ泣き続けているウソップの前に立ちました。
「おいウソップ、今からルフィが鏡を出現させるから、ちゃんと支えろよ!」
ゾロが事前に注意したものの、緊張の糸が切れてしまったウソップの耳には届きません。
しかしルフィは構わず、脱いだ麦藁帽子に向って呪文を唱えました。
「水明鏡よ、水明鏡! 汝、我が前に姿を現せ!!」
すると帽子の裏から青くキラキラ光る鏡のパズルが零れ落ち、1枚の大きな鏡に繋ぎ合わされ、前に座るウソップの方へ倒れました。
辺りに木霊する――ゴオン!!!という重々しい音。
「…だからちゃんと支えろって」
「…な!…お!…おまえらなァ〜!!!実はわざとやってるだろオイ!!?」
1度ならず2度までも鏡の下敷きにされたウソップは、頭に拵えた瘤を擦りつつ文句を飛ばしました。
それでも2人の意図を察した彼は、言われた通りに鏡を後ろから支えてやりました。
再びルフィが大きな声で呪文を唱えます。
「水明鏡よ、水明鏡!
我が前にナミの姿を映し出せ!!」
忽ち鏡の中心から広がる波紋。
掻き消されたルフィとゾロの像に替って、青い光の中現れたのは――裸になって風呂に浸かるナミの姿でした。
予想だにしなかった光景を目撃し、ルフィとゾロは「うおお!!」と叫んで固まりました。
2人の叫びを聞いたウソップも、何事かと思って鏡を覗き込み、直後「うあああ!!!」と叫んで硬直しました。
突然バスルームに響いた自分以外の声に、驚いたナミが振り返ります。
目の前には呆然と自分を見詰める少年達の姿――
『あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…!!!!』
――ドーム内に化物の声すら凌ぐナミの金切り声が木霊しました。
『馬鹿馬鹿エッチドスケベ変態好色エロマセガキ!!!なんてトコロを呼び出してくれんのよ!!!鏡をノゾキに使うなんてもう最低信じらんないっっ!!!』
「ちょっ…!!待て違っ!!誤解だそんなんじゃなくて、助けを呼ぼうとしてだな…!!」
「聞け!!ナミ!!きんきゅーじたいなんだ!!今化物に囲まれてんだよ俺達!!」
『知らないわよ関係無いわよそんなの!!!あんた達が受けた勝負なんだから勝手に囲まれてればいいでしょー!!!』
「おまえなァ!!!少し落ち着いてこちらの状況を見てくれよ!!危機一髪大ピンチなんだって!!解んねェのか!?」
『うっさいうっさい!!!乙女のプライバシーを暴かれる事に較べたら、あんたらのピンチなんてタンポポの綿毛並に軽いわよ!!!』
「や、そこはせめて同等の重さに置いてくれって頼むから!!」
風呂を覗かれた怒りと恥ずかしさから、ナミは全く聴く耳を持とうとしてくれません。
それでいて湯から上がって抗議するものだから、説得する少年達は目のやり場に困りました。
鏡の向こうには、湯気に霞む桃色の肌身。
幼い体をしていながらも膨らんだ胸に、殊更目が惹き付けられてしまいます。
ゾロは片手で目を覆い、懸命に説得を試みました。
「取敢えず座れ!!湯に浸かれ!!」
『はァ!?何でよ!?』
「立ち上がってたら丸見えで、俺達が落ち着いて話せないんだよ!!!」
「丸見え」という言葉に反応したナミが、慌てて首まで湯に浸かります。
真っ赤な顔で睨み付ける少女に、ゾロは自分らが置かれた状況を説明し、どうすべきか対策を求めました。
『対策ったって…あの女が言った通り、朝まで円の中に居てやり過ごすしかないわ!』
「けどそれじゃ戦えねェだろ」
「俺はあの化物を全部ぶっ飛ばしてやりてェー!!」
「――とルフィが言ってんだが、俺も同意見だ。1晩中哂われて、大人しく閉じ篭ってなんて居られるか!」
『とは言ってもあんた達の攻撃が効かない以上仕方ないでしょ?勝負は『肝試し』なんだから、朝まで目を瞑って耳を塞いで耐えるのね!』
「なんでェ自分はこの場に居ないと思って!!!」
唐突にウソップが話に割り込んで来ました。
正面回ってゾロを突き飛ばし、鏡に齧り付いて喚きます。
「独りちゃっかり逃げて、呑気に風呂に浸かってやがってよォ!!その間俺達がどんだけ恐い目に遭ったと思ってんだ!?ゾロなんか肩切られて血が出たんだぞ!!」
言われたナミが、後ろに座るゾロの方へ目をやります。
彼の言う通り、ゾロの左肩からは血が滲んで見えました。
『…あのね、ウソップ。あいつらから攻撃を受けても慌てる必要は無いの!だって――』
「慌てる必要は無ェ!?そうだな!!そりゃてめェは慌てなくてもいいさ!!どうせ他人事なんだから!!」
ナミは化物の正体をウソップに教えようとしましたが、恐怖で神経が昂ぶってる彼は、終いまで話を聴こうとしませんでした。
怒りで全身を戦慄かせ、鏡に映る少女に向い、暴言をぶつけます。
「やっぱりおまえは人でなしの魔女だ!!俺達が死ぬほど傷を負っても、自分さえ無事なら良いと思ってんだろ!?」
『ウソップ!お願いだから、私の話を聴いて!』
「言い訳すんな!!凄ェ力持ってるクセに、俺達を助ける事も出来ねェのか!?おまえなんか…おまえなんか、仲間じゃね――え!?ええ!?えええ〜〜〜!!?」
興奮して、鏡を両の拳で叩こうとしたのが災いしました。
そもそも水明鏡を支えていたのはウソップの腕。
支えを失った鏡は当然ながら後ろに倒れ、慌ててそれを掴もうとした彼は、つんのめって転げて円の外に出てしまったのです。
「ウソップー!!!」
『ウソップ!?』
「馬鹿ウソップ!!早く円の中に戻れ…!!」
仲間が血相を変えてウソップの名を呼びます。
直ぐに円の中へ戻ろうとしたウソップですが、足が竦んで動こうとしません。
円から飛び出した獲物を狙い、化物が一斉に襲い掛かりました。
逸早く飛び出したルフィが、ウソップの体を抱えて、円の中へ投げ入れます。
結果、彼は助かりましたが、しかし――
『ルフィ…!?』
「「ルフィー!!!」」
――逃げ遅れたルフィの背中を、黒甲冑の騎士の剣が、真直ぐに貫きました。
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