ロングナイト  −前編−

                                せん松 様



 その店は、オフィス街の小さな雑居ビルの二階にひっそりとあった。薄暗い階段を上った先にあるチーク材の重厚な扉を押し開けた先の、カウンター八席だけの小さなバーだ。その店の主の名はサンジという。二十五歳の若さながら、彼はこのバー「オールブルー」のオーナーでありバーテンダーであり、また並のレストランよりよほど手の混んだ一皿を提供するコックでもあった。

 開店一時間前。
 カウンター内部に隠すように置かれたデジタルの小さな置き時計が、夜七時を告げた。
 すでに仕込みと店内の清掃を終えたサンジは、カウンター内のシンクに両手をついて狭い店内を見渡し、一息入れた。度が過ぎると言われるほどの愛煙家だが、店に立つ日は仕事終わりの一本に全ての満足を取っておく主義だ。寂しい口元を指先でなぶって宥め、外に開かれた唯一の小窓を閉めるために手を伸ばした。
 斜めに滑らせる様にしても半分しか開かないこの窓は、店の表通りに面している。帰宅途中の会社員で人通りが絶えないその通りと、西の空を紫色に染める、ほとんど沈みかけた夕日をサンジはしばし見つめた。この空に滲むような夕焼けを見れば明日もおそらく晴天だろう。毎日がすでに夏の走りのような青空と暑さを感じる日々だ。もうこのまま梅雨明けしちまうかな、と誰に聞かせるわけでもなくサンジは独りごち、窓を閉めてエアコンのリモコンボタンを押した。
 予約客の最終確認のために、レジ横に吊した小さなノートをぱらりとめくる。七月三日、と大きく書かれた今日のページには、時間はバラバラに、常連客と新規客、三組ほどの名前が記されていた。頭の中でそれらを再確認していると、不意にまだ「OPEN」の札を出していない扉がギッと音を立てて外から開けられた。
「あー、すいません。開店はまだ……」
 言いつつ、扉の向こうから姿を現した長身の男の顔を見やって、サンジは営業スマイルを歪ませた。

 男はサンジの言葉もあからさまに不機嫌そうに吊り上がった目つきも無視して、そのままカウンターの一席にどかりと腰を落とす。そして一言、「飯」と呟いた。
 サンジの目が呆れたように半目になり、無駄だとは思いつつも、という風に低い声で受ける。
「聞こえなかったか? 開店はまだ。八時からだっつってんだ」
「知ってる。腹減ってんだ。なんか腹にたまるものくれ」
「おい、ゾロ。いつも言ってんだろ。ここはてめぇん家の食堂じゃねえんだぞ」
 ぎろりと睨みつけても男はこたえた様子もない。サンジは諦め、わざとらしい舌打ちをしてカウンター内のシンクに向き直った。その男――ゾロはしばらくカウンターごしに、手持ちぶさたそうに調理をはじめたサンジの手元を見ていたが、やがて悪びれもなく要求を付け足した。
「ビールも一杯」
「……わかったよ」
 投げやり気味に答えたサンジだったが、やがてビールを注いだグラスと、ローストビーフのサンドイッチを盛り付けた皿をゾロの前に置いた。皿には付け合わせにピクルスとフライドポテトと、アンチョビソースであえたほうれん草とパンチェッタのサラダも添えてある。ゾロは「わりいな」と一言呟き、姿勢を正して両手を合わせた。開店前に無理矢理料理を出させたわりには、「いただきます」だけは礼儀正しい。そのまま無言で、ゾロは一つ一つのサンドイッチを口の中に放り込んでいった。

 高校のころからの腐れ縁であるこの男とは、一対一ではそれほど親しくした覚えも無いが、友人の友人というゆるい繋がりのままもう十年近くのつきあいになる。どうも近所に住んでいるらしく時折こうしてサンジの店にふらりと訪れ、営業時間やメニューなど気にせずに「飯」の一言で食事を提供させる図々しさだが、サンジの方もいつの間にかそれに慣れっこになってしまい、口からは文句を垂れ流しながらも栄養と味のバランスを取れた一皿を、酒付きで、しかもおかわりにも応じるのが当たり前になっていた。
 サンジと同年齢であるこの男は、本業はボディーガードと本人は主張するしその仕事の実入りが一番多いそうだが、身体一つを資本にしたフリーの何でも屋、というのが一番正しいだろう。
 幼い頃から格闘技系のスポーツで鍛えた運動能力を買われて、スポーツイベントのデモンストレーションにかり出されることもあれば、その筋肉質の体つきを見込まれてモデルもこなしたこともある。かと思えばインストラクターの資格やスポーツ医学の知識も有しており、高校の剣道部のコーチなども時折勤めているという。責任感も強く、愛想が良いとは言いがたいものの意外に器用な質で、どんなことでもそつなくこなす。お陰でサンジも正確なところを知るわけではないが、仕事は単発が多いながらも途切れることはなく、収入面もそう悪いわけではないらしい。

 やがて、十分もかからぬうちにゾロは皿を空にすると、ビールの最後の一口を喉に流し込んで、再び礼儀正しく「ごちそうさん」と手を合わせた。
「2800円」
 サンジが手のひらを差し出すと、黙ってゾロは千円札を三枚出した。

 そのまま会話もなく席を立つのが常であったが、珍しくゾロは座り直すと、もう一杯酒、と言いだした。
 サンジは訝しげに沈黙したが、ウオッカベースのカクテルを出してやる。次につまみって言い出すだろうなと想像して皿に適当に前菜を盛り付けていると、予想通りにゾロからのオーダーが入った。
「暇なのか?」
 一人で黙々と飲むゾロに、サンジはふと聞いてみる気になった。
「一人飯に、一人酒。デートの相手くらい、いねえのかよ」
 からかうように言ってみただけだが、ゾロの視線がサンジの顔に固定された。愉快とも不愉快ともつかぬ表情に見つめられて、サンジの方がややたじろぐ。
 なにか地雷でも踏んだか、と内心肩をすくめて黙り込むと、ゾロがぼそりと呟いた。
「九時に駅前で待ち合わせだ」
 意外な言葉に、サンジは思わずカウンターから身を乗り出した。
「女!?」
「ああ」
「おい、バカ。じゃあ何やってんだ。先に一人で飯食って、酒飲んで。デートなんだろうが」
 だが、そんなサンジの言葉に、ゾロの返答は乾いていた。
「ヤるだけだからな」
「……?」
「会って、ヤって、それで終わり」
 そしてまた、酒を一口含む。サンジはゾロの言葉の意味を理解するのに数秒の時を要した。が、やがて眉をつり上げて声を出す。
「てめえまさか! こ、今度はそういう商売……!」
「ああ!? ちげえよ!」
 意外すぎる反応に、ゾロの眉も吊り上がった。
「何でそうなる!」
「……いや、お前けっこうそういう声もかかりそうじゃねえ? え? 違うのか? 本当に?」
「金もらってわざわざするかよ、そんな真似。……ヤるだけの相手だ」
 少し強めに溜息を吐き出して、ゾロは一気にグラスを飲み干すと「同じの」とそのグラスをサンジに掲げた。虚をつかれたサンジは今度は文句も忘れて後ろの棚から酒瓶を手に取ると、そのまま確認のように繰り返す。
「……金のやりとりとか、ねえってことだな。お前にも、お相手のレディにも」
「そうだ」
「じゃつまり、あー、まあ言うなれば、セフレかよ」
「……そうだな」
 へえ、と。サンジは小さく呟いた。

 ゾロは、昔から女にもてる。その事実を、サンジはその付き合いの長さの分見せつけられていた。
 そのガタイの良さはもちろんのこと、端正な顔つきと硬派な内面が良いのだと、数多くの女性がいつもゾロの周囲にはいた気がする。反面、そうやって恵まれていたせいかゾロ自身は淡泊そのもので、深い付き合いになった女の数は多くても、どの相手ともそれほど長続きはしなかった。よってセフレ――つまり割り切ったセックスだけの関係という今の話も、ゾロらしい女との付き合い方とも言えなくはない。
 内心はいろいろと引っかかりを覚えつつも、個人の自由だとサンジは割り切ろうとした。
 が、何やら視線を感じてゾロを振り返ると、ぼそりとゾロの口から話の続きがこぼれ出た。

「二カ月くらい前、仕事の飲み会で会った女だ」
「へえ」
「酒が強かった。それに付き合ったせいで、おれも初めて酒で記憶が飛んだ」
「お前が? そりゃ相当な酒豪だな」
 もう一杯、ウオッカを注いだグラスをゾロの前に置く。
「で、気付いたら、ホテルの部屋でそいつとヤりまくってた」
「……そうかい」
 あまり男側からの、それも知り合いのその手の話には興味が無い。サンジの返答は自然と気が抜けたものになったが、一方であまり自分のことを語りたがらないゾロがそんな話をするのも珍しく、遮るのもためらわれた。つい、合いの手がわりに続きを促してしまう。
「それが、すげえ良かったとか?」
「ああ」
 言いきった後に、一口酒で口に含む。
「その後、連絡が来て、何度か会うようになった」
 サンジは、ふうん、とか、そりゃ羨ましい話だとか、口の中で濁すように適度に呟いた。
 ゾロの口調は淡々としたものだが、変に話を続けようとするような気配だけは感じ取れた。のろけを聞かされているのかと思いもしたが、時折言葉の節々に混ざる重い吐息が、気にかかる。バーテンダーとしても長く客の相手をしてきたサンジには、声音や顔つき一つで、その客が抱える悩みも手に取るように感じることができた。だが、付き合いの長いこの男が次に自分を見上げた時のその表情を見て、サンジは我が目を疑った。

「おい、クソコック」
「……なんだよ」
 常に己に対しても、世界に対しても真っ直ぐなこの男が、どこか陰った視線をサンジに向ける。思わず手の動きを止めたサンジに、ゾロは今まで発したことのないような言葉を、自分の口から漏らした。

「女を口説くってのは、何をどうすりゃいいんだ」

 もし口元に煙草をくわえていたら、そのまま唇から滑り落ちただろう。
 変な形に顔をゆがめて、思わずまじまじとサンジはゾロの顔を見つめ直した。

 カウンターを出てゾロの隣の席に腰を下ろしたサンジは、無意識にズボンのポケットをまさぐって煙草の箱を取り出そうとした。が、奥の休憩室に置いてあることを思い出して、ちっと、小さく舌打ちする。
 開店時間が迫っていることもどこかに飛んで、サンジはゾロに顔を近づけた。
「その、セフレの娘か?」
「そうだ」
「……口説くも何も、もう散々ヤっちまって、今夜もヤりまくるんだろ」
 どこかからかうようかのようなサンジの口調だったが、ゾロは無表情でスルーし、そうだと肯定する。サンジはけっと口を尖らせた。
「……つまりお前の方は、本気になっちまったってことか」
 へえ、へえ、なるほど。あのゾロが、ね。
 サンジはとっさに記憶を巡らせた。学生時代からの十年間、女性に苦労したことがないその様子を近くで苦々しく見ていたものだが、反対に一人の女性に入れ込む姿もまた見たことはなかった。ましてや自分から口説きたいと、よりにもよってサンジに相談してくるなど――一生に一度、あるかないかの、天変地異にひとしい出来事ではあるまいか。

 が、話としては珍しいことではない。とことん聞かせてもらおうじゃねえかと、煙草がないことを心底惜しみながら、サンジはカウンターを指先でとんとんと叩いた。
「相手はどうなんだ」
「知らん」
「知らん、はねえだろうが。お前に惚れてる雰囲気とか、ねえの?」
「分かるかよ」
 低いゾロの声に、サンジは呆れて溜息をついた。
「あーそうだな。お前にそんな女心が分かるとも思えねえ。でも、ヤらせてはくれる、と」
「今夜は、向こうからメールが来た」
 ゾロはカウンターに置いてあった、自分のスマートフォンを手に取った。メールを見せてくれるのかとサンジが覗き込むと、気配を察してそのままズボンのポケットに滑り込ませた。
「仕事で遅くなるけど、会えるかって」
「で、お前はほいほいOK、と」
 サンジの口調に、ゾロの眼光が一瞬鋭く光る。サンジは肩をすくめて話を変えた。
「仕事って何? そもそもどんな娘なんだよ。何歳?」
「普通の会社員だ。年は……24? 聞いた気もするが、はっきり覚えてねえ」
「美人?」
「普通……じゃねえか」
 言いよどむようなゾロの言葉にサンジの眉が曇る。が、今のは自分の聞き方が悪かったと思い返した。このゾロに女性の美醜の判断ができるとは思えない。
「性格は?」
「がめつい」
「おい、いきなり、それ?」
「あとは、気が強い。口が良く回る」
「ほう」
「のわりに、笑い方は、子どもみてえで。で、怒らせたらすぐに殴りやがる」
「……ヤってるだけのわりには、よく見てんな」
 不思議そうに問いかけると、ゾロがサンジを見返した。
「時間がありゃ、飯も食うし酒も飲むからな。ヤってる最中はともかく間あいだにゃ話くらいするだろ。一晩中ずっと突っ込んで動かしてるだけじゃねえだろうが。……なんだ? てめえはそうなのかよ」
「んなわけあるかよ。愛情ってのは全部言葉からだ。……へえ、でも意外。おれはお前こそそんな感じなのかと思ってたぜ」
 しばらく、二人の間には沈黙が流れた。ゾロは口を付けられるグラスがあるが、サンジには煙草がない。口寂しさをもてあますように、サンジがちらりとゾロを見やった。
「で、その彼女の、どこに惚れたんだよ」
「分からん」
 その返答に、サンジはがくんと顎を落とした。予想外というか、あるいは、予想通りというか。
「それが分かれば、苦労はねえよ。最初にヤった時はともかく、その後は、けっこう面倒な女だと思ったんだがな」
「面倒?」
「ちっともこっちの思い通りになりゃしねえ。一度拗ねたらどうあってもヤらせねえとか言いだして、かと思えば突然猫の子みたいにすり寄ってきたり。言い合いになりゃまず勝てねえし。気分屋だし。連絡取れなくなったと思ったら、今日みたいにいきなり会いたいとか言ってくる。――帰したくねえのに、終わりゃとっとと帰るって言い出す」
 ゾロの声には苦いものが混じっている。それを聞き、サンジも同調とも、共感ともいえない息を漏らした。
「そりゃまた、いいように翻弄されてんじゃねえか。気付いた時には、もう心を掴まれちまってたってわけ」
「……」
 ゾロのグラスで、残った氷だけがカランと鳴った。もう一杯、とグラスを差し出すゾロに、サンジはちらりとカウンター内の時計を見た。
「もう止めとけよ。彼女と会う前に酔っ払ってどうすんだ」
「これくらいで酔うかよ」
 だがサンジはゾロを無視して、再度カウンターの中に入っていった。隠すように置いたデジタル時計の時刻は七時四十七分。そろそろ開店の支度をしなくては。

 酒がないのなら、と氷を口に入れガリガリとかみ砕くゾロに、サンジは視線をやらずに言い放った。
「簡単だろ」
「?」
「帰るな、って言えば、いいだけじゃねえか」
 口説くなどと、面倒なことを考えずに。
「それで帰っちまうようなら、元からお前はそういう対象じゃねえんだよ。セックスだけの相手ってことだ」
 砕かれた氷と口の中でとけた水が、ゾロの喉を鳴らした。
 サンジが一度ゾロを見やる。無表情のままその顔を見上げたゾロは、やがて尻ポケットの財布から千円札を二枚抜き出し、カウンターに置きそのまま席を立った。

 重いチークの扉が外から閉められ、ぽかりと空気に穴が開いたようなカウンター席にむけて、サンジは呆れぎみな笑みを浮かべて呟いた。

「それを、言えねえのか。見た目に反して、青い奴……」

 さて、と気を取り直したサンジはゾロの残した皿とグラスを片付けると、白い「OPEN」と刻まれたプレートを手に取り、扉の外側に取り付けた。階段を降りて、道沿いの外壁に「今日のおすすめ」を記したボードを吊す。すると、女性の二人連れに背後から声をかけられた。
「すいません、お店の方? 八時に予約してた……」
「おっと失礼、お待ちしておりました。ようこそ、オールブルーへ」
 振り向きざまに向けた笑顔は、バーテンダーでオーナーシェフの営業スマイルだった。







 帰宅客でごったがえす駅の地下道でも、ゾロはいつもその姿だけはすぐに見つけた。明るい色に染めた長い髪に、薄手のワンピース。シックな服装なのは仕事帰りということなのだろう。目立つ電子公告の入った柱の前で、スマートフォンを眺めながらちらちらと周囲を探るその姿に、ゾロはゆっくりと近寄った。
 サンジの店を出てから適当に時間をつぶして、今の時刻は待ち合わせの五分前。向こうは、まだこちらを見つけていないようだ。自分の姿を求めて辺りに視線を彷徨わす大きな目を見やりながら、斜め後ろからゾロは声をかけた。
「ナミ」
 あっと言って、ナミが振り返る。ゾロを見上げにっと笑った唇が化粧のせいか艶めいていて、吸い付けばとろりと甘い果汁を味わえそうだ。ナミは人差し指を立てて、ゾロの鼻先に触れた。
「今日は遅刻しなかったわね」
「いつも、してるわけじゃねえだろ」
「でも約束の時間より早く来たの、初めて」
 そっとナミの方から絡めてきた手のひらを、ゾロは握り返すでもなく、振りほどきもしなかった。
 もう食事をしたのかと聞かれ、したと答える。歩きながらナミが顔をゾロの顔に寄せる。「お酒も飲んでる」。言われて、酒臭いのかと初めて気付いた。お前は、と聞き返すと、残業の前にちょっと食べたから大丈夫、と。
 それ以上の話題をお互い探すこともなく、すぐでいいか、とゾロが問うた。うん、と頷くナミの返事も、別に何の意識も感じられない。二人の足は自然と駅前の繁華街を抜け、小さなホテルが建ち並ぶ静かな街路に入っていった。適当なホテルに入り、適当な部屋を選び、部屋のドアを開けるまで、二人は無言のままだった。

 二人の時間は、いつも口づけから始まった。
 部屋に入るなり、ゾロはナミの身体を抱き寄せる。まって、という言葉をいつも無視してナミの身体を壁に押しつけ、軽く唇を何度か合わせたあとに舌を差し入れた。お酒の匂い、ナミの言葉が合わせた唇の隙間から漏れたが、聞こえぬふりをしてその言葉ごと、こぼれた唾液を舌で舐め取る。
 ナミの身体から力が抜けると、そのままベッドに二人で倒れ込んだ。服がしわになるとか、まだ靴が、とか、機嫌によってはナミはもうここでごねはじめるが、今日は従順な方だ。ゾロが体重をかけて押しつぶすような形になっても、その重みを受け入れるように背中に手を回してきた。
 ゾロの薄い唇と、皮の厚い手のひら、指先がナミの白い肌を弄る。どう脱がすんだこれ、と呟くと、もうと頬を膨らませて、ナミは起き上がった。背中に手を回し、ゾロには見えなかったホックを外す。肩から袖を滑らせて下着があらわになると、もういいと言ってゾロはもう一度ナミを押し倒した。
「次は、もっと脱がしやすい服で来いよ」
「知らないわよ、そんなの」
 ワンピースの布地をナミの足下から引き抜いて、待ちきれぬようにブラジャーを押し上げると、ナミはバカと呟いて背中のホックを自分で外した。こぼれた白い双丘を下から揉み上げるようにすると、バカと言った唇から甘く掠れた吐息が漏れる。尖った先端に、ゾロが舌を這わす。吐息の熱が、さらに高まったように聞こえてきた。
「シャワー……」
「……後だ」
 舌先で丹念に、時には大きくかぶりついて、ゾロはナミの豊かな乳房を存分に味わった。刺激を与える度に、ナミの身体が小さく震え、呼吸がなまめかしく乱れ出す。熱を感じ始めたのか、足の間を自分の太ももですりつけるように悶えだしたので、ゾロは手をやって小さな下着を下げ降ろした。
「あ……」
 そのまま足を開かせ、自分の腰を潜り込ませる。服をまだ脱いでないことに気付いた時、ナミが手を伸ばしてゾロのシャツの裾を引く。
「ゾロ……はやく」
 一度その手を押さえて、ゾロがシャツを脱ぎ、ズボンのベルトに手をかける。すでに中でそそり立ったものを押さえながら、ズボンと下着をそのまま纏めて足から抜く。すると、あらわになったゾロ自身をいつの間にか身を起こしていたナミが指先で触れ、小さな手でぎゅっと握りしめた。
 軽くしごかれるのに任せた後、ゾロはナミの頭を自分の腰に寄せた。口元に先端を当てると、ナミの舌先が敏感なそこに這わされる。わざとのように唾液の音をたてて、ナミが咥えられるだけ口内に飲み込む。それを上から見下ろしながら、ゾロはさらにナミの頭を自分の腰に引き寄せた。
 んっ、と小さな声でナミは反抗したが、ゾロは何度もナミの口の中にそれを押し込んで強引にしゃぶらせた。非難がましい視線で睨み上げられても、その目の端に光る小さな潤みがゾロの嗜虐心を刺激する。もっと、とさらに口を開かせようとした時、ついにナミの平手がゾロの腕をしたたかに叩いた。
「ん……、バカ!」
「……いてえな」
「もう、乱暴するならやってあげないわよ!」
 口を離し、きっとゾロを睨みつけるナミだったが、その手は軽くそれに添えられたままだ。人質を取られたような気分で、悪い、とゾロが掠れた声をこぼすと、ナミはもう一度、今度は自分のペースでと宣言するかのように、ゾロのものに舌を這わせて、くちゅくちゅと、先ほどよりもっと妖艶な音をたてて舌先で嬲りはじめた。今度はゾロも大人しくナミに任せていた。
「ゾロの、おっきい……」
 そういう声を出すな。と、思わずゾロはゴクリとつばを飲み込んだ。
 腰の下からどんどんと沸き上がる快感に耐えつつ、ゾロは自分の足の付け根にうずくまるナミの頭を軽く撫でる。射精感をごまかすように、ナミの柔らかな髪の中に指を埋め、すくう。ナミはナミで、ゾロの手が届かないお尻の下をもぞもぞと動かして、太ももをこすり合わせていた。その尻の動きを見ながら、無意識にそこに突き立てるイメージで、ゾロの腰が上下に揺らぎはじめた。
 動かないで、とはナミは言わなかった。
「いいよ、出して」
 代わりに、ゾロを見上げてそう呟く。その言葉の響きが、ゾロの最後の理性を優しく断ち切った。
 もう一度だけ強引にナミの頭を引き寄せ、ゾロは少しの律動の後に、ナミの口内に白く濁ったものを放った。

 回復に、時間はいらなかった。
 ナミが飲みきれず汚した口元をティッシュで拭うと、ゾロはそのままナミの身体を伏せさせた。ほとんど一瞬で再びそそり立ったそれに焦れったくゴムを付けて、一気に後ろから最奥に突き立てる。小さなナミの悲鳴も、制止にはならなかった。ゾロはナミの中にねじ込み、引き抜き、そしてまたねじ込む。
「あっ、あっ、あ……!」
 挿れる前からすでに太ももを濡らすほど滴っていたナミの中は、どろどろに溶けてひどく熱く、ゾロのそれを溶かしてしまいそうだ。ゾロは激しく注挿を繰り返しながら、ナミを見下ろした。シーツに顔を埋め、ベッドにすがりつくようにして快感に溺れている。荒い呼吸に時折自分を呼ぶ声が混ざる。
「ゾ、ゾロ……、あ。ああ! あん、ゾロォ……!」
 その声だけで、ゾロに血が集まった。ぐっと大きくなった気がしたそれが、さらにナミの中を嬲る。もう一段ナミの声が高くなり、声と呼吸が一瞬止まる。内側のビクビクとした痙攣が、ゾロを締め上げる。
 イッたか。それだけを確認して、ゾロはゴム越しにナミの中に射精した。



 シャワーを浴びながら、もう一度。ベッドに戻ってから、さらにもう一度。
 ほとんど休む暇も無く互いに快楽を貪っている内に、休憩で取った部屋の終了時間が迫っていた。フロントからの電話で、朝まで延長も出来ると言われたが――二人ともに顔を見合わせて、どちらがそうとも言わぬまま、ゾロが延長を断った。
 今度は別々に軽くシャワーを浴びて、互いの汗と唾液と体液を身体から洗い流す。当然ゾロの方が着替えも早くすみ、ギリギリまで鏡に向かって身支度を調えるナミの背中を、ベッドに転がったままなんとはなしに眺めていた。
 時刻は0時前。まだ、電車は動いている。

 ――”帰るな、って言えば、いいだけじゃねえか”。

 ナミと会う前に寄った、オールブルーのサンジの言葉。一瞬それを思い出したゾロだったが、そういった旧友の顔の方に苛立ちを覚えて、頭の中から振り払う。
 パチン、とナミの鞄が閉まる音が、ゾロの意識をホテルの室内に戻した。化粧を直してすっかり駅で会った時のナミに戻った姿を見て、ベッドから身体を起こした。
「行くか」
「うん」
 また唇の色が甘い果実のように艶めいているのを見て、おれはあれを喰ったのか、と自問する。見つめるほどに喰い損ねた気がして、もう一度壁に押しつけようかと思ったが、その前にナミに手を取られ、ゾロはホテルの部屋を後にした。




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