女の顔  −4−




びょり 様


蓋を間にし、腰を屈めて、ルフィと見詰め合う。
電車が公園の横をガタンゴトンと過ぎてった。

「……もう後には退けねェよ」

ルフィの顔は強張っていて、黒い瞳の奥に怯えが見える。
こいつも恐いんだなと思うと、緊張が少し解れて笑顔になれた。

「そうだな…ここで逃げたら、ゾロ、恨まれて一生とりつかれちまうもんな!」

にししっ♪と意地悪く笑いやがる。
出来る事なら、こいつに取り憑かせたい。

だが俺の側に立って居る。
振り向いても背後には紫陽花が咲いてるだけだが、立って居る気配をひしひしと感じた。
俺に見付けて欲しくて、じっと待って居る…


「うし!じゃ、1・2の3で、同時に持上げるぞ!」
「おう!!!」

一旦立ち上がり、拳をパンと叩いて気合を入れてから、再び腰を屈めて取っ手を握る。
対面するルフィも、大声で気合を入れてから、取っ手を握った。

「……そういや水死体ってパンパンに太ってるんだってな」
「…そう聞くけどな。生前と見分けが付かない変りようだって」
「…俺、水死体なんて1度も見た事無ェんだけど…ゾロは有るか?」
「…無ェな…幸い」
「…1週間つかってたら、どんな風になってんだろうな?」
「……おい、覚悟を鈍らす様な事言うんじゃねェ」

互いに目を見る。
唾を同時にゴクンと呑んだ。

「ゾロ……ナミを連れて来なくて正解だったな!」

ルフィが今にも泣き出しそうな顔で笑う。
長い付き合いだが、こんな情けねェ顔は見た事無い。
きっと自分も似た様な情けねェ顔を浮かべてんだろう。
そういう意味でも見せられたもんじゃなかった。

「…そうだな…正解だったぜ!」

ただでさえ他人の不幸に同情する女だ。
惨いものを見せたくねェ。
あいつの泣き顔見るくれェなら、俺達が泣く方がマシに思えた。

「んじゃマジで引っ張り上げっからな…!!1・2の――3…!!」

錆びた金属が悲鳴の様に耳障りな音を立てる。
かなり重い蓋の下から、真っ黒な水を湛えた穴が、ぽっかりと現れた。












――見付けて。


――早く私を見付けて。












暗い水面から見上げる、
絶望に塗れた女の顔を、
俺は一生覚えているだろう。












「冷麺の上には何で缶詰の甘いサクランボが載ってんだろうな?」
「さぁ…辛いスープ飲んだ後の口直し用じゃない?」

正面で冷麺をすするナミが俺の質問に答える。

「だったら別皿にアイスのトッピングとしてのせて、デザート付のセットで提供して欲しいよなァ〜」

隣に座るルフィが甘党の見地から新提案するも、畳席で常連のおばちゃん2人組と談笑している店主の耳には届いてないだろう。
TVの中のカップルは、今日も激しく言い争っている。
断片的に届く台詞から推察するに、女は自分が妊娠した事を男に告げ、愛してるなら腹の子の父親になれと迫ってるらしい。
期末帰りに昼飯食ってる高校生が居るってのに、此処の店主と常連のおばちゃん達は、気配りなんてしちゃくれねェ。しかし今だけは勘弁して欲しかった。

「…妊娠してたんだってね…あの人…」

そら見ろ、思い出しちまったじゃねェか。
隣でカレーうどん特盛を平らげた後、別注文のプリンをすくって食ってたルフィも、嫌そうに顔をしかめた。
ちなみに俺が注文したのは今回もメンマ海苔チャーシューだけのラーメン、蕎麦屋な筈のこの店は何故か中華料理が半分を占めていた。
こちらの歓迎しない空気を読まず、ナミが事件の話題を口にする。

「雑誌に載ってたんだけどね…男は水に沈める時、顔が見えるのが恐くて下向かせたんだって。
 ところがあんた達は見て知ってるだろうけど…蓋を開けた時、何故か首が上を向いてたんだって?
 だから沈められた時はまだ生きてて…意識を取り戻した女性が、必死で外に向い助けてって叫んでたからじゃないかって言う人も居るけど……余計哀れだわ」



予想通り、死体を発見した俺達を、警察は犯人だと疑った。
未成年という事でか、取調べはドラマで見るほど厳しいもんじゃなかったが、真犯人が現れない場合を考えると、不安で飯も喉を通らなかった。

しかし通らなかった本当の理由は、死体を見たショックからだ。
ルフィですら3日間何も食えず、食っても全部吐いちまったらしい。
俺も1週間物が食えず、夜は夢にうなされた。
今でも時々うなされる。

幸いTVで流れた死体発見のニュースを見て、真犯人はあっさり警察署へ自首しに来た。
公園の近所に住んでた男だったが、女の方は離れた所で暮らしてたらしい。
よく聞く痴情の縺れってヤツで、衝動的に首を絞めて殺っちまったそうだ。

新聞やニュースは公園管理の杜撰さを槍玉にあげ、雑誌やワイドショーは発見前、幽霊の噂が流れていた事から、オカルトとして事件を採り上げた。
普段何をしてんのか不明な自称霊能者達が活気付き、此処ぞとばかりに連日顔を見せては、日頃の信心が大切だと説いた。
俺とルフィの所へも事件について訊きにレポーターが押し寄せたが、その度にナミが抜群の演技力ではぐらかしてくれたお陰で、最近は漸く落ち着いて来ている。
新たに悲惨な事件が起きて、マスコミや世間の目が、一斉にそっちを向いたお陰も有る。
噂が次第に沈静化する中、ナミは誕生日を迎えて、1つ年を取った。



「仮にも恋人だったってェのに…子供まで作る仲だったってェのに…よく殺せたものよ!
 好きだった男に首を絞められた瞬間、あの人はきっと信じられない気持ちで居たと思う。
 化けて出る力が有るなら、男の家まで押しかけて、取り殺せば良かったのに!
 幽霊って魂だけなんでしょ?空飛んで壁擦り抜けたり出来なかったのかなァ?」
「地縛霊ってヤツじゃねェの?死んだ土地に縛られて、移動する事が出来ねェ種類」
「え?『じばく霊』ってそーゆー霊だったのか?俺、恨んでるヤツのトコ行って、ドカーン!!って自爆する霊だって考えてた!」
「そういうベタなボケかます奴、初めてお目にかかったぜ」
「…あんたらもさァ、彼女出来たら、誠実に付き合いなさいよ」

ふとナミが箸を置いて、俺とルフィを真剣な顔で見詰めた。

「彼女の信頼を裏切る様な真似しないで。
 …まァ、あんた達がそんな奴じゃない事は重々承知してるけど。
 それでも若さから羽目を外して、彼女のお腹に子が宿った場合は――」
「誰の子か聞く!」
「DNA鑑定を受けさせる」
「違うでしょ!!真面目に答えろ馬鹿者めらっ!!」

暑苦しい店内だってのにヒートアップしたナミは、テーブルから身を乗り出して叫ぶ。
その顔をじっと見詰めつつ、俺はおもむろに口を開いた。

「…てめェこそ変な男に引っかかんじゃねェぞ」

「は!?」

ナミの目が点に変る。
テーブルを叩いてた手をそのままに固まっちまった。

「遊びで付き合ったりするな。
 選ぶなら、お前の事を本気で思ってる奴にしろ。
 お前が辛い時、代わって身に受けるくれェの気概を持てる奴じゃなきゃ駄目だ」


惚れた男に光が見えない底へ突き落とされ、絶望に塗れた女の顔が浮ぶ。

あんな顔にさせやしねェ。
そんな男には絶対渡せない。


「……何を急に…父親みたいな事を…」

説教口調に気を悪くしたのか、ナミが口を尖らす。
不意にルフィが豪快な笑い声を上げた。

「ナミは大丈夫に決まってんじゃねーか、ゾロ!!
 だって俺達が付いてんだから!!」

さも当然とばかりに、俺の目を真直ぐ見て言う。
聞いたナミの顔が、まるでサクランボの様に、赤く染まった。





【了】


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<管理人のつぶやき>
ナミが強請ってゾロを連れて行った先は、曰くのある公園。そこには女の幽霊が出るという。面白半分で肝試しを提案したナミでしたが・・・・。
第2話で、ゾロと同じようにその人のことを、なんでもない普通の女の人だとワタシも思い込んでたんですよ、それがですよ、次の瞬間には豹変ですよ!超コワカッター!;w;
第3話からはルフィも加わって、事態を解決すべく動き出しました。ナミは二人から来るなといわれ。この時ナミはゾロにはつっかかり、ルフィが言うと渋々ながらも素直に聞いた。このナミの反応について、ゾロとルフィでそれぞれで不満を持っていることが判明(笑)。お互いうらやましく思ってたんですね^^。
(結果的に)ナミのおかげで大変な経験をしてしまったゾロとルフィではありましたが、二人がいかにナミを大切に想っているかがとてもよく分かりました^^。男として女として成長はしても、ナミを泣かせたくない、守りたいという気持ちは常に同じでなんすね。

【瀬戸際の暇人】のびょり様が投稿してくださいました。
びょり様、長編連載お疲れ様でした&素晴らしいお話をどうもありがとうございました!!