ハイスクール・ラビリンス  −4−

                                糸村 和奏 様


移動教室からの帰り道、ナミの足取りは重かった。

遅れないように来いって、言ったのに。
あの距離だ。たとえ女の子が置いていったとしても、迷うことはないだろう。もう次の教室は見えていたのだから。それにあの女の子が、ゾロを見捨てて行ってしまうとは考えにくい。
だとすれば、何故彼は授業に来なかった?

「……一緒にどこかでサボり、かしら」

それって、やっぱり。
――それなりの仲だった、ってことじゃない?

自分の思考にうんざりして、ナミは大きくため息を吐く。こんなに面倒くさいものだっただろうか。……恋心、というのは。
大体、あんな無愛想で寝てばっかりいるような男のどこがいいのよ。男の趣味悪いんじゃないの、私。

でも、隣の席だと色々と分かることがある。
寝ている時の無防備な表情も、めずらしく起きて窓の外をぼんやりと眺めている時の横顔も。クラスメイトの男子達と話している時に時々見せる、くしゃりと顔をしかめたような笑顔も。多分、一番よく目にしているのは自分だろう。
一度ナミが消しゴムを落とした時、拾って差し出された腕の太さには驚いたものだ。筋肉のついたがっしりした身体はいかにも運動部の男子といった風体で、性別の違いを強く意識させた。噂通り、喧嘩も強いに違いない。
そのくせ方向音痴で、どこかしら天然で。からかわれるとムキになって怒るのに、無駄な暴力は振るわない。特に女に対してはそうだ。ナミが軽口を叩いても、青筋を立てて言い返しはするが絶対に手を上げることはない。

改めて考えて、ナミは苦笑した。どれだけあいつのことを見てるのよ、私ったら。
……通じることなんて、きっとないのに。
不毛ね、と再度大きく息を吐いたところに、明るい声が響いた。

「あっ、ナミ! おーい!」
「え? ……あら、ルフィ!」

廊下の向こうから走ってきた馴染み深い顔に、ナミは笑みを返す。
いかにも人好きのする笑顔を浮かべたこの男は、ナミの1年の時のクラスメイトだ。成績はお世辞にも良いとは言えないが運動神経が抜群で、破天荒な行動も多いが不思議とカリスマ性がある。同じクラスだった時はナミもかなり振り回されたが、憎めない男だった。

「どうしたの? あんたのクラスこっちじゃないでしょ?」
「いや、ウソップに急ぎの用があってよ。あいつのクラス行ったんだけど、誰もいねぇんだよな〜」
「ああ、それなら美術室じゃない? 多分ウソップのクラス、さっき美術だったと思うわよ?」
「ほんとか? じゃあソコに行けばいいんだな! えーと美術室美術室……どこだっけ?」
「……そんな事だろうと思ったわ」

ゾロほどではないが、この男も大概方向音痴である。と言うよりもこちらは道を覚える気が端から無い。そもそもルフィは美術を選択していないので、そんな教室があることすら知らないかもしれない。
仕方ないわね、とナミは笑った。

「ほら、こっち。連れてってあげるわよ」
「おう! サンキューな、ナミ!」

やっぱナミは頼りになるな、と言ってにかっと笑った男に、ナミが微笑み返した時。



「……こんなとこにいやがったのか」



地を這うような低い声が聞こえたかと思うと、肩をがしっと掴まれた。

思わず上がりかけた悲鳴を飲み込んだナミは、びくりと身体を震わせておそるおそる振り返る。


「え……ロ、ロロノア、君……?!」
「あ? なんだこいつ?」

目をぱちぱちと瞬かせたルフィには目もくれず、ゾロは顔をひくつかせてナミを睨みつけている。

「てめェ……よくも勝手に置いていきやがったな? しかも教室ごとどっか行きやがって」
「ハァ?!! え、ま、まさかあれからずっと……?!」

よく見ればゾロは先ほどの授業の教科書やノートを持ったままだ。
まさか1時間、校内で迷っていたと言うのか。その上、この期に及んで相変わらず自覚がない。

「だ、だってあの女の子は?! 教室、すぐそこだったじゃない!」
「忘れモンしたから一旦クラスに戻ったんだよ! そしたらもう予鈴が鳴ったからな、あいつは自分のクラスに帰した」
「わ、忘れ物ぉ?!」

そんな展開になっているとは夢にも思わなかった。
言葉を失ったナミに、ゾロは怒りを堪え切れない様子で続ける。

「そしたら次の教室はどんだけ探しても無ぇし……てめェもなっかなか見つからねェし……!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて……」
「うるせェこれが落ち着いていられっか! 俺はなァ、1時間歩き回ってしまいにゃ隣の中学まで行っちまったんだぞ!」
「私に言わないでよ! 一体どうしたらそんなことになるわけ?!!」
「だっはっはっは!! いやーお前、面白ェなあ!!」

言い合いをする二人を眺めていたルフィが、とうとう噴き出す。
そんなルフィを睨みつけながら、ゾロも多少毒気を抜かれたようだった。だが未だに掴んだ肩を離そうとはしない。
そこでナミはようやく、先ほどのルフィとの約束を思い出してゾロに訴えた。

「と、とりあえず! 話は後で聞くから。私、こいつを美術室まで連れてってやらないといけないの」
「……あァ? 美術室?」
「あ、そうだったな。ウソップに用事があるんだった、おれ」
「何であんたが忘れてんのよ。ほら、行くわよルフィ」

肩の手を振りほどいて歩みを進めようとすると、今度は力強い腕がナミの手首をしっかりと掴んだ。

「……おい、待てコラ」
「え」

手首に感じる熱にナミは狼狽する。顔が紅潮するのが分かった。
ゾロは大真面目に、ナミを見据えたまま続ける。


「……俺の方が先約だろうが。きっちり教室まで案内しやがれ」


そいつは、その後だ。


言っている内容はこの上なく無茶苦茶なのに。その目に宿った熱も、手首を掴む力の強さも、本物で。
「なあお前、名前何てんだ?」などと無邪気に自己紹介をするルフィの声が、なぜか遠くに聞こえる。

……何、これ。どういうこと? どうしたらいいの、私?

くらくらと眩暈を感じながら、ナミは空いた手で頭を抱えた。




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