コーヒーを下さい 〜ナミ視点〜
*みかん* 様
外は土砂降り。小さなこの街の街角にあるこの店は、あまり目立たないおしゃれで小さな喫茶店。
店内には、店員一人だけ。
「・・・・この雨じゃあ、お客さんも来ないわよね・・・」
この店員の名前はナミ。まだ新入りの店員だ。
ナミは、窓の外で音を立てて降り続いている雨を見ると、大きなため息をついた。
「ま しょうがないわよね。こんな雨じゃ、客なんて来るはずな・・・」
ナミが独り言を全て言い終わる前に、客が一人、店に入ってきたのが見えた。
(うそ!客来た!)
ナミは目を丸くして驚いた。
しかしすぐに我に返り、客のそばまで寄って注文を訪ねた。
「ご、ご注文は」
「あ?」
客は、ナミの顔を鋭い目つきで見た。
(う・・・!)
ナミの体に震えが走った。
(な、何この人・・・こわ・・・)
その客は、ナミから見て背の高い、緑の短髪男。左耳には、ゴールドのピアスを3つぶら下げ、腰には刀も3つぶら下げていた。
「あ、あのお客様、店内に凶器のお持ち込みは禁止になっておりますので・・・」
「堅ぇこと言うな。これはおれの宝だ。身からは放すことはできねぇ」
「そ、そんな勝手なことおっしゃられてもですねぇ・・・」
「うるせぇだまれ。とっととコーヒー持ってこいよ店員!」
「は、はい!!」
ナミは客の目つきに負け、そそくさと店の奥へと入っていった。
(な、何よあの客・・・客のクセに・・・それになんで刀3本も持つ意味あるの!?意味不明!)
ナミは頬をふくらませながら、カップにコーヒーを注いだ。
コーヒーは湯気を立たせながら、客のところへと運ばれた。
「・・・はい。コーヒーでございます。ご注文は全てよろしいでしょうか」
「ああ」
「・・・では、レシートはここにおいておきますね」
「あ ちょっと待て」
「・・・はい?」
「ここ。テメェ以外誰もいねぇの?」
「え・・・?」
「てめぇ意外に店員いねぇか聞いてんだよ」
「え、えっと・・・みなさんこの休み・・・旅行に出かけたり花粉のせいで風邪になったりして、結局 今はこの店、私しかいないんです・・・」
「いつまでだ?」
「し・・・知りませんが・・・来週いっぱいまでは、私一人だと思います・・・
来週までずっと雨だって言われていますし」
「そうか。ごっつぉーさん。へい。お勘定」
「あ・・・あ、ありがとうございました。またのご来店お待ちしています・・・」
ナミが決められたお礼を言い終わる前に、客は黙って店を出て行ってしまった。
「・・・なんだったんだろ・・・?」
ナミはもらった勘定を握りしめ、その場で突っ立っていた。
しかし、もらった勘定が1000円ほど多いのには、後々から気づくのだった。
* * * * * * * * * * * * * * * *
次の日、ナミはレジの整理をしていると、昨日の客がまたやってきた。
「わ、またあなた・・・」
「んだよ。来ちゃ悪ィか?」
「い、いや・・・別に・・・です」
「敬語なんかいいっつーの。さっさと昨日のもってこいよアホ」
「あ、アホ・・・!?」
「あ゛?なんか文句あんのかよ」
「あ、アホだなんて・・・しかも店員に!」
「アホなモンはアホだろアホ!早くもってこいよ。寒ィんだよ!」
「・・・・!!・・・はい」
ナミは悔しそうに店の奥へ入っていった。そしていつも通りコーヒーをカップに注ぎ、客の方へ持って行った。
「コーヒーです」
ナミはむすっとしながら、客のいるテーブルにコーヒーを乱暴においた。
「・・・そんな愛想悪ィと客来ねぇぞ」
「大きなお世話!それに昨日のお勘定、かなり多かったわよ!おつり・・・」
「釣りなんかいらねぇよ。・・・やっと敬語やめたか」
「あんたなんかに敬語なんか使う方がおかしいわ!それに私は愛想良い方なのよ!!」
「じゃあなんでそんなマユゲつりあがってんだよアホ」
「アホアホうるさい!私はアホじゃない!」
「そんなに怒るとせっかく かわえー顔が台無しだぜ?」
「!!!」
客は相変わらず冷たい目で、意地悪そうにナミを見ながら言う。
ナミは顔を赤くして、エプロンを握りしめた。
「・・・・ぷは。お前が入れたのか?このコーヒー」
「・・・・ええ」
「どーりでうめぇワケだ。ごちそーさん」
「!」
"どーりでうめぇワケだ" "かわえー顔が台無しだぜ?" "どーりでうめぇワケだ" "かわえー顔が台無しだぜ?"
客のその言葉が、ナミの中でエコーした。
ナミはその場で顔を赤くしたまま、固まってしまった。しかし、客の言葉で我に返った。
「おい」
「!!!はい!?」
「・・・名前」
「え・・・」
「名前、なんつーんだよ」
「・・・・ナミ」
「あ そ」
客はそう言いながら、また勘定をナミに渡した。
その時、客の手とナミの手が、微かに重なった。
「・・・・!」
「・・・・・」
客は黙って店を出ようとした。
しかし、それをナミが呼び止めた。
「ねぇ・・・!」
「あ?」
「・・・・名前!」
「は?」
「あんたの名前、聞いてないんだけど!」
「・・・知りてぇのか?」
「そ・・・そんなこと・・・」
「ゾロだ」
「え・・・」
客はナミの方を見た。
ナミは一度伏せた顔を上げた。
「・・・ロロノア ゾロ」
客は 低く静かな声で、ささやくように言い残し、店を出て行った。
「・・・・ゾロ・・・」
ナミはまたその場で突っ立ってしまった。
しかし、昨日突っ立ったときの気持ちとは全く違う気持ちだった。
自分の鼓動が、やけに早く聞こえた。
* * * * * * * * * * * * * * *
次の日、ナミはボーっとしながら仕事をしていた。
いつもならこの時間、ゾロが来るのに、今日は来ないからだ。
「・・・」
(今日は来ないのかな・・・)
ナミは少し しょぼんとしてしまった。
(・・・って!なに私落ちこんでんの!あんな奴 来ない方が良いのに!)
ナミは一人で慌て、一人でキレていた。
(来ない方が良いのに・・・・)
そう思ってはいるものの、どこか寂しい気がするナミだった。
と、その時、店のドアが開いた。
「!!!」
ナミは急いでドアの方を見た。
「・・・・っ」
そこに立っているのは、あくびをしているゾロだった。
「ふぁ・・・どうした?突っ立って」
「・・・・・・別に」
「どうだ?今日は客、おれ以外に来たか?」
「・・・・・・ううん」
「それでも稼いでんのか?」
「・・・・うん・・・」
ナミは、ここにゾロが居るということに、強い安心感を覚えた。
ゾロが意地悪そうに笑うと、心が暖かくなっていくのが、自分でも分かった。
「今日・・・来ないのかと思った」
「バーカ 来ないわけねぇよ」
「来なくていいのに」
「来ちゃ悪ィか?おれは客だぜ?」
「う・・・・」
ナミはそう言うものの、心の底ではどこか、ゾロが来てくれたことが嬉しかった。
ゾロはまたコーヒーを頼み、一気に飲み干した。
「っあ゛ー・・・熱ィ」
「・・・舌やけどするわよ」
「もうした」
「ひぃ!!」
「あー・・・痛ぇヒリヒリする」
「・・・・バカじゃないのアンタ」
「うるせぇ!」
ゾロはそう言いながら席を立ち、ナミに勘定を渡した。
「あ 今日は100円多い!もういい加減にしてよ!」
「・・・・じゃ」
「ちょ!ちょっと!話聞け!!」
「・・・・さよーなら」
「っ・・・・」
ゾロは軽くそう言った。
なんでもない、ただの一言。
けれどナミの中では、妙に重く響いた。
* * * * * * * * * * * * * * *
次の日、夕方になってもゾロは来なかった。
(いつもなら、昼頃に来るはずなのに・・・)
ナミはテーブルを拭く手が止まった。
(・・・何で 来ないんだろう)
ナミの手に、力が入る。
「・・・・っ」
何か事故にでも遭ったんじゃないか・・・そんな不安がナミを襲った。
すると次の瞬間、店のドアが音を立てて開いた。
「!」
「こんちわー」
「・・・・」
―――――― ゾロだった。
「?どうした?突っ立って」
昨日と同じ言葉。
「昨日からおめぇ元気ねぇよな。熱でもあるんじゃねぇのか?」
明らかに、ナミを気にしている言葉。
「無理すんなよ。てめぇが倒れたら他に誰がこの店の番すんだよ」
意地悪だけれど、どこかナミを心配している言葉。
「おい ナ・・・」
ゾロはナミの目を見た。
「・・・・」
ナミの目には、涙が溢れていた。
「!?オイ ナミ!?」
「・・・きょ・・来・・・った・・・・」
「は?」
「今日・・・来ないかと思った・・・」
「!」
「もう・・・来ないかと思ったぁ・・・っ」
「・・・ナミ・・・」
「何か・・・悪いことにでも遭ったんじゃないかって・・・思った・・・・!」
「・・・・っ」
「バカ・・・もう・・・・来ないかと思ったじゃない・・・!」
ナミは溢れる涙を、必死に袖でぬぐいながら言った。
いつしか袖は、涙でびしょぬれになっていた。
「・・・ナミ」
「・・・・・」
「・・・ナミ」
「・・・・っ」
「ナミ」
ゾロはナミをきつく抱きしめた。
「・・・ゾロ・・・?」
「・・・・来ないわけ・・・ねぇだろ」
「え・・・・」
「1日もお前に逢えねぇなんて、耐えられっか!」
「ゾ・・・」
「本当は・・・ずっと前からお前のこと知ってた」
「え・・・・」
「この喫茶店、いつもお前だけしか仕事してる奴、いねぇなーっていつも思ってた。ヒマだったから、行ってみたんだ。そしたらお前がいて、一瞬で惹かれた」
「・・・ゾロ・・・」
「金、いつも余分に渡してただろ・・・あれ、取ってあるか?」
「・・・え・・・ええ・・・」
「そうか・・・よかった」
「え・・・」
ゾロは、そっとナミを自分の体から放した。
「・・・おれ、引っ越すことになったんだ」
「・・・・え・・・・?」
「だから、もうお前に逢えない」
「・・・・そんな」
「けど、お前に余分に渡してた金で、おれのトコ来い」
「・・・え?」
「おれの家までの電車賃、今日渡せばピッタリだ」
「・・・・ゾロ・・・」
「ヒマになったら来い」
そう言うとゾロは、ゆっくり椅子に座り、ナミの方を見ていった。
「・・・コーヒー」
「え・・・」
「コーヒー、くだせぇ」
「!」
ナミは涙を浮かべて言った。
「・・・はい」
次の日から、ゾロはこの喫茶店に来なかった。
そして、いつしか店の店員も全員復帰してきた。
そして何年かたったある日、店に一人の客がやってきた。
「・・・・コーヒーくだせぇ」
−end−
(2006.04.20)Copyright(C)*みかん*,All rights reserved.
<管理人のつぶやき>
一人で店番しているナミ(どこの喫茶店?私も行きたい!・笑)。そこへ一人の男がやってきた。
最初怖いんだけども、会うたびに段々と変化していくナミの心模様でございましたv
*みかん*さんの6作目の投稿作品でありました。
さて、このお話には「ナミ視点」と書かれていますように、実は「ゾロ視点」もございます。
ゾロ視点はこちら→●