AM 5:42  −2−
            

モロッコ☆ 様



次の日、ナミは緑髪の男がやってくるのを待っていた。
男は空の隅がうっすら明るんできた頃にいつものように汗をしたたらせピアスをゆらして走ってきた。
ナミはパンの並びを整理していた手を休め自分の後ろを通って牛乳パックをとりにいく男を横目で盗み見た。
男はまるで気づかないかのようにレジにいたバイト君に金を渡して外に出ていく。ナミもバイト君に「ちょっとごめん」と言ってから後を追う。

ナミが外にでて来て男の顔を見つめても、緑髪の男は無視してゴクゴクと喉をならしている。
ナミは一瞬どうしようかと悩み、開きかけた口をつぐみ、そしてやっぱり口を開いた。

「あの!昨日はありがと。」

俯いたままナミがそう言うと予想外の反応が返ってきた。
男はブーーーーッと飲んでいた牛乳を盛大に吹き出してむせている。

「や、別に。」

そう言いながら男は目を合わさずに首にかけてあったタオルで口をぬぐう。ナミは男の意外な反応と、初めてしゃべってくれたことに驚いて、それからちょっと嬉しくなってクスッと笑う。
男の方は牛乳を飲み終わっているのに喋るわけでもなく、かといって立ち去ろうともせずに、ただ目をそらして立っている。
そんな男をみてナミがわざわざ男の目線の先まで移動してから「ありがとう」ともう一度言うと、男は目を見開いて何か言おうと口をパクパクさせて、結局何を言うでもなく走り出した。
ナミはおかしくなって、少し茶化すように「いってらっしゃ〜い!」と言うと、男はそれに軽く手をあげてこたえた。少し遠目に見ても分かるほどその耳は赤かった。
ナミは姿が見えなくなってもしばらくそこで見送ると、「なんだ、かわいいとこあるじゃない。」と一人ごちった。



その日から、ナミは毎日時計とにらめっこして男を待った。次の日にやってきた男はレジの前を通り過ぎる時にチラッとナミをみて、怒ったようなめんどくさそうな顔おしながらも顔を赤くした。ナミは笑いをこらえながらお金を受け取るとまた後を追って外にでる。
ナミはニコニコと男を見つめる。男ははじめ気づかない振りをしていたが、少し嫌な顔をしてナミの方を見る。

「何だよ?」

ナミはまだニコニコして言う。

「あたしはナミよ。」

そう言ってまたニコニコと男を見つめる。
男は仕方なくとでもいうように「ゾロ」とだけ言い残して走り去った。
それから、毎日ナミが「いってらっしゃーい。」と言うのにゾロが軽く手を上げてこたえるのが日常になった。毎日時計をみているとゾロがいつもAM5:42にやってくる事がわかった。それは、遅れたり早かったりしても1分前後の差で、更に滅多に遅れてくることもない。

(どうやったらあんなに正確にこれるのよ・・・。)

そうしてナミはまた一人笑う。もう始めのような印象はなくなった。汗くさいのは別として、愛想がないのや感じが悪いのはただの照れ隠しで本当はやさしい事も分かった。あれからまともな会話もないというのにいつの間にかナミはゾロのことが気になっていた。

ナミそのバイト先での話を高校の先輩でもありファミレスのバイトで一緒のロビンに話してみた。

「それで、いつも5:42ぴったりに来るのよ!信じられないっ。」
「面白い人じゃない。」

ロビンはいつも落ち着いていてなんだか信用できてナミには相談したりなんでもはなせる相手だった。

「まぁ、そうなんだけど。あの男、あたしがありがとっていったら牛乳ふきだしちゃってさ。」

ナミが少し興奮気味に話すのと対照的にロビンは大人っぽい笑みをうかべてきいている。

「シャイなのね彼は。それで?彼、いくつなの?」
「えっ!?」
「あら、まさか聞いてないの?そんなチャンスがあったのに?」

ロビンはわざとらしく驚いたように言った。

「だ、だってほら!ただのお客だし。ちょっと面白いなーっておもっただけよ?だ、だいたいなんでそんなこと聞く必要があるのよっ!?」
「フフ、メールアドレスの方が良かったかしら?」

ロビンはいつになく楽しそうに笑みをうかべる。

「な、ちょっと!先輩!?」
「あら?だって気になるんでしょう?」

それに口ごもるナミにロビンは笑って言い残す。

「彼だって牛乳吹き出しちゃうくらいあなたのことが気になってるかもしれないわよ?」

そう言うとロビンは軽やかな足取りで去っていった。




バイト中、ナミはロビンに言われた言葉を頭の中で繰り返していた。

『彼だって牛乳吹き出しちゃうくらいあなたのことが気になってるかもしれないわよ?』

(そう、かな・・・・。)

「だといいけど・・・。」

ナミはいつのまにかそう口にしポケットに振動するケータイを取り出す。
ヴヴヴヴ。ヴヴヴヴヴ。

(だれかな。・・・・ロビンから?)

さっきあったばかりなのになんて思いながら画面を見れば、『メールアドレス教えてあげたら?』とたったの2行。
思わずナミは苦笑した。

(めったにメールなんて送ってこないのに何かと思うじゃない。)

(でも、そっか、そうよ!動かなきゃ始まるもんもはじまんないわ!いつの間にこんなウジっこになってたのよあたし!)

「よしっ!!」

そう気合いを入れてナミは自分の頬を両手でパシパシとたたく。
ポケットの生徒手帳の隅を破るとペンで何かを書き殴り、それを握りしめてまた胸ポケットにつっこんだ。





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(2004.08.05)

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