袖摺り合うも他生の縁  −4−

                               四条



檻の中の女性達に心をしっかり持って待つよう言い置いて、私は船室を離れることにした。
ひとまず船内探索だ。それからどうするか対策を練らなくては。刀を没収されてしまったので、大変心もとないが。
閉じ込められていた船室のドアは、意外にも簡単に開いた。
鍵がかかっていないことに驚いた。最初から施錠されてなかったのか?それとも?
しかもドアの外では、見張りと思われる男が眠っていた。
いや、眠らされたと言った方がいいだろう。暴力ではなく一服盛られたようで、スヤスヤと幸せそうな寝顔。いかつい顔に不似合いなほどに。
これもあの少女の仕業なのか・・・。
武器を奪おうと思ったが、あいにく眠る男は何も持ち合わせていなかった。

出たところはまだ船外ではなく、船室と船室を繋ぐ廊下のような空間であった。薄暗がりの中をそろりそろりと歩いていき、船外へと続く梯子まで辿り着き、梯子を上る。蓋式の扉をわずかに持ち上げて、外の気配を探る。途端に慣れない目に眩しい光が差し込んできた。一瞬視力を奪われる。それでも昼間の光ではなく、もう既に日が傾いているようだ。辺りがオレンジ色に染まって見える。
人の気配がないのを確認し、音を立てないように蓋を開き、身体を乗り出させた。
その時、背後から腕が回されて、首元に剣の刃を当てられた。
ちっ、外に身を隠して見張りがいたのか。気配をうまく殺された。こうなっては仕方がないので、降参の意で両手を上げる。すると、すぐに戒めを解かれた。
怪訝に思い振り返ると、あのオレンジ色の髪の少女がいた。

「あ、あなた・・・!」

しかし、すかさず彼女の手によって口を塞がれる。しぃーっと少女は人差し指を口先に宛てている。
そして2、3回辺りを見回して、別状がないと分かると塞いだ手を離してくれた。

「おねーさんも無事でよかった。」

そう言って彼女は微笑んだ。
とはいうものの、彼女の顔中に擦り傷があった。
顔のケガなんて普通の女性なら泣けてくるようなことなのに、彼女はどうということはないというような顔をしている。

「あなた、一体今までどこにいたの?」
「え?ちょっと散歩に。」
「こんな時に冗談はやめてください。」
「冗談?冗談じゃないわよ全く。せっかくのお宝をおじゃんにされたっていうのに。このままじゃ我慢ならないわ!」

突然、少女はプリプリと怒り始めた。今にも地団駄を踏みそうなくらいに。
お宝・・・・そういえば、私を助けるために男にぶつけた麻袋から、なにやらキラキラした金銀財宝がボロボロ落ちてきてたっけ。
そして、海賊達が叫んでいた―――この泥棒猫と。

「あなた、泥棒なのね・・・・?」

そう考えれば、彼女の得体の知れない行動力、並外れた処世術の説明がつく。
一瞬、少女はうっと言葉を詰まらせたが、すぐに取り繕ったような笑顔を見せて、

「ま、まっさかぁ!私はただの善良な一般市民の女の子ですv」

どこの世界に海賊男にケンカを売り、縄抜けをし、鍵を破り、見張り男を眠らせる一般市民の女の子がいるだろうか。
まだ子供といってもいい年齢に見えるのに、こんな稼業についているだなんて。
いったいどういう教育を受けてきたのだろう。親の顔が見たいものだ。
呆れて物も言えないでいると、

「それよりも、小船を見つけてきたわ。」
「え?」

少女は私の目の前でにんまりと笑っている。
彼女は私より先に船室から出ている。私が気絶している間に船内を探索していたらしい。

「それで脱出しよう。さっきこのすぐ下のところに下ろしたから、ここから飛び降りればいいわ。」

今なら奴らの目もないし、と再び警戒しながら周囲を見回している。

「いいえ・・・・私は残るわ。」
「は?」

少女は茶色の目を大きく見開いて、2、3度瞬きを繰り返して私を見てくる。
心底、私が何を言っているのか理解できないようだ。

「あなたも見たでしょう? 閉じ込められている女の子達を。」
「・・・・・・。」
「彼女達を助けなくっちゃ。」
「助けるって・・・・!そんなの無理よ!船にはあとせいぜい2人しか乗せられない。それに、今から檻を破る時間も猶予もないのよ。私達が逃げるだけで精一杯よ!」
「無理でもなんでも、やらなくてはいけない時があるんです。」
「正義感もけっこうだけど、ちょっとは冷静になったら?」
「私は十分冷静です。」
「どこが冷静なのよ。一人で何ができるの! 港でも、二人がかりでも結局どうにもならなくて、こうやって捕まっちゃったのよ!?」

それを言われると耳が痛かった。

「気持ちは分かるけど、現実を見てよ。このままじゃ共倒れよ。私達も一緒に売られるのがオチよ!」

少女が悲鳴のような声で訴える。
でも、それでも。

「私はこのまま逃げられない。彼女達を、見捨ててはいけないのよ。」

少女の茶色の瞳をまっすぐ見つめ静かに言った。
少なくとも私はそういう人間なのだ。
そういう不器用な。
少女は開いた口が塞がらないというような顔つきで何度も頭を振った。

「あなたは、港にある海軍支所へ行って、応援を呼んできてください。私はその間に船内の制圧にかかります。」
「なんで、私が海軍の人達を呼びに行かなくちゃいけないの!?」
「このままにしておいたら、彼女達がどんなひどい目に遭うか、分からないわけじゃないでしょう?彼女達を助けるのは、当然の義務です。」
「おねーさんは海軍の人だからそうでしょうよ。でも私は一般市民なの。そんな義務は―――」
「彼女達を放っておいて、あなた一人で逃げる気ですか?」

言葉の途中で被せるようにして、彼女の良心につけこむように言うと、少女は辛そうに顔をしかめた。
けれど、次の瞬間には彼女はハッとなって口を噤み、振り返る。
誰だ、そこで何をしていると、男の野太い声が聞こえた。
少女はもう一度私の方に振り返り、私の肩を掴んだ。

「四の五の言ってる場合じゃないわ。とにかく一旦逃げよう。そして、おねーさんが海軍へ行って、直接助けを求めればいいじゃない!」
「ダメよ!その間にこの船が出航して、行方が分からなくなったらどうするの?このまま女の子達を置いてはいけません!」

騒々しく男達が近づいてくる足音が響く。
私は少女を背に庇いながら、甲板の端へと彼女を押し出していく。

「早く、あなただけで行って!そして、海軍へ通報して! お願い!!」

私の悲痛な懇願が届いたのか、少女は舌打ちすると、欄干をひらりと飛び越えてその下に係留されているであろう小船に乗り移った。
少女が足で船の腹を蹴ると、その反動で小船が離れ、動き出す。
そして櫂を手にとり、懸命に漕ぎ出した。みるみるうちに小船が海賊船から離れていく。

それをどうにか視界の隅で確認し終えた時、背後から男達が迫ってきて、私に掴みかかろうとした。
私は素早く腰を折り、男の手が空を切ったところで男の腹に肘鉄を食らわせた。
まさかの反撃に遭って男がよろめく隙に、男の腰に下げられた刀を引き抜き、喉元に突きつけた。

「船長のところへ連れて行きなさい!逆らえば刺します!」




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