君に贈るは愛の詩
糸 様
3,Robin 〜海の揺籃歌〜
「それじゃ,次はお前が歌え,ニコ・ロビン。」
フランキーが自分の次に指名したのは,穏やかに笑う考古学者だった。
「あら,いいの?私で。」
ロビンは少し首を傾けてフランキーを見てから,他のクルーを見回す。
もちろんですともロビンちゃん!とサンジは鼻を膨らませ,チョッパーはおれもロビンの歌聞きたいぞ!と小さな体を乗り出す。ありがとう,と笑ってロビンは立ち上がり,ナミの方を向いて微笑んだ。
気を使ってくれたのだろう,とロビンは感謝する。
ナミの話は,ロビンにとっては人事ではなかった。幼い頃に親を亡くしたのは自分も同じ。むしろ,ロビンはナミのように親に歌を教えてもらった記憶すらない。
だから,歌をあまり知らないのはロビンも同じなのだ。フランキーも仲間たちもそれを分かっていて,ロビンに早く順番を回したのである。最年長のこの船大工は,粗野に見えて意外と気配りが細かいのだ。
もっともロビンは考古学者なので,今までに読んだ本の数も,調べた歴史の量も膨大だった。その中には古くから伝わった民謡なども数多くあったから,知識としてはそれこそ世界中の歌を知っていることになる。しかし。
この航海士に贈るべきはそういう知識ではないと,ロビンは分かっていた。
「私は・・・“海の揺籃歌”という歌を贈るわ。」
「ヨウランカ・・・?どういう意味だ,それ?」
不思議そうに尋ねたのは,ウソップだった。ロビンはにこりと笑う。
「分かりやすく言えば,子守唄よ。私の生まれたウェスト・ブルーで,よく歌われる子守唄なの。」
汚れなき娘よ 眠れ ただ安らかに
辛い夢は終わり 幸せが訪れる
ゆるやかな調べを 奏でるこの揺り籠
暗い夜が明けて 朝日が差し込むまで
お休み 愛しい子よ
ナミよりも幾分低い,慈愛に満ちた歌声だった。
ロビンが1人で歌うところなど,そうそう見られるものではない。皆,じっと耳を澄ませて聞き入っていた。
いとけなき娘よ 眠れ ただ安らかに
悲しみは過ぎ去り 優しさが訪れる
穏やかなリズムで いざなうこの揺り籠
丸い月が沈み 朝日が差し込むまで
お休み 可愛い子よ・・・
静かに歌い終えると,一拍おいて割れんばかりの拍手が起こった。ロビンはもう一度微笑み,軽く会釈すると台を降りる。
真っ先に駆け寄って賞賛の言葉を並べたのは,もちろんサンジだった。
「あああ,何て美しいんだ,ロビンちゃん!!まるで聖母のようだ!!」
「ロビンの歌って,初めて聞いたなー。」
「うん,でもすごく上手いな!」
頷き合うのはウソップとチョッパー。そこに,ゾロが至極冷静に言葉を投げかけた。
「でもよロビン,その歌って,女の子供限定なのか?」
「てめぇ,クソ剣士!もう少し気の利いたこと言えねーのかよ?!」
サンジが間髪入れずに突っかかったが,ゾロはそれをあっさり無視してロビンを見つめている。まあ当然の疑問ね,とロビンは答えた。
「そう思ってしまうのも無理はないわ。『娘』と歌っているものね。でも本当は,『我が子』と歌うのよ。」
「・・・じゃあ,今『娘』って歌ったのは,ナミのことを考えて変えたのか?」
それもあるけれど,と前置きして,ロビンは話し始める。
「この歌は,まだ私が小さい頃に母親が歌ってくれた子守唄なのよ。でも,私は本当に幼かったから,歌詞までは覚えていなかった。ただ,メロディーだけは少し覚えていたの。」
物心のつく前に,別れてしまった母。それでもロビンがこの旋律を覚えていたのは,毎日のようにこの歌を歌ってくれていたからだ。
ロビンはそれを,オハラの学者たちから聞いた。曲すらうろ覚えだった幼いロビンに,歌詞も教えてくれたのも,彼らだ。だから,ナミの唯一の思い出の歌がさっきの“蝶の唄”ならば,ロビンの場合はこの“海の揺籃歌”だった。
心の支えだったオハラの学者たちと母親の,思い出の歌。
「ウェスト・ブルーではとてもよく知られた歌だから,海に出てからもこの歌はよく耳にしたわ。そして,ある島で,まだ10才くらいの女の子が妹にこれを歌っているのを聞いたの。その子が,『我が子』ではなくて『娘』と歌っていたのよ。」
海賊に襲われた島で,ロビンが見たもの。
それは,むずかる小さな妹を背負い,一生懸命に歌っていた少女だった。いつもそれを歌ってくれていた親は,おそらく海賊の襲撃で亡くなったのだろう。
ロビンはその後すぐに島を離れたので,姉妹がどうなったのかは分からない。だが,必死に妹を守ろうとしていたその姿は,ロビンの目には今でも焼き付いていた。
ロビンは改めてナミに目を向ける。
自分は8才の時にバスターコールで全てを失い,それでも夢を捨てきれずに今まで生き延びてきた。その20年間は,ナミの今の年齢よりも多い。期間だけを見て言うならば,ナミの苦労などロビンに比べれば短いものだ,と思う人間もいるかもしれない。ナミも多分,そう言って笑うだろう。
だが,そういうことではないのだ。
ナミの過去を,ロビンは詳しくは知らない。それでも,断片的に聞いて,育ての母を海賊に殺されたことや,その海賊に故郷を支配されていたこと,別の海賊から泥棒をすることで膨大なお金を集めていたことくらいは知っている。
幼い少女がたった1人で大勢の命を背負って,無法者の海賊を相手にすることがどれほど大変か。それはロビンには痛いほど分かった。
そんな過酷な環境にいたというのに,ナミは本当に明るくて屈託がない。決して過去をさらけ出して同情を求めたりしないし,いつだって自分の足でしっかりと立っている。
それはこの仲間たちのおかげかもしれないし,生来の性格もあるのだろうけど。
自分以外の唯一の女性クルーがこの聡明な航海士で,ロビンは本当に良かったと思うのだ。
「・・・ロビン?どうしたの?」
黙ったまま自分を見ているロビンに,ナミが怪訝な顔をして声をかける。チョッパーも心配そうに言った。
「どうしたんだ,ロビン?どっか痛いのか?」
「もしかして腹減ったのかぁ?」
「アホ!!てめぇじゃねえんだぞ!!さっき食ったばっかりだろ!!」
「そうか?おれはもう腹減ってきたぞ?」
「あんたには聞いてないわよ,ルフィ!!」
ぎゃあぎゃあといつものやり取りを始めたルフィとサンジに,ナミが怒鳴る。その剣幕にウソップとチョッパーが怯えていて,ゾロが呆れて見ている。
ロビンはその光景を見るのがとても好きだった。微笑ましい,そんな言葉がぴったりだ。
柔らかな笑みを浮かべて眺めているロビンに,フランキーが声をかける。
「・・・つまり,このお嬢ちゃんはあんたにとっては妹みたいなもんだ,と言いたいわけか?」
「・・・ええ,そういうことよ。」
彼女だけではない,皆そうだ。ロビンにとって初めての,家族のように大切な仲間たち。
それを聞いて,おれはこんな守銭奴の妹はいらねぇと嘆息したのはゾロで,おれもこんなおっかない姉はいらねぇと呟いたのはウソップだった。
あたしだってあんたたちみたいなおバカな兄弟はごめんよ!と言い切り,ナミはロビンの方を向いて心底嬉しそうに笑う。
「ありがと,私,あんたが大好きよ!お姉様!!」
私もよ,とロビンも声を上げて笑った。
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(2007.11.16)Copyright(C)糸,All rights reserved.