AM 5:42  −1−
            

モロッコ☆ 様



毎朝タンクトップでタオルを首にかけて走ってきて、このコンビニで2リットルの牛乳を買う。そしてコンビニの前でそれを飲み干すとまた走り去る。
雨が降っていても風が強い日でも雪混じりでも、春夏秋冬毎日かかさず決まってこの時間に。それはたった数分の出来事で何のことない日常だけど、そんな彼の日課を見ることが私の日課になっていて、いつのまにか楽しみになっていた。

AM 5:42はそんな時間。



ついこの間、肩まで切ってしまった髪はあまり見ないド派手なオレンジ色。
性格の表れているキリッと上がった眉に長いまつげに縁取られた黒目の割合の大きな目。スッとした鼻筋に小さいけれどボリュームのある口もと。出るとこは出てひっこむとこはひっこんでいるスラッと手足の長いシルエット。
どこをどうとっても文句一つつけようのない完璧な見栄え。落ち度があるとすれば顔に似合わない毒舌とちょっと手がでやすいところ。
ナミがこの大通りから少し離れたコンビニでバイトを始めたのは2ヶ月ちょっと前。
この4月ナミ高3になった。
ナミのバイトの時間は6時まで。朝方は眠いがその分バイト代がいいからとはじめたのだ。
彼女がそこまでしてバイトをするのにはわけがあった。
ナミには3つ上の姉と3つ下の妹がいる。姉のノジコは中学時代から美容師を目指していて高校を卒業してすぐに専門学校に通い始めていた。妹のビビは学校一の秀才で医学にたずさわりたいと小さいころから口にしていた。
このままいけば有名私立校の推薦ももらえるだろうと言われていた。
そんな時母親が事故で亡くなった。あまりに突然のことでナミは涙さえ出なかった。
2年目の出来事だ。
3人とも学生でまだまだお金がかかる時期だったのでノジコは専門をやめて職につくと言いだしたがノジコが本気で美容師を目指していることをナミは知っていた。
幸い自分にはこれといった夢もないし、ビビみたいに周囲から期待されているわけでもない、とその時自分がなんとかしようと決めたのだった。
それからのナミはバイトの鬼と化した。コンビニ以外に今はファミレスのバイトやクリスマスやバレンタインの時期などには短期のバイトもするようになった。ノジコやビビももちろんバイトはしているがノジコは専門で忙しく、せめてもといって自分の学費は払っているし、ビビはビビで欲しい服も我慢して家の事をよくやってくれ、予備校にも行っていないし参考書を買う余裕もないのに学年トップを保っている。
そんな2人を見ていてナミはなんとかビビをその私立に行かせる分だは自分が稼いでやりたいと思っていた。
だからどんなに無理をしてもナミはバイトを減らす気はなかった。
そして時給のいいこの時間を選んで朝のバイトを始めたのだ。

初めてそのお客を見たのはバイトを始めた翌日だった。
短く刈り込んだ緑の髪から汗をしたたらせ、左耳には3つのピアスをゆらしてその男は小走りにコンビニに入ると迷わずパックの並ぶ棚の一番下から2リットルの牛乳パックを手にしてレジにやってきた。
はじめてその男を見た時の第一印象は『汗くさそう』。ちょうどレジにいたナミに男は代金をぴったり渡すと何も言わすに出ていった。
それも・・・ナミが値段を言う前にだ!
外で牛乳パックを傾ける男に次にナミが抱いた印象は『無愛想』、『感じ悪い』と、どちらも良くないものでムッとした目つきで男が立ち去るのを見ていた。それから毎日その男はナミのいる時間帯に表れた。
前からここで働いているバイト君に聞けば、彼がここのバイトを始めたときにはすでに男は毎日ここに通っていたとのことだった。
ナミなんとなくあの男が嫌いだった。しかしバイトの決まりでその時間帯は「いらっしゃいませ」、「いってらっしゃいませ!」と言わなくてはならない。
こっちとしてはお客さんが「ありがとう」とか「いってきます」とか軽く手をあげてくれるだけでも嬉しかったりするのだが、あの男は1度としてレジにいるナミに視線を向けることさえしなかった。
そんな毎日が一ヶ月も続いたある日。レジにいるのはナミ一人、もう一人のバイト君は体調がわるくて奥で仮眠をとっていた。
遠くから激しいバイクのエンジン音が近づいてきて、まもなくコンビニの前に2台の大型バイクがとまった。ナミはいやな予感を感じながらも何喰わぬ顔で棚の整理をしていた。
すると戸をおして中に3人の男が入ってきた。1人は少し大柄であとの2人もナミよりは少し身長がありそうだ。
3人は見るからにガラがわるくパンツが見えるほどしたまでズボンをずらしていた。
案の定3人は何を買うでもなく雑誌を読み散らかし、今度はおかしの並ぶ棚をがさがさとあさって「何だこりゃ?」とか「しょべー」だとか文句を言いながら棚のお菓子を下にたたき落とした。
ナミはいたたまれなくなって声をかける。

「お客様やめてください!!」

すると突然3人はナミに標的をかえてくる。
「ぁんだ?コラァ!!!」「うっせんだよ店員!」などといいながら唾をナミの方にかけてくる。
そのうちの1人がレジにいるナミの襟元をひっつかんだ。

(ひぃぃ!言ったはいいけど・・・・こ、恐っ!)

ナミは内心で後悔した。

「かわいぃ顔してやめてください〜〜!だとよ?かわいすぎちゃって笑えるね!そりゃギャグか?」
「「ハハハハハ!」」

(なんであたしがこんな低レベルなやつにバカにされなきゃなんないのよ!!!?)

ナミは今すぐにでもここから逃げ出したかった。しかし店をみまわしても自分をたすけてくれるひとはいない。しかたなくナミは自分で言い返す。
「やめてください!手を放してっ!」そういって手をふりほどこうとしても男は反対に力を込めて顔を近づける。
ナミの背筋にツーッと汗がながれ、目を合わせられなくなったナミは目線を横に泳がせた。

(あっっ!!!)

外をみればいつものあの牛乳男がちょうどドアを押して中に入る所だった。助けを求めてナミがなにか口にしようとパクパクしていると男はあっさりレジの前を通りすぎる。その隙に3人のうちで一番大柄な男がつばをとばしながら怒鳴りあげる。

「おめぇ!誰に向かって話してるとおもってんだよっっ!?」

そのあまりの大きさにナミは思わず目をつぶる。

「まぁ、お前がオレの女になるってゆーなら許してやらねーでもねーな。」
「・・。えっ?」

ナミは一瞬意味が分からずに聞き返す。

「オレの女になれっつってんだよっっっ!!」

男があまりに理不尽に怒鳴るのでナミも頭にきて言い返してしまった。

「そんなデカい声で言わなくたってわかるわよ!!あんなみたいなカスの彼女になるくらいなら70のじーさんと結婚するわよっ!!!」

(・・・・・・あ。)

ナミは言い終わって自分がなんとまずいことを言ったのかに気がついた。
既に男の額には血管がうきあがり、その拳はぷるぷると震えている。

「テェンメェ!!!」

男が怒りに震えた拳をふりあげたときとっさにナミは歯をくいしばって目をつむった。・・・・・・・・。

「ん。」

しかしいっこうに衝撃がこない事を不思議に思い、片方ずつ目を開けると目の前には緑髪のあの牛乳男がたっていてお金をさしだしていだ。

「ん。」

そう言ってナミの手に金を押し込む男のもう片方の手にはしっかりとなじみのある牛乳パック。
なにがなんだか分からないままナミはあわてて返事をする。

「あ、は、はいっ。」

わけがわからなかったが床に倒れている男達を見るかぎり、目をつむった一瞬の間にどうやらこの牛乳男に助けられたようだった。
男はおもむろにドアをでて牛乳パックをあけようとしていた。
その光景をご丁寧にみとどけていた3人組ははっとして立ち上がると牛乳を飲む男にむかって罵声をあびせる。

「まてコラー!」「ふざけんなテメー!!!」

緑髪の男が露骨に嫌そうにふりむくとその顔面に大柄の男が殴りかかった。


一瞬ナミはなにが怒ったのか分からなかった。殴りかかったほうの男がふっとんだのだ。
呆気にとられた仲間の男に緑髪の男は飲み終わったパックを渡す。

「捨てとけ。」

そういって緑髪のおとこは口の端をつりあげるように笑った。
「は、はい。」男はそれを素直にうけとって返事をし、緑髪の男はまた走り去っていった。
ナミは力がぬけてその場にへたりこんだ。




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(2004.08.05)

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