想い〜言えない言葉 −4−
穂高 様
結局、ゾロは追ってこなかった。
あの日と同じで。
熱病にかかったかのように、流されてしまったあの日。。
好きだともどうだとも気持ちを伝えたわけでなく、また気持ちを聞いたわけでもなく身体だけ結ばれてしまった、あの日。
「悪い。」
事が終わった後聞いた、ゾロの最初の言葉。
「別にどうってことないわ。」
そして自分の言葉。
せめてあの時素直になっていれば、少なくとも私は好きだと伝えていれば。。。
「送ってやるよ。」
身支度を整えた後、ゾロがボソッと言った。
「いいわ。まだ明るいし。第一私の家から一人で帰れないでしょ?」
まるで何もなかったかのように返事をした。
送ってもらえばよかった。
無理にでも追ってきて欲しかった。
一人の帰り道、突然体の奥から何かが流れ出た。
ゾロの放ったものだった。
してしまった行為の意味を実感し、駆け込んだトイレで一人泣いた。
剣道は警官である両親がやっていた。しかし、マンション暮らしでは自宅で練習することもなかったため、ただ剣道というものが存在するという程度の認識しかなかった。認識が変わったのは高校の入学式。
部活の紹介のオリエンテーション中、壇上で模擬戦が行われた。その澄んだ空気に魅せられた。女子部はなかったため、マネージャーとしてサポートすることにした。
そして、そこで出会ったゾロ。
普段はちょっと硬派なただのめんどくさがりの普通の男子が、一度竹刀を握らすと人が変わったかのような神聖なものに変化する。。。
入部して最初の対校試合のときにその変化を魅せつけられ。。。好きになった。
だから、想像しなかったわけではない。
ゾロに抱かれてキスされ、そして結ばれる。
空想の中では幸せだった。そう感じるはずだった。
大好きな人と結ばれる。幸せに感じないはずがない。
でも、実際はその行為は日に日に自分の中で重くなっていった。
自分の気持ちだけでは駄目なのだ。相手の気持ちも欲しい。気持ちの伴わない行為がこんなに寂しくむなしいものだ何て。。。
送別会後の練習は、受験のための補講でナミは不参加になっていた。
そのためいきなり翌日にゾロと顔を会わすこともなく大いに感謝した。
しかし、そのあと強烈に後悔した。
その会わない時間がぎこちない空気を互いに作ってしまった。
何もなかったかのような、しかし完全には何もなかったようには振舞えない不自然な雰囲気。
ゾロに話しかけられそうになるとさりげなく避けてしまう。どう接していいのか分からなかった。
ついに最近ではゾロも諦めたようで事務的な用件でしか話しかけてこなくなった。
意地っ張り。
今更何もいえなかった。ましてや相手に聞くことも出来ない。
どうして自分を抱いたのか。
少しは好意を感じてくれているのか?
それとも、何もなかったことにしたいのか。。。
この中途半端な状態が嫌だった。まるで今までの自分で無いようで。
そうしているうちに、ゾロの痕跡を体がすっかり忘れてしまった頃。
気がついたのだ。
生理がこないことを。
たった一度、痛みしか覚えていない行為で妊娠するなんて。
わざわざ遠方のドラッグストアで購入した妊娠検査薬はしっかり赤紫のラインが出ていた。結果の正確さは99%だと説明書にはあった。
(産みたい)
どうするかに迷いはなかった。
幸い、将来の勉強の為にと行っていた株投資で、ある程度の貯蓄があった。
本当は大学の進学費用に当てるつもりだったがそれを生活費に当てよう
そうすれば、親子二人しばらくは生活できる。
高校は退学になるだろう。大学への進学はあきらめないと。
就職先はあるだろうか?保育園は預かってくれるのだろうか。
方向性は定まったが、不安は尽きない。
正直、不安のほうが大きい。将来後悔するかもしれない。
でも、今のゾロを好きだという気持ちとその人の子供を身ごもることができた幸運を大切にしたかった。
でも、義理堅いゾロのことだ。責任を取ると言いそうだ。
自分の決めたことでゾロを振り回したくはなかった。ゾロにはゾロの将来がある。
あの日、ゾロの夢を聞いてしまった。夢をかなえて欲しい。
ただ、自分とその子供がいるということだけ覚えてさえいてくれればいい。
だから、さりげなく軽く伝えたかった。重荷に感じて欲しくなかった。
事実を伝えさえすればもっと気持ちが落ち着くと思っていた。
制服のまま自室のベットに転がり、天井を眺め考えていた。
トントン。
「何?」
ベッドから起き上がりナミはドアへ向かった。
「お客さん。」
ドアの前には、姉のノジコに案内されたスーツ姿のゾロがいた。
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(2006.07.22)Copyright(C)穂高,All rights reserved.