オレンジの森の姫君 −3−
びょり 様
「・・・私を抱く・・・それは同情から・・・?」
「同情なんかじゃねぇよ・・・俺はお前を抱きてぇんだ。」
金銀宝石輝く宝物庫で、ゾロはナミを抱き締めました。
抱き締めたナミの体は温かくて、柔らかくて、か細くて・・・さっき齧ったオレンジと同じ香がしました。
「・・・私は魔物よ・・・人間じゃないのよ・・・。」
「魔物でも何でもお前程の好い女、男は誰でも抱きてぇと思うだろうさ。」
ナミは面を上げて、ゾロと向き合いました。
泣き腫らした顔はそれでも美しく・・・涙で潤む瞳も、長い睫も、珊瑚の様な唇も、薔薇色の頬も、どれも活き活きと愛らしくありました。
この部屋の、どの宝よりも美しく、貴重に思えました。
その小さな古いお城は、月の光を浴びて仄白く輝いていました。
真ん中の1番高い棟は尖塔状になっていて、中の螺旋階段で最上階まで行けるようになっていました。
最上階に在る扉を開くと、そこには露台が設けてありました。
白々と射す月光の下、2人は裸で抱き合い、沢山の話をしました。
「300年前・・・当時、この付近一帯を治めていたのは私の父だった。父は無慈悲に税を取り立て私服を肥やす強欲な王として、領民達から恐れられ憎まれていた。」
「成る程、それであれだけの財を残せたという訳か。」
「憎しみは領民達からだけでなく、父の代よりずっと昔から付近を治めていた妖精の女王からも買った。
強欲な父ではあったけど、私達家族には優しい人だった。
父は1人娘の私を溺愛し、私の為に1つの小さなお城を建てさせた。
でも、その城を建てた場所は・・・妖精の女王が儀式を行う神聖な場所だった。
父は城の周りを囲む様に、オレンジの木を植えさせた。
私が大好きなオレンジを好きなだけもいで食べられるように、と。
それも・・・妖精の女王の憎しみを一層強くさせた・・・。
妖精の女王はオレンジが大嫌いで、大の苦手だった。
女王にとってオレンジは、自分の魔力を弱める禁忌の果物だった。
匂いを嗅ぐ事すら嫌がったわ・・・。」
「理解出来ねぇな・・・こんなに好い匂いだってのに・・・。」
腰を下ろし、背後からナミを抱き締める姿勢で居るゾロは、ナミの白い項に鼻を擦り付けくんと匂いを嗅ぐ仕草をしました。
ナミは擽ったそうに笑い、身動ぎしました。
風がざわざわと森の葉を揺らし、オレンジの香を運んで来ました。
「憎しみを募らせた女王は、或る日、城に攻め入って来た。父や母は、女王の魔力でおかしくなってしまった兵隊達に八つ裂きにされてしまった。父や母だけじゃなく、付人も家来も門番も料理番も兵隊も・・・皆、皆、殺し合い、死んでしまったわ・・・。
私だけが生かされたのは、私が父の1番の宝だったから。
自分の嫌いなオレンジの香をさせていたからかもしれない。
女王は私の全身に手を触れ、永久に続く呪いを掛けた。
―不老不死の体となったお前は、この城で財宝を見張る役目を務めよ。
この地に人間が来たら、『財宝を手にする』か『1晩お前を抱く』かの中より1つだけ選択させ、契約を結ばせよ。
2つ選択する事は出来ぬ、した場合は命を落とす―」
「300年間・・・誰も財宝を持ち出せなかったのか・・・?」
「人間って馬鹿だわ・・・自分だけは死なないとでも思ったのかしら。」
「お前だって人間だろ。」
「300年前までは、ね。」
「来た奴ら全員が、『財宝』を第1に選択したのか?」
「2人だけ、『私』を選んだのが居たわ・・・でもやっぱり財宝にも手を出して・・・そして死んじゃった。」
「数十人もの死体、始末すんのも大変だったろ?」
「全員、オレンジの木の下に埋めてあげたわ、良い肥料になってくれて助かってる。」
「ハハハ・・・!美味い筈だな、あのオレンジ。」
「・・・あのオレンジは、大勢の人の血肉で育っていったの・・・。」
一際強い風が吹き、森の木を揺らします。
「私はそれを毎日食べてきた・・・。」
風に乗ったオレンジの香が2人を包み込みました。
「まぁ・・・死ぬ前にイイ思いさせてあげたんだから・・・ギブ&テイクかしらね。」
手に触れるナミの肌は絹の様に滑らかでした。
ゾロは肩の傷を、そっと唇でなぞりました。
「そう気にしないで、直ぐに跡形も無く消えるから。」
「それでも・・・『傷』は残るだろ。」
「あんたの傷の方がよっぽど痛そうよ。」
ゾロの逞しい胸には、大きく斜めに走る傷が有りました。
「人間は傷が中々消えなくて可哀想ね。」
「俺のこれは『傷』じゃねぇ、『証』だ。」
「・・・証?」
「昔、或る男と財宝を懸けて戦い、負けちまった。その時付けられたものさ。」
「あんた、負けちゃったの?やっぱり一流ってのは嘘だったのね。」
「うるせぇ!!・・・あの財宝は何時か必ず手に入れる!あいつに打ち勝ってな!・・・その誓いを忘れない為の『証』なんだ!」
「ふぅん・・・なら・・・消えちゃ困るよね・・・。」
「・・・明日は満月だね。」
ナミは空を見上げて呟く様に言いました。
つられて顔を上げれば、満月より少しだけ欠けた月が目に入りました。
「有難うゾロ・・・あんたとこうして話した事、私はきっと忘れない。」
振り返りナミは、ゾロの首に手を回してキスをしました。
月は晧々と2人の姿を照らしていました。
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(2004.05.03)Copyright(C)びょり,All rights reserved.