想い〜言えない言葉 −1−
穂高 様
その日は剣道部の送別会だった。
本来なら夏のインターハイ後に行われるのが常だった。当然、今年も3年生は夏で引退し、その時にも送別会は行われた。しかし、今年の3年生にはゾロがいた。
ゾロは夏で引退することもせず、後輩を指導するためにそのまま残留したのだった。
そうして3月。ゾロの送別会が行われた。
送別会と言っても、生徒会から補助金の出るそれは夏に行った。また、ゾロの指導の下で部活動に励んでいた部員たちにバイトをする余裕もなく、予算のないまま結局は部室にそれぞれ担当の食べ物を持ち込んで行うというささやかなものだった。
「お世話になりやした。」
目に一杯涙を浮かべた与作がゾロに部員代表としてプレゼントを渡した。
「ありがとう。」
ちょっと照れたのかゾロはぶっきらぼうに花束と紙袋を受け取った。
その後、普段なら同じ方向の部員数人と一緒になる帰路が後片付けがあるからと、当然のように主役であるゾロは早々に校外へ追いやられ、また今だ高校から自宅への電車の乗換えに周囲に不安を与えるゾロのためにナビゲーターとしてナミも帰された。
そんないつもの風景。
春休み中のため、二人の他に帰宅する学生の姿もなく、その上まだ帰社時間にもなっていないのだろう電車の中は比較的すいていた。二人掛けの空席に並んで腰掛けた。
記念品としてゾロが貰った花束は持つのが照れくさいからと正門を出たところでナミに預けられていた。それを軽く抱えながらナミはつぶやいた。
「あんたがいなくなったら、これから剣道部どうなるのかしら。」
今まではゾロが指導していた。
顧問とは名ばかりのシャンクスが指導しているところを一度も見たことがない。
そればかりか竹刀にすら触れていない気がする。試合のときも部員はゾロに助言を求め、シャンクスはただ見ているだけだった。
無名だった弱小部がようやく活躍しだしたのだ。ゾロの傍目から見ても厳しい指導に必死でついてきているかわいい後輩たちのことが心配だった。
「大丈夫だろ。4月から優秀なコーチが来るらしいぜ。」
「ふーん。あんたの知ってる人?」
「ああ。よく知ってる。てめぇも知ってる奴さ。」
ゾロのこういうそっけない言い方が憎らしい。
「誰?もったいぶってないで教えなさいよ。」
隣のゾロの頬をつねる。
「痛ぇ。この暴力女が。俺だ。俺。優秀なコーチだろ?」
最近全国的に名を上げてきた剣道部に欲が出たのだろう、シャンクスの推薦もあって学園側がアルバイトとしてだがゾロへコーチを依頼したとのことだった。
「あんたも暇ね。。」
内心の嬉しさを隠すように、あきれた声でナミが呟いた。
(まだ、一緒にいられる。)
綻んだ頬を隠すように花束に顔をうずめた。
オレンジのラッピングペーパーがカサカサ音を立てた。
「ねぇ。プレゼントの中身って何?」
買いに行ったのは与作とジョニーだったのでカンパしただけのナミは中身を知らなかった。ちょっと奮発してしまったため気になっていたのだった。
紙袋の端を引っ張り覗き込んだ。
「多分、酒だろう。重さから言って。」
軽く紙袋を揺する。
確かにちゃぽんと水音がする。
「毒味してあげようか?確かに送別会の料理はおいしかったけど、なんか物足りなかったのよ。」
時刻はまだ夕刻。期待を込めて隣へと視線を向ける。
「言っておくがこれは俺の酒だ。毒味だけだぞ。」
「了解。」
これがきっかけ。
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(2006.07.22)Copyright(C)穂高,All rights reserved.