……え？ウソでしょ？男！？

しかも、超目つき悪っ！





それが初めてアイツを見た感想。
とにかく、第一印象は最悪だった。




ルーム・シェア　　−１−

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　panchan　様


「ねえちょっと〜本気なの？ビビ」


部屋で荷造りをするルームメイトに半泣きで後ろから詰め寄る。
スーツケースに着替えや化粧品を詰め込んでいる彼女は、その手を止めずに顔だけで振り向いてこう言った。

「ごめんね、ナミさん……私、どうしても彼と一緒にいたいの」
「ビビ……」


高校時代からの親友で、共に親元を離れてこっちの大学へ来たビビ。
知らない土地で生活を始めるにあたり、それぞれが別々に一人暮らしをするより、一緒に住んだ方が寂しくなくて広いところにも住めると、このファミリー向けの2ＬＤＫでルームシェアを始めて、二年半。
女二人での共同生活は毎日がお泊まりみたいでとても楽しいものだったのに、最近ビビに初めての彼氏が出来てから、その生活にじわじわと変化が訪れていた。
ビビが同じ大学の学生である彼氏ーールフィと、外泊して帰ってこないことが多くなったのだ。

今夜だって、夜の11時を過ぎても何の連絡も無く、また外泊かしらと時計を見ながら二人用のダイニングテーブルで一人まったりとお茶を飲んでいた。
するとそこへガチャガチャと玄関の開く音がして、ただいまの声と共にようやく帰って来たビビの青い髪がリビングに風を吹き込んだ。
そのビビの後ろから、ひょっこりと黒髪のルフィも顔を出し。
二人仲良くリビングへ上がって来たと思うと、並んで寄り添ったまま私に向かい、いきなりこう宣言したのだった。


「ナミ！おれ達、一緒に暮らすことにしたから！」


「はあっ？！」

突然の話に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった私。
でもビビとルフィは私のことを気に留めるでもなく、宣言したことに満足してるのか幸せそうに微笑み合って二人の世界に浸っている状態。

「え？ちょ、ちょっと待ってビビ。一緒に暮らすって……ここを出てくってこと？」
「急でごめんねナミさん。ルフィさんと二人で話し合って、そうすることに決めたの」
「…………は？」

なんなの？このバカップル。
そんなこと急に自分達だけで決めちゃって、ビビと一緒にここを借りてる私はどうなるの？

「え、ちょっと待ってよ。そんなこと急に言われても困るわ」

別に盛り上がってる二人の邪魔をしようってわけじゃなかった。
ルフィを好きになってからのビビは本当に可愛い恋する少女で、嬉しそうにルフィの話をするその表情は幸せそうで女の私から見てもとても可愛いかったし、ルフィはルフィで、バカが付くほど真っ直ぐで正直で、恋愛慣れしてない初心なビビを騙したりしそうなタイプの男なら反対もするけど、大学生とは思えないほど純真な心を持った、それこそビビ以上に今まで恋愛なんてしたことないんじゃないかってくらい天真爛漫で無垢な男だったから、そんな初々しい二人の不器用な恋愛は微笑ましく、親友として今までずっと温かく見守り応援して来たのである。
でも、さすがにこれはちょっと「はい、そうですか」と簡単に受け入れるわけにはいかなかった。
ここ最近ビビが遅く帰って来たり外泊して帰って来なかったりする度にずっと感じていた寂しさや不満も相まって、思わず強い口調になってしまったとしても一体誰が私を責められただろう。

「そんなの、ビビが出て行っちゃったら私一人でこんなとこに住めないわよ！家賃も二人で半分ずつ払ってるし、一人で住むには広すぎるし！いくらなんでも、ちょっと勝手すぎんじゃないの？アンタ達！」

すると、ビビがこっちを見ながら悲しそうに眉を下げた。

「ナミさん……そうよね…………やっぱり……ナミさん困るわよね……」

さっきまで幸せいっぱいって感じだった顔が急に不幸のどん底みたいな顔になって、なんだか途端に自分がすごく酷いことを言ってしまったような強い罪悪感が襲う。

「あっ、い、いや、別に反対してるわけじゃないのよ？その〜、だから何ていうか〜……ちょっとあんまりにも急で私も困るって言うか〜……家賃とか、私一人で払えって言われても払えないし〜……じゃあここ引き払って引っ越すって言っても、物件探したりとか新たな保証金とか、準備するのにそれなりに時間もお金も必要で……だから、急におれ達一緒に暮らしますっとか言われてもさ〜…」
「実は……そのことなんだけどよ」

ルフィが急に話に入ってきて、驚いて視線を向けた。

「実は、おれ達もちゃんとナミに迷惑掛けないように考えて来たんだ」
「は…？考えてきたって……なにを？」

なんだろうと不審げに眉を寄せたら、急にルフィがニカっと笑顔になり。

「ナミのために、ビビの代わりにここに住む奴を連れて来たんだ！」
「はあっ？！」

ルフィがくるっと玄関の方を振り返って、口の横に手のひらを立てて大きな声で呼んだ。

「おーーい、入ってこいよ！」
「！？」

入って来いって……一体誰に言ってんの？

ぎょっとして、リビングから伸びる廊下の突き当たり右側、死角になっている玄関の方へと意識を集中し、固唾を飲んだ。
見えないが、その死角の方からゴソゴソと聞こえてきた靴を脱ぐ物音。
うそ？ホントに誰か居る！
それまで全然人の気配なんか感じなかったのに。
っていうか、今思えば三人で話してた間も、じっと気配をさせずに玄関で大人しく待っていたのだ。奴は。

まず最初にチラッと見切れたのは薄緑色の頭だった。
見たことない髪色だと思った。

そして次の瞬間、ぬっと廊下に現れた姿に唖然として言葉が出なくなった。






え？




―――――男？！






「…………！！」



ゆっくりと廊下をこちらへと歩いて来た、緑髪短髪の無表情な男。
かなり目つきが悪く、バチっと視線が合ってしまいその鋭さに思わず怯んだ。
ボストンバッグを肩に担ぎ、シンプルな白Ｔに黒いズボン姿のその男は、ガッチリと肩幅があってルフィよりも背が高く。
片手をズボンのポケットに突っ込んだまま不遜な歩き方でリビングまでたどり着くと、私から視線を外して部屋の中を見回し、そしてルフィに向かって低い声で話し掛けた。

「話……まとまったのか？」
「ああ、まあな」



っていやちょっと待てーー！！


勝手に話がまとまったかのような事言ってるけど、私は何も納得してないっての！


動揺しすぎてその憤りが言葉にならず、ただじろっとルフィを非難の目で見るとその視線に気づいたルフィが言った。

「あーえっと……こいつおれの友達で、ゾロってんだ」

そんなこと聞いてるんじゃない！！
思いっきり怒鳴りたかったけど、名前を紹介された男が意外にもこっちを見て軽く会釈した。
男の雰囲気とは不似合いな金のピアスが左耳で揺れて、それがまた男を妙に怪しく見せていた。
一応礼儀としてこっちも軽く会釈を返すと、今度はルフィが私をその男に紹介し。

「あゾロ、こっちはナミ。ビビの親友で、ここに住んでるって言ってたやつ」
「……ああ」

不愛想に答えた男が一瞬でじろっと上から下まで私を見て、目を逸らした。
ああって何よ、ああって。
もうちょっと気の利いたこと言えないの、この男。
んも〜っ超感じ悪いんですけどっ！

「いや〜、実はゾロは今住むとこなくて困っててよ」

ルフィがヘラヘラ笑いながら勝手に話を進める。

「とりあえずおれん家に居たんだけど、うちにはビビが来ることになったから、入れ替わりでゾロがこっちに来ればちょうどいいと思ったんだ〜」

これ以上ない名案だろ？と何の迷いもなく胸を張るドヤ顔ルフィ。クラクラと激しい眩暈に襲われて思わず眉間を押さえた。

「あの…………いや、ちょ、ちょっと待ってルフィ……ちょうどいいって……どこが？」
「ん？…いや、だから…ゾロは今住むとこを探してて、んで、ナミはここに一人で住むのは困るんだろ？じゃあゾロがここに住んだら、ほら、ちょうどいいじゃん！」
「いやあの……だからね、ルフィ…………その人、おとこ、よね？」
「ん？ああ、ゾロは男だ。それがどうかしたのか？」
「それがどうかしたのかじゃないわよこの馬鹿っ！！」
「？！？」

ついにそこで、ルフィの天然さにブチ切れてしまった私。

「いーーかげんにしてよっ！！いくらなんでもこんな見ず知らずの男と一緒に住めるわけないでしょ！！」
「な、ナミさん…？！」
「ナミ…？」

狼狽える天然バカップルを、優しく見守る親友の姿など最早どこにも無かった。

「ホンットに馬鹿じゃないのあんた達っ！彼氏でもない男と住むなんて無理に決まってんでしょ！いくら同居人が必要だからって、絶対に無いわ！だってもしも私が襲われたりしたら、アンタら一体どう責任とるって言うのよっ？！」
「いやでも、ゾロはおれの友達で、そんな事するような奴じゃ…」
「そんなのわかんないじゃない！！男よ？男！しかもよりによってこんな凶悪そうな目つきの人よ？！一緒に住むなんて絶対ヤバイに決まってんじゃないっ！」


「……オイ」



それまでじっと黙って腕組みしてた男が、急に威圧感のある低い声を発してきた。

「っ！……なによ」
「さっきから聞いてりゃテメエ……人を勝手に強姦魔みたいに言いやがって……はっきり言っとくがな、その心配はいらねェと断言しといてやる。おれは絶対にテメェを襲わねェ。テメェみたいな気が強くてエラそうな女、おれは全然好みじゃねェんだよ」
「！！」


キッパリと言い切った男に、唖然として目を剥いた。

……なんなの？この男っ！？
コイツこそなんでこんなエラっそうなのよ？！
しかも好みじゃないとか……普通会ったばかりの女の子にそんな失礼なこと言うっ？！！


「ちょっとなんなの？アンタ……絶対襲わないとか、好みじゃないとか…なんでそんなこと偉っそうにアンタに言われなきゃならないのよ！？」
「ハア？なんだお前…………じゃあ襲われたいのかよ？」
「なっ…！」
「…………どっちなんだ？」

皮肉っぽく薄い唇の片側だけ上げて鼻で笑われ、怒りと恥ずかしさにカッと頭に血が上った。

「っ襲われたいわけないでしょ！！」
「……ならいいじゃねェか。おれは単に寝るとこさえありゃあいいんだ。次住むとこ見つけるまでの間だけの話なんだからよ。ここに居る間家賃は払うし、お前はお前でその間に新たな同居人見つけるなり別の物件見つけるなり、すりゃあいいだろ？」
「…………！」

ルフィとビビも、その自信満々な男の物言いを肯定するように、こっちをじっと見つめてくる。

なによ？なんなの！？
見ず知らずの男と女が同じ部屋に住むって、おかしくないの？私が気にし過ぎなの？そう思ってる私の考え方が古いの！？

「っ…………わかったわ」

ほんとは全然わかってないけど、完全アウェイの空気に押されてそう答えてしまった。

「じゃあ……もし私に指一本でも触れたら、すぐに警察呼ぶから……いいわね？」
「フン、警察でもなんでも呼べよ。テメェに手ェ出すなんてこと、まあまずあり得ねえがな」
「！……言ったわね！」

女としてここまで馬鹿にされたら、もうこっちとしても引き下がれない。

「そこまで言うんなら……いいわ。同居させてあげるわよ」
「……偉そうに言いやがって。イヤな女だぜ」
「……！」

こんの男、マジでムカつく〜〜っ！


こうして見ず知らずの男――――ゾロと、流れで一緒に住むことになってしまった私。



その後荷物をまとめると言って自室に入ったビビを追って女二人になったら、やっぱりなんであんな男と一緒に住まなきゃいけないのかと不安と憤りばかりが大きくなっていった。
堪らずビビに泣きついたものの、ルフィと暮らす決意は固いようで、これ以上私一人駄々をこねて泣きつく訳にもいかず。




「じゃあ……行くわねナミさん」
「う……ん……」
「また残りの荷物は今度取りに来るから。これからも、時々遊びに来るからね！」

そう言って笑顔で手を振るビビとルフィを、複雑な思いで玄関で見送る。
そしてそんな私の後ろには、肩で壁にもたれて同じように二人を見送る緑髪の男。



「んじゃなー！」

明るく笑いながらルフィとビビが出て行って、玄関のドアが無情にもバタンと閉まる。

ゴロゴロゴロゴロと、ルフィがビビのスーツケースを引きずる音が遠退いていく。

閉ざされた空間に名前しか知らない男と二人っきり残されて、急激に緊張が高まり息が詰まってきた。
振り返ることすら躊躇され、ただ視線だけは落ち着きなく狭い玄関を彷徨う。
急に後ろにいた男がハァと大きな溜息を吐いた。
ビクッとして思わず体を強張らせると、すうっと男の気配が離れて足音をさせながらリビングの方に戻って行く。
自分もじっとそこにいるのがなんだか不自然に思えてきて、とりあえず玄関に鍵をかけ、なんとなく男の後を追う形でリビングに戻った。
さっきまでは自分にとってくつろぎの空間だったリビングが、男が居るせいですっかりぎこちない緊張の漂う空間と化してしまっている。
リビングの真ん中に立って無言のまま室内を見回している後ろ姿を盗み見ながら、テーブルに置きっぱなしだったマグカップを片付け始めた。

「おい」

急に声を掛けられて不覚にもまたビクッとする。

「っ……なに？」
「お前……ナミっつったけか？」
「……そうだけど」

緊張と警戒心で、やたらつっけんどんになる。

「……おれの部屋はどこだ？」
「……おれの部屋って…………ビビが使ってた部屋は、そこの左側だけど」

私が指差し、男が顔を向けた先は、廊下の途中にある白いドア。
そこに掛かっているのは、ハートの立体シールなどでデコレーションされた「ｖｉｖｉ」の金文字が光るピンク色の可愛い木製プレート。

「……ふーん」

指差した部屋のドアを見ながら男が微妙な返事を返してくる。
ここは今まで女だけだったから、ビビの部屋のプレートだけじゃなく、置いてある家具も小物も、インテリアそのものがすべてガーリーテイスト。
だからはっきり言ってこの男だけが完全にこの空間から浮いてた。
さすがにあのプレートにちょっと引いてんのかしら、なんて、思ったのも束の間。
男はおもむろにソファ脇に置いてたボストンバッグを持ち上げ、こっちを振り返ったと思うとあっさり言った。

「んじゃ、おれ寝るから」

それだけ言うと、男はさっさとビビの使っていた女子感満載の部屋へと入って行き。
その白い背中が消えるのを唖然と見送った後、後ろ手に閉じられた部屋のドアをしばらくぼんやりと見つめてしまった。
そんな自分にハッとして、我に返って慌ててマグカップを洗い、水切りに逆さまに投げるようにして置いてさっと自室に逃げ込む。
そして勢いよくベッドに倒れ込み。


「はあああ〜〜…………もうなんなのよ〜〜！」


やり場のない苛立ちを枕に向かって吐き出すも、いきなり知らない男と同居することになってしまった現実は変わるわけではなく。

こうして私にとっては甚だ不本意な形で、ゾロとの共同生活は始まることになったのであった……。




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