しくしくしくしく

誰?泣いているのは・・・・




袖摺り合うも他生の縁  −3−

                               四条



目を覚ますと、薄暗い天井が見えた。

(ああ、生きていた・・・・)

まず思ったのはそのこと。
海賊達に囲まれて、意識も手放して、よく生きていられたと。
命を奪われても仕方のない状況だったのに。
私は床の上に仰向けに寝かせられてるようだ。
次に、身体のことを意識した。全部ちゃんとくっついているかなって。
感覚的には全て無事であるようだった。

(ここはどこだろう・・・・)

ゆっくりと顔だけを巡らせる。
どこかの室内で、小さな明り取りの窓が1つあるだけ。
そこから差し込む光だけを頼りに、今いる場所の把握に努める。
すると、

「あ、目を覚まされたわ!」
「ほんと?」
「ああ、よかった・・・・。」

と、年若い女性の声で口々に囁かれた。
バッと顔を振り向かせると、私が寝ている場所から1mほど離れた場所に鉄格子がある。
声は、その中から聞こえてきていた。
ぎょっとして目をこらして見てみると、その中に女性がいる。
しかも複数。2〜3人のレベルではない。人影からすると10人前後はいるのではないか。
驚いて、上体を跳ねあげるように起き上がらせた。

「起き上がってだいじょうぶ?」

鉄格子で仕切られた向こうから、か細い声で尋ねられる。
3人の女性が、格子に手を掛けて顔を覗かせていた。

「一体、どうされたんですか!?」

自分のことはさておき、思わず彼女達に聞き返す。
いったいどういうことなの。鉄格子の中にいるなんて尋常じゃない。人権侵害も甚だしい。
私が大声を出したせいだろうか、奥にいる女性達が一斉に泣き始めた。
大泣きというのではなく、さめざめと。全てをあきらめた、世を儚んでというような泣き方。
この泣き声には聞き覚えがある。
そうか、私の意識が戻るか戻らないうちに聞いた泣き声は、彼女達のものだったのだ。

「私達は、海賊に捕まったのです。」
「そして、どこかで売られるんですよ。」

格子の一番前に張り付いている女性達が気丈にも答えてくれた。
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
これは人身売買ではないか。
あの海賊どもは、人身売買をしているのだ。しかも若い女性の。
そういえば、私が最初に助けたのも若い女性だった。
海賊達は島に寄航しては女性を漁って拉致し、どこか別の場所で売っているのだろう。
そしてここは海賊達の船の中。攫ってきた女性達をここに閉じ込めて、出航の準備中というわけだ。
もしかしたら、ための女性をもう少し売る増やそうとまだ街のどこかで見繕っているのかもしれない。

「あなたと、もう一人女の子が、ここに運ばれてきました。」
「最初は、その、死んでいるのかと思いましたよ。」
「でも気がついてよかった・・・・。」

―――もう一人の女の子!

そうだ、あの娘はどうしたんだろう?
私と一緒に闘った、あのオレンジ色の髪の娘。
彼女も気を失っていたはず。
しかし見回したが、どこにもいない。

「もう一人の子は、どこへ行ったんですか?」

すると、女性達は少し困ったように顔を見合わせた。

「彼女は、あなたよりも先に目覚めました。」
「・・・・というよりも、ね?」

そう言って、言葉に詰まる様子を見せる。

「どうしたんです?」

私が答えを促すと、ようやく口を開いてくれた。

「彼女は、気を失ったフリをしているように見えました。」
「は?」
「海賊達はあなた方をここに運び入れられた時、あなたともう一人の女の子は手首と足首を縄で縛られて、ここへはそれこそ転がすようにして放り込まれました。でも・・・・奴らが出て行ってしばらくしたら、女の子の方はムクリと起き上がったんです。」
「どうやったのかわからないのですが、自分の縄を解いて、それからあなたの縄も・・・・。」

少女はかなり長い時間をかけて縄抜けをし、そして私の手足の縄も解いてくれた。それから私を床に横たえると、鉄格子の内にいる彼女達に私のことを見ているよう言い残して、この部屋から出て行ってしまったのだという。

私は頭の中が軽く混乱した。
どういうことなの?
彼女はいったい何者なの?

「彼女、どこへ行くとか、言っていませんでしたか?」
「いいえ、何も。」
「出て行ってから、どれぐらい経ってます?」
「ごめんなさい、私達もう時間の感覚がなくて・・・・。」

当惑したような返事が返ってくるばかり。

「分かりました。彼女のことはひとまず置いておきましょう。それよりもあなた方は大丈夫ですか?どこか怪我などはしていませんか?」
「・・・・。」

私の問いかけに、今度は気丈にしていた女性達までが涙を流し始めた。
目を伏せ、口元を手で押さえてハラハラと泣く。
張り詰めていたものが一気に弾けたように、堪えていた分が溢れだしたかのように。
海賊に襲われて捕まって、こんなところに閉じ込められてから、一体幾日を過ごしているのだろう。
しかも、やがては売られる身とあっては。
更にこれからどんな過酷な事態が彼女達を待ち受けているのか、想像もできない。
見たところ、どの娘も若くて可愛らしいお嬢さん達だ。
一瞬でも自分の身の上よりも、私のことを心配するような心優しさ。
きっと大事に育てられて、ついこの間まで幸せの只中にいたに違いない。
それが今は絶望の淵にいる。
まさか我が身にこんな恐ろしい運命が降りかかろうとは思いもしなかっただろう。

「心配しないで。必ず助け出しますから。」

鉄格子の中の女性が涙を拭いながら、戸惑い気味に私を見つめてくる。
なんとか励ましたくて勇気づけるように話しかける。
少しでも希望を持って欲しくて。

「私は、海軍の者です。」

こんなこと、許されるはずがないのだから。
だから絶対にあなた方を助けてみせます。

絶対的正義の名において。




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