「おいしーい!ちょっとルフィ、どうしてこんな素敵なお店早く教えてくれないのよ!!」
「わりいわりい、最近あんまり会ってなかっただろ?学校違うしよ」
「へええ、ルフィの幼なじみ・・・世間は狭いよなぁ」
「んナミさんに誉めていただけるなんて光栄だー!!」
旨そうにパスタを口に運ぶのは、セーラー服のオレンジ頭。
それを囲むようにしていた3人が、奥で皿洗いをしている俺に向かってにやり、と笑う。
・・・あいつら、後で覚えてやがれ。
ライブラリー・ポートレート −1−
糸 様
俺が迂闊だったのか?そんなことは断じてない・・・はずだ。
確かに予想が出来る展開ではあった。ルフィは俺のバイト先――レストラン・バラティエを気に入っている。元々、バイト仲間のウソップが客として連れてきたことから知り合って以来、しょっちゅう学校帰りに飯を食いに来るのだ。
そして、最近俺が偶然出会い、認めたくはないが「ヒトメボレ」をしてしまったらしい女は、ルフィの幼なじみで、隣人で。
バイト先であるらしいケーキ屋も、ここからさほど離れていない。となれば。
ルフィがそいつを連れて、俺のバイト先にやってくるのは当然の流れだった。
だがしかし、だ。それは、あの「ナミ」という女がここを訪れる可能性が高いというまでの話。
それを見て、コックの1人であるサンジが目をハート形にしてすっ飛んでいくことは想像の範疇だとしても。ルフィやウソップまでが意味ありげににやついて頷いてくるのは納得がいかない。
まぁ、意気揚々と「俺のことを覚えてますか?」と尋ねるサンジに、「ああ、あの面白い眉毛のお客さん!」と返されたのには爆笑させてもらったが。
「面白いネタを見つけた」とばかりのあの3人組の笑み。しかも何となく事情を察したらしい他のコックたちまで、妙に生温かい目で見てきやがるものだから、やり辛いことこの上ない。
「おいロロノア、これデザートな。あのお嬢さんの」
「・・・俺はホール担当じゃねぇ」
「何言ってやがる、いつも忙しい時は助けに入るだろ」
・・・コックとウェイターが客と談笑しているこの状況の、どこが忙しいと?
だが次の言葉が出てくる前に、大柄のコックはあっさり俺に皿を押し付けてきた。
「眉間の皺は取ってけよ、そんなんじゃ女の子は逃げちまうぞ」
大きなお世話だ、この野郎。
「おう、ゾロ!待ってたんだぞ!!」
非常に不本意ながらも、コーヒーとタルトを持ってそのテーブルに近づくと、ルフィが嬉々とした声を上げて手招きしてきた。
何を待っていたというのか。このデザートか?
「生憎これはお前のじゃねぇよ」
「そうじゃねぇって。いやでもソレ旨そうだなー、ちょっとくれよ、ナミ」
「嫌よ、私のだもん。あんたいつも食べてるんでしょ。うわあ、美味しそう!」
伸ばされたルフィの手をしっかり払いのけながら、「ナミ」が歓声を上げる。そうだ、ナミさんの皿に手出すんじゃねぇ!とサンジに蹴りを落とされたルフィは、ようやく俺に視線を戻した。
「今日はさゾロ、お前に用があって来たんだ」
「用?お前がか?」
ルフィの用は大体ろくでもないものが多いから、俺は思わず顔を顰めてしまったのだが、そのルフィは涼しい顔で言い放った。
「俺じゃねぇよ。ナミがだ」
「・・・は?」
いやちょっと待て。俺はこの女とはまともに話すのも初めてのはずだが。
「なぁナミ、お願いがあるって言ってただろ?」
ルフィはそんな俺のことなど気にせず、隣の女に話を振る。すると「ナミ」は、食事の手を止めて、俺ににっこりと笑ってみせた。
「初めまして、でいいかしら。私はナミ、高3よ。あなたはルフィの友達よね、この間ケーキ買いに来てくれたでしょ?」
「・・・ロロノア・ゾロだ」
一応名乗ってみたものの、ひどく居心地が悪い。どういう展開なのか、全く読めない。サンジとウソップはまたしてもにやにや笑っている。
そんな俺の様子が不機嫌そうに見えたのか、ナミは、急に真面目な顔で俺を見つめてきた。
「こんなこと頼むのは図々しいって分かってるんだけど、ルフィから、あなたが海王大の学生だって聞いたから」
何を言われるのか。俺の頭はかなりめずらしくフル回転していた。海王大学、それは確かに俺の通う大学だ。ちなみにルフィとウソップは附属の高校生だが、先ほどのルフィとの会話を聞く限り、どうやらこの女は違う高校らしい。
とにかく何か俺に頼ろうとしている、それはいいのだが、大学名を出されたということは?
高3ならば受験生なのだろうし、大学を案内してくれとか、そういうことか?
いや、むしろ大学生との合コンを設定してくれとか、男を紹介してくれとか・・・あまり考えたくないが。
だが次に続いた言葉は、俺の予想と大きくかけ離れていた。
「お願い、私と一緒に、図書館に行ってもらえないかしら」
・・・・・・。
「・・・は?」
「だから、私と一緒に、海王大の図書館に行って欲しいの」
いや、意味が分からない。もしかしてあれか、今高校生の間では図書館デートなんてものが流行っていたりするのか?
そんな都合の良い解釈はともかく、訳が分からないのはルフィたちも同様らしかった。
確かに、うちの大学にはでかい図書館がある。俺は滅多に行かないのでよく知らないが、蔵書の量は全国的にもトップレベルだと聞いていた。
例えば大学生しかそこの本が借りられないというのなら、話も分かる。代わりに借りてくれということだろう。
だがうちの図書館は、普通に一般にも公開されているはずだ。よく制服の高校生の姿も見かけるのだから。
俺が何から聞けばいいのか迷っていると、ルフィが先に不思議そうに声を上げた。
「何だよナミ、お前そんなこと頼むつもりだったのか?お前だってカード持ってるじゃねぇか、あの図書館の」
「そりゃ持ってるけど、1回に2冊までだし、期限も1週間でしょ?大学の学生なら、冊数も期間もその倍は借りられるし」
「ナミさん、そんなに本読むんですか・・・頭の良い貴女も素敵だ!」
「でも、それならルフィや他の友達にもカード作ってもらえばいいんじゃねぇか?」
体をくねらせるサンジはともかく、ウソップの発言はもっともだった。1人で2冊が不満なら、誰かに協力してもらえればいい。貸し出し期間については確かにどうしようもないが、延長してもらえば済む話だろうに。
しかし、ナミは首を振った。
「書庫の本が借りたいの」
話はこうだった。
図書館には、普通に並べられている本棚の他に、古い文献などが収められている書庫があるらしい。そして、その書庫の本は普通は館内での閲覧しかできない。
保存に気をつけるべきものだからだろうが、そもそも一般でそんな文献を必要とする者はほとんどいないのだろう。
ともかくそんな理由で、書庫内の本の貸し出しは大学関係者に限られるらしく。
一応大学生の俺には、借りる権利があるらしい。
そしてナミは、その中にどうしてもじっくり読みたいものが何冊かあるのだと言う。
「あそこの書庫にあるのは分かってるのよ。でも、借りる方法がなくて」
「・・・・・・。」
「大学生って、学生証がカード代わりでしょ?だからカードを貸してくれとはさすがに言えないし、一緒に行って、借りてもらえないかなぁと思って・・・勿論、そっちが自分の本を借りたい時には、言ってくれれば返すから」
初対面も同然の相手にここまで食い下がる様子を見ると、ただ本が借りたいだけではないのだろう。何かそれなりの理由があるのかもしれない。
もっとも、そんなことは俺にとってはどうでもいいことだった。
「・・・いつだ」
「え?」
「いつ行くのかって聞いてるんだよ」
授業のレポートなど、図書館内でやれば事足りるし、それ以外に本など借りることはまずないし。
「行ってくれるの?!」
「だからそう言ってるだろ。いつなら来れるんだ」
これははっきり言って、渡りに舟そのもの。
満面の笑みのルフィに口笛を吹くウソップ、弱冠悔しげなサンジはこの際無視だ。
「ありがとう!えーと、ロロノアさんだったっけ」
「ゾロでいい」
「そう、なら私もナミでいいわよ。ちょっと待って、メルアド教えるから、また都合のいい日にちを連絡するわ」
そんなわけで、この日。
俺はまぎれもなく自分に向けられたナミの笑顔と、メールアドレスを手に入れた。
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(2009.04.19)