耳をすませ
聴こえてくるだろう?
風の声だ
波の手綱をひけ
耳をすませ 空を仰げ
鳥やクジラが知っている
そして 星と語りあえれば・・・・
「つまり?」
成熟した女の声は冷静だったが、すこしだけ興奮の色がみえた。
「伝統航海術」
もう一人の若い女の声も冷静だった。けれど、やはりどこか楽しげだ。
「もっと簡単に言えば秘術よ」
「秘術・・・」
ロビンは手元の小皿に盛られた小さな焼き菓子を口にいれると
興味深そうな表情で書物に視線を落とした。横に縦にと揺れる船室でも
慣れた手つきで分厚く硬い表紙を支え、次々とページをめくっていく。
「あら、これ美味しい…」さらにもうひとつ焼き菓子を口にする。
サクリと音がして、コックの愛情が思惑通りに彼女の口の中で砕ける。
「口承によって人々の間に受け継がれていたから文献が少ないのよ。
おそらくこの本も推測でしかないわ、最後まで読んでわかった。
あとがきに『なおこれはあくまでも著者の夢であり真実とは語れない』
・・・・ってこんなの詐欺じゃない?」
そこまで一息に話すと、ナミはベッドで寝転がりながら焼き菓子を天井につくほどに投げるとパクリと口に入れた。
「残念だったわね 航海士さん」
ロビンは少し笑いながら、本をナミに返すと珍しく慰めの言葉を贈る。
受け取った重く埃くさい書物を抱き枕にしながらナミは苦笑した。
彼女のいう台詞はあまりにもサラリとしていて、逆に心地よかったからだ。
「まあね・・・・」
横目に自分の机に山のように積み上げられた書物眺める。
ーせっかくここまで来ているのに・・・
心の中でもう一つ、こっそりとため息をついた。
そして 星と語りあえれば・・・・
― その先に 真の海の道が開かれる
STAR NAVIGATION 前編
MOMO 様
昨日立ち寄った島はロビンとナミにとっては、それはもう天国のような場所だった。
誰よりも先に飛び降りるルフィを踏み倒し(チョッパーの証言)、
街中に消えて戻ってきたのはサンジが夕食である海老のカレー〜地中海風〜の仕上げにかかった夕刻。
しかも街中で偶然捕まえたウソップに山ほどの本をもたせ、女王様たちは上機嫌だった。
カレーを食べながらも、二人は今日の獲得品について盛り上がり、
体育会系男性陣の口を無言にさせていた。
「あと3日はいてもよかったわ〜」
「そうね、あれだけの種類を揃えた本屋がいくつもあるなんて・・・素晴らしいわ」
「国王の趣味みたいよ。確かに文化人っぽい村人が多かったし、きっと学者や研究者が永住したりしているのかもしれないわ〜」
「ねえ、航海士さんの本の中に海底遺跡の本があったわよね」
「そうそう、面白そうでさっ。貸してあげるわよ♪」
「ありがとう」
「つまんね」
ルフィは5杯目のカレーを舐めつくすと、食欲がないと溜息をつく。
先に港に降りられたことが船長としてはどうもプライドを傷つけられた感がある
のだ。
「ああ、そうやって年中傷ついてろ。そうすりゃ、うちの食費は半分以下だ」
サンジはニヤリと笑うと、珍しくおかわりを希望したナミの皿を指でクルクルとまわす。
「で、俺が頼んだもんは?」
自分もついでにおかわりを希望したのに、てめぇでやれという視線を浴びたゾロは立ち上がりついでにポンとナミの肩をたたく。
「・・・・え?」
「え、じゃねぇだろ。忘れたとは言わせねえ」
「忘れた。あ、言っちゃったね!ごっめーん!」
「てめぇ・・・」
「ゾロは何を頼んだんだ?おれはロビンにドクダミ草の粉末を頼んだんだ♪」
「あら、ごめんなさい船医さん。うっかり忘れていたわ」
「!!!!!!!!」
トナカイの目に涙。
「嘘よ。はい、これでいいかしら」
「ロビン・・・誰かに似てきたな」
「買い物ぐらい自分でいきなさいよ〜。忙しかったのよ」
手をヒラヒラとさせて邪魔とばかり自分を追い払うナミをみて、ゾロは歯軋りをたてる。
周囲ではメンバーがいつテーブルがひっくり返ってもいいように、ガタガタとカレーを持って立ち食いをはじめた。
「ウソップ!ウソップ!おれさ、立って喰うの得意になったよな!海賊だもんな!」
「ああチョッパー。お前は立派な海賊だ・・・」
自慢している側からルフィに海老を奪われてることに気付かないチョッパーにその言葉は無意味だった。
結局、痴話喧嘩の延長戦は深夜の見張り台の中へと流れ込む。
窮屈な場所で和解が成立するわけでもないのに、今回はやけにナミがしつこかったのだ。
「ああ〜狭い!もうわかったからよ、早く戻って寝ろよ。当番は俺なんだ」
「だから、本当に忘れてたの。探していた本がようやく見つかったんだもん」
「へえへえ」
「あんただって、欲しかった刀が買えたら一刻でもはやく使いたいと思うでしょう?」
「約束は約束だ」
「・・・石頭」
「石でもなんでも、約束は守るもんだ」
「・・・・」
「そんなに欲しかった本ってなんだよ。金儲けの本か?」
「・・・・」
「いきなり黙るな」慄く剣豪。
ナミはしばらく腕組みをし、愛らしい顔を小難しくさせている。
かと思えば、突然ひまわりのような笑顔をゾロにむけた。
嫌な予感がしてきた。
「・・・・ねえ」
「ああ?」
「見張り、替わってあげるわ」
「は?」
「だからお詫びに替わってあげるっていってるの。
今日からしばらくは、あんたの担当でしょ?全部替わってあげる」
「おい、その『あげる』の使い方が正しくねえぞ!」
「いいじゃない、この私が珍しく日頃の行いを反省してんのよ」
「余計に怪しい」
「・・・・っち」
「っ!今舌打ちしただろう!てめえ!何が目的だ!」
冗談半分で細い首を絞める。しかしナミは動じもせずに真剣にゾロをみつめた。
「お願い」
「・・・言えない事か」
「そんなことない。けど確信がないから、確かめたい」
「?」
ナミは自分を見ているようで、その背後にある暗い海原に気持ちがむいていた。
一瞬、目の前の女がいつもの知っているナミではないような気がしてしまう。
ゆっくりと首筋から手を離すと、ゾロは降参とばかりに両手をあげておどける。
「お前の昼間の仕事、俺は替われねぇんだぞ、時間のあるときに寝ておけよ」
「・・・ゾロ」
「交替だ」
片手で強引にナミにバトンタッチをさせると、あっいう間にロープで甲板に下りた。
「ゾロっ!」
頭上からナミの声が聞こえたが、知らないふりをした。
************
2日目
日頃、針路修正や天候チェックを昼に行う為に自分が見張り台にあがることは殆どない。
この真夏の海域ならばまだましだが、豪雪や雷雨の時のこの役回りは厳しい。
「アンタレス・・・」
頭上の満天の星郡の中でひときわ真紅に輝く1等星だ。
ナミは一つため息をつくと、再び望遠鏡を握りしめ360度真っ暗な海を眺める。
時折光るのはきっと、ヒカリイカの大群だ。キラキラと小さな海の星が漂っている。
日頃元気なイルカも海底の安全な場所でユラユラと泳ぎながら睡眠をとっているのだろう。
「ホント、静かね」
この船だって、そうだ。ドタバタが無い日は無い。甲板で酔い踊る夜もある。
それが今は物音一つしない、幽霊船のようだ。
「あいつら、あたしが敵襲!っていったら本当に飛び起きるのかしら・・・」
「俺は起きますよv」
「!」
不意な反応に一瞬望遠鏡を落としそうになる。
「愛する人をまず守らなくちゃ。当然だよ」
「サンジくん?」
見張り台籠にヒョイと腰掛けると、長く黒い脚を組みなおしニカリと笑う。
小さなランプしかない台の中では、その表情さえわずかに見えるだけだ。
「ああ、驚いた。どうしたの?見張りは・・・」
「ナミさんでしょ?聞いてます」
「だったら」
暗闇から小さなバスケットが自分の胸の中に納まった。
「?」
「今日の夕飯だよ」
「ああ・・・そうかごめん」
ゾロのいう通り、昼間の仕事は自分しかできない。もちろん承知の上だったが
やはり体内時計が滅茶苦茶で、我慢できずに仮眠をとり夕食をパスしてしまったのだ。
「ごめん」
「?謝ること?」
「なんとなく。でもありがとう」
バスケットを開けると、好物のホットサンドが詰まっていた。
まだ温かく、自家製ハムと溶けかかったチーズの香りが胃袋を刺激する。
おそらく今夜のメニューではなかったものだ。
「アホな奴らがナミさんの夕食食っちまったんだでね」
きっとそれも嘘。
けれど「ひどい奴らね」と小さく笑っておいた。
「じゃ」
「うん、いただきます」
「・・・召し上がれ」
ありがとうより、その言葉がいい。とサンジは笑って消えてしまった。
ナミはサンドにかぶりつきながら、再び海に視線を戻す。
マスタードが効いていて、おかげで目が覚めた。
「耳をすませ・・・・か」
その晩も、大きな海亀が息つぎの為にブハっと数回海面に現れただけで
なんらかわりない漆黒の海だった。
3日目
アンタレスが今夜も紅く燃えている。
蠍座の神話を思い出そうとしていたが、ど忘れした。
「えっと、アポロンを刺したんだっけ?あれ?オリオン・・・?」
あまりにも静かすぎる空間にいると、たった一人で暗闇と寂しさと共に夜を明かした記憶が甦る。
今夜は亀さえ顔をださない。
「私もかなりしつこいわよね」
真夜中の船上で独り言を言うのにも慣れた。
望遠鏡に映るのは、黒・黒・黒・黒・・・・茶。
「茶?」
「ナミ、こんばんわ・・・」
何故か照れているチョッパーがいつの間にかよじ登ってきていたのだ。
「サンジの夜食、今日はおれが持ってきたっ!じゃじゃじゃーん!」
パカっと帽子を開けると、小さい頭の上にバナナの葉につつまれた握り飯が現れる。
「あ・・・ありがとう。でもなんで」
「ってー!馬鹿!チョッパー!はやく登りきれよ!落ちちまう!」
「わわっ!ごめん!ウソップ!」
「・・・・何やってんのよ、あんたら。」
ひょいと現れた長い鼻をつつきながら、ナミは笑いため息をつく。
「おれはナミの体調を調べにきた!寝不足は病気の源になるんだぞ!」
「俺様は、お前より目が効くからな、なんなら特製メガネでも貸してやろうかと思ってよ!」
「それはどうも・・・」
その割りには二人とも、果たすべく使命を実行することもなく
ナミに星座を尋ねたり、ゾロが夕食時に屁をこいてサンジに殴られたなぞ
かなりどうでもいい話で盛り上がっていた。
「ちょっと!どうせなら、ちゃんと海を見張っていてよ!」
「何を見つけりゃいいんだ?」ウソップがここぞとばかりに突っ込む。
「なんでもよ!海賊船や海軍がいるかもしれないでしょ?」
「その他には?」
「・・・・なんでもよ。見つけたら即報告よ。」
「あれ?」
2人の押し問答に望遠鏡を預かっていたチョッパーの声がわけ入る。
「何?チョッパー。何かみえた?」
ナミの声が一瞬うわずり、台の淵に腰掛けていたチョッパーの体毛を握り締める。
「うーん・・・なんだろう、凄く小さい船で人が動いている」
「見せて!」
自分でもわかるくらい心臓が激しく打っている。
食べていた握り飯を強引に飲み込むと、大量の唾液に口内を支配された。
「小さい・・・こっちへくる?」
「いや、波に押されているだけだぞ。何か作業しているな。みんな起こすか?」
「ウソップ!待って!」
「・・・え?」
「ちょっと見てくる」
「おい!ナミ?!」
呼んだが遅い、ナミはあっという間に甲板へ降り立ち、手擦りギリギリまで身体を乗り出した。
いまにも落ちそうな体勢にチョッパーが小さく叫ぶ。
小船は確かにメリー号へ引き込まれるように流れてくる。
やけに波しぶきをたてているのは気のせいだろうか。
船員は3人それぞれが別の作業をしていて、低い声で話し合っているのも聞こえる。
ー近い
ナミは我慢できずに叫ぶ。
「この船にぶつかるわよ!」
!!!!!バシャンッ!
その突然の警告に、小船から何かが海に落ちた。
「何あれ・・?」
落ちたのは大きく見事な甲羅を海面に漂わせている海亀。
前ヒレが激しく出血しているのが灯でみえた。辺りが濃紺の海に変わっていく。
慌てたのは小船の船員だ。
「この馬鹿っ!でっかい獲物逃がしやがって!」
「だってよ、いきなり声がするからよ〜!」
「あれが何ベリーで売れると思ってんだよっ!」
「なに?・・・・・密漁船?」
ナミのズバリ的確すぎる質問に次第にランプの灯下に現れた船員達が仰天する。
「女子供の船に用はねぇよ・・・さっさと失せろ!」
「・・・!そ、そうはいかないわよ。海亀保護海域での行為でしょ?口止め料くらい頂戴しなくちゃ!」
背後でウソップとチョッパーがナミの肝っ玉に慄きながらも
ボディガードよろしく、仁王立ちをしていた。
「・・・・」
「何よ 聞こえてんの?嫌なら止めなさいよ。亀だって迷惑だわ。」
「・・・・」
「?」
背後のウソップ達に気がついたのだろうか、それにしても全員が硬直しすぎている。
ウソップハンマーと巨人化したチョッパーの威力は意外に強いのだ。
しかし拳銃を持っていても不思議ではない。
足が震えた、けれど彼らは何か知っているかもしれないのだ。
「じゃあ、交渉しましょう。聞きたいことがあるの。
教えてくれれば今回だけは見逃すわ。亀さんも逃げたことだし」
「・・・・」
「ロミ族はまだ存在するの?」
密漁者達はその言葉にただただ、首をふるだけだ。
「あんたら、夜な夜な海にでているんでしょ?何か変わった船を見かけなかったの?
古代にこの海域を開拓していった一族の末裔なのよ?!」
「・・・・一度だけ」一人が脅えながらも手を上げた。
「え」
「おかしな歌を歌ってた・・・」
「どこで!?」
「わ・・・忘れたよ!もうずっと昔のことだ。噂ばっかりで見た奴なんてわずかさ!」
「あんたらそんな昔から密漁してるの?」
「うっうるせぇ!海賊に言われたかねえっ!おい!行くぞ!」
最後に捨て台詞を吐いた体格のいい男がオールを持ち上げて、暗闇へと漕ぎ出した。
その逃げ足の速さときたら、感心するばかりだった。
人のことばかり言えないが、人は危機を感じるとどこか地の底から力がでるものだ。
いつの間にか、傷ついた海亀の姿も消えて、辺りは再び静寂に包まれる。
「ふ・・・ふん。俺様に怖気づいたか!」
「ウソップ・・・」
「?なんだ?チョッパー。俺様の知名度に驚いたのか?なんつたって俺は・・・」
「ありがとう、キャプテンウソップ。チョッパー」
ナミは海を眺めながら、背中で2人を呼んだ。
「お、おう!大したことはないぜ!なっ!?チョッパー!」
「あの・・・・う、うん」
「もう寝て?私は平気だからさ。すぐに夜が明けるわ・・・」
その背中が失意に満ちているのをみると、2人は大人しくその場を去る。
薄ら明るくなってきた夜空に、星の輝きも薄くなる。
ただ一等星アンタレスだけはすべてを見ていたかのように光を保っていた。
ーそれから4日間。ナミの見張りは続いたが、これ以上は身体によくないとドクターストップがかかった。
だから これは夢だと思った 疲れて見ている夢だ
ナミは浅い眠りの中でそう考えていた
誰かに呼ばれていることも
これも夢なのだと
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