ハイスクール・ラビリンス −5−
糸村 和奏 様
結局、ナミはルフィを先に美術室に送り届けることにした。
教室に戻る途中に美術室があるからとゾロを説得し、3人で向かうことになったのだ。
ちょうど美術室から出てきたところだった鼻の長い友人は、ルフィとナミを見て「おう」と手を上げたものの、ナミの背後に立ついかにも不機嫌そうな男にひっと息を呑んだ。
しかしルフィはそんな空気を物ともせず、あっけらかんと笑う。
「ウソップ、こいつゾロってんだ。すげェんだぞ!」
「……いいいいやいやいや、お、お噂はかねがね……」
「え、お前も知ってたのか?! すげェよなあこいつ、学校一、いや世界一の迷子だぞ! なあナミ!」
「まあそうでしょうね、多分」
「てめェらさっきからいい加減にしろ! 迷子じゃねェっつってんだろうが!!」
噛みつくようにゾロが青筋を立てても、ルフィはまったく動じない。頭が痛くなってきたナミが額を押さえてため息を吐くと、ウソップが恐々話しかけてきた。
「お、おいおいナミ……いつの間にロロノア・ゾロとこんなに仲良くなったんだよ」
「なりゆきよ。それにこれが仲良さそうに見える?」
「いやだってお前、それ……」
「それ以上言ったら鼻へし折るわよウソップ」
ウソップが恐る恐る指差した先には、しっかりとナミの手首を掴んだゾロの手があった。
何度離してくれと言っても、「駄目だ。おまえはすぐ逃げるだろ」と凄まれて、結局そのままになっている。それでも前を歩くのはナミなので、まるでナミがゾロの手を引っ張って歩いているように見えてしまう。照れくささと恥ずかしさで、どうにかなりそうだ。
とにかく一刻も早くここから離れたい。教室の中までこの調子ではたまらないから、途中で何とか離してもらおう。
ひそかに決意を新たにして、ナミは未だ賑やかに騒ぐルフィをウソップに押し付けると、さっさと教室に足を向けた。まるで忠犬よろしく付いて来るゾロを従えて。
「……おい」
「何よ」
「道、こっちで合ってんのか」
「……アナタにだけは言われたくないんだけど」
気恥ずかしさから、わざと別の学年の教室が並ぶ廊下を通って教室を目指しているというのに、この男ときたら。
まったくデリカシーがないんだから、とナミは内心で毒づいた。答えが刺々しくなってしまうのは仕方のないことだろう。
だがゾロはそんなナミを気にも留めず、淡々と会話を続けた。
「おまえ、前からなのか」
「は?」
「いっつも、ああやって誰かの案内役してんのかって聞いてんだ」
ナミは思わず立ち止まって、後ろのゾロを振り返った。
「いつもって……ロロノア君の他はさっきの、ルフィくらいだけど」
大体、学校内で迷うような輩がそうそういるはずもない。
加えて、ルフィはとにかく友人が多いのだ。ナミが居なくとも、誰かと一緒に行動していればさほど問題はない。なので、ゾロほど気を揉まされるようなことはなかった。
しかしゾロは未だに釈然としない顔で、ナミを見下ろしている。
何が言いたいのか分からず、ナミは眉を寄せた。こっちにだって言いたいことはあるのに。
「……アナタだって、1年の時はあの女の子に案内してもらってたんでしょ?」
「あ? ……ああ、アイツのことか。まァ、そういうこともあったな」
あっさりと頷く男に、胸が小さく痛む。
一緒にサボっていたわけではないことは分かった。でも、あの親しさはどうしても気になってしまう。
――付き合ってたり、しないのかしら。
確かめたい欲求はあれど、やはり口にする勇気はなく、ナミはそれきり黙った。
「……。」
「…………。」
「…………なあ、」
気まずい沈黙を破ったのは男の方だった。
「お前……隣の中学まで行った俺が、どうやって戻ってきたか、分かるか?」
思いがけない言葉にナミが顔を上げると、ゾロは居心地が悪そうに頭を掻いている。
「え……?」
「最初は普通に教室を探してた。けど、どうしても見つからねェ。しまいにゃ敷地から出ちまってるし。だから、探し方を変えた」
「探し方?」
首を傾げたナミに、ゾロは頷いた。
「オレンジの髪の……ナミ、って女は何処だ、ってな」
「……な、」
「そしたら、歩き回った先に、」
お前が、居た。
……息を呑んだナミの前で、ゾロがわずかに口角を上げる。切れ長の目が、ナミを見つめながらゆっくりと細められた。
心臓がうるさい。けれど目を逸らすことができない。
「……私を目指して、戻ってきた、の?」
「そういうことだな」
「なん、で……それで戻ってこれるのよ」
「さァな、そいつは俺にも分からねェ。……だが、」
あっさりとした答えに、思わずナミは脱力しそうになる。しかしゾロはさらに続けた。
「俺ァ今まで、剣道場に行く道だけは間違えたことはねェ」
「え、そうなの?!」
「だから言ったろ、俺は迷子じゃねェんだよ。行くべきところにはちゃんと辿り着くからな」
まァ、多少時間がかかることはあるが。
心なしか、掴まれた手にさらなる力が込められたように感じた。
「だから、お前は勝手にどっか行くんじゃねェ。……俺が、困る」
「……っ」
「それと、俺のことはゾロでいい」
――ナミ。
呟くようにして呼ばれた名前に、顔が一気に熱くなる。
何よ。何なのよ、何も分かってないくせに。迷子のくせに。
きっと今でも、ナミの想いになんて気づいていないくせに。それなのに。
無意識で、無自覚で、自分のことをこれほど必要だと言われてしまっては。
普通に告白なんてものをされるより、ずっと――――
「……逃げられたくなきゃ」
「あ?」
「ちゃんと、捕まえておきなさいよね――ゾロ?」
やられっぱなしは性に合わないのよ、生憎。
とびっきりの笑顔で笑ったナミに、一瞬驚いたように目を丸くしたゾロは、ふっと口元をゆるめた。
「上等だ。どんだけ逃げても、とっ捕まえてやるよ」
こうやってな、とでも言わんばかりに掴んだ手首を掲げて、にやりと笑った男は。
宣言通り、それからの高校生活の中で、ナミを逃がすことはなかった……とか。
<完>
←4へ
|