君に贈るは愛の詩
            

糸 様




5,Sanji 〜女神礼讃〜



船長とコックの追撃からようやく解放されると,チョッパーはまだ歌っていないメンバーを見渡した。

ルフィ,ゾロ,ウソップ,サンジ。

いずれも,グランドラインに入る前から旅を共にしているという仲間たちばかりだ。一体誰を指名したらいいものか,とチョッパーは迷ってしまう。



「うーん・・・誰がいいかなぁ。」

「おれはラストだぞ!船長だからな,大トロだ!!」

「ルフィ・・・それを言うなら大トリだぞ。」



自信満々に言い切ったルフィに,ため息をついて突っ込んだのはウソップだった。眠そうな声で,ゾロがめんどくさそうに言う。



「誰だっていいだろ,別に。どうせ全員歌うってんなら一緒だ。」

「え,じゃあ次はゾロに・・・」



チョッパーが言いかけたところに,サンジの声がかぶさった。



「ちょっと待てチョッパー!」

「な,なんだサンジ?!」

「おれよりも先に,このマリモがナミさんに愛を歌うなんてことは許さねぇ!!それならおれが歌う!!」

「・・・おい,いつおれが愛を歌うなんて言ったよ?!気持ち悪いこと言うんじゃねぇ!!」

「まあ落ち着けお前ら。コックが早く歌いたいんなら,そうすりゃいいじゃねぇか。おめぇは別にいつでもいいんだろ?」



一触即発の空気になったところに,割って入ったのはフランキーである。ゾロはまだ何か不満そうにしていたが,さっき自分で「誰だって一緒だ」と言ってしまったのは確かなので,むすっとしたまま口を閉ざす。チョッパーはほっとした。さすが年の功,と言うべきか,フランキーはクルー達の性格をすでによく把握しているようだ。

サンジは台に立つと,ナミに向かって優雅に腰を折る。



「ナミさん,貴女に歌いたいラブソングは無数にあるのですが・・・今回はちょっと別の歌を歌わせていただきます。題は“女神礼讃”。お聞きください。」



そう言うと,サンジは目を閉じ,まるでオペラ歌手のように歌い始めた。





穏やかに揺れる舟 響くのは波音

我ただ君を想う この海の女神を

まどろんで夢に見る 麗しき姿よ

焦がれても届かない しなやかな女神よ



嗚呼 聞こえる 君の声

我を守るその手に 口づけを



満天の星空に 月影がきらめく

我ただ君を想う この空の女神を

仰ぎ見て手を伸ばす 美しき姿よ

恋しても届かない 清らかな女神よ



嗚呼 聞こえる 君の歌

我を守るその手に 口づけを・・・





「・・・エロコックが・・・」

「あァ?!てめぇ,おれのナミさんへの思いにケチをつける気か!!」



歌が終わると同時に苦々しく呟いたゾロに,またしてもサンジが噛み付く。さっきの喧嘩の続きが始まるかと思いきや,ロビンの笑みを含んだ声がそれを遮った。



「でも,少し意外ね。もっと熱烈な愛の歌を歌うかと思っていたのだけど。」

「おお,そうだな。お前にしちゃえらく控えめなんじゃねぇか?サンジ。」



相槌を打ったのはウソップだった。確かに,いつもの口説き文句の方がよっぽど熱い。


そもそも,ナミに初めて会った時のサンジはすごかった。言葉を尽くしてナミを褒めちぎり,長々と愛のポエムを紡いで,料理までタダにしてしまったのだ。そんな女好きの彼が,ナミに歌を贈るなどという絶好のアピールのチャンスを逃すはずがないというのに。

しかし,サンジは軽く笑って言った。



「もちろん,これ以外にも山ほど歌いたいものはあるさ。でもな,今回は・・・おれが1番ナミさんに歌いたいと思ったのはこの曲なんだよ。」



サンジがこの歌を知ったのは,まだゼフと出会う前,客船で働いていた時のことである。海の女神を称えることで、航海の無事を願う歌だったのだ。

だがその時のサンジには,意味など全く分からなかった。海は綺麗で,楽しいものだとばかり思っていた。本当に理解したのは,バラティエで働き始めてからだ。

そう,あの悪夢のような飢餓状態を体験してからのこと。



「おれは,嵐ってものの恐ろしさをよく知ってるんです,ナミさん。」



まっすぐにナミを見つめて言うサンジから,ナミも視線を外さない。普段の軽口とは違う声色に,これはしっかり聞かなければならない,とナミの本能が告げていた。



「この海も,この空も,あまりにでかくて気まぐれで・・・何だって呑み込んじまう。そんなところが魅力的だし,同時に残酷だとおれは思うんですよ。」



そう,いつも楽しいこの船に乗っていると忘れてしまいそうになる。ここは海賊の墓場と言われるグランドラインなのだ。いつ,どこで,あの時の自分のような状態になってもおかしくない。

その時に備えて船の食料を管理するのは,当然コックである自分の役目である。
しかし,もし巨大な嵐や渦潮にでも巻き込まれたら,そんな備蓄は役に立たない。航海士が,それを予測して避けてくれないことにはどうしようもないのだ。



サンジが思うのは,ナミがケスチアで倒れた時のことだった。



ものすごい高熱があったのも関わらず,ナミはあの時,前兆がないと言われるグランドラインのサイクロンを感じ取って進路を変えた。あのまま進んでいたならば,おそらくメリー号は海の藻屑となっていただろう。ビビをアラバスタに送り届けることも叶わないままに。



「貴女はいつでも,海のそんな気まぐれからおれたちを守ってくれているんです。」



船を守る女神。もしくは,守護天使。

サンジにとってのナミは,そういう存在だった。守られるだけの,か弱い女性ではないのだ。

もちろん,最高に可愛くて素敵なレディであることは間違いないので,日々褒め称えて愛の言葉を吐くことも忘れない。

至高の存在でありながら,同時にとても人間らしいナミ。だからこそ余計に焦がれ,手を伸ばさずにはいられないのだった。



「それで今回は,いつもこの船を守ってくれる女神に,感謝の気持ちを贈りたかったんですよ。貴女がいなかったら,この船はあっという間に遭難ですからね。」



サンジはナミに歩み寄り,深く頭を下げた。それを聞いて,ロビンが笑う。



「そうね,何しろカナヅチが3人もいるのだし。」

「だっはっは,そうだなー,すーぐ溺れちまうな!!」

「笑いごとじゃねーよ!自覚があるならもっと気をつけろ,アホが!!」



人事のように呑気に笑うルフィに,サンジが踵を落とした。ナミはその様子を見て微笑を浮かべる。

このコックは,表面的には女好きで軽い性格だが,基本的には心優しい。仲間たちを,かつて自分が遭遇したような辛い目に合わせたくないのだ。ナミとロビンにだけ気を使っているように振舞っても,実際は全員の栄養バランスや体調にしっかり目を光らせている。

戦闘時こそ優れた足技が目立つサンジだが,普段の船内の役割としては,むしろ船医に近いものがあるのだった。

ナミは内緒話をするように,チョッパーに話しかける。



「ねえ,チョッパー。サンジ君はホントに優しいわね?」

「うん,サンジはすごく優しいぞ!それにとってもよく気がつくんだ。」



まるで自分のことのように誇らしげに言うチョッパー。それを見てまた笑いがこみ上げてきたナミは,ルフィと言い合いをしているサンジに呼びかけた。



「ありがと,サンジ君!素敵な歌だったわよ!」

「ナ,ナミすわーん!!とうとうおれの愛を受け止めてくれる気になったんですねー!!」

「いや,そうじゃなくて・・・って,調子に乗るなぁっ!!」



途端に相好を崩して飛びついてくるラブコックの顔面に,容赦なくナミの鉄拳が食らわされる。結局いつも通りか,と呆れて眺めるクルー達の中で,ロビンが1人楽しそうに言った。



「ふふ,勿体ないわね。いつもさっきのようにしてれば・・・」



そうしたら女神にも,手が届くかもしれないのに。

ロビンの言葉に,いやそりゃ無理だろ,と他の男共は揃って手を振った。




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(2007.11.20)

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