オレンジの森の姫君  −2−
            

びょり 様



『財宝は城の地下に有るの。中に入ったら先ず左を見て、地下に続く階段が在るから。降りたら今度は右へ行って。通路右側1番奥から3つ目の錠付扉、そこを開けば手に入るわ。特に入組んでる訳でもないから1人で行けるでしょ、頑張って。』


ひび割れた城内に入ったゾロは、用意したランプ片手にしかし、道に難儀していました。
先ず地下に続く階段が中々見付らない、苦心して見付け地下に降りると、更に混乱する事態が待ち受けていました。

右にも左にも、扉が沢山在ったのです。
しかも全部の扉が錠付です―これではどれが本物だか判りません。


「・・・・あんの女・・・簡単に見付かる様な事言いやがってぇ・・・こんな迷宮ラビリンス、案内無で宝の場所まで辿り着けるかぁぁぁ!!!」


くどいようですが、一流のトレジャーハンターは、一流の方向オンチだったのです。


「面倒だ、いっそ扉全部斬って廻るか?・・・いやいや、人様ん家でそりゃなんでも失礼過ぎるだろ。」
「あんたって本当に一流のトレジャーハンター?ひょっとしてそう言ってるの自分だけなんじゃない?」
「うわっっ!!ナ、ナミ!!」


突然背後に現れたナミに驚きゾロは、持っていたランプを手から滑らせてしまいました。
硝子で出来たランプは石敷きの床に落ちてがしゃんと砕けました。
広がった油に火が点り、崩れた床を浮かび上がらせました。


「こっそり後付けて見てたんだけど・・・あんた1人じゃ何時までも見付けられそうにないんだもん。痺れ切らして出て来ちゃった。」
「るせぇっっ!!こんな手の込んだ迷宮、案内無じゃ誰だって見付けられっこねぇだろがっっ!!」

「・・・・糸玉でも渡してあげるべきだったかしらね。」


溜息を吐くとナミはゾロの前に立ち、真っ暗闇の廊下をするすると進んで行きました。
慌ててゾロもナミの背中を追って歩き出します。
ナミは暗がりの中を躊躇する事無く進み、或る大理石で出来た錠付扉の前で立ち止まりました。


「財宝はこの扉の向うに有るわ。生憎鍵は無いけど、でも・・・。」
「任せとけ。」


ゾロは、ナミを自分の後ろに下がらせると、朱塗りの鞘から刀を抜いて構え、はあっっと気合一閃、扉をすっぱりと斬って割りました。
斬られた扉は豪快な音を立てて転がり、宝物庫に続く口がぽっかりと開きました。


「ま、ざっとこんなもんだ。」


ゾロは得意げに刀を元の鞘に収めました。


「あんたって本当に人の話を聞かない大馬鹿ね。鍵は無いけどそもそもこの扉は偽物、本当の入口は扉の左横の壁であって、この鎖でもって引き上げる仕組みになってるって説明しようとしたのに。」
「だからそういう大事な話は先に言ってくれって!!!」

「・・・いいけどね、扉無くしても・・・死守してた訳でもないし・・・どうせ私も明日でお役御免だしね。」



宝物庫に置かれた財宝は、それはそれは素晴らしい物でした。
黄金のシャンデリア、黄金の食器、沢山の金貨銀貨、色取り取りの宝石で造られた装飾具、大きなダイヤが嵌められた王冠、水晶で出来た杯・・・室内は夜でも真昼の様な明るさでした。
どんな力持ちでも、きっと1回では運び切れないでしょう。


「凄ぇ・・・これだけの財宝、300年もの間よくも残されていたもんだな・・・!」

「御満足戴けたかしら?」
「ああ・・・有難うな!これだけ有りゃあ、暫くは酒呑み放題で居られるぜ!」


にっかり笑い、ゾロは宝に手を伸ばします・・・が、その手が途中で止められました。


「・・・どうしたの?早く手に取って確かめてみれば?」

「・・・おめぇの肩の傷・・・刀で抉られた痕だろ・・・?」

「・・・・・え・・?」

「誰にやられた?」


ゾロはナミの方に向き直ると、ゆっくりと近付いて行きます。
近付く度に大理石の床が、カツ・・カツ・・カツ・・と鳴りました。


「・・・い、いきなり何でそんな事聞くのよ・・・?」

―カツン・・

「まだ古傷じゃねぇ・・・最近だろ?」

―カツン・・

「どうだっていいでしょ!そんなの!!」

―カツン・・

「昨日、此処に5人の男がやって来た筈だ・・・1人は戻って来たそうだから4人・・・そいつらは何処に行った・・・?」

―カツン・・

「な、何言ってんのあんた!?知らないわよ!!そんな奴ら!!」

―カツン・・


ナミは怯えた様に後退り、終いには部屋の隅に追い詰められてしまいました。


「左肩の傷・・・もしかして、そいつらに付けられたものか?」

―カツン・・

「やめて!!それ以上側に寄らないで・・!!」


遂にナミは、泣き出しました。


「財宝に触れた手でお前を抱けば・・・死んじまうって言ってたよな・・・。」

―カツン・・

「・・・そうよ、ゾロ・・・!だから私の体に触れちゃ駄目・・・!!」

―カツン・・

「駄目よ、ゾロ・・・私に触れたら・・・もう、生きて財宝を手にする事は出来ない・・・!」


「・・・酷ぇ傷だな・・・。」


ゾロはそっと撫でる様にナミの傷に触れました。
ナミは俯いて泣いています。
涙が頬から顎を伝って流れ落ち、胸に幾つもの染みが出来ました。


「・・・こんな、深く抉りやがって・・・。」

「大した傷じゃないわ・・・直ぐに消えてしまうわよ・・・。」
「消える訳無ぇだろ、こんな酷ぇ傷、下手しなくても一生・・・」
「消えるのよ!私はぁ・・!!」


ナミは、ゾロの腕を掴み叫びます。
向けられた顔は涙でぐしゃぐしゃで、瞳はまるで兎の目の様に真っ赤でした。


「・・・私は妖精の女王に呪いを掛けられ、死なない体に変えられてしまった・・・どんなに傷を負っても5日も経てば元通りになってしまう・・・。」

「300年もの間、財宝求めて数十人の男達が此処へ入って行ったらしい・・・そいつらがどうなったか・・・知ってるか・・・?」

「・・・死んだわよ、皆・・・。」
「・・・そうか。」

「あいつら馬鹿よ!!財宝に触れた手で私を抱けば死んでしまうって、何度も忠告したのに!!」
「そりゃ確かに大馬鹿共だな。」
「契約は1人1回1度きりだって、ちゃんと念押ししたのに・・・!」

「・・・今まで此処に来た奴らの殆どが『財宝を手にする』事を選択したわ・・・その度に私は・・・この部屋に案内して来た・・・財宝を目にした奴らの悦び様ったらなかったわ・・・。財宝を手に取り一頻悦ぶと奴ら・・・私にまで手を伸ばして来た・・・。2つを選択する事は契約違反、私を抱いた後奴ら皆――皆、皆、死んでしまった・・・。」

「馬鹿が世界から減った分にゃ大歓迎だな。」
「呑気に頷いてる場合じゃないわよ、あんた。財宝に触れる前に、あんたは私に触れてしまったのよ。契約は発動し、あんたが選択したのは『私』になってしまったわ。もう財宝を手に入れる事は出来ない、財宝に触れた瞬間あんたは死んでしまうわ。」
「そりゃ残念だな、所期の目的は果せず終いか。」
「だから何妙に得心してるのよ!?あんた、財宝が欲しくて此処まで来たんじゃなかったの!?」

「・・・1つは『財宝を手にする』事、2つは『1晩お前を抱く』事・・・この中から選択するんだったな・・・?」

「・・・ええ、そうよ。」
「なら、俺の選択は1つだ。」


ゾロはナミを胸に抱き締めると、こう言いました。


「宝は要らねぇ・・・ナミ、俺は、お前を抱く。」




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(2004.05.03)

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