君に贈るは愛の詩
糸 様
2,Franky 〜北極星(ポール・スター)〜
「よーし,んじゃまずはスーパーなおれ様からだ!」
ギターを持ったフランキーが立ち上がると,一斉に拍手と歓声が沸きあがった。
サウザンドサニー号のダイニングは,さっきまでの静けさが嘘のように賑やかだった。
昼食後にそれぞれの時間を過ごしていたクルー達は,全員テーブルに集まって座っている。一番医療室に近い椅子にナミを座らせ,その真正面にウソップが自分の作業台を置いていわゆる「お立ち台」とした。そこに,順番に立って歌を歌うという訳である。
ナミはルフィの提案にまだ戸惑っている様子だったが,歌をあまり知らないというのは本当だったので,内心は楽しみでもあった。
それは他のクルー達も同じで,ナミに歌う,という主旨を飛び越えて皆わくわくしていた。
雨で退屈していたのは皆同じだったのだ。宴の時には皆で賑やかに歌ったりもするが,それは幼い頃に親しんだ歌とはまた別である。生まれも育ちも全く異なる仲間たちが,一体どんな歌を歌うのか。
何でおれが歌なんか,と1人少々渋い顔をしていたゾロも,酒瓶を片手に結局輪に加わっている。ロビンも,様々な文化を知る上でとても興味深いと言って笑った。
船長より1番手を拝命したフランキーは,台に立つと皆をぐるりと見渡して言った。
「おれは育ちはウォーターセブンだが,元々は海賊の子供だったんでな。船の上でそりゃもうたくさんの歌を覚えたし,まさしく波を子守唄がわりに育ったワケだ!その中から,今回は航海士のねーちゃんにピッタリの歌を贈るぜ!!」
フランキーは台の上からナミをビシッと指差した後,親指でサングラスを持ち上げてニッと笑う。
「航海士ってのは,船の要であり,頭脳だ。おれがどんなにスーパーな船を作ったところで,頭脳がしっかりしてなきゃこのグランドラインは航海できねぇ。」
あんなに小さなゴーイングメリー号で,ここまで航海してきたこの一味。
どんなにウソップが愛情をこめて修理しても,大きな嵐やサイクロンに巻き込まれたら,ウォーターセブンに辿り着く前に大破していてもおかしくなかった。無事にここまで航海してこれたのは,「頭脳」が優秀だったことも大きな要因だとフランキーは思っている。
まだ仲間になって日は浅いが,フランキーはすでにナミの航海士としての能力に感心していた。風や波の変化を肌で感じ取り,理論と経験に基づいた的確な指示を出す。まるで海や船と話すことができるかのように,荒波や大風をたやすく越えてゆく。
そんなナミの判断に,船長を始めとした他のクルーが絶対の信用を置いていることもすぐに分かった。
だから,フランキーにとってのナミは。
どんな時でも,どこにいても揺るぎないもの。この船の指針であり,指標。
「あんたはこの船の,“北極星(ポール・スター)”だ。」
船は進む 波を越えて
はるかな夢 乗せてゆく
沈む夕日 昇る月よ
水面暗く 夜が来る
ただ一つの 光目指せ
揺るぎない星よ 北極星(ポール・スター)よ
月は高く 闇は深く
夜明けまでは まだ遠い
その光は わずかなもの
けれどいつも そこにある
ただ一つの 光守れ
揺るぎない星よ 北極星(ポール・スター)よ
ただ一つの 光目指せ
揺るぎない星よ 北極星(ポール・スター)よ・・・
ギターの伴奏まで付けて,フランキーは歌い終えた。拍手する仲間たちを手で制し,話を続ける。
「この“北極星(ポール・スター)”って歌はな,船乗りの間じゃ有名な歌だ。聞いたことのある奴もいるんじゃねぇか?」
そう言ってもう一度皆を見渡したフランキーに,ルフィとサンジ,それにロビンが頷いた。
「おう!おれ,村の酒場で聞いたぞ!」
「おれも知ってるぜ。まあ全部の歌詞は知らなかったがな。」
「私も聞いたことがあるわ。」
フランキーは口角を上げて頷き,今度はナミの方を向いて話しかけた。
「北極星ってのはそんなに大きな星じゃねぇが,船に乗ってる者にとってはある意味命綱とも言える星だ。あんたにならよく分かるだろう?航海士さんよ。」
ナミは頷く。まさしくその通りだった。
北極星というものを人々が発見した時は,さぞかし驚いて,そして喜んだだろうとナミは思っている。何の目印もない海で,唯一とも言える不動のもの。それが北の空に輝く光度2,0等の星,北極星。
「・・・航海をする上での全ての基準となる星,それこそが北極星ってわけだ。聞くところによると,この船には致命的な方向音痴が何人かいるらしいが・・・」
言ってフランキーは,ゾロの方をちらりと見る。それに全員が吹き出したので,ゾロは苦虫を噛み潰したような顔をしてフランキーを睨み返した。
「極端な話,海上じゃ,北極星さえ見失わなければ迷うことはねぇ。そっちが北なんだからな。もっとも晴れた夜じゃなきゃ意味はねえが,教えてもらっといても損はないぜ。ま,誰とは言わねぇがよ。」
へーそうなのかぁ,と能天気な声を上げたのはルフィだった。南と言われれば暖かい方へ行けばいいと思っている船長は,自分のことを棚に上げてもっともらしい顔でゾロに言う。
「うんうん,ゾロは覚えておいた方がいいぞ。マヌケだからな。」
「おいコラ,ルフィ!てめぇだけには言われたくねぇぞ!!イーストブルーで漂流してやがったのはどこのどいつだ!!」
「何言ってんだ,ゾロだって迷子だったじゃねぇか。」
「迷子って言うんじゃねぇ!!」
「・・・どっちもどっちってのは,こういう状況を言うんだろうな。」
不毛な争いに突っ込んだウソップを見て,改めてため息をついたのはナミである。そう言えば,自分と出会うまでこの2人はあてもなく海を彷徨っていたのだった。仮にも片方は海賊王を目指し,片方は大剣豪である鷹の目を探していたというのに。
それを見て笑っていたロビンが,楽しそうにナミに言った。
「・・・あなたに出会うのがもう少し遅かったら,この2人はグランドラインに入ることもできなかったってわけね。」
「・・・そうでしょうね・・・ああもう,ホントに先が思いやられるわ!」
「な,だから言っただろ?」
フランキーは腕を組み,にやりと笑った。
「だからあんたは『北極星』なんだよ。あんたを見失ったら,おれたちは全員夢に迷っちまうってわけだ。どうだ,正論だろ?」
「おォよ,いいこと言うじゃねえか,フランキー。そうとも,ナミさんはおれたちの唯一の指針さ!」
「そうなのか!すごいなー,ナミは!!」
うっとりと言ったサンジに,目を輝かせたチョッパーまでは良かったが。
その後満面の笑みで爆弾を落としたのは船長だった。
「おう,ナミはすげぇんだ!何しろ,北極グマなんだからな!!」
ドカッ!バキッ!ゴスッ!
「・・・ありがたく受け取っておくわ,フランキー。」
「お,おう・・・」
航海士にとっては最高の誉め言葉よ,とにっこり微笑んだナミの下で,3億の賞金首が床に沈められている。
「・・・いや,あながち間違ってねぇけどな・・・」
呟いたウソップの声は,幸運にも最恐の航海士に届くことはなかった。
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(2007.11.14)Copyright(C)糸,All rights reserved.