そのお城はオレンジの森に囲まれ建っていました。
森の中からひょっこり顔を出してる小さなお城でした。
その少女はずっと1人でお城に住んでいました。
天気の好い日は歌を口ずさみながら森を散歩したり、
草原でオレンジを食べながら日向ぼっこをしたりして過していました。
或る日、1人の青年が近くに住む村人の案内で、オレンジの森の側までやって来ました。
皮シャツに皮ズボン、緑の毛織のマントを羽織り、3連ピアスを左耳に付け、3本の刀を携えた青年でした。
短く刈った緑の頭髪、濃茶の瞳からは強い意志の光が見て取れました。
青年の名前を『ゾロ』と言いました。
オレンジの森の姫君 −1−
びょり 様
「噂を聞いて、どんな怪しい場所かと思い訪ねてみれば・・・大して深くもねぇ森だし、城はズドンと真ん前に見えてるし・・・魔物が棲み付いてる様には到底見えねぇが?」
「・・・300年間、城の財宝求めてあんたみたいな屈強な男達が何十人も森に入って行ったが・・・戻って来たのはたった3人ぽっちだったそうだ。昨日も5人の男が入って行って・・・無事戻ったのは1人だけだったよ。そいつの話じゃあ、城の中には女が居て・・・そいつは姿を見た途端怖くなって逃げ出したんだと・・・他仲間の安否は判らねぇ・・・帰って来ねぇんだからな。」
「そりゃまた頗る興味のそそられる、恐ろしげな話だな。」
「悪い事は言わない、あんた、止めとけ。無事戻ったのは、皆、女の影を見ただけで逃げて来た奴だけだそうだよ。恐らくその女が魔物さ。怖気付くのは恥じゃねぇ、命以上の宝なんて有得ねぇんだからな。」
「一流のトレジャーハンターだぜ、俺は。トレジャーハンターが財宝を目前で諦めて、何の存在価値が有るんだよ?誰も手にした事の無ぇお宝と聞いちゃ、尚更行かねぇ訳にはいかねぇさ。」
「・・・・・なら道案内は此処までだ。命が何より惜しい一般人だからな、俺は。馬も返して貰うよ、大事な財産なんだ。悪いが此処から先は1人で歩いて行ってくれ。」
確かに深い森では有りませんでした。
木もゾロより頭3つ分位背高のっぽなだけで、見上げれば入り乱れた葉や枝の隙間から青空が覗けます。
どの木にも見事に熟したオレンジが鈴生りで、風が吹く度に甘酸っぱい香が森中に立ち込めました。
「クソッ!どうして何時までも抜けられねぇんだよ!?確か中心に向って真っ直ぐ行きゃ城に着く筈だってのに・・・流石は『魔の森』だぜ・・・侮れねぇな。」
一流のトレジャーハンターは、一流の方向オンチだったのです。
空に星が瞬き月が浮かぶ頃、ゾロは漸く森から抜け出す事が出来ました。
「・・・朝出発したってのに夜まで掛るたぁ・・・大勢の人間が行方不明になったのも無理は無ぇな。きっとこの森には方向感覚を無くしちまう某かの魔法が掛けられてるに違いねぇ。」
しつこいようですが、一流のトレジャーハンターは、一流の方向オンチだったのです。
森を抜けたそこには草原が広がっていました。
中心には月光を浴びて仄白く輝くお城が建っていました。
真ん中の1番高い棟は尖塔状になっていて、壁があちこち剥げ落ちている、小さな古いお城でした。
満天の星の下、ゾロは草原にどっかりと腰を下ろし、道すがらもいで来たオレンジを1個取り出しました。
ゾロの手にすっぽりと収まる位の、小振りなオレンジです。
皮ごと齧った途端、飛び散った芳香が鼻腔を擽り、程好い酸味が口一杯に広がりました。
風に吹かれて草や枝木がざわざわと鳴る以外、辺りからは何の物音も聞えて来ませんでした。
「勝手に人ん家のオレンジ、食べないでよ。」
突然の声に驚き前を向けば、何時の間にやら少女が1人、直ぐ側に立って見下ろしていました。
月光を浴びて立つ姿は・・・年の頃にして十七、八でしょうか。
肩に触れるまで伸ばした髪は、手に持ったオレンジと同じ色をしていました。
緋色の瞳が闇夜に光る猫の目の様に輝いていました。
袖の無い白い寝間着みたいな服を着ていました。
「無断で人ん家の庭に入って、生ってる物をもいで食べるなんて、あんまり失礼だと思わない?」
「・・・・此処は、てめぇん家なのか?」
「そうよ。」
「そうか・・・そりゃあ、知らなかったとはいえ、済まなかったな。」
ゾロは、決まり悪げに頭を掻いて詫びました。
そして立ち上がると、服に付いた草をぱんっと払い、持っていた残りのオレンジを少女に差し出しました。
「1個は食べちまって返せねぇが、残りは返すぜ。」
「返さなくてもいいわよ。もいじゃったら、もう木には戻せないもの。残りは手土産としてあげるから、取っといたら?」
「・・・そりゃどうも御丁寧に。」
「噂に名高い魔物ってのは、おめぇの事か?」
「不本意ながら、そうみたいね。」
少女の普通に拗ねた物言いに、ゾロは思わず苦笑を漏らしました。
「悪ぃな。あまりにおどろおどろしい噂話ばっか聞かされてて・・・想像してたのと全然違ったんで拍子抜けしたのさ。」
「・・・見た目、普通の人間と変わらないでしょ?」
「ああ、あんまり器量良しなんで、びっくりしたよ。」
「そりゃそうよ、元は人間だったんだもの、私。」
「・・・・人間だった?」
「ええ、300年前までは、ね。」
不思議に淡々と少女は話します。
この時になってゾロは少女の左肩に、鉤裂きの様な大きく引き攣れた傷が有る事に気付きました。
剥き出しの滑らかな白い肌に、それは無残にも刻まれていました。
「おめぇ・・・名前は?」
「先ず自分から名乗ったらどうなの?」
「あ〜重ね重ね済まねぇ。俺の名前はゾロ、一流のトレジャーハンターだ。」
「私の名前はナミ。一流のトレジャーハンターさん、財宝を手に入れたいのなら、私と契約を結ぶ必要が有るわ。」
「契約?」
「この敷地内に足を入れた人間は、妖精の女王の命により、2つの内から1つ、選択しなくてはならない。1つは『財宝を手にする』事、2つは『私を1晩抱く』事・・・さあ、この中から選んで。」
聞いた瞬間、ゾロはぽかんと口を開けてしまいました。
「・・・・お前な・・・そん中から選べっつったら『財宝』に決まってんだろが!!そもそも財宝目当てに来た奴に財宝以外の何を選べっつうんだよっっ!?ああっっ!?」
「まぁ、言われてみればそうよね。・・・今までも大概が『財宝』を選んで来たし。」
「当り前だっっ!!!」
「それじゃあゾロ、あんたの望みは『財宝』ね。契約は1人1回1度きり、私か財宝、どちらか最初に触れた方を『選択した』として発動される。もしも契約した以外の事をすれば命を失うわ。」
「つまり・・・財宝に触れた手で私を抱けば・・・死んでしまう。」
「・・・忘れないでね。」
にっこり微笑むナミの瞳は、泣いているかの様に潤んで見えました。
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(2004.05.03)Copyright(C)びょり,All rights reserved.
<管理人のつぶやき>
びょりさんの投稿作品第4弾です。
ついにあのびょりさんのゾロナミが登場だ〜!!ありがとう、びょりさん!
方向音痴の(笑)トレジャーハンター・ゾロ。魔物ナミと出会う。
どうして他の奴らは戻ってこなかったのか?ナミとの契約との行方は?