Sei sempre nei miei pensieri e nel mio cuore
            

りうりん 様




Maggio



その部屋の窓から見えることに気づいたのは、いつからだろう。











***











「練習、終わった?」











帰りにお茶をしていこうと約束していた合唱部のカヤたちを迎えに音楽室にオレンジ色の髪を揺らしたナミがドアから顔を覗かせた。ナミは合唱部ではないがよくここに顔を出す。「入部してよ!」と言われるが、そのたびに笑いながら首を振った。







後片付けをするビビたちを待つ間、音楽室におかれたよく使い込まれたピアノを撫でるように静かに手を置く。戯れに白鍵をなぞると、鈴を振ったようにピアノが謳う。合唱部員たちだけでない生徒も触るため、粗雑とは言わないが、少々手荒に扱われてしまっているピアノだが、たくさんの人たちに可愛がられていた優しい時間に相応しい音だと思った。そしてもう一台のピアノを思い、ヘイゼルの瞳を蒼穹が広がる窓の外へ向けた。







夏の日差しになりつつある陽光に溶けるように勇ましい掛け声が聞こえる。ここからだと武道場がよく見えるのだ。部活動によってその人間の一生を決めることができる人間は少ないだろう。どれ程打ち込んでいても、学校生活の1ページを彩るに留まる人間の方がはるかに多い。文武両道を旨とした校訓であるこの学校は、スポーツ強豪高としても知られており、入学してから競技を始めた者もいるが、大半は幼いころからただひたすらに、がむしゃらに、極めるように精進してきた。――――― たとえば、彼のように。







幼い頃、英会話に書道、ピアノやスイミング、体操などお稽古事をたしなむ子供は多い。ナミも放課後に遊びに誘う友達に詫びながら夢中になっていたことがある。あんなに夢中で、夢にも見るくらい心を占めていたのに、やめるときは突然だった。まるでプツリと糸が切れたように「その日」から絶ちきられた。嫌いになった訳ではない。飽きたわけでもない。ただ「もうダメだ」という思いだけが胸のうちを木霊し、憑き物が落ちたようにナミの毎日から消えてしまった 。







ゾロはどうだったのだろう。小さいころから剣道三昧だったらしいが、ナミの住むマンションの近くにも道場があり、同世代の子供たちが自分の体よりも大きな防具入れを担いで通っている姿を窓越しによく見かけた。練習がうまく出来ない時も、彼らの姿に励まされ自らを奮い立たせることも多かった。だからだろうか。いくつもあるスポーツの中でも剣道をとても身近に感じていた。あのなかに翡翠色の髪もいたのだろうか。クラスが分かれてから、欠伸をする横顔を見ることは出来なくなってしまった。どんなにルフィたちが騒いでも眠ることができる特技をビビたちと笑って見ていた。たった数ヶ月前のその光景はもうナミの手には届かないほど遠くなってしまった。こんなことを思う なら、ずっと寝かせてあげればよかった。無理やり起こして憎まれ口なんて言わなければよかった。たしぎたちと知り合い、その後SNSで連絡を取り合うこともあって、それはそれでとても楽しいのだが、それはゾロの姉たちであってゾロではないのだ。







ふうと深く息を吐く。おかしなプライドが邪魔をして、がっついていると思われたくなくて彼女たちの頼みを断ってしまったことを、今更ながらに激しく後悔した。クラスが離れるかもという予感は確かにあったけれど文系と理系。部活も違って、校舎も別れてしまうと、あんなに目立つ髪の色なのに目にすることすら難しくなるとは想像も出来なかった。コアラの策略ともいえる計らいに委員会は同じになったけれど、もともと愛想などないゾロだ。元クラスメイトだっただけのナミに用もないのに声をかけてくることなどない。さり気無さを装って声をかけても、気が付けば同じクラス委員のサンジにまぜっかえされ、ゾロにケンカを押し売りに行く。そして、二人の小突きが始まりナミだ けが放置、と言うのが最近のパターンだった。無理やり仲裁に入っても、そのあとの会話が続くはずもなく、八つ当たりだとわかっていてもサンジを恨みたくなる。カッコつけて妹分でいいなんて言わなければ、押しかけ女房よろしく今頃はゾロの横に大威張りで立っていたかもと考えると、あの時の自分を蹴飛ばしてやりたかった。











――――― つまんないなあ











自分がこんな乙女なことを考えるなんて入学するまで思いもよらなかった。去年の今ごろは、こんなに可愛くて優秀な自分とクラスメイトになった幸運を喜べと言って呆れさせていたものだ。それなのに、それなのに、である。視線を下げると武道館の脇に設置してある水道を使う道着が見えた。ゴールデンウィークに入るころから季節は春を飛び越したような気温になる日も続いている。窓を開けているとはいえ、武道場で地厚な道着を防具に包んでの練習はかなり体力を消耗することだろう。頭から水を浴びたくなるのも無理はない。











「お待たせー!」











練習が終わったビビたちと向かうのは最近お気に入りになったお店だ。古民家をベースにしたカフェは不思議なお店で、どんな好みを持った客でも気に入って時間を忘れてしまう不思議な店だった。素朴な素焼きの陶器に注がれる紅茶も、ガラスではなくギヤマンと呼びたくなるような風合いのグラスに注がれるサッパリした風味のジュースもナミたちのお気に入りだった。そして、そこに添えられる小さなフォーチュン・クッキー。他愛のないことしか書かれていないそのお告げに額を寄せ合いながら、クスクスと笑いあう時間が心地よかった。



ナミを呼ぶ声にピアノから手を離すと、誰だか知らない剣道部員に口の中で小さく「おつかれさま」と呟いた。







ところで音楽室から見えると言うことは、武道場からも見えると言うことだ。もちろん高さがあるので場所は限られるが、体温の上がった体を冷やすため頭に水をかぶり、タオルでガシガシと拭いていたゾロは視線を音楽室がある校舎に向けた。いつもはいないオレンジ色が、今日は遠くからでも確認できた。奥にいる何人かと話しているのだろう。声は聞こえないが、楽しそうな雰囲気はわかる。ピアノの傍に立つオレンジの横顔を残念そうに見上げる彼の表情の意味を知るものは、ここにはいない。











「ロロノアぁ!ボサッとしているなら、ランニングでもしてきやがれ!」











武道場から響くスモーカーの怒鳴り声に反射的に首をすくめた。水飲み場にタオルを放り投げると軽く屈伸して、大きく体を伸ばした。風をはらんでしまう袴でのランニングはかなり走りづらいが、これも鍛練だ。グランドでは他の部活の部員たちが練習に勤しんでいるのを横に、力強くダッシュしようと…











ボガッ!!











うっかりではなく、確実に狙ったようにゾロの後頭部にサッカーボールが命中した。倒れ込むことはなくその場に踏みとどまったのかさすがというべきかもしれないが、冗談ではなく一瞬意識が飛んだゾロの目の前でモノクロのツートンに色分けられたボールがコロコロと転がっていく。











「おー。わりぃ、わりぃ。芝生と同化していて気が付かなかったぜ」











金髪を爽やかになびかせたサンジがにこやかにサッカーグランドの端から手を振っている。ただでさえ鋭い視線でキッと睨みつけると、サンジの暴挙に呆然としていた他の部員たちは一斉に青ざめると、ずざざざああああっと砂煙を立てて大きく後退した。











「殺す!」











宣誓するように一言。そのままサッカーボールを片手でガッシと掴みあげると、軽くジャンプすると大きく振りかぶってサンジに向かって投げつけた。剣道部のはずなのに、ハンドボールの選手のように。袴姿なのに重力を感じさせない身軽さに。その渾身の力強い投球をサンジは顎で受け止めることとなった。











「ちょ!ちょっと待て!待てよ、二人とも!」











平和な午後の部活動が阿鼻叫喚な時間になろうとしている。あわあわと血の気を引き右往左往するサッカー部員の制止など、歯牙にもかけられることもなく、B級の西部劇のように砂埃舞うグランドで二人は非友好的に対峙した。幕開けの合図はたった一つのボールだったが、今はお互いに素手だ。











「おお。二人ともフェアプレーだよい」



「マルコ先輩!そんなのんきなこと言っていないで、止めてくださいよ!」











陸上部のマルコが棒高跳び用のポールを肩に担ぎ、うんうんと頷いている。乱闘が開催される(?)サッカーグランドから陸上部エリアへ浸食されるとは思わないが、乱闘騒ぎを冷静で見ていられるような人間は構内にも、この世にもあまり多くない。後輩の嘆願に薄い眉をあげると不思議そうに「なんでだよい」と首を傾げた。











「心配せんでもお互い確実な急所は外すから、心配ないぞよい」



「だけど他の奴らが巻き込まれてしまいますよ!」



「そんな素人さんみたいなこと、あの二人がするわけないじゃないかよい」











取っ組み合いのケンカとは縁のない平和な人生を送ってきたらしい後輩たちにはマルコの説明に頷くことは出来ないが、その言葉を信じつつもゾロたちを痛そうに見る彼らに











「海賊王が参戦すれば別だが、放っておけばいいよい」











しかし練習を再開するマルコの背に震える声がかかった。











「だけど、マルコ先輩。なんか、あの、校舎から勢いよく走ってくるすんけど…」











後輩が指差す方向を見るまでもなく、賑やかな声がグランドに響き渡る。











「お―――――――――――い!楽しそうだな、おまえら!おれも、ま・ぜ・ろ・よ――――――――――――――!」











叫んだ勢いのままゾロに蹴りを入れ、サンジに肘を当てたルフィが飛び込んだことにより、校庭はさらに阿鼻叫喚な第二ラウンドのゴングが景気よく鳴らされた。着火剤というか、起爆剤と言うべきか。焚火にガソリンをふりかけ、引火ガスを吹き付ける気質のルフィの登場にさすがのマルコも泰然と見物しているわけにもいかなくなり、目の前で燃え広がりそうな惨状の予感に個性的なヘアスタイルの髪がざわっと逆立つような感覚に襲われた。











「これはまずいよい!おまえら、早く保護者呼んで来るんだよい!」











そう言い置くと騒動の中心に向かって勢いよく走りだした。マルコの初期消火が早かったためか、混乱と被害はそれほど広がることはなかったが、ソロはスモーカーに、サンジはベックマンに、ルフィはシャンクスに











「悪さする元気も出ないくらいの練習量を組んだはずなんだがなあ、ロロノア。もうちっと練習量を増やした方がいいか?」



「それぞれが無害な物質でも混ぜれば危険なものになることもある。おまえたち、お互いの距離感の測り方と状況判断の仕方を知っているのか?」



「食糧危機の敵だけでなく、環境破壊までする気か?海賊王目指すよりも、その体力を世界平和に使った方が、よっぽど喜ばれるぞ」











説教に憮然としたままの3人にため息をついた保護者達が選んだペナルティは、週末に行われる付属幼稚園の運動会の雑用だった。が、それは選択誤りであったことを保護者達が気づくのに時間はかからなかった。男子高校生と幼稚園児。この組み合わせは一般的に相容れることのできないものなのだが、彼らに限っては例外だったようである。動物と未就学児限定で異常に受けがいい体力自慢のゾロと、体力自慢の上に精神的に幼稚園児と同じレベルのルフィ。幼稚園教諭に人妻とはいえ若い女性が集まる幼稚園で鼻血を出さなかったことは褒めるべきなのかもしれないが、サービス精神テンコ盛りのサンジ。近年まれにみる盛り上がりに加え、調子に乗ったサンジが運動会打ち上げにと自慢 の腕を振る舞ってしまい、大いに好評を得てしまった彼らに翌年のオファーが入ったことは別の話である。







そして、それを面白おかしく記事にして構内を沸かせ、級友たちに「保父さんpgr」と、揶揄されてしまった3人がウソップを絞めあげたことも別の話である。


















                                           …… attacca


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(2015.07.06)



 

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