君に贈るは愛の詩
            

糸 様




7,Zoro 〜透かし百合〜



ゾロは片目を開けてウソップとサンジが大騒ぎをしているのを見ていたが,あーくだらねェ,と新たに酒を流し込む。するとその時,力一杯背中を叩かれてむせ返ってしまった。



「うがっ!げほっ,ごほごほっ!!てめぇ,何すんだルフィ!!」

「何って,お前の番だろ?ゾロ。」



ほら行けよ,と破顔しているルフィからは,何の感情も読み取れなかった。ゾロは大きくため息をつき,仕方なく酒瓶を置いて立ち上がる。

正直,人前で歌など歌いたくはない。しかし,この頑固な船長が言い出したからには,自分だけ歌わないなどということを許すわけもない。早いとこ終わらせてしまうに限る,とゾロは腹を括った。



サンジもウソップも,立ち上がったゾロを見ると騒ぐのをやめてニヤニヤと笑う。全く,こういうことになると妙に気が合う2人組だ。その隣ではチョッパーがゾロの歌が聞ける,とわくわくしているのが丸分かりだし,やり辛いことこの上ない。

ゾロはナミに向かって,苦い声で言った。



「・・・言っておくが,おれが知ってる歌なんてほんの少しだぞ。」



そうでしょうね,とナミはあっさり頷いた。その顔には純粋な好奇心が浮かんでいる。




「あんたが歌をたくさん知ってたら逆にびっくりよ。」

「そりゃまったくだ。酒を片手にラブソングに浸るゾロ・・・ぶ,くくっ!」

「ウソップ・・・てめぇ斬られてぇのか?」



想像して吹き出しそうになっている狙撃手を一睨みすると,ウソップは慌ててサンジの後ろに隠れる。そんなゾロを,フランキーが促した。



「で,その数少ない歌の中からおめぇが航海士に贈るのは何て曲だ?」

「・・・“透かし百合”だ。」



まあ,と声を上げたのはロビンだった。博識な彼女には透かし百合という花がすぐに分かったらしい。チョッパーが不思議そうに尋ねる。



「ロビン,知ってるのか?スカシユリってどんな花なんだ?」

「海岸沿いに咲く百合よ。別名ハマユリとも呼ばれている・・・オレンジ色の百合ね。」




ロビンはそう言ってゾロに笑いかける。ゾロは頷いた。



「おれの故郷に,よく咲いていた花だ。」



だからゾロは,ナミに歌うならばこの歌だろうと思っていた。潮風に負けることなく毅然と咲く,オレンジ色の花。それは正に,ゾロの中でのナミのイメージだった。

ナミの顔を一瞥すると,ゾロは息をつき,覚悟を決めて歌い始める。





海辺の風に吹かれ 凛と佇むは

香り高く漂う オレンジの花よ



朝日のごとくに 爽やかな微笑みよ



いつか髪に飾りし 透かし百合の花



白き衣美し 晴れた空の下

オレンジの花束を 手渡した我よ



夕日のごとくに 輝ける微笑みよ



想い乗せたあの日の 透かし百合の花





「・・・なんだ,お前ら。その顔は。」



ゾロは眉間に皺を寄せて,仲間たちを見渡す。いくつもの呆けた顔が,ゾロを凝視していた。最初に口を開いたのは,ウソップである。



「・・・あのよゾロ,一応聞いておくけどな。その歌,意味分かって歌ってるか?」

「ああ?んなもん,ユリの歌だろうが。」

「やっぱり全然分かってねぇ!!」



頭を抱えて叫ぶウソップ。さっぱり意味が分からないゾロに,今度はサンジが詰め寄ってきた。



「おい,鈍感剣術馬鹿クソマリモ・・・ちなみにその歌,まだ続きがあるんじゃねぇの?」



いつもより3割増で口の悪いコックにゾロはムカッときたが,続きがあるのは本当である。何で分かったんだ?と不思議に思いながらも,早く終わらせてしまいたいゾロは頷くにとどめて歌を再開した。





一人岬に立ちて 我が手を見つめる

気持ち伝えられずに すり抜けた花よ



そよ風のごとくに 涼やかな微笑みよ



手折りてしまいたかった 透かし百合の花・・・





「た,手折る・・・ぎゃあああああ!!思った通りの展開じゃねぇかぁ!!!」

「だから何なんださっきから!!文句でもあんのかよクソコック?!!」



響き渡る絶叫にとうとうゾロはブチ切れた。全く何が何だか分からない。自分はただ,海辺に咲くオレンジの百合がナミのようだと思って,この歌を歌っただけだというのに。

サンジはただ,まさかこのアル中迷子剣士が,野暮天サボテン野郎が,とのた打ち回るだけで,まともに話ができなかった。当のナミですらぽかんと口を開いているだけなので,ゾロは仕方なく,もっとも冷静そうにしている考古学者を振り返った。



「・・・おいロビン,これはどういうこった?おれには意味が分からねえんだが。」



そうね,とロビンは含みのある笑顔を浮かべて言い放った。



「あなたは意識してなかったようだけど・・・その歌は,言ってみれば失恋の歌なのよ。」


「はああっ?!ちょ,ちょっと待て!この歌のどこが・・・」

「透かし百合を,愛する女性に例えてあるの。」



絶句したゾロに追い討ちをかけるように,フランキーが言葉をつなぐ。



「多分,この歌の作者には好きだった女がいたんだろ。でも,そいつは違う男と結ばれちまったんだ。白き衣,ってのは結婚の衣装のことだろうからな。結婚式の日,作者は想いを込めて透かし百合の花束を女に渡した,ってわけだ。」



凛と佇む,かぐわしい君に。太陽のように美しく微笑む君に。

募る想いは消えないけれど。

幼い頃に髪に飾って遊んだこの花を贈る。

どうか,君が幸せになるように・・・。



「気持ちを伝えられないまますり抜けた,って言うのは,百合の花束のことだけじゃねぇんだよ。その女のことも指してるんだ。だから最後に言ってるじゃねぇか,『手折ってしまいたかった』ってよ。」



ゾロは二の句が告げなかった。

手折りてしまいたかった・・・。それはつまり,本当は自分のものにしたかった,ということか。ならば,サンジやウソップの反応にも頷けるが。

・・・だが,自分が歌ったのが,そんな未練たらたらな曲だったとは。

よりによってこのタイミングで,失恋の歌とは痛すぎる。いくら知らないと言っても,もう少しマシな歌があったはずなのに。

今更ながら激しい後悔の念に襲われ,ゾロは眩暈を感じてしまった。そこに,ルフィの間延びした声がかかる。



「そうかぁ,ゾロはほんとにナミが好きなんだなー。」

「・・・っ!!だ,誰がこんな女を好きになるか!!知らなかったんだよ,歌の意味を!!」

「このヤロウ・・・愛の歌なんて気持ち悪いって言っておきながらのうのうと・・・!!」

「だから違うって言ってんだろうが,ダーツまゆげ!!大体何でてめぇは続きがあるって分かったんだ!!」

「んなモン勘だ!!あそこで終わったらすっきりしねぇだろうが!!!畜生,黙っておけば良かった・・・おれの馬鹿!!!」

「あー,私って罪な女ね。そんなに想われてるなんて・・・」

「てめぇも黙れナミ!!」



いくらゾロが怒鳴っても,さすがに今回は分が悪いというものだ。

呆気に取られていたナミも,ようやくいつもの調子を取り戻したようだった。それでも心持ち頬が紅潮しているのは,見間違いではないだろう。あれでも,ナミは喜んでいるのだ。

やっぱり自分が先に歌ってよかったと,ウソップは心から思う。こんな空気の後に歌うなど,真っ平ゴメンこうむるというものだ。

そんな彼に,チョッパーが嬉しそうに言った。



「なあウソップ,ゾロはナミがすごく大事なんだな!」

「ん?ああ,そうだな。」



ゾロが,あの歌を無意識に選んでしまったということがどういうことなのか。

愛する人の幸せを考えて,敢えて身を引く。その代わりに,そっと花束を手渡して祝福する。ゾロはきっと,そんな姿は情けないというんだろうけど。



でもなあ,ゾロ。それってある意味,ものすごく深い愛情なんだぜ?



ウソップは笑いをかみ殺し,ムキになって必死に言い訳をする剣豪を見つめていた。




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(2007.11.28)

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