袖摺り合うも他生の縁  −2−

                             四条



オレンジ髪の少女は三筋棍を素早く組み立て、よろけた男に更に追い討ちをかけて脳天を殴りつける。
いくら虚を衝かれとはいっても、大の男が女の子に襲われて気を失い、伸びている姿は滑稽以外の何物でもない。
もう一人の赤黒のシマシャツを着た舎弟は、またしても逃げ出していた。なんて素早い。

私はというと、事態を妙に冷静に客観的に捉えているつもりだったけど、やはり動揺していたのだろう。

「おねーさん!だいじょうぶ?」

少女にガクガク身体を揺すられて我に返り、呆然と少女を見上げると、琥珀色の大きな瞳が心配そうに私を見ている。

「ほら、立って!」

腕を勢いよく引っぱられ、ようやく立ち上がる。少女は大男の傍らに落ちている私の刀を拾い上げると、私に押し付けるように渡してくれた。

「こっち!その男、すぐ目を覚ますかもしれないし、逃げた男も戻ってくるかもしれなから。」

そのまま腕を引かれ少女は走り出すので、引っぱられるまま私も一緒になって走る。
路地奥から脱出し、人通りのある道へと出て、尚も足を緩めることなく走っていく。
行く方向から、港へ向かおうとしているのが分かった。

「港へ、行くの?」

息を切らせて声を張り上げて、私の前方を走る少女に問いかける。
少女は少し足を緩め、顔だけ振り向かせて、

「そうだけど!そこに私の船があるの。それで脱出しよう。あ、もしかしておねーさん、この土地の人だった?」

私の身なりからか雰囲気からか、少女は私をこの島の住民ではなくヨソ者であると感じていたようだ。
その通り、私は海軍所属の者。この土地の住民ではない。

「なら、海軍支所へ行きましょう。あそこの方が安全だから。」

すると、少女は急に立ち止まった。なので、軽く少女の背中にぶつかってしまった。
あ、ゴメンナサイと呟いたが、それも耳に入ってない様子で少女はいぶかしむように私を見てくる。
この時、私も初めてハッキリと彼女を見た。
鮮やかなオレンジ色の髪と大きな瞳がとても印象的だった。
年のころは15〜6才だろうか。
その割りに大人びた、というか、妙に場慣れしたような雰囲気があった。

「おねーさんて・・・・ひょっとすると海軍の人?」

コクリと頷くと、片手を額に当ててあちゃーと少女は呻いた。

「まさか海軍の人を助けちゃうなんて・・・・。」
「私が海軍だと、何か不都合でも?」
「あ、いえいえ、そういうわけじゃないんですけど。」
「じゃあ、海軍支所へ行きましょう。何も問題ないですよね?」
「えーっと、その・・・・。」

少女が目を泳がせながら言葉を選んでいると、

「おい、この泥棒猫!!」

ハッとして声をした方を振り返る。
これまた人相の悪い男達。身なりからしてどう見ても海賊だ。
しかもその集団の中にチョロりと、あの逃げ足の速い赤黒のシマシマシャツの男が見え隠れした。
そうか、あの男も海賊だったのか。
まったく、一人では何もできない男なのか。
また仲間を引き連れてくるとは。
しかも今度はえらく大勢で。

「おねーさん、逃げて!」
「え?」

見ると、少女はキッと引き締めた表情で、再び三筋棒を構え臨戦態勢に入っている。

「この人達、私に用があるの。おねーさんは関係ないから。」

何を言っているのだろう。
赤黒シマシャツ男がいるのだから、どう考えても私と関係がある。
むしろ無関係なのは少女の方だ。
しかし、どうも本当に少女の方に関係があるようだった。
なぜなら、海賊達は私など目に入ってない風で、少女に対して話しかけてきたから。

「てめぇ、よくも俺たちのお宝を!!」
「何が『俺たちの』よ! どうせあんた達だってどっかから奪ってきたんでしょ!」

少女はフフンと鼻で笑って皮肉たっぷりに言い放った。
それが海賊達の怒りに火をつけた。
海賊男が少女に襲い掛かるのを、私が抜き打ちの刀で阻止する。キィンと辺りに鋼がぶつかりあう音がこだました。
すると、驚いた顔をして少女は私を見ている。

「おねーさん、何やってんの? 逃げてって言ったでしょ!」
「そんなこと、できるわけがないでしょう!?」

次々散開してくる海賊達に応戦しながら、少女に向かって叫ぶ。
逃げろと言われたところで、ハイそうですかとおめおめと引き下がれるワケがない。
仮にも私は海兵で、正義の信奉者なのだから。
か弱い民間人の少女を一人置いて、ここから逃げられるはずがないのだ。
先ほどは不覚をとったが、今度はそうはいかない。

「私は海軍の人間です!こんなことして、ただじゃ済みませんよ!」

海賊に向かってそう脅すも、さして効果がなかった。興奮状態で、私の言葉など耳に入っていないのかもしれない。
私は刀で、少女は三筋棍で応戦する。
私は海軍で武道の訓練を受けているので、こうした戦闘もこなせるが、民間人の彼女も素人ながらそれなりに対応しているのが驚きだった。一体どういう素性の少女なのだろう。

しかし、結果としてやはり多勢に無勢ではとても叶わなかった。
この騒動に誰かが気づいて海軍に通報してくれることを願ったが、いまだに海軍仲間達が駆けつけてくる気配はない。
このままではまずい、時間が経つほど不利になる。
息も上がってきた。
もうそう長くは持ちこたえられないだろう。
どうする?
どうしたら切り抜けられるの、このままでは―――

ガツンと鈍い音がして振り返ると、少女が殴られたところだった。
衝撃で吹っ飛んだ小柄な身体が倉庫の前に積まれた樽の山に飛び込み、樽がガラガラと崩れ落ちる。
そのまま少女は動かなくなった。

(ああ・・・!!)

次の瞬間には、私も鳩尾に衝撃を受け、目の前がブラックアウトした。




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