君に贈るは愛の詩
糸 様
6,Usopp 〜我が友,我が誇り〜
「で,次はマリモか?長っ鼻か?」
サンジはまだ歌っていないメンバーを見る。最後がいいと言うルフィを除けば,あとはウソップとゾロだけだ。皆の視線を受けて,立ち上がったのはウソップだった。
「おっ,とうとうおれ様の出番か?真打登場ってわけだな!」
「お前が先なのか?ウソップ。」
「何だよゾロ,おれの後が怖いのか?まあ分からなくもないがなー,何しろおれ様の美声ときたら,故郷の8000人の部下たちも揃って聞きほれるほどで・・・」
「・・・あーあー,分かったよ。何でもいいからとっとと歌いやがれ。」
ゾロはひらひらと手を振り,相変わらずの長台詞を止める。それを見て,ウソップはゾロから見えないように苦笑した。
クルー達の中では付き合いの長い部類に入るウソップだが,それでもルフィ,ゾロ,ナミの3人には特別な絆を感じている。本人たちは気づいていないのだろうが,麦わら一味のベースとなる確固とした三角形を作っているのが,この3人だった。
だからウソップとしては気を使って,ゾロを後に回したのだ。ナミに歌を贈るということは,自分の気持ちを贈るということと同じ。それならば,ラスト2人に相応しいのはおそらくルフィとゾロだから。
最も深い信頼関係で結ばれている3人だからこそ,このくらいのお節介はしたって構わないはずだ。その方が,当のナミも喜ぶだろう。全く世話が焼ける奴らだぜ,とウソップは自分の気配りにしみじみ感心するのだった。
とは言え,ウソップとて自分の歌に手を抜くつもりはない。ウソップにとっても,ナミが大切な存在であることに変わりはないのだ。
台の上で大袈裟にふんぞり返ると,ウソップは高らかに言い放った。
「えー,エントリーナンバー5番!キャプテーン,ウソップ!!待たせたな野郎共!!」
「な,何だ,なんたらナンバーって!かっこいーなウソップ!!」
「おお,何だかよく分かんねぇけどすげぇ!!」
「ルフィ,チョッパー,いよいよ師匠の出番だ!よーく聞いておけよ!!」
意味も分からず感心する年下組。ウソップはいよいよ得意そうに胸を張ったが,気を取り直してナミの方に向き直る。
「おれが歌うのは,“我が友,我が誇り”という歌だ。これはお前にぴったりな歌だとおれは思っている。まあ,聞いてくれ。」
明るい春のよな やさしき笑顔は
嵐にも負けない 曇らぬ太陽
我が友 君はどんな時も
負けずに 笑っていてくれ
煌く夏のよな まぶしい笑顔は
たとえ傷ついても 前向く向日葵
我が友 君はどんな時も
前向き 笑っていてくれ
3拍子の明るい旋律に,ウソップの楽しげな声がよく合っている。この狙撃手は,実際お世辞抜きに歌が上手いのだ。
涼しい秋のよな 爽やぐ笑顔は
夜空を照らし出す 輝く満月
我が友 君はどんな時も
輝き 笑っていてくれ
綺麗な冬のよな 穢れぬ笑顔は
寒さにも負けずに 花咲く山茶花
我が友 君はどんな時も
負けずに 笑っていてくれ・・・
今までで1番長いのに,覚えやすく飽きない曲だ。歌を終えたウソップに,拍手と賞賛の口笛が浴びせられる。ルフィが満面の笑みを浮かべて言った。
「いいなウソップ!踊りたくなるような歌だ!!」
「おう,そうだろ?3拍子だからな。」
「あなたは本当にたくさんの歌を知ってるのね。」
ロビンの言葉に,他のクルーも大きく頷いた。宴で歌を披露する回数が1番多いのは間違いなくこの狙撃手で,そのレパートリーは多岐に及んでいる。
ウソップは,長い鼻の下をこすって笑った。
「おれは絵も好きだけど,歌も好きだからな。この歌は,母ちゃんから教えてもらったんだ。もっとも,母ちゃんも父ちゃんからの受け売りらしいけどな。」
「ヤソップが?てことは,それって海賊の歌なのか?」
「多分な。船の上で,皆で楽しく踊る曲なんじゃないかって母ちゃんは言ってたぜ。」
ルフィに答えながら,ウソップは幼い頃のことを思い出す。
ほんの少しだけ寂しそうに,でもとても嬉しそうに父親のことを話す母。奔放な父と結婚したことを心の底から誇らしげにしている母を見て,ウソップは海賊に憧れた。
「ウソップのお父さんは,きっとお母さんの笑顔が大好きだったんだな!」
そう言って無邪気に笑ったのはチョッパーだった。ウソップはそれに頷き,ナミを見る。
ナミは,ウソップにとっては同志とも言うべき存在だ。どちらかと言うと人間離れした能力を持つ仲間たちの中で,共感できるところの多い盟友。
決して強くはない者同士,ウソップはナミとの間には他の仲間にはない絆があると信じていた。それ故に,ナミの強がりを1番敏感に感じ取れるのは自分だとも思っている。
「ナミ,チョッパーも言ってたけどさ。おれたちは皆,お前の笑顔が大好きなんだ。」
アーロンと戦った,あの時。ヨサクとジョニーは,どうしてそこまでして戦うのかと聞いてきたココヤシ村の人たちに,こう答えたと言う。
ナミの姉貴が泣いていた,戦うのにこれ以上の理由がいるのか。
航海士はどうしてもナミがいいと言って,アーロンにブチ切れたルフィ。全治2年もの大怪我を負ったまま,ナミの過去など何一つ聞かずに戦ったゾロ。ただ一度会っただけのナミのために,命をかけて魚人と対峙したサンジ。そして,かつてないほどに勇気を振り絞ることができた自分。
冷酷な魔女の仮面の下に隠してきた,溌剌とした笑顔が見たい。それだけで,麦わら一味が戦う理由としては十分すぎるくらいの理由があったのだ。
自分よりもはるかに華奢で,腕なんて力一杯握ったら折れてしまいそうなのに。
死に逃げることすらできない状況で、孤独に戦い続けたナミの精神力は,どこから来るのだろう。
様々な思いを,ウソップはただ一言に込める。
「おれは,お前を心の底からイイ女だと思ってるぜ!」
「あら,そんなの当たり前じゃない。」
あんた知らなかったの?と嬉しそうに笑うナミ。良かった,ちゃんと伝わっている,とウソップは感じて安堵する。
そう,自分は決して,ルフィやゾロやサンジのように強くはないけれど。あいつらのようにナミを守ってやることはできないかもしれないけれど。それでも。
ナミと同じ目線に立って同じ感覚を共有して,良き友として共に成長していくことは,自分にしかできないはずだから。
そしておそらく,ナミも同じことを思ってくれているはずだから。
「何を今更分かりきったこと言ってんだ,ウソップ。ナミさんほど素晴らしい女性はいねえだろうが!!」
「じゃあサンジ君,ロビンやビビは?」
「なななナミさん!!おれに誰か1人の女性を選べと?!も,もちろんナミさんですと言いたいのはやまやまなんですが,ロビンちゃんの神秘的な魅力やビビちゃんの清楚な魅力も捨てられないっ・・・おれは皆のプリンスだから・・・ああああ,おれは一体どうしたらいいんだ!!!」
「や,誰もそんなことは言ってねえぞ。」
勝手に妄想を膨らませて苦しむサンジに,冷静に突っ込んだのはフランキーだった。ナミとロビンは,そんなサンジを見て笑い合っている。全く,この船の女性クルーは揃いも揃って男共の扱いに手慣れすぎだ。ウソップはこっそりため息をついた。
とその時,2人がそのウソップの方を向いて,意味ありげに笑って言った。
「私も,あんたのことを心底イイ男だと思ってるわよ!ねえ,ロビン?」
「ええ,そうね。私もそう思うわ。」
そ,そりゃどーも・・・と言いながら,ウソップは嫌な汗をかく。瞬時に妄想の世界から戻ってきたコックの方から嫉妬に満ちた殺気が漂ってくるのは,決して気のせいではない。
・・・やっぱり,こいつは魔女だ。間違いなく,魔女だ。
数秒後,ウソップは襲い掛かってくる蹴りの嵐に悲鳴を上げることになった。
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(2007.11.24)Copyright(C)糸,All rights reserved.