緋焔 −1−
            

こざる 様




港から離れるにつれ華やいだ喧騒は薄らぎ、代わって職人街に相応しい落ち着きが辺りを包み込んでいる。町並みも、観光客目当てと思しき土産物や安物を置いた店はなくなり、老舗風の大店や工房を兼ね備えた店が立ち並んでいる。



手元の紙片と周りを見比べていたオレンジの髪の少女は、

「この辺の筈なんだけど・・・?」

と、辺りを見回しながら呟いた。

「ん〜、それらしい店は・・・」



「あれだ。」

少女の声を遮るように傍らに在った剣士が言った。

その視線の指す先には小さな間口の目立たぬ店がある。







ことの起こりは、ウォーターセブンを出航して、一路魚人島に向かおうとしていたところにフランキーが寄りたい島がある、と言い出したこと。ちょいちょい買い物に行くからエターナルポーズを持っている。ログが溜まるのに5日かかる島だから、ログが溜まる前に出航すればちゃんと魚人島に行ける。だから1日だけ寄ってくれ、と。

それが“匠の島”と呼ばれる島、マニエル島でこの先の航海に必要なものを買いたいのだ、と言われれば皆否やはない。



造船の町、ウォーターセブンが近いことに目を付けた時の為政者が、指物や工具を作る職人を優遇して集め、匠の島として発展させたという。なかなか、やるわねと、麦わら海賊団一の守銭奴が呟いた。商売の話になると航海士の目の色(形?)が変わるのはいつものことだ。

今では、造船に関わらず、匠が集まってきて腕を競っているらしい。







マニエル島に着く前の晩に上陸のミーティンが開かれた。



「まず、今回の上陸で気をつけて欲しいことがあるの。

停泊は4日以内。それ以上停泊しているとログが溜まっちゃうわ。

ここへはエターナルポーズで来たから、ログポーズはまだ魚人島を指してる。

でも、長くココに居たら書き換わっちゃうわ。わかる?

長居したら、魚人島には行けなくなるの。」

お子ちゃま3人衆(ルフィ・ウソップ・チョッパー)は真剣な眼差しでうなずいているし、サンジに至っては涙目だ。



「ウォーターセブンとの交易も盛んだし、フランキーが詳しいわ。皆に説明してやって。」

ナミの言葉を受けて、フランキーが皆にスーパーな(?)説明を始めた。

曰く、道具類なら何でも揃う。精度も抜群だ。

曰く、武器類なら大抵揃う。ただし、重機は扱っていない。

曰く、修理屋も腕がいいのが揃っている。

等々。



道具好きのウソップは既にいろいろ妄想している表情だ。

チョッパーも何か必要なものがあるようだ。

サンジはキッチンを見回している。

ルフィは相変わらず意味もなく生き生きしている。



「でね、フランキーはいくら必要?」

「ぬあ?いくらって金の話か?」

「そうよ。お小遣いとは別の船のためのに使う必要経費。ツケで買うわけにはいかないでしょ?だから、先に予算を立ててもらって現金を渡しているの。戻ってきたら、領収書と残金を頂戴ね。」

「へぇえ〜〜〜。こいつらがそんな細かいことしてるたあ、驚いた。」

と、フランキーはルフィとゾロを見やった。



おまえ、失礼だな、とルフィは騒いでいるが、まあ、誰がみてもそう思う。



「コイツらには必要経費なんてないもの。ルフィに必要なものは肉。ゾロは酒。どっちも必要経費とは認められません。」



何言ってんだ、肉は必要だぞ、必要経費だ、とまたもやルフィが騒ぎ出しサンジの蹴りを食らっている。



と、ゾロが物言いたげに顔を上げた。

ナミの顔をじっと見ると、緑頭をがりがりかきながらいきなり言った。



「金くれ。」







・・・何じゃ、そりゃ。







「いや。」

「ぁんでだよ。」

「あんたねぇ、人の話し聞いてたの。金くれ、でやれるか!何のために、いくら必要かちゃんと申請する!」

「砥ぐ。打ち直す。買う。」

と言いながら、ゾロは三振りの刀を順番に机に並べた。

「刀の値段はわからねぇ。全部貰いもんだからな。とりあえず、コイツは買えば1000万ベリーは下らないらしいが。」

研ぐ、と言った和道一文字のことだ。

亡くなった親友の形見と言う話だが、ゾロはローグタウンで人に言われるまでその名前も価値も知らなかったらしい。

3本目に並べた雪走は先のローグタウンでの戦闘中に悪魔の実の能力者によって原型を留めない姿にされてしまっている。ゾロは3刀流の剣士だから、まだ2本あるからいいだろう、にはならないことは皆も承知だ。



「判ったわ。必要経費と認めましょう。値段の見当がつかないっ言うけど1000万ベリーなんて出せないわよ?」

「んなもん、わあってるよ。取り合えず、10万くれ。」

「アホか、そんなはした金で何買うっていうのよ。安物買いの銭失いなんて冗談じゃないわ。まして、なまくら刀のせいで怪我でもされたら寝覚めが悪いじゃない。」

ナミの言葉にゾロはコメカミの筋を増やすが、じゃあいくらにしたらいいのかはさっぱり判らないらしい。

「っんもう、一緒に行ってあげるから、ちゃんとしたものを買いなさいよ。」



「お!?どーしたんだ、ナミ。熱でもあんじゃねぇか!?」

「ぎゃー、天変地異の前触れだ〜」

ナミの言葉に、お子ちゃま衆が騒ぎ出した。



ナミが付き添っての買い物は基本的に値段の目処が立たない高額の場合と決まっている。

つまり、高いものを買って良い、と言うお墨付きと取って良い。



「あんたたち、何気に失礼ね。いい?刀のないゾロじゃ寝てるか迷っているかの役立たずの筋肉達磨でしょ!だ・か・ら。これは必要経費なの。おわかり?」

「…、いや、お前の方が数倍失礼だぞ。」

「何よ、文句アンの!じゃ、10万で買えるものにする!?」

「…、文句アリマセン。ヨロシクお願いします。」







翌朝。

歴史の浅いこの島にはさして興味はないから船で本を読んでいるわ、と言うロビンに船番を頼み、残りのクルーは全員船を降りた。もちろん、港には入れないから少し離れた人気のない入り江に船を泊める。

振り返ってロビンに手を振っている間に、ゾロがスタスタと歩き出した。



「ちょっと、何処へ行く気!こんな大きい島なんだから当てもなく歩き回っても鍛冶屋なんて早々見つからないわよ。」

「当てはある。」

と言ってゾロは小さな紙片を取り出した。

「なに?」

「住所と地図。ルルに貰った。」



ルルってガレーラの職長のルル?と言うナミの問いかけに、面倒くさそうにゾロが答えた。

要約すると、先のエニエスロビーの戦いで、ゾロの刀のうち1本にひびが入ってしまった。ひびが入ったのは悪名の高い妖刀で、ウォーターセブンの刀鍛冶には打ち直しを断られてしまった。

その話を聞いた自身も剣を使うルルさんが、ここへ行ってみろとくれた、と言うことらしい。



「だったら、その紙頂戴よ。サッサと行きましょ。」

「だから向かってんじゃねぇか。」

「でも、地図が示しているのはこっちよ。」

相変わらずな剣豪から紙片を奪い取ると、ナミは今来た方へ戻って港を目指した。







20分ほどで表玄関口と思しき港に着いた。匠の島として名が知れているだけあって港も町も随分大きい。

地図の示す場所は大分港から離れているので、通りがかりの人に確認すると、そこはこの島随一の刀専門店だと言う。

専属の工房もあるから、刀鍛冶もいるという話だ。



で、冒頭へと繋がる。



その小さな店はナミの目には、『専属工房のある匠の島随一の刀専門店』には見えなかった。




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(2008.08.08)


 

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