それは、私が軍曹に昇進したばかりの頃のことで。




袖摺り合うも他生の縁  −1−

                             四条



その日は非番で街に出かけたのだった。
今回寄港した島は港が発達していて、商船、海軍船など、大小を問わず何十隻もの船が港に係留されているのが印象的だった。
街も活気がある。人の往来も賑やかで、老若男女がイキイキと道を歩いている。
まずは、海軍内で腕が良いとの評判を聞いた刀鍛冶屋で愛刀を砥ぎに出した。そこで代用に貸してくれた刀を腰に刺し、趣味の刀剣屋巡りに繰り出した。
熱心にメモと刀を見比べていると、たいていの店の主人に声をかけられる。若いのに熱心だねぇ、よく知ってるねぇと。上司から「刀ばか」と呼ばれる私は、刀に関しての知識だけは他人の追随を許さないぐらいだから。

気持ちよく刀剣談義を弾ませて店を出た時、布を切り裂くような悲鳴が聞こえてきた。
道の往来を見渡すが、それらしい姿はない。でも確かに聞こえたのだ。
耳を澄ましてみると、かすかに人の争う物音が、細い筋道から聞こえた。
慌てて音のする方へ駆けつけると、路地奥で見目麗しい若い娘さんを押さえこまんとする男。

「何をしてるの、あなた! その人を離しなさい!!」

私の叫びにゆらりとこちらを振り向いた。明らかに良からぬ人相風体。
趣味の悪い赤と黒のシマシマのシャツ、黒いズボン、この髪型はなんというのだろう?リーゼント?今時?

「あぁ?てめぇに関係ないだろ、すっこんでろ!」
「嫌がってるじゃないですか!」

すると、女性が真っ青な顔で私に向かって手を伸ばし、

「助け・・・・、」
「余計なこと言うんじゃねぇ!!」

男がバシッと女性の頬を叩く。
その瞬間、私の中でひとつスイッチが切り替わった気がした。

「あなた今、自分が何したか分かってるんですか。」

腰からスラリと刀を抜いて、静かに正眼に構える。
そんな私の姿に目を瞬かせて、女性から手を離しこちらに向き直ったかと思うと、ズボンのポケットからダガーナイフを取り出し、私の目の前で閃かせた。

「おいおい、随分と威勢のイイお嬢ちゃんだなぁ。」

まだなお、完全にこちらを女と舐めてかかっている。
もう問答無用。後は無言で、刀の峰で不逞の輩の手首を打ち据える。すると簡単にダガーナイフが手から離れ、ゴトンと地面に落ちた。続けさまに峰打ちで脛を、背中を、胴を払う。
衝撃でうずくまる男。
数分うめいた後にようやく立ち上がると、覚えてやがれという定番の捨てゼリフを吐いて去っていった。
刀を払って鞘に納めると、女性の元へと駆け寄る。

「だいじょうぶですか!?」
「あ・・・・はい。」

女性は少し呆然自失の呈ではあったものの、手を貸すと素直に掴まり、どうにか自分で立ち上がった。しかしすぐによろけたので、すかさず身体を支えてあげた。

「しっかりしてください。歩けますか? ひとまず海軍の支所へ行きましょう。そこなら安全ですから。」

女性に肩を貸して一緒に歩き出し、路地奥から抜け出してどうにか人のいる通りへと出た。
身を寄せた女性からふわりと香水の良い香りがした。見ると、背中までなびくブルネットの髪、背中の開いたドレス、華奢なミュール、細い体躯に引き締まった足首。どれをとっても自分とは大違いだった。これで同じ女性なのかと思うくらい。
なるほど、こういう女性が襲われる。こういう女性の一人歩きは物騒極まりない。
その点、私は安全だ。刀バカな女は海軍にお似合い。世の中うまくできている。
そんな余計なことを考えながら歩いていると、ふと目の前に影が差し掛かったことに気づいた。

「このアマです。」

野太い声がして顔を上げると、先ほど追い払ったはずの男が立ちはだかっていた。しかも仲間を連れて。

「うちの舎弟をかわいがってくれたらしいなぁ?」

先の男よりも更に大きくて上背のあるいかつい男が一人。
筋骨隆々、無駄に体力だけはありそうだ。片目がつぶれ、スキンヘッドには傍目にも分かる荒々しい縫い傷があった。
その見てくれに私も少し驚いたが、同伴の女性はそれ以上だったのだろう。悲鳴を上げたかと思うと、両手でドンと私を突き飛ばした。そのせいで私だけがたたらを踏んで男達の目の前に飛び出す形となった。

「いやぁぁぁぁーーーー!!」

虚を衝かれ、一瞬動けなくなった私達を尻目に、更なる大絶叫を上げながら女性は男達の脇を通り過ぎ、走り去ってしまった。
私を置き去りにして。

(ちょっと!それはないんじゃないですか!)

内心でそう叫んだが、時すでに遅し。
刀の鯉口を切りながら、飛び退って男達から距離をとった。そのまま踵を返し、通りを走り出す。なんとか海軍支所まで逃げ切れれば―――
しかし敵もさるもので、すぐに間合いを詰められ、背中を掴まれた。
声を上げたが、周囲の人々はおそらく面倒事にはかかわりたくないのだろう、見て見ぬ振りをしている。
背後から男達に口を塞がれ、左右から両腕を掴まれ、刀をもぎ取られ、そのまま引きずるように連れて行かれる。
まずい。このままでは。
頭の中でそう考えるも、男の力は強く、腕を捻ろうにもビクともしない。
路地奥まで辿り着くと、思いっきり身体を突き飛ばされた。背中からもろにレンガの壁にぶつかり、臓物が口から飛び出そうになり、一瞬、気が遠くなった。
すかさずガシッと顎を掴まれ、顔を男達の方に無理矢理向けさせられたので、睨みつけてやる。

「ふーん、けっこう可愛い顔してるじゃん?」

膝蹴りを入れてやろうとすると難なく払われ、バシッと頬を叩かれる。

「変なマネすんじゃねぇよ!くそアマが!!」

たった一打ちなのに、口の中が切れたのが分かった。苦い血の味が口内に広がる。

「女が男に力で勝てるわけないだろうが!もっと痛い目みないと分からないのかぁ?」

悔しくて歯を食いしばった。
男と女の差。
そんなことこんな奴らに指摘されるまでもなく、骨身に沁みて分かっている。
それで今までどれほど悔しい思いをしてきたか―――

「さぁて、どうお返ししようかなぁ?」
「ボスんとこ、連れて行きましょうか?」
「いや、その前に俺たちで味見しようぜ。」
「いいですねぇ。」

男達は舌なめずりをしたかと思うと、下卑た笑みを浮かべておもむろに私の服に手を掛けた。
上着の前合わせを左右に開かれ、ボタンが弾け飛ぶ。
そこまでされて、ようやくその意味することを察した。

「や、やめなさい!!やめ・・・・ッッ!!」



その時、
上から勢いよく落ちてきた麻袋が、男の頭にクリーンヒット。
袋に穴が開き、ザクザクと金銀財宝がこぼれ落ちる。
衝撃で目を回してよろける男。

そして、彼女は現れた。

オレンジ色の髪をなびかせて。
空からひらりと舞い降りてきた。

まるで映画のヒーローのように。




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