想い〜言えない言葉  −3−

穂高 様

 

通いなれた、校舎から体育館へと続く外廊下。

体育館で練習を行う剣道部のマネージャーとして毎日のようにここを通った。

この廊下の古くなった床板がキュキュと出す音が好きだった。

でも、その音を聞くのも今日で最後。

もうこの廊下を歩くことはないだろう。

それが自分で決めたことの結果だ。



最後になるだろう、その音をかみ締めるようにナミはゆっくりと歩いた



体育館の入り口からそっと中を伺う。

竹刀の打ち合う音の中、ナミと同じくマネージャーで1年後輩のビビが雑巾で床を拭いているのが見えた。



よかった。間に合った。練習は終わっていなかった。

ナミはほっと胸をなでおろした。



「もう大丈夫なんですか?」

中を見ていたことに気がついたのだろう、雑巾を持ったままのビビが心配そうにナミの元へやってきた。

「今日は早めに帰ったほうがいいですよ。」

体調不良で午後から保健室で休んでいたことを知っているようだ。

「大丈夫よ。寝不足だったみたい。今までしっかり保健室で寝ていたから大丈夫。心配かけてごめん。」

まだ少しからだが本調子でないのだろう、体育館入り口に置かれたベンチにナミは腰をかけた。

「悪いけど部活は休むわ。今日はちょっとゾロに話があって。」

帰宅を促すビビをやんわりと断り、練習風景に目を向けた。

「コーチですね。ちょっと待っててください。」

「あっ。」

ナミの返事も待たずビビはゾロの元へと駆けていってしまった。



「呼ばなくてもよかったのに。。。」







部員たちは防具をつけ打ち合いをしていた。

その中でただ一人、面をつけていないの緑の頭のもとにビビが駆け寄り、こちらを指差ししゃべっているのが見えた。そして軽く頷くゾロ。



「止め。」

体育館の中ゾロの号令がナミの耳にまで響く。打ち合いをやめ一斉にゾロの方を向く部員たち。

「休憩」

部員たちは面とこてをとりくつろぎだした。

ビビはナミに向かって軽く手を振り、他のマネージャーと同じく部員たちにお茶を入れはじめた。

そんな中、ナミは一人でゆっくりこちらへ向かって歩いてくるゾロを見ていた。







「体調不良だって?」

ベンチの脇に置いてあったペットボトルをゾロは手にとった。

「まあね。」

ナミは軽く肩をすくめた。実際傍目から判るほど顔色が悪かった。

「じゃあ、とっとと帰れ。」

「でも、病気じゃないから。」

ナミは左に少し移動しベンチの右側を空け、ゾロに隣に座るように促した。

「勉強のし過ぎか?」

からかうように言いゾロはベンチに腰掛け、首に巻いたタオルで額の汗をぬぐい、ペットボトルに口をつけた。

「まさか。」



ナミは並んで据わるそんなゾロの顔を覗き込みゆっくりと言った。





「悪阻よ。妊娠したの。」





ゾロはゆっくりと口からペットボトルを離しナミを見つめた。

ナミはそんなゾロからすっと視線をそらし正面を見据え、そして続けた。

「産むことに決めたわ。」

迷いのない静かな口調だった。



「話はそれだけ。練習の邪魔してごめん。じゃあね。」

表情という物が抜け落ちたようなゾロの顔に一瞬視線を向け、ナミは立ち上がった。





「ちょっと待て。」

その動きで我に返ったように、一瞬の間の後ゾロはそんなナミの腕を掴んだ。

「決めたんだな。」

そのまま立ち上がり、確認するようにナミの顔を正面から見据えた。

「決めたわ。でもあんたには関係のないことよ。」

掴まれた腕を振り解こうとナミは腕に力を込め、ゾロを睨み付けた。

「。。。。わかった。」

一瞬眉間にしわを寄せたゾロはそんなナミの抵抗はものともせず、体育館のほうを向いた。

「おい。与作」

現在の主将である与作を呼んだ。

「悪いが急用だ。今日の練習は終るから片付けて帰れ。」



「一緒に来い。」

ナミの返事も待たずに引きずるように渡り廊下へ向かった。



「待って。コーチ。ナミさんがどうかしたんですか?」

あわてたビビがナミの元へ駆け寄った。

今までもこの二人の喧嘩は日常茶飯事で一種のコミュニケーションだと周りからは思われていた。が、今のようにナミがゾロの言いなりになっていることは滅多になかった。しかも今はナミの顔色がよくない。

ゾロから庇うように空いているほうのナミの腕にビビはそっと触れた。

「こいつの家まで送ってくるだけだ。心配するな。」

何かを言いかけたナミを遮るようにゾロはビビに向かって答え、ナミを引きずるように歩き出した。



残された部員たちは追いかけることも出来ず互いに顔を見合わせるだけだった。









「ちょ、ちょっと離してよ。」

ゾロに掴まれた腕を何とか振りほどこうとナミは抵抗した。すれ違う生徒たちが何事かと振り返っていくが気にしている余裕はなかった。

「ちゃんとついていくから離して。」

それでもゾロはナミの腕から手を離さなかった。



前を見て無言で歩くゾロの表情はナミからは見えない。

こんなゾロの態度は想像していなかった。不安に駆り立てられる。



どう思ったんだろう。



何を言うつもりなんだろう





・・・何を言ってもらいたいんだろう・・・







「ちょっと。」

玄関で外靴に履き替えるためやっと立ち止まったゾロの胴着を、掴まれた反対側の手で引っ張った。

「あんた、胴衣のままよ。」

ゾロは立ち止まり己の着衣を確認する。チッと舌打ちが聞こえた。

「ちょっと待ってろ。逃げるなよ。」

ゾロは部室のほうへ走っていった。





ずっと掴まれていた腕が開放された。

安堵感の中に寂しさがあった。

腕にまだゾロの手の感触が残っている。





「ばか。そんなこと言われたって待っているわけないじゃない。。。」

かばんを持ち直し、ナミは小さくつぶやいて玄関口へと一人向かった。




←2へ  4へ→

(2006.07.22)

Copyright(C)穂高,All rights reserved.



戻る
BBSへ