君に贈るは愛の詩
糸 様
8,Luffy 〜灯台〜
「ルフィ!最後はお前だろ!!早くしやがれ!!」
苦々しい顔をしたゾロが,やけっぱちのように言った。待て,まだ話は終わってねえ!とサンジは息巻いているが,憮然とした剣士はどうやらこれ以上からかわれるのに耐えられないらしい。
おう,と笑ったルフィは麦わら帽子を押さえて立ち上がり,意気揚々と台に上る。
「よーし!ラストはおれだー!!」
「おおー!!歌え船長ー!!!」
「いいぞー,ルフィ!!」
ウソップとチョッパーが騒ぎ立てる。
ルフィもウソップと同じく,歌は数多く知っていた。宴の時に歌うのはもちろん,普段からよく鼻歌を歌っているし,ことあるごとに音楽家が欲しいとこぼしているのは周知の事実だ。ただしそれはいわゆる「海賊の歌」であり,陽気な海の歌ばかり。今回,皆がナミに歌ったのはそういう歌ではない。それくらい,ルフィにも分かっている。
ナミに歌を贈ると言い出したのは他でもない,この船長だ。そんなルフィが航海士に歌うのは一体どんな曲なのか,誰にも予想がつかなかった。
ルフィは台の上から皆の顔をぐるりと見回し,最後にナミを見てニッと笑った。
そしておもむろに麦わら帽子を取って胸に当てると,題名も言わずにゆっくりと歌い始める。
浜辺に立つのは 夢見たその姿
輝くお前こそ おれの光
きらめく瞳が 何より眩しい
暗闇切り裂く 灯台
心に立つのは いとしいその姿
はるかな彼方へ おれの手を導く
・・・それは,いつものルフィからは全く想像できないような歌だった。
テノールで朗々と歌い上げる,しっとりとしたバラード。その内容は,驚くほど真摯な愛の歌だ。こんな歌を,ルフィはどこで覚えたのだろう。
そんなルフィと一瞬視線が交わり,ナミは硬直してしまう。皆もただ目を丸くするしかなかった。熱を帯びた,深い闇色の瞳。そこに,いつもの少年のような面影はどこにもない。
渚に立つのは 微笑むその姿
振り向くお前こそ おれのすべて
ささやく言葉は 何より切ない
腕(かいな)に抱くは 灯台
夢路に立つのは 恋しいその姿
見果てぬ彼方へ おれの手を導く・・・
静かに歌い終えたルフィに,言葉をかけられる者は誰もいなかった。
ルフィはそれを気に留める様子もなく,麦わら帽子をかぶり直して大きく伸びをする。そこでようやく金縛りがとけたサンジが,唾を飛ばさんばかりにまくし立てた。
「・・・て,て,てめぇクソゴム!!何なんだ今の歌は!!!」
「何って,“灯台”だぞ。あ,おれ題名言い忘れたな。わりい。」
「んなことは聞いてねぇ!!てめぇもクソ剣士と同じだ!!意味も分からずそんな濃いラブソングを歌ってんじゃねーよっ!!!」
いち早く復活したのはさすがラブコックと言うべきか。しかし,ゾロに続いてルフィにまで天然でこんな歌を歌われてはたまらない。サンジの血管は今にも破裂しそうだった。
だが,そんなサンジと対照的にルフィは落ち着きはらっている。
「何言ってんだ?サンジ。おれはゾロみたいにバカじゃねーぞ。ちゃんと分かってる。」
「・・・おいルフィ,誰がバカだ!黙って聞いてりゃ!!」
「わ,分かってるって,ルフィお前・・・。」
ウソップはおそるおそる尋ねる。バカという言葉に反応してゾロが怒り出したが,皆はそれどころではなかった。
・・・意味を分かって歌っていたと言うのか?この,恋愛のれの字も知らなさそうな男が?
「ナミはおれにとって『灯台』なんだ。何かおかしいか?」
「・・・いや・・・そりゃ,題名は“灯台”なのかもしれないけどよ・・・」
「例えるものが『透かし百合』か,『灯台』なのかというだけの違いよね。」
毒気を抜かれたようなフランキーと,あくまで淡々と言うロビン。ナミはゾロの時よりさらに顔を真っ赤にして,唖然としている。
無理もない。ゾロの歌は隠喩が多いと言うか,恋の歌とは言っても間接的だった。だから本人も意味に気づかなかったのだろう。しかし,ルフィの歌は,性格を象徴するかのように直接的であけすけなものだ。
恋焦がれる男をそのまま表現したような歌。チョッパーなど,さっきからナミ以上に顔を赤らめて口をぱくぱくさせている。
「大体な,そういう歌はおれの専売特許だぞ!!どこで仕入れてきやがったんだ!!」
「シャンクスたちが歌ってたんだ。大事な女に歌う曲だって,言ってたぞ。」
いまだ興奮覚めやらぬ様子のサンジにあっさりと答えて,ルフィは明るく続けた。
「グランドラインに入る時にさ,『導きの灯』ってあっただろ?あれを見て,この歌を思い出したんだ。ああ,ナミはあの灯台みてぇだなって,そう思った。」
大嵐の中で見た,揺るぎない灯。自分の夢であるグランドラインを差す一筋の光。ルフィの中では,その灯台とナミが重なって見えたのだ。
ルフィは,ナミの航海士としての表情がとても好きだった。荒れる海や空に挑みかかるような凛とした瞳も,揺れる甲板にハイヒールで颯爽と立っている姿も,迷いなく進路を指し示す白い指も。まるで,何かと戦っているようだ。
顔も服もオレンジ色の髪も,雨風に打たれてひどく汚れているが,それでもそういう時のナミは本当にキレイだとルフィは思う。それはきっと,すべての感覚を研ぎ澄ませて道を切り開こうとしているからだ。他の誰にも見えない,海の道を。だから,前を見据えるナミの瞳は自分たちを導く光であり,ナミの存在そのものが唯一の灯台だ。
笑顔はもちろん,泣き顔も,真剣な表情も,すべてが人を惹きつけてやまないナミ。だからルフィの中では,これからもナミは自分の隣にいるのが当たり前だった。第一,空にまで船を飛ばせる航海士など他にそうそういるはずがない。
「だから,ナミはずっとおれの船に乗っててもらわねぇと困るんだ。おれの灯台だからな。」
「じゃあルフィとナミは死ぬまでずっと一緒なのか?」
にししっと笑ったルフィに,純真なチョッパーがとんでもない質問をぶつける。
「おう,そうだ!ずっとだぞ!なあ,ナミ!!」
「・・・そ,そんなこと知らないわよっ!!バカ!!」
ナミは頭を抱えて机に突っ伏してしまっている。耳はこれ以上ないくらいに真っ赤に染まっていた。
「・・・おい長っ鼻,おれには今のは熱烈な告白に聞こえたが?」
「いや,心配するなフランキー。お前だけじゃねえよ。」
「ル,ルフィ,すげえ・・・」
「感心すんな,チョッパー・・・こいつの場合,ただの本能だ。」
「こんのクソゴム・・・どさくさに紛れておれのナミさんに・・・!!」
「ふふ,あてられてしまったわね。ご馳走様。」
「うっさい!!もういいでしょ!!!」
好き勝手に喋るクルー達。ナミの口調はきついが,照れ隠しだということは皆分かっているのだ。本当は嬉しいのだということも。
ルフィはそれを見て楽しそうに笑っていたが,ふと思いついたようにナミに声をかけた。
「あ,そうだ。ナミ。」
「なによっ!!」
「幸せな思い出の歌,できたか?」
ナミは思わずはじかれたように顔を上げる。そこにはいつものように無邪気に笑う船長と,それぞれの愛情を歌に込めて贈ってくれた仲間たちがいた。
自分を絶望から救い,新たな居場所を与えてくれた仲間たち。夢を追ってもいいのだと,教えてくれた仲間たち。危なっかしいことも多々あるけれど,本当に大切な,愛すべき仲間たち。
「・・・当然でしょ!今聞いた歌,全部きっちり覚えてやるんだから!!」
責任持ってちゃんと教えなさいよね!と言ったナミの顔はやっぱり真っ赤だった
が,とても綺麗に輝いていたので,男共は思わず照れてしまうほどだった。
そんなナミの様子を見て,ルフィは満足そうに笑い,もう一度大きな声を上げる。
「なあ,今度は皆で踊ろうぜ!ウソップ,さっきの歌,もう一回歌ってくれ!!」
「よしきた,任せろルフィ!おれ様の麗しい声をたっぷり聞かせてやるからな!!」
「それなら,おれはスーパーな伴奏をしてやるぜ!」
「ナミすわぁーん!ロビンちゅわーん!是非ともおれのワルツのお相手を!!」
「あらあら,2人もどうやって相手をするのかしら?」
「お,おれも踊るぞ!ゾロも踊ろう!!」
「おれァもういい・・・酒をもっとくれ。」
まるでナミの感情を表すかのように,外の雨はいつの間にか上がって青空が覗いていた。
真っ先に外に飛び出して行ったルフィの赤い上着が,雨上がりの風に翻る。踊りながら歌うウソップの茶色のオーバーオール,チョッパーの桃色の帽子がくるくると回る。ロビンの黒髪とサンジの金髪が日の光にきらめく。1番背の高いところでフランキーの空色のリーゼントが揺れる。そして,最後尾にのろのろとゾロの緑の頭が動いて行く。
・・・それはまるで,色とりどりの蝶が舞い踊っているようで。ナミは不覚にもまた涙が溢れそうになってしまった。
「ナミ,こっち来いよ!外で踊るぞ!!」
「・・・うんっ!!」
最後に輪に飛び込んだのは,夜明けを告げるような,輝くオレンジ色。
生き抜けば,必ず楽しいことが起こるから。
・・・うん,ホントだね,ベルメールさん。
冬がどんなに辛くても,春は必ずやって来る。蝶の舞い踊る,明るい春が。
FIN.
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(2007.12.02)
<投稿者・糸様のあとがき>
歌がテーマの話を1度書いてみたかったのですが,いざ書き始めてみると歌詞を考えるだけでものすごく時間がかかってしまいました・・・。でも、楽しい作業だったので、また挑戦してみたいと思います。
文中の全ての歌詞はオリジナルですが,一応イメージしているメロディーがあるので,書いておきます。原曲と合ってない!という方がもしいたらすみません(汗)
ナミの“蝶の唄”・・・NHK「みんなのうた」より,“鳩の詩”。
フランキーの“北極星”・・・ナポリ民謡の“サンタ・ルチア”。
ロビンの“海の揺籃歌”・・・フォスター作曲“夢路より”。
チョッパーの“君のためなら”・・・歌謡曲(?)“赤い花白い花”。
サンジの“女神礼讃”・・・イタリア民謡の“海に来たれ”。
ウソップの“我が友,我が誇り”・・・アメリカ民謡の“マイ・ボニー”。
ゾロの“透かし百合”・・・アイルランド民謡の“サリー・ガーデン”。
ルフィの“灯台”・・・イタリア古典歌曲の“カロ・ミオ・ベン”。
作詞をするのは,文章とはまた違ったセンスが必要ですね。もっと精進しなくては・・・。
拙い文章を読んでくださった皆様,そして管理人の四条様,ありがとうございました!
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<管理人のつぶやき>
発端はナミが何気なく口ずさんだ「蝶の唄」でした。少し物悲しい響きの歌。母から歌をたくさん教えてもらったはずなのに、辛い記憶のためにいつの間にかこの歌しか思い出せない。
そんなナミのために、ルフィが提案してみんなでナミのために歌を贈ることになりました。
それぞれが思い思いにナミに歌で語りかける。ああみんなはナミをこんな風に想ってるんだと、それぞれの歌詞を介してよぅーく伝わってきましたね。最後には、計らずも愛の歌が2曲続きましたヨ!
たくさんの歌を受け取って、ナミに笑顔が戻り、仲間とともに色とりどりの蝶となって光の中へ吸い込まれていく・・・そんな光景が目に浮かぶ素敵なラストでした!^^
糸さんの2作目にして初の連載作品でした。
クルー全員分の歌詞を考えるという離れ業には唸ってしまいましたよ!
素晴らしい作品をありがとうございました。そして、連載完結おめでとうございました!