君に贈るは愛の詩
糸 様
4,Chopper 〜君のためなら〜
「そうね,次は・・・貴方にお願いしようかしら?」
「えっ?おれか??」
ひとしきり笑った後にロビンが顔を向けたのは,目をぱちくりさせたトナカイの船医だった。
「おー,いいぞ!歌え歌え,チョッパー!!」
「よォし!このウソップ様の一番弟子の力を見せてやれ!!」
肩を組んで囃したてるのは,ルフィとウソップだ。それを見て,こいつらもう最初の目的忘れてるんじゃねぇか?とフランキーが呆れた声を出す。
しかし,ナミは少しチョッパーが心配だった。
そもそも,彼はトナカイとして生まれた身だ。そして,Dr.くれはから聞いた話によると,かなり虐げられた幼少時代を送っているはず。
そんなチョッパーが,歌など知っているのだろうか?知らなかったら,気に病んでしまうのではないだろうか?
魔女と揶揄されることの多いナミだが,そんな彼女もチョッパーの純粋さには結構甘いのだった。
ナミは,チョッパーを指名したロビンをそっと見る。しかしロビンは,大丈夫よ,とでも言うようにナミに微笑み返した。
「よ,よし,おれ頑張るぞ!」
人獣型で台によじ登ったチョッパーは,ナミに向けて小さな腕をぶんぶん振る。
「ナミ,おれがナミに贈るのは,ドクターに教えてもらった歌だ!“君のためなら”っていう曲だぞ!」
目を丸くしたナミ。
チョッパーは大きく息を吸い込み,歌い始めた。
寒くなったから 君のとこ行こう
手袋を編んで 君の家まで行こう
真っ赤な手袋 君は笑うかな
君が笑うなら どんなこともしよう
雪が降ったから 君のとこ行こう
雪うさぎ作って 君の家まで行こう
小さな雪うさぎ 君は笑うかな
君が笑うなら どんなこともしよう
一生懸命に歌うチョッパーと,何ともあどけないその歌詞に,皆ついつい微笑まずにはいられなかった。
手袋に,雪。彼の故郷である,極寒の冬島ならではの歌だ。
春を見つけたよ 君のとこ行こう
ふきのとう持って 君の家まで行こう
緑のふきのとう 君は笑うかな
君が笑うなら どんなこともしよう・・・
「チョッパー・・・」
ナミの心の中には,じんわりと暖かい気分が広がっていた。宝物を大事に抱えて,雪の降る道を駆けて行く小さな男の子の姿が見えるようだ。大切な誰かの元へ。
いつもの何かを企んでいるような笑顔ではなく,ふんわりとした優しいナミの表情を見て,歌い終えたチョッパーはエヘヘと照れくさそうにする。
「おーおーこの非常食が,なかなかやるじゃねーかよ。おれを差し置いて。」
「うむ,よくやった!それでこそおれの弟子だ,誉めてつかわすぞ!!」
ナミのそんな笑顔を見たサンジはやっかみ半分で小突き,ウソップは偉そうに腕を組んで頷く。ロビンもとても素敵な歌ね,と言ってにこにことしているので,チョッパーはついいつものように嬉しそうなダンスを始めてしまった。
「バ,バカヤロウ!そんなこと言われたって,べ,別に嬉しくなんかないんだからな!!」
「おいおい,えらく嬉しそうじゃねえか・・・。」
突っ込んだのは新顔のフランキーだった。他のメンバーはもうすっかり見慣れているので,ただ苦笑する。感情の隠せないところは本当に相変わらずだ。
「いい歌だな,チョッパー!ドクターってことは,あのおっかねぇばあさんに教えてもらったのか??」
ドクトリーヌが聞いたらすごい勢いで包丁を投げてくるだろうな,とチョッパーは思いながら,質問してきたルフィに首を振る。
「ううん,ドクターは,おれを助けて育ててくれた人だ。もう死んじゃったけど,とっても立派な医者だったんだぞ!」
ヒトヒトの実を食べて,トナカイ人間となってしまったチョッパー。
そんなチョッパーにも,分け隔てなく接してくれたヒルルクが教えてくれたこの歌は,ドラムの子供たちならおそらく知らない者はいないだろう。
医療大国として名を馳せたドラムの,実話を元にした民謡だからだ。
「この歌に出てくる『君』ってのは,病気で寝たきりの女の子なんだ。でも,その子のことが大好きな男の子が,いつもいろんな物を持って遊びに来るから,寂しくなかったんだ。」
木枯らしが吹けば,小さな手袋を一生懸命に編んで。
雪が積もれば,可愛らしい雪うさぎを作って。
春が近付けば,いち早くふきのとうを摘んで。
・・・君のためなら,君の笑顔が見られるなら,何だってするよ。
思いを込めて,毎日のように少女の家に向かった少年。
「そしたら,奇跡が起きた。女の子は不治の病だったはずなのに,元気になって歩けるようになったんだよ!」
なあ,チョッパー。確かに,病気を治すのは医者の仕事だがな。
でも,おれは人の思いってのが奇跡を起こすこともあると思うんだよ。他ならぬ,おれ自身がそうだったんだからな。
この歌の女の子は,多分少年の思いに報いたいと強く願ったんじゃねぇかな。
こんなに自分を思ってくれる人のためにも,元気になりたい,元気にならなくちゃ,ってな。それが,奇跡を起こしたんじゃないかと思うんだ。
満開の桜に,涙を流すほど感動したおれの病気が治ったように。
お前も,そう思わないか?
「ドクターは,きっとそれは本当の話だったんだろうって言ってた。おれもそう信じてる。」
「お前は医者なのにか,チョッパー?」
からかうようにゾロが言ったが,チョッパーは笑顔で頷いた。
「うん。だって,人を大事に思うのって,すごい力を持ってると思うんだ!だからこそ医者は,技術だけじゃなくて,そういう気持ちを忘れちゃ駄目なんだと思う。」
君が笑うなら,どんなこともしよう。
その気持ちは,仲間たち皆に思う,チョッパーの素直な気持ちだった。その中でも,ナミが笑うと,本当に嬉しいのだ。自分を最初に海に誘ってくれた,あの笑顔。
「だからな,ナミは笑って・・・って,ええっ,ナミ?!」
そこまで言って,チョッパーはぎょっとして目を大きく見開く。ナミの目からは,ツーッと一筋涙がこぼれ落ちていたからだ。
「ナ,ナミ?どうして泣くんだー?おれ,おれ,ナミを笑わせたかったのに・・・」
「あ,その,違うのよ,チョッパー!これは嬉しくて・・・」
自分でも泣いていたことに気づかなかったナミは,慌てて顔を拭う。近寄っておろおろとしていたチョッパーだが,背後に迫った殺気に気がつき,ビクリと体を震わせた。
ゆらりと揺れるタバコの煙と,麦わら帽子の影。
「おいこのクソトナカイ,前言撤回だ・・・レディを泣かすとは,いい度胸じゃねえか!!」
「チョッパーこの野郎!ナミを泣かすなぁ!!」
「ぎゃあああああ!!」
「ちょ,ちょっとあんた達!違うって言ってるでしょ!!」
途端にやかましくなったダイニング。逃げ回る船医を,コックと船長が追いかける。
他のクルーはゲラゲラと笑っていた。その中にはもちろん,弾けるような航海士の笑顔もあって。
十分伝わってるじゃねーか,と小声で言った剣士は,酒をぐいっと流し込んで肩をすくめた。
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(2007.11.20)Copyright(C)糸,All rights reserved.