耐え難くも甘い季節 〜もうひとつのMy way
            

MOMO 様






第十章






「言ったのか?!」

あまりの甲高い声にゾロは携帯から耳を離した。

「何年も前の話だぞ」
「お前が?ナミさんに?なんで黙ってたんだよ!」
「ちょっと待て、俺はその話で馬鹿高い国際電話してんじゃねぇぞ!」
「ホントか?」
「・・しつこい」

スターバックスの店員が「カフェ・ベロナ」の試飲を薦めに来たが
ゾロが渋面で電話をしているのを見て、そのままテーブルを通り過ぎる。
フランスでレストランのシェフを続けているサンジに電話をしたのは本当に久しぶりだった。
うっかりナミの話をだされ、問い詰められて吐くことになってしまったのだ。

「馬鹿だな〜お前、女なんてな目を離せばあっちへフラフラこっちへフラフラなんだぞ」


「そりゃ、てめぇだろ」
「んなーー?わけわかんねぇー!なんなんだお前ら!そんな生ぬるい結末は誰も納得しないぞ!」
「結末ってな・・終わったわけじゃないっつーのに」
「ふん!綺麗ごと言いやがって!しっかり抱いたんだろ?」
「・・・」
「・・くそ!あのナミさんを・・てめぇ地獄に落ちろ!」

「ほっとけ。・・あのな、俺が電話したのはルフィが・・」
「お、いけね!オーナーが店に来た!これからメニューの打ち合わせなんだ」
「・・ルフィがそっちに・・」
「は?・・・っだーーーー!なんでてめぇがここにいんだよ!」
「・・・」
「あっーーー!今日のメインに使う肉食いやがったなーーー!てめぇを焼いてやるー!」


「・・遅かったか」

ゾロはオフのボタンを押した。
一体どこでどう稼いでいるのか謎だが、ルフィの冒険は続いている。
文字化けだらけだったメールもやっと読めるようになってきた。
『サンジのとこ遊びに行く』とまるで小学生のようなメールが届いたのは昨日のことだ。


ルフィのやっていることはスケールが大きいのか小さいのか分からない。
それでも、こうして気まぐれで届くメールにいつも励まされているのは気のせいだろうか。

ついでに受信メールのチェックをしていると、namiから始まるアドレスから届いていた。


タイトルを見て眉毛が眉間に集中しそうなくらい歪む。

「は・・波照間より?」

思わず声がでた。


 元気?夏休暇を使って島に来ています。みんな元気で安心したわ。
 あいかわらず、何もかも美味しいし海も綺麗でいい休養になっています。
 会えたらよかったけど、タイに行っているのでは仕方ないわね。
 そちらも暑そうだけど、食べ物も美味しそう^^。
 
 ーそれから、私は毎晩
 
 
「あの場所で星を見ています・・・」

最後の一文を呟きながら読むと、苦笑しながら携帯を閉じて席を立った。
タイの1号店というスターバックスは地元人と観光客でごった返している。
自動ドアを抜けると沖縄とかわらない強い日差しが全身にふりかかる。
サングラスをかけて、天を仰いだ。



ー快晴 雲一つない青い絨毯のような空を







***









ー 2008年 夏







ロビンの診療所には今日最後の患者が横たわっていた。
首の頚椎からゆっくりと背骨に添って腰骨まで手を添えていく。
最後に骨盤の位置をしっかりと確認し、ふたたび肩甲骨のあたりまで探るように手を動かす。
大きく深呼吸をして、両方の手の平で背中全体をグッと押す。患者からふっと息がもれた。


「おしまい」

「・・・え、もう?」

「そう、もう大丈夫よ。次の予約は入れなくても」

「・・・そっか。うん、そんな気もしてた」

「でしょう?自分が一番わかっているはずだもの。整った体に整体は必要ないわよ」

ナミはゆっくりと起き上がると背伸びをした。
ロビンは小さく笑うと、台所からビワ茶とお握りを持ってきた。
それを2人で縁側で食べる。もうすぐ夕暮れなのに、今年の東京はじっとりと暑い。
ナミが昨年お土産で持ってきた琉球ガラスの風鈴が今年もチリチリといい音で鳴っている。
しばらく2人で黙って音色を聞いていた。

「去年も思ったけど、綺麗な蒼のガラスよね」
「そうね、海と同じ色」
「今年は行かないの?波照間は」
「検討中・・」
「?」
ナミの綺麗な横顔が少しだけ赤くなったような気がしてロビンは不思議そうに見つめる。


それを見透かされているのがわかったようで、ナミは誤魔化すように笑った。

「この間ね、会社が主催してる子供のバスケットボール教室でコーチをしたの」
「そう・・」
「私、昔は子供なんて嫌いだと自分で思ってたけど意外と好きみたいで
 ああやって世界中の子供たちにバスケを教えられたらいいなあなんて思ったわ」
「できるんじゃない?」
「できるかな。いい機会を作ってもらって会社に感謝してるの」

ナミはキュウリの漬物を口に放り込むと、いい音で噛み砕きながら話を続ける。

「最初はね、さっさと借金を返して辞めてやるって思ってたんだけどね。
 でもさ、そんな気持ちでチームに参加するのって仲間に失礼だなって思えてきて」
「・・・」
「バスケをしている時はただそのことに集中して、雑念を捨ててやってきたわ。この数年。
 続けていくうちに私もチームも・・会社も随分変わってきたのよ」
「じゃあ続けるの?」
「・・・迷った」

ナミはロビンのサンダルをかりて小さい庭に1本、天に伸びるように咲く向日葵のそばに立つ。
向日葵の顔と同じ空を見上げながら、もう一度背伸びをした。

「・・・チームとの契約も終わりなの。更新はしなかったわ」 
「引き止められたのでしょ?」
「多少はね。でも借金も返せたし、何とか納得してもらえたわ」

「・・また飛ぶのね」

ロビンが笑顔で溜息をついた。長く彼女の身体も心も見てきた。
だからもう自分の手を添える必要がない彼女を見て、寂しさも残るのだ。

「着地点はわからないけどね」


ナミは向日葵に負けない眩しい笑顔でロビンに笑いかけた。







ロビンに別れを告げて、そのまま歩きなれた道を歩く。
じわっと額に汗をかいて、手の甲で拭った。
高校の正門までたどり着くと、校庭のトラックを走っている陸上部の姿が飛び込んできた。
かつて、自分が走っていた道。行き場のない苦しい想いも、足の痛みも全て抱えて走ったあの頃を思い出す。
プールサイドのフェンスを触りながら歩くと、水泳部が掃除を終えて帰る姿が見える。





ー ちょっと!あんた死んじゃうわよっ!

ー 右足、かばい過ぎてるな。癖になるぞ。




今は誰も泳いでいない、静かな水面を眺めながら通り過ぎる。
来客用のスリッパを借りて、夏休みで静まり返っている廊下を1人歩いた。


ー いつぞやは、どうも

ー 覚えてるんだ


ジャンプをしてクラス名が書かれたプレートをつつき、ルフィの真似もしてみた。
意外に軽く手が届いたので笑ってしまう。


ー わかんね、俺にはなにもできねぇのかなって

ー あんたはずっと飛んでいればいいのよ



ー あんたも飛べるんだろ?

ー 飛べないわよ




体育館へと続く渡り廊下を越えると、なつかしい景色が広がった。



ー やらない後悔ほど最低なものはない



もうバスケ部の練習は終わったのか、シートをかぶったボール入れのカゴだけがぽつんとコートの隅に置いてある。ボールを取り出すと見慣れたゴールポストに視線をやる。


ー おまえみたいなのは、見てて危なっかしい

ー 偉そうに



何度打ったかももう分からない、ロングシュートを打つ。


ー 海は自由?


ー どこにいたって自由だろ



そのまま駆け出して、バスケットから落ちてくるボールを拾うとワンバウンドでダンクをする。
大きく歪むリングに捕まり、勢いをつけてコートへと着地した。



ー いっとくが、俺も忘れてないからな

ー 好きよ。多分ずっと前から



乱れた呼吸のまま、コートを見渡す。



ー お前のプレーにはそういう力がある






「・・・だから続けていけ。どんな場所ででも」


最後に独り言で呟いた。












「関係者がオタオタしてたぞ、日本のエースが北京五輪も辞退するわ、チームとの契約も切るわで」
「広報の人がまとめてくれてるから、安心よ」
「あいつか・・犬猿の仲も解消か?」
「そんなとこ、とことんやりあったら味方になってくれたわ」

ゲンの机はかわらずに汚かった。変わったといえば、机の位置が偉そうな場所になったことだけだ。

「教頭先生の机って感じじゃないわね」
「・・そうか?まあやってることは変わらないからな」

ナミは懐かしむように人の少ない職員室をブラブラと歩く。
有名人の卒業生が来てると噂が広まり、出入り口の扉からとっかえひっかえ運動部の生徒達が顔をだす。

「で、出発はいつだ?」
ゲンは自慢のインスタントコーヒーをナミに手渡すと、煙草に火をつける。

「来月契約終了だから、雑用を済ませてからかな。その前に1件用事があるんだけど」


「・・・おお、そういえばそろそろか。行くのか?」
「うん、さっき決めた」

ゲンがゴソゴソと山のような書類の一番下から一枚の葉書を引き抜く。
全面砂浜と青い海の写真だ。宛名の下に殴り書きの文字で「もうすぐです」と書かれている。
ナミの家にも来ていたのと同じ葉書だけども、一文の内容が違っていた。


「まったく、お前らは」葉書を眺めながらゲンは苦笑する。

「誰のこと?」とぼけた笑顔で返す。

「言ってやろうか?ルフィにビビ、ウソップに それにお前とゾロもだ。
 散々心配かけやがったくせに、生き生きと飛びまわりやがって!」

「・・・嬉しい?」

「言えるか」


ゲンは出席簿でナミの頭をパコンと殴ると「元気でな」と優しく囁いた。







***






先週の大型台風のお陰で、波照間島の海岸には様々な漂流物が流れ着いていた。


子供たちは物珍しい様子で、流木や外国のパッケージにクラゲの死体という天然博物館にはしゃいでいる。これから夏休みの間、都会を離れてこの島で生活するメンバーだ。
ゾロと有志が建てた施設はインターネットや口コミで話題となり、都会からの問い合わせで島の電話回線が一時パンクするほどの人気となった。
第一期生はそんな高い競争率の中から抽選で選ばれた強運の持ち主たちだ。

「ゾロにぃ!こいつら靴下はいたままだぞー!」
ダイとカイが砂浜で笑い転げている。仲間が増えて、興奮しているらしい。

「脱げ脱げ、靴履いてる奴らは海へ放り投げてもいいぞ」
ゾロの一言で一斉に全員が裸足になり、靴も靴下も砂浜に放り投げる。
施設のスタッフである大人達も慌てて裸足になる。半分は大学生のボランティアだが志の高いスタッフが集まり、ゾロも肩の荷が降りた気持ちでいる。

「みんなー、今日はみんながこれからたくさん遊ぶ浜を綺麗にするからなー!」
「このバケツには流木、ゴミはこの袋に集めましょー」
学生達が率先して動きだしたので、ゾロは少し離れた場所でその様子を眺めている。
足元に日本橋が寄ってきたので肩に抱いてやると、一番眺めの良い場所を手に入れたからか喉を鳴らして喜んでいる。

「まだしばらく滞在できるんですか?」
長い付き合いになるスタッフの男が大きな流木を背負いながら声をかけてきた。

「まあ様子を見てだが、俺の仕事はここまでだからな。あとは頼む」
「はい!・・でも長かったですね。ここまでくるのが」
「・・まあな」
裸足になり、すっかり解放感が沸いてきた子供たちが島の子供らと海水のかけあいっこを始めている。

「ああいうのを見るのが夢だったな、ある意味」
「そうですね、叶いましたね」
「いっとくが、ここからが本当のスタートだからな。俺は舞台を作ったまでだ」
「はい!頑張ります!」

背筋を伸ばして笑い合う。そして、しばらく子供たちの様子を見ていた男がボソっと言う。


「・・・聞いてもいいですか?」

「なんだ?」
「・・・・あの〜」
「だからなんだ」

「あの人・・、ゾロさんの携帯の待ちうけ画面の人じゃないですか?」


「あ?」





「「ヤナカーギーーー!」」




背後からダイとカイが声を揃えて叫んだ。






それは膝丈のジーンズに黒いタンクトップ、背中に巨大なリュックを背負ったオレンジ色の髪の彼女。
ゾロと男の腰元をすり抜けて、島の子供たちが彼女のもとへと走っていく。


「・・ですよね」
「・・だな」


ゾロは眩しそうな顔で、早速ダイを投げ飛ばしているナミのところまで歩み寄る。
一歩一歩はゆっくりだけども、迷うことのない足どりで。
気を利かせたスタッフが少年たちを呼び寄せている。なのでゾロとすれ違うようにダイもカイもナミから離れた。
ナミはリュックを砂浜に下ろして、汗を拭うと目の前までやってきたゾロを笑顔で迎えた。



「ご要望にお答えして」
ナミの胸元から1枚の紙が取り出される。片隅に小さく「会いたい」と書かれた葉書。




「書いてみるもんだな」ゾロも意地悪く笑う。

「私がこっそり結婚でもしてたらどうするつもりだったの?」

「やらない後悔ほど・・だろ?」

「・・・・」

ナミは少しだけ首を傾げて、苦笑した。
何年も夢の中でしか会わなかったこの男が今、現実に自分の目の前で偉そうに立っている。
どうしてこんな男に長い間、惹かれているのかが自分でも分からない。
けれども、会う度に何故か懐かしくて、もっと何かを知りたくなる。この海のように。



どこか別の世界で、自分達は一緒に旅をしていたのかもしれない。今になってそう思える。



「アメリカに渡る前だったからよかったけど、羽が生えてるわけじゃないんだからね」



「自分探しの続きか?」

「どうかなぁ。忙しすぎたから、ゆっくりやるわ。バスケでもしながら」

「バスケ・・でも、か」

「そうよ」

互いに笑う。ゾロの背中では、大人も子供もゴチャゴチャとこちらを見て騒いでいる様子だった。
ゾロは少しだけ考えて、自分の裸足の足元を見ながら「あのな」と切り出した。


「用心棒」

「え?」

「しょうがねぇから、やってやるよ」

「・・・何それ」

「といっても、俺もやることがあるんだが」

「?」

「ルフィと宝探しだ。もしかしたらベタベタしている暇はないかもな」

「ベタベタ・・・」

「ベタベタ。したいか?」



ナミは思わず吹き出して、そのままゾロを抱きしめた。
遠くから色々な声が聞えてくるけれど、そんなことはどうでもよかった。


「凄い道になりそう」


「かもなぁ」 


「一緒に・・歩いてみる?」


ナミはそれだけ呟く。そして抱き返された強い腕に包まるように身を委ねた。
彼の一言を永遠に忘れないように、強く目を閉じて。





「そのつもりだ」











何度も何度もやってくる夏の空は

いつも、あのプールでの出来事を甦らせる

その度に胸が痛くて、浮かぶのは恥ずかしいことだらけだけど


それでも始まりはあの夏だったから



これからは








ー一緒に思い出そう、あの季節を




おわり




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(2006.02.07)

 

<MOMOさんのあとがき>
今まで様々な設定でゾロとナミのステップアップストーリーを書いてきましたが、これが最後かと思います。
私の作品は、小説ではなく「シナリオ」です。読んでくださる方の頭の中で映像が動けばいいなと、常に願いながら書いてきました。ここまで長い話は初めてだったので、時間がかかりましたが挑戦できてよかったです。
ナミやゾロ、ルフィ達はこれからどんな旅をしていくのか私も楽しみです。おつきあいありがとうございました。

Copyright(C)MOMO,All rights reserved.


<管理人のつぶやき>
このお話を読むたびに、沖縄の青い海、広い空、美しい星空を頭の中に思い描きました。
さて、ナミもゾロもそれぞれの長い旅が終わり、ようやく二人の道がひとつになったりました。でも一方で、最終話の本文中にも書かれているように、どこか別の世界で、二人は一緒に旅をしていたような気がしてならないです^^。こんな関係もあるんだなと思いました。そしてそれは、この二人ならでは築ける絆なのかもしれないですね。

MOMOさん、長編連載完結おめでとうございます。素晴らしいお話をありがとうございました。そして、お疲れ様でしたーー!

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