SPLASH!
たっき 様
その夜。
ぽっかりと浮かんだ満月がふわりと柔らかく甲板を照らしていた。
夜も更けて、満月がすっかり高い位置になったころ。
ゾロはムスッと一人で、酒を飲んでいた。
そんなゾロの顔に、
ピュンッ!
と水しぶきが飛んできた。
「?」
水が飛んできた方を見ると、誰かが小さな水鉄砲を向けて立っている。
「ナミ?」
暗闇に目を凝らして聞くと、ナミはうん、と頷いた。
「はん………もう水鉄砲はコリゴリ、じゃねェのかよ」
ゾロはまた酒を飲んだ。
ナミは、ストンとゾロの脇へ腰を下ろすと、
「まぁね。でも、アレよ」
勝手に酒をジョッキに注いで飲む。
「あんたに謝ろうかな、と思ってきたの」
「ヘエ……」
ゾロは面白そうに口角をあげた。
「珍しいこともあるもんだな」
「確かに一人で甲板掃除はキツかったけどよ」
あのあと、みんなの総攻撃を受け、ナミさんを無理矢理襲ったという無実の罪で、結局ゾロが一人で甲板掃除をやるはめになったのだった。
「悪かったわ。よく考えたらあんた、なんも悪いことしてなかったし」
「もういいさ別に。誰も本気で、俺がお前を襲ったなんて思ってねえしな」
「当たり前よそんなの」
ナミはほっとしたように笑って、酒を煽った。
「でーもーさー。ほんのちょっとだけショックだったな」
「なにが」
「あんたが、全っ然反応しなかったこと!こんなの初めて!あたしの魅力もまだまだなんだなあ〜ってさ!」
「まだ言ってんのかよそんなこと」
ゾロはケッというように呟くと、酒を飲んだ。
「だってさあ〜」
不満げなナミに、ゾロは言った。
「ただの脂肪の固まりに、なんで反応しなきゃなんねェんだよ」
ゾロの言葉に目を見開いて、
「うっわ、期待を裏切らない変人ぶり……」
呆れ果ててナミは言った。
やっぱダメだコイツ、堅物を通り越してヤバイわ。
そう思っていると、ゾロは意外なことを言った。
「だから、俺はもったいねェと思うんだよな……」
「?」
「お前、女じゃなきゃよかったのになぁ」
「??」
「無駄にいい体してるから、中身の良さが引き立たねェっていうか………」
「一生懸命なとことか、絶対にくじけねえとことか、情に厚くて涙もろいとことか」
「そういういいところが、わかりにくい」
「ちょ、待って、そ、それどういう……」
唐突に言われた言葉の数々に、思考がついていけなくてナミはしどろもどろになった。
「どういうもこういうも、そう思ってた、俺はな」
顔色も変えず、ゾロはあっけらかんと言った。
「みんな、つーか男どもは特にそうだが、お前の外見しか見ねえで誉めちぎるだろ。ちっとばかし外見がいいだけの人間だって思われたらもったいねェ」
「は、はぁ………」
ナミは、しれっと言いのけてるゾロをマジマジと見つめた。
(なんかコイツに今、めちゃめちゃいいこと言われてる気がするんだけど……)
「そ、そんなにナチュラルに誉められると、照れるんだけど…」
「は?誉めてねェよ。ただ思ったこと言っただけだ」
「あ、そう…」
(て、天然かい!)
ナミは愕然としながらも、かあっと頬を染めた。
「ま、とにかく色仕掛けは、ほどほどにしとけよ」
「は、はい……」
別に色仕掛けしたつもりは無いけど、否定もせずにこくりと返事をすると、ゾロは意外そうにナミを見た。
「素直すぎて、気色悪ィ」
「なによ!」
あれれれれ。
なんだかわかんないけど、このむず痒さどーしたらいいの。
居心地悪いようなもっといたいような変な気持ちは。
「んも〜、わかんない!えいっ!」
ぴゃっと水鉄砲をゾロに向けて発射してやった。
「つっ!冷てーなっなにすんだよ!」
「あはははは」
ナミは笑う。
なんなのなんなの、むず痒いよ、嬉しいみたいな恥ずかしいみたいな、どうしたの私。
「あーもーゾロなんか!えいえい!」
「なんなんだいきなり!やめろっての!」
照れたように笑って、水鉄砲を打ちまくるナミに、ゾロはブンブンっと首を振った。
「こっちにゃ武器ねえのに……お、そうだ」
甲板に置いてある防火用のバケツに、ゾロは手をつっこんだ。
そして手のひらで水鉄砲を作って、ピシュンと飛ばしてきた。
「くらえ!」
「きゃっ!」
「わははは、恐れ入ったか」
「やったわね!」
手のひら鉄砲とはいえ、ゾロの手は大きいので一度に飛んでくる水の量が半端ない。
「ちょちょちょ、待って、わかったから!」
面白がって何度も大量に水を引っ掛けてくるゾロに、反撃も間に合わなくなってナミは逃げようとした。
と、濡れた床に足を取られて、あろうことか後ろ向きにしりもちをつく。
「いった〜!」
「大丈夫かよ?」
ゾロの声が頭の上から降ってくる。
「大丈夫じゃないわよ!あんたなに笑って……」
はははと笑うゾロの顔が、逆さまにうつる。
「………」
座ったゾロの膝の上に、頭が乗っかってる状態のまま、ナミはパチパチとまばたきをした。
|