「久しぶりに会ってんのに、シケタ顔しやがってー。んなだから、モテねぇんだ…」

「テメェこそ、ヤニ下がった顔は変わんネェ。」

「何だとっ!今、何つった?誰がヤニ下がるだ!」

「ちゃんと聞こえてんじゃねーか。」

「藻!てめ…」


『からぁ〜ん』


「客だ!」

「覚えてろ…『いらっしゃいませー』」

ったく、変わんねーな!
会えば喧嘩ばっかで、口を開きゃ女の話ばかり。
けど、こういうのも『親友』って言うのか?





いつも隣にいるから  −3−

CAO 様

 

「暑い〜〜〜っ!あーもう、何で結婚式が真夏な訳?しかも、炎天下でガーデンパーティって……出席する方の身になれっての!そう思わない?ゾロ。」

「ナミ、テメェはまだ薄着だから、マシだろうが!俺なんて、スーツだぞっ。文句言ってんじゃねぇ!」

「バッカねー!日焼けするでしょ。ナミさんのこの絹の様な柔肌が、真っ黒焦げになったらどうしてくれんのよ。」

「俺のせいかよっ……アイツが悪りぃんだろーが!」

「そうよっ!絶対許さないわっ……あの脳天気ルフィと天然ビビ!私に何かあったら、罰金モンなんだからっ!」

「……お前も昨日までノリノリだったじゃねぇか?」

「うっさい!」

「うっ……けど何で、旧盆に結婚式なんだ?」

「アンタそんな事も知らないの?ルフィのバカが『死んだ人も帰って来て、皆に祝ってもらえるから』だって……」

「確に……バカだな。」

「でしょ……バカ!」

目を見合わせて、二人は一頻り声を出して笑った。



結婚式当日。
その日は早朝から陽射しが一段と強かった。
8月半ばといえば暦の上では初秋と表現されるものだろうが、実際はうだる様な暑気と眩しい程の太陽が降り注いでいる。
夕刻近くになると流石に日は短くはなって来て肌寒い感はあるが、今は午後1時を回ったばかり、太陽は真上から燦々と輝いている。

その炎天下のパーティ会場で、ゾロとナミは主役の登場を待っていた。

老舗ホテルの中庭に設けられた会場は、大きな天幕があり、其処かしこに木陰もありはするが、共に大会社の令息令嬢という事で出席者が余りにも多数。ゾロ達友人は、仕方なく隅に追いやられている状態だった。

「これじゃ、ルフィに話しかけるのは無理かもな…」

「別にそうなったらそうでいいじゃない?……楽しみましょ。折角お洒落して来たんだし、美味しい料理もお酒もあるんだし……ゾロ、ちゃんとエスコートしなさいよっ!」

今日のナミは、格段に美しかった。
普段でも人目を引く容姿をしているが、丸い肩を出したチューブトップ型の薄いグリーンのミニ丈ドレスに、綺麗な形をした足の先端は自分の髪によく似た色のハイヒールで履い、珍しくアップした髪が白くすべらかな項を強調していた。

そして、何よりも『笑顔』。

式が近付くに連れ、その顔にはドンドン笑みが増えてきた。
今までとは違った、明るい屈託のない表情が。

それでもゾロが離れられないでいるのは、ナミが自分の手を握っていたから。
しかも、一時その回数が減っていた筈なのに、ここへきて頻繁になっていたからだ。
彼女の笑顔が増加するのと、反比例する様に。


今日一日お前の側に居ろって………そりゃ、キツイ。こんなに魅力的なお前の隣にいると、自分を抑えられなくなりそうだ。
こうしている今だって、その柔らかい肩を少し汗ばんで光る項を俺の腕で包み、周りの男共から見えない様に全て隠してしまいたい衝動にかられているのに。


「俺がか?…ガキじゃねぇんだから、一人で行けよ。」

「約束したじゃない……隣にいるって。」


でも、お前は笑ってるじゃねぇか?
もう、俺は必要ねぇ…


その時、ゾロの右手にナミの指が絡められた。そっと縋り付く様に。

「………分かったよ。」


最後だからな。
お前がアイツ等に真っ直ぐな笑顔を見せられたなら、俺の役目は終わるんだから。
先月ルフィと話した、あの部屋で誓ったんだ、自分に。
今日ナミに、心からの笑顔が溢れていたら、隣にいる時間を終える……と。


会場の中央あたりで、歓声が上がった。

「バカ共のご登場か?……行くか?」

「人がいっぱいで、近付けないわよ。」

ナミはゾロの手の甲をなぞる様に触ったままだった。下を向いて、その手を見つめながら呟いていた。

肩越しにナミを見て、ひとつ小さく息を吐き、ゾロはナミの手を握った。

「じゃ、酒だ!」

ナミは一瞬肩をすくめたが、顔を上げゾロに微笑み、手を握り返してきた。

「バカ!料理が先よっ。」

そう言うと二人は人混みに向かい歩き始めた。

手を繋いだまま。

ゾロは、自分からナミの手を握ったのは、ルフィの事故の日以来だと、思い浮かべていた。


そして、この熱を忘れられないだろう……とも。





パーティも終盤になって、ゾロ達は漸く主役に話し掛ける機会を見つけた。

主役である二人が招待客に一通り挨拶するだけで小一時間掛った上に、良く口の回る司会者のお陰で、当初の予定を大幅に越えてしまいそうな勢いの宴席は、天中にあった太陽が西に傾きつつあっても、未だ活況を呈している。
人混みの中はぐれない様に手を取ったままのゾロとナミが、大きく手を振るルフィの元へ辿り着いた。


真っ先に口を開いたのはナミ。
二人の手を取り、交互に見つめ。


「おめでとっ!ルフィ、ビビ。……スッゴク素敵よ、ビビ。まるで『お姫様』みたいだわ。」


ナミは笑った。

嬉しい顔で。

幸せな表情で。

瞳に涙を浮かべ。

喜びが笑顔となって溢れていた………


「ありがとなっ、ナミ!」

「ナミさん、ありがとうござ……」

「ダメよっ!ビビ、泣いちゃ。折角の綺麗な顔が、台無しになっちゃうじゃない!」

「で、でも私…」

「今日は、アンタが主役なんだから……」

そう言うと、ナミは優しくビビを抱き締める。

「俺も主役だぞっ!」

ルフィが不服そうに、口を尖らせる。

「ルフィ!アンタは黙ってなさいっ!結婚式は、新婦が主役って、相場は決まってんの。」

「えーー……」

「うっさい!……ほら、ビビも泣かないっ。あ〜〜メイクが……ちょっと直しに行くわよ!ゾロ、後頼んだわよ。」

「は?俺が何で……」

言うが早いか、返事も聞かずナミはビビを連れ、人混みに消えてしまった。
残された、男二人。
顔を見合わせ、溜め息を。

唐突に、ルフィがニンマリと笑う。

「笑ってただろ?ナミ。」

「……あぁ。」


今日の笑顔は、最高だった。

遠くから二人を見つめ、包み込む様な笑顔を見せて。

他の招待客から話し掛けられ、愉しそうな笑顔を見せて。

美味しい料理に微笑み、旨い酒にはほくそ笑み。

俺の失態に爆笑しては、自分の行為に高笑う。

ナミの笑顔の、あらゆるレパートリーを堪能した。

中でも、あの笑顔には……
初老の招待客が俺に歩み寄り、「お美しい素敵なパートナーをお持ちで羨ましい」と声を掛けてきた時のナミの笑顔……

少しはにかんだ甘い表情で、けど自信に満ちた気品を感じさせる瞳と、嬉々として口許から溢れる幸せを詰め込んだ笑顔……

………抱き締めたくなった。


「まだ、ゾロに祝って貰ってねぇ!」


祝ってねぇ…か?
いや、祝う気持ちは…ずっと抱いてきた……


「そう……だったか?」


口に出してなかったか?


「まだ、祝えねぇか?」


ルフィの幸せを祝えない訳ねぇだろ!
ナミを思うのと同じだけ、お前の幸せを祈ってきた。


「な、にを…?」


自分の結婚式で、喧嘩売ってんのか?コイツ…



「ナミ、天使みたいな笑顔だったぞ!」



あぁ、そのせいか……。
それで、俺は言葉にしてなかったのか。


「いや、ありゃ………」


確かにお前の言う通り『無垢』の笑顔だが、俺にとっちゃ『惑わせる』以外の何物でもない。
『呪い』だ、幸せな…


「魔女の笑顔だ。」


「シシシッ〜〜」

「その、笑いやめろっ!」


悪かった。ルフィの幸せを望むとか言いながら、一度も口に出来なかった。

どこかで、心の中のどっかで、ナミを幸せにしなかったお前に腹を立ててたんだろうな。

俺がしたくても出来ない事を、お前が出来るのにそれをしない事に……八つ当たりだな、こりゃ。

そりゃ、みっともねぇや!

んなだから、俺は何時までたっても、お前になれないんだな。……いや、それが『俺』か。


「ルフィ、おめでとう………幸せになれ!」


認めちまえば、簡単な事だ。

俺は、俺だ。

幸せになろうぜ。

ルフィもナミも、そして俺も。


「?…俺はいつも幸せだぞ!」

相変わらずのすっとぼけた受け答えに、突っ込むのも面倒臭くなったゾロは、苦笑を浮かべ手を挙げた。
「じゃあな」と一言付け加えて。

「ゾロ、帰るのか?」

「あぁ。やる事がまだ残っててな。」

「そうか。ナミに言ったのか?」

「いや、言ってねぇ。」

「いいのか?それで。」

ゾロは小さく呼吸を整え、真っ直ぐルフィを見つめ、柔らかく微笑んだ。

「前にも言ったが、ルフィ。まだ、時期じゃねぇんだよ。」

「何時なんだ?」

「さぁなー?分かんねぇ。」

以前に返した言葉とは違い、どこか達観した様にゾロは呟いた。

「じゃ、俺が決める!」

「お、おいっ!勝手に…」

「俺達が新婚旅行から帰ったらだっ!」

言い出したら聞かないルフィにホトホト手を焼いてきたゾロは、この10年程の間に聞き流す術も把握していた。


お前達が帰ってきた後なら、何時でもいいって事なんだろ?
それが何年、何十年先になろうとも。
悪りぃな、ルフィ…


諦めを含んだゾロの声が響く。

「………しゃーねぇーな。」

真剣な黒い瞳が光っていた。

「絶対だぞっ!ゾロ。」


俺の偽りなんて、あっという間に見透かしやがる。
バカなくせに、聡い男だ。


「ったく、お前ってヤツは……」

パーティの間ずっと握っていた掌を眺め、ゾロは言った。

「ナミによろしく言っといてくれ。」

「何て?」


眩しい位に綺麗に笑える様になったんだ。

もう、一人で大丈夫だ。

俺が隣に居なくても…


「何て……そうだな。『オメデトウ』だな!」


ゾロは、掌を握り締めた。そこにあった熱が、失われるのを恐れる様に。










電話の相手は、ゾロの姉だった。
小さな町道場を父と二人でみてきたが、義兄の転勤で実家から離れる事になったそうだ。
父の年齢を考えると、放り出す訳にはいかない。
そこで、前々から「戻って家を継がないか」と言われていたゾロに白羽の矢が立ったのだ。

ゾロは迷っていた。

ナミに約束した『笑顔が戻るまで隣にいる』と言った一言に。

だが、ルフィは言う『笑っている』と。

確かめようと思った。
自分の目で。


彼女は笑顔を見せた。
しかも、とびっきりの。


ルフィにしか出来なかった、ナミの最高の笑顔を作る事が、ナミ自身の手で作り上げられていた。
しかも、ルフィの結婚式で。

それどころか、以前以上の美しい笑顔だ。眩しくて、目を開いていられなくなる程の。

ゾロの決心は、ルフィからナミが笑うと聞いた時点で既に決まっていたが、自分の目で確認した事が更に決定づけた。


これ以上隣いてはいけないと……。



仲間として共に居るには、欲し過ぎていたのかもしれない。



一人で笑える力をつけたナミを、仲間として送り出してやろう。



この先共にあるという事は、ルフィ以外の幸せを探すべきナミの妨げにしかならない。



何故なら俺は、お前を奪われ無い様、意識無意識に関わらず汚い手を使ってしまうだろうから。



そんな醜態、これ以上晒したくない。ルフィに対して、十分晒して来たんだから。



俺の仲間としての役目は終わった。
だから、ここから、去ろう。
仲間としての俺のままで。




「よぉ、マリモ〜!ちゃんと光合成してっか?」

「テメェ………」

「実家戻ったんだってな?なんだ、女にフラレたかぁ?」

「テメェじゃあるめーし、んな訳あるかっ!」

「なっ!俺が何時フラレた?フラレるなんて事、ありえねぇーだろー!この愛の貴公子が……」


8月も今日で終わり、明日からは新学期が始まる。
幼い頃からこの日は、宿題と格闘していて、生まれ育った町だというのに、この日の風景を見た記憶が無かった。

夏の終わり。

ルフィやナミと過ごした街は、やたらと高い建物に囲まれていて、季節を知る術と言えば二人が持ち出す記念日的要素だった様な気がする。

降り注ぐ陽射しは夏の最終日にあって、その名残を惜しむかのように、真っ直ぐに明るく輝き、目を被いたく成る程全てを照らしていた。ルフィの様だ。
眩し過ぎて木陰を探し歩を進めると、青々と繁る深緑の隙間から穏やかな光が差し込み、ゾロの足元にキラキラとその滴を落とした。ナミの様に。
久しぶりに歩く町並に、ここには無いモノを思い出すとは不思議な感覚だと、ゾロは思い至っていた。

二週間前にこの町に舞い戻り、引っ越しの荷ほどきやら挨拶周りやら、それが終わると今度は姉夫婦の引っ越しと慌ただしく過ぎて行った。


その間、改めて二人を思う事も無かった。
考えるのを意識的に遠ざけていたのかもしれない。


昨日旅立った姉は、去り際にこんな事を言った。

「食事が心配だわ…ちゃんと作って食べられる?せめて彼女の一人でもいてくれたら、心配しないで…」

「大丈夫だっ!イザとなったら、サンジのアホに頭下げるよ!」

そう言った翌日に、このクソコックに会ってしまうはめになるとは、考えてもみなかった。

「男所帯で、ロクな飯食ってねぇんだろ?」

「昨日まで、姉貴達が居たんだ!今日だってオヤジは町会で、仕出しだし…」

「で、テメェは?朝から何か食ったのか?」

「…………。」

「ほら、みろっ!家で食ってけ……光合成だけじゃ、倒れるぞっ!」


サンジの店は中々の評判で、全国紙に掲載された事もあり、遠方からわざわざ出かけてくる客もいる程のイタリア料理店だ。
ゾロとは物心つく頃から小・中学校まで一緒に過ごしてきた。勿論高校以降も、実家に帰る度顔を合わせては、なんだかんだと互いの世話を焼いてきた。
謂わゆる、幼馴染みというヤツだ。
正反対の性格と容姿で、仲が良い様な悪い様な、会えば喧嘩ばかりだが、気がおけない存在。
ただ、サンジの女好きには、ゾロも流石に辟易していた。


「おっ、ウメェな。」

「当たり前だー!こちとらプロだからな。」

サンジは、夕食以来の飯に喰らい付き、旨そうに咀嚼するゾロを、満足げに金髪の前髪の間から蒼い目で見つめる。

「10年振りに戻ったと聞いたから、カミさんでも連れて来たのかと思ってたんだがなー。やっぱ、お前にゃ無理だったな!」

「うるせぇよ!」

「たく、進歩ねぇんだろ?昔っから、女はからっきしダメだったからな〜。興味も無かったしなっ!」


コイツに俺が10年近く惚れ続けた女がいるって言ったら……腰抜かすかもしれねぇな。
いや、その前に信じねぇだろうな。


「……お前、親父さんと二人っきりなんだろ?あの美しいくいなちゃんは、にくったらしい旦那と遠くへいっちまったし…あぁ〜俺というものが有りながら…うっ。」

「テメェが兄貴になるくらいなら、死んだ方がマシだっ!」

「俺だって、お断りだ!お前みたいに可愛げも女っ気もねぇマリモ野郎…」

「この場合、女は関係ねぇだろ?」

「いいや、重要だ!義理の妹だぞっ、可愛くねぇと困るだろっ?」

「だから、くいな嫁行ってるし…」

「ああっ!それを言うなってんだぁ〜〜それを思うと俺は切なくて……」

「ア・ホ!」


外は相変わらず強い陽射しに焼かれて、陽炎が浮かんでいる。窓から眺める風景は、秋の訪れを拒むかの如く、耳障りな蝉の合唱と道行く人々の汗拭く姿を映し出していた。
エアコンの効いた店内だけは別の季節の様で、窓越しの夏をただ視聴している感覚にゾロは襲われていた。


ここで、生きて行くんだな……俺は。


現実感が無いながらも、自分は生まれた場所に帰って来て、時は過ぎ季節は巡って行くのだと、ゾロは無常を感じていた。

「なぁ、ゾロ。何かあっ…いや、いい。お前みたいな自分をないがしろにする野郎は、トットと嫁でも貰ってだなー、ぼやーっと暮らすのがお似合いなんだよっ!」

「相手もいねーのにか?」

「見合いでも何でもすりゃいいんだ。」

「……見合いか?」

「ああ、サッキも、ここへ来る途中『若先生いい人いるの?』とか、オバさんに言われてたじゃねぇか?……ありゃ、今夜にでも釣書き持って現れる勢いだったぞ。」

「…興味ねぇ。」

蝉の声が一段と煩く響いてきた。
外の夏が、最後の季節を主張している。

「無器用なテメェは、他人の尻馬に乗って、落ち着いちまえ。テメェには青春とかこの世の春や夏みてぇなのは、似合わねぇぞ!」

確にそうかもしれねぇ。
愛だの恋だの、好きだの欲しいだの……ナミじゃなきゃ、覚えなかった感情かもな?

春や夏は似合わない…

ここで、親父や道場のガキ共、このエロコック達と一緒に生活してくんだ。
好きとか嫌いじゃなく、俺が選んだ事なんだ。

明日からは、秋だしな…

コイツの言う通り、見合いでもして嫁さん貰って、道場やってくのも悪くねぇかもな?

涼しくって、過ごしやすいいい季節だ、秋は…

静かに暮らして行けるかもしれない。
苦い思いや、醜い自分を忘れて……


ゾロは溜め息に近い息を吐き、カウンター越しに話し掛けているサンジに薄い笑みを浮かべた。

「久しぶりに会ってんのに、シケタ顔しやがってー。んなだから、モテねぇんだ…」

「テメェこそ、ヤニ下がった顔は変わんネェ。」

「何だとっ!今、何つった?誰がヤニ下がるだ!」

「ちゃんと聞こえてんじゃねーか。」

「藻!てめ…」


『からぁ〜ん』


「客だ!」

「覚えてろ…『いらっしゃいませー』」

ったく、変わんねーな!
会えば喧嘩ばっかで、口を開きゃ女の話ばかり。
けど、こういうのも『親友』って言うのか?



♪〜〜〜



携帯のメール着信音が響いた。ゾロは慌てて、受信ボタンを押す。背後から「マナーモードにしとけっ!」と怒りの声がする。軽く左手を挙げて答え、発信者の確認をした。



ルフィだ。



そういえば、自宅は圏外だった。……田舎だな。



『ゾロ、土産が着くぞ』



?……あぁ、新婚旅行のか。アイツらしい、訳の分からねぇメールだな。ワザワザ知らせる必要なんかねぇのによっ!




「隣、空いてる?」




「……あぁ?」




秋がやって来た。




……残暑が厳しそうだ。
























……………5年後



「ゾォロッ、ゾォロッ!」

「父さんって呼べっつってんだろ!」

「メールきたぞぉ。」

「ったく!……ルフィか。」

部屋の片隅にあるパソコン画面に、メール着信の表示が出ていた。
添付ファイルを覗くと、一枚の写真が現れた。


「みぃーせてー、みぃせて!」

「あ…後でなっ。」

「みたいー、ゾォロッ。みぃせて!ゾォロッー、ねぇ。みぃるのぉー!」


デスクの上の画面を必死に覗き込もうとするゾロにウリフタツの顔をした息子は、3歳になったばかりで、まだ首から上が漸く覗く程度で、画面を見ることは叶わない。


「後で見せてやるから、ちょっと待ってろ。」

「ゾォロのばぁかー。」


少しカンシャクを起こし、ゾロの膝を殴り「かあーたーん」と声を荒げて、部屋を出ていった。
トコトコ歩く後ろ姿は愛らしいが、また母親に言いつけに行ったのだと思うと、誰に似たんだ?と切なくもなる。


改めて、メールを見た。


写真には、相変わらずバカっぽい表情のルフィが、いつも以上に相好を崩し、幸せと喜びに満ちた笑顔を見せていた。



……お前はいつでも幸せなんだったよな。

でもな、多分俺の方が幸せだと思うぞ。

俺んとこは、二人目が出来たんだ。来年産まれてくる。……次は多分女だ。

とんでもなくイイ女になるに違いない。
だってな……



「ちょっと、ゾロ!何で可愛い息子に意地悪して、泣かせたりするの?」

振り返るとそこには、怒って出ていったはずの息子が、チャカリ母の胸に収まり、自分によく似た人の悪い笑みを浮かべゾロを見ていた。


……このクソガキ!


「言いつけやがったな……ったく!おぃ…」

ゾロが一睨みすると、小さな息子はヒシッと母にしがみつき、「こわいよぉ」と甘えた仕草を見せる。

「もうっ、脅えさせないで。……そうでなくても、悪い顔してるんだから。」

そう話しながら歩み寄り、ゾロの頭をポカリと殴る。

「…何?メール来てるの?…私に見せられない様な、相手じゃないでしょうね!」

「なわきゃねーだろ。…見せてやるから。ほら、来い!」

未だ母の腕にある息子を抱き取り、画面に向けてやる。
ゾロの膝にちょこんと座り、一生懸命覗くオレンジ色の頭が、ゾロの視界を塞ぐ。

母譲りの派手な色の髪で。

「赤ちゃんだ。ちっちゃい、赤ちゃんだ!かあーたん、赤ちゃん。」

「えっ!ほんと、可愛い〜」


画面の中に少し恥ずかし気な顔したビビと、その腕の中でスヤスヤ眠る黒髪の小さな赤ん坊の姿があった。そして、その二人を抱き締める様に背後から腕を回し、ニカッと笑うルフィの姿が写し取られている…主役以上に目立っている。


「やっと、できたのね…良かった。」


呟く妻の横顔に、本当に嬉しそうな色を見て、ゾロは彼女に手を伸ばし自分の膝に抱き寄せる。


「ナミ……。」


画面に夢中の息子は、既にゾロの膝から立ち上がり、デスクによじ登ろうとしていた。
その隙間に腰を降ろし、自分の腕に息子を引き寄せながら、ナミは言った。

「…私にルフィの幸せそうな顔、見せたくなかったんじゃないの?内緒で見てたんでしょ……アンタ、まだ、疑ってんの?」

「アホか?」

「アンタにだけは、言われたくない……」

膝の上にあるナミの少し膨らみはじめたお腹を、労りを込め擦りながら、ゾロは思った。


ルフィとの約束、まだ果たしてねぇな……


まだ何か言い募るナミの茶褐色の瞳を覘き、その中に写る自分を確認する。


「ナミ……………」


こんな近くにお前がいる。
お前の眼の中に、俺が映っている。
………奇跡に近けぇな。


「……次は、女だ。絶対。」


何だかなー…言えねぇ、まだ。悪リィな、ルフィ!


「何、勝手な事……」

「なっ?妹欲しいだろっ?」

ナミに絡まる小さな息子に同意を求めると、

「赤ちゃん?」

「そうだ、可愛い女の子の赤ん坊だぞ。」

一度画面を振り返り、息子はニコニコして言った。

「うん、欲しい。」

「もう、ゾロ!」

「だったら、お前も母さんに甘えてないで、シャンとしろよ。」

「……う、うん。」

「そうね。赤ちゃんが来たら母さん、いっぱいお世話しなきゃなんないから…遊んであげられないかもしれないけど。ごめんねっ。」

「ナミ、赤ちゃんのになっちゃうの?」

「そんな事にはならないわよ。でも、ちょっとガマンして…」

「やだ!ナミはボクの!」



「ちげーよっ!俺んだ!」



「…………バカ。」


画面の向こうで、ルフィが笑っていた。
輝く笑顔が溢れ出していた。
真夏の太陽の様で、全てを照らし出している。

ゾロの隣では、ナミが微笑んでいる。
幸福そうな美しい笑顔で。
日溜まりにいる様で、心がジワリと暖かくなる。









あの日……


「隣、空いてる?」

「……あぁ?お前、何で此処に?」

「その言葉、そっくり返すわ!アンタこそ、何でこんな所にいるのよ?」

「そ、そりゃ、姉貴が…」

「そんな事聞いてんじゃないわよっ!」

「じゃ、何だ?」

「約束も果たさないで、何でこんなトコに居んのか聞いてるんじゃない!」

「約束って……お前、笑ってたじゃねぇか。果たしただろっ!」

「アンタ……バカ?」

「なっ?バカじゃ……」

「今、私、笑ってる様に見える?」

「いや、見えねぇ……どっちかっつうと、怒ってるか?」

「そうよっ!何でか分かんないの?」

「分かるかっ!」

「ハァ〜、全く……アンタが勝手に約束破って、居なくなっちゃたからに決まってんでしょっ!」

「だから、約束は…」

「今私が笑って無いのに、果たしたなんて、よくそんな事がいえるわね!」

「ナミ、お前なー、何が言いてぇんだ?」

「……だから、バカだって言ってんじゃないっ。」

「いい加減にしろ…」


「笑えるようになるまで、ずっと隣にいてくれるんじゃなかった?」


「…ナ…ミ…?」


「私、笑ってないわよ。」


「…………。」


「アンタがいたから、笑ってられたんじゃない!」


「……………お前?」




「アンタが……ゾロが隣にいないと、笑えないのよ。バカ…………。」




「う・そ……だろ?」

「嘘っ!て…………なんでわざわざこんな遠くまで、仕事辞めてまで、こんな暑い真っ昼間汗かいて倒れそうになってまで、会いに来てやってんのに……」

「悪リィ………」


「悪リィで済まされる問題だと思っ……!」



気付けば、俺の腕の中にナミがいた。
引き寄せ、抱き締めていた。
ありったけの想いを込めてナミを。

今まで、決して届く事の無いものと信じ、一度は捨てる決心をした想い、捨てるべきものと諦めていた想い……
その全てをぶつける様に、この腕でナミを包み込んだ。





「約束だったよな…………いつも隣にいるから。ずっとだ、今までも、これからも。ずっと………」





なぁ、ルフィ。

お前からの土産、ちゃんと受け取ったから。

大事にする。

大切だから…………何より。










だから、こうしてナミの隣にいるんだ、今でも。
これからも、ずっとだ。

だって仕方ねぇだろ?

俺が居ねぇと、笑えないって……ナミが言うんだから。

約束は、絶対守らなきゃなんねぇんだから!





だから、ナミ。

次は女の子だっ!

…………………………約束なっ!







オワリ


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(2006.04.28)

Copyright(C)CAO,All rights reserved.


<管理人のつぶやき>
ル・ナ・ゾ〜〜!!この投稿をいただいたときは、もう第1話から首っ引きで読ませていただきました^^。もうぐいぐいとお話の中に引き込まれましたよ。
ナミが好きで、ナミのために様々な葛藤を抱えつつもあたたかな愛を与え続けるゾロ。切々と綴られる心情を読んでると切なくて仕方がないです><。こんな風に想われてみたいな・・・。ナミは失恋の痛手は大きかったけども、今はいちばんの幸せ者に違いありません。幸せなのは、ルフィもビビもナミもゾロも、みんなね。

CAOさんの7作目の投稿作品でした。すばらしい作品をどうもありがとうございましたっ!

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