想い〜言えない言葉  −2−

穂高 様

 

小さな建築会社を営むロロノア家は、そこで働く従業員のためのアパートがある。

そのうちの1軒、1DKで一人暮らしをしているゾロは、学校から距離があるにもかかわらず部員たちの溜まり場としてそこを提供することとなっていた。大人の目のない何の気兼ねの要らない空間というものは他にはあまりなかったということもあっただろうが、ゾロ自身の人柄もあってこの家はひどく居心地がよかった。

ナミも今まで何度も部活の帰り、部員たちと立ち寄ったことがあった。

しかし、二人きりでここにいるのは初めてだった。

入ってすぐにキッチンを兼ねた小さな4畳にも満たないダイニング。ふすまを挟んだその隣に8畳ほどの和室。いつもは気にならない8畳の部屋のパイプベッドが目に付いてしまう。なんとなく落ち着かない。

(どうせ女だと思われてないんだろうけどね。)

気持ちを誤魔化すかのように、ベッドを背もたれに布団の外されたコタツの一角に座った。



「あいつら気張ったな。」

食器棚からグラスを2つ持ってきてナミの向かい側に座ったゾロは、箱の中身を取り出し嬉しそうに瓶を眺めながらそう言った。

「銘柄みて価値がわかるなんて。。。お酒に詳しい未成年もどうかと思うけど。」

「じゃぁ、てめえは飲むな。」

「それとこれとは話しは別。」

そんな自分の心の小波はおくびにも出さず、にっこりと笑ってナミはグラスを差し出した。





ふと、思いついたようにナミはたずねた。

「どうして大学、体育学部じゃなかったの?」

いつか機会があれば聞いてみたいと思っていたことだった。

スポーツ推薦の進学者はほとんどの者が体育学部に進学する。取得単位のスポーツの占める割合が多いからだ。だから楽に卒業しようと思えば当然体育学部を選ぶことになる。

「建築を勉強しようと思ってな。」

「家を継ぐため?」

「まーそうなるかな。」

言葉を促すようにナミはゾロの顔を見つめた。

「剣道で食っていければいいが今の社会でそれは無理だしな。」

グラスの中身を一気に空けた。

「うちはもともと剣道の道場をやっていたんだが、正直それだけで生活は難しかったらしい。まして門下生として通っている奴等なんてもっと無理だろ。でも、剣道は続けたいと思っているやつらばかりだ。それなら剣道をしながら食っていけるような会社を作ればいいと、親父が興したのがあの会社だ。」

窓から見える小さな建物を指差した。

「血の気の多い、いかつい奴等ばっかりだが面倒は見てやりたいと思ってな。まー興味があるってのもあるけどな。」

照れくさそうにグラスに入っていた酒を一気に飲んだ。

「へー。あんたでもちゃんと将来のこと踏まえて進学のこと考えたんだ。」

感心してしまったことを隠すように、ナミは茶化した。

「でもって何だ。でもとは。まーてめぇはしっかり考えてそうだけどな。」

「当然。将来の夢はコンサルタント会社の経営よ。顧問先をたっぷり儲けさせてあげるわ。」

「やっぱり金か。。。」

「やっぱりって何よ。」

テーブルの下のゾロの足を蹴っ飛ばした。

「でもこれも何かの縁よ。ロロノア建設も顧問先にしてあげるわ。特別料金でね。」

「ほら、金じゃねえか。まったく、てめぇらしいよ」

ぼそっとつぶやいたゾロの独り言はしっかりナミの耳に入り、再度思いっきり蹴りを食らうこととなった。







たわいもない会話が続く。

いつものように。



飲むことは好きだが、人の目のあるところでは高校の運動部と知れれば問題になる。

そのため酒にまつわることはもっぱらここ、ゾロの家で行った。

この8畳に、多いときには10人以上ここに集まり、飲みすぎて雑魚寝で泊まったこともある。

そんな部内でも酒豪を争う二人。

いつも、酔いつぶれた部員を魚に最後は二人で飲み交わしていた。



まるでそれが永遠に続くように思っていた。





「ちょっと、もうないわよ。」

後輩たちから貰った2本の酒はすでに底をつき、ゾロの部屋にあった飲みかけの酒にまで手を出していた。その瓶をナミは傾けて振った。

「飲みすぎだ。大体毒見だったんじゃないのか。。。」

呆れたようにゾロが呟いた。

「男が細かいことを気にしないの。ほら、次ぎ出して。」

空になった瓶をナミはドンとテーブルの上においた。

「あほ。もう帰れ。大体、男の一人暮らしの家で酔っ払うつもりか。」

犬にでもするかのようにシッシと手を振り追い払うしぐさをする。

「嫌です。全然足りないわ。大体酔っ払ってもゾロの家じゃない。大丈夫よ。さー出して出して。」

空の瓶を机の上で転がし、ねだるように上目遣いにゾロを見る。

「全く。。。」

確かに酒がなくなるのは困るが、楽しく飲み交わす相手がいるならやぶさかではない。ゾロは新しい酒を出すためにそれが置いてある棚−ナミが座る真横の棚−に近寄った。



「何?」

急に自分の隣に近寄ったゾロに驚いたように、ナミは一瞬体をビクッと震わせた。

先ほどは二人きりでも平気だといっていたのにやっぱり警戒しているのだろうか。

少しからかってみたくなり、ゾロは無言でそのままナミの隣に腰を下ろした。

「どうしたの?」

いつもは勝気なナミの声が揺れている。

ゾロはゆっくりとナミのほうに顔を向けた。そして、そっと手を伸ばして、ナミの頬に触れ・・・。



「痛い。なにするのよ。」

ゾロはナミの両頬を両手で引っ張った。横に伸びるナミの頬。

「何まじめな顔してるんだ。」

ナミのパンチをかわしながら、子供のようにゾロは笑っていた。

「アンタ、ねー。」

パンチだけでは足りないと、ナミは立ち上がり足まで使い出した。

「悪かった。」

口ではそう言いながらもゾロの笑いは止まらなかった。

「もー、大人しく蹴られろ!」

大きく蹴りだされるナミの足。



やはり酔っていたのだろう。そのまま後ろへバランスを崩す。

「キャッ」

「ナミ」

ゾロのほうへ腕を伸ばすナミ。

そんなナミの腕を掴もうとするゾロ。



二人はベッドに倒れ込んだ。



からかうだけのつもりだったのに。

一瞬感じた熱は、何とか理性で止められたのに。

今、体に下にナミの体温を感じる。

自分の中の何かが変わったことをゾロは感じた。



「男の一人暮らしの部屋だと言ったはずだ」



ナミは動くことを忘れたように身じろぎひとつせずゾロを見つめていた。

ゾロはそのまま顔を近づけ、そっとナミに口付けた。そのまま、夢中で何度も繰り返し重ねた。次第に深くなる口付け。





互いの熱が高まった。









それが春の出来事。




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(2006.07.22)

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