「奇麗な髪ね」

いつでも飽きるほど傍にあるものなのに、改めて目の前に広がる海があんまり広大だったものだから、ぼけっと呆けてしまったのだ。
突然耳に心地よい落ち着いた声を背後に聞き、ちょっと吃驚した。

「明るくて」

見守るような優しい笑顔が、ああこんな顔もするんだな、とそう思った。

「何、急に」
今更でしょう?

そう言って笑うと、年上の考古学者はますます眩しそうに目を細めた。

「そうね、でも」

少し言葉を選んでいるような間があって、その後静かに口を開く。

「今、本当にそう思ったのよ」

「ありがとう」
ウインクを一つ投げると、どこか満足したように口角を上げ、静かに腰を屈める。
ログポースを着けたほうの手を取られた。

「パーティーの準備が整いました。御一緒に参りましょう、お姫様?」






感謝をあなたに
            

Nanae 様




7月3日
ねえ、何の日か知ってる?


確かまだこの船に乗って間もない頃、
もう眠ったと思っていた航海士さんが、いやに声の響く夜の女部屋でぽつりと問うた。

「いいえ」
考える振りでもしたほうが良いのかとも考えたけれど、
この子相手にあまり気を回すのは却って失礼だと思ったので、ただ返した。

「誕生日なの、私の」

暗くて顔は見えなかったけれど、でも確かに笑っていたと思う。

だから“ナミ”

「いい名前ね」
的外れな返事をしてしまったと、言ってしまってから気付いたけれど、
何故か、何か言い直す気にもならなかった。

「でしょう?気に入ってるの」
だから。
「覚えててね」
あんたが一番良いものくれそうだからv


―ええ、わかったわ。

茶目っ気たっぷりの言葉に短い返事を返した後、ほんの少しの時間が経って、
可愛らしい寝息が聞こえてきた。






「航海士さんが欲しがっているものって何かしら?」

気付けば“その日”が迫っていた。
気付けば、というのは語弊があるかもしれない。
一日たりとも忘れた事はなかったけれど、いつもまだもう少し先だと思っていたのだ。

恐らく“その日”までに寄港するのはあと一回。
「プレゼント」なるものが用意できるとしたら、その時だけだろう。


「何ってそりゃお前・・・・」

「「「金だろ?」」」

キッチンで何か機械をいじっていたり、薬を調合していたり、ビールを煽っていたりしていた船員は、声をそろえて言った。

「そうじゃなくて・・・」

「・・・何企んでやがるんだ、お前」
緑髪の剣士の不審気な目をかわして、他の2人に答えを求める。


「もうすぐお誕生日でしょう?」

「ああ、そうだったな!聞いて驚け!!おれはもう一ヶ月も前から準備してあるんだぜ!」
「うん、俺もな!俺もなあ!!もう調合するだけなんだ!!」

「そう、素敵ね。それで?航海士さんが欲しいものって何?」

どうもあまりに軽く流しすぎてしまったようで、
2人の何となく切なそうな視線を受ける羽目になってしまったけれど、
とりあえず、私は焦っているということで許してもらおう。


「そうだな・・強いて言えば・・・『何でも言うこと聞きます券』とか?」
「クソコックが居りゃあ充分なんじゃねえか?」
「金銀財宝!」
「お金と変わらないわ・・・第一、そんなもの何処を探せばあるの?」
「じゃあもう消耗品しかねえな!!鉛筆、消しゴム、紙、ノート・・・」
「そういうのは本人が選んだやつが一番良いだろ」
「・・・本は?」
「専門家に専門書をあげるのってとても難しいわよ」
「「「「・・・・・・」」」」


結局、気は心さ!!なんて風に片付けられてしまって、ますます迷うことになった。


本人に聞くのが一番手っ取り早いのだろうけれど、多分聞いても教えてくれない。
「知らない方がわくわくするじゃない?」なんて。
屈託のない笑顔が、目に浮かぶようだ。


バタバタと恐ろしい音が背後から聞こえ、振り返ると
天敵同士、一流コックと腹ペコ船長の果てしなきレースが。

「クーソーゴームーーーーーー!!!!」
「仕方ねえだろー!!腹減ったんだから!!!大体なあ!何でいつもあんなに飯が少ねえんだ!?」
「何処を見て少ねえとか言いやがる!!!手前の体の体積以上食わせてやってるじゃねえか!!??どうなってんだお前の体内は!?あァ!!???」

脇を風が通り抜けたかと思えば、船長さんの腕に絡め取られた。
やーいやーいなどと実に分かりやすい挑発を始めた船長に、コックさんの額の青筋が、なんだか可笑しい。

「嗚呼ロビンちゃん!!!なんてこったクソゴムの毒牙に!!!おいこら手前離れろ!!」
「いやだ。肉食わせてくれたら離れてやる」
「何でそんなに偉そうなんだ手前は!?」

とても終わりそうにない戦いに水を注すのは自分の役目なんだろうと、
漸く最近分かってきた。

「ねえお二人さん」
「「?」」
「もうすぐ航海士さんの誕生日ね?」
「おーそうだな!!」
「ナミさんv今年も君の誕生日を世界一華やかなものにして見せるぜ!!」

どこか違う世界に行ってしまった一人はそっとしておくことにして、
今にも逃げ出さんばかりの麦藁帽子をちょいっと引っぱる。

「あなたは何を用意するの?」
「ん!もう用意してあるぞ?」
「あら、そうだったの・・・・何をあげるの?」
「秘密だ!!」
「そう・・・残念だわ・・」
「でもなー、前も一回同じもんやったんだけど、後ですげー怒られたんだよなー」
「?」
「何でだろうなー、まあでも俺はやっぱりあれをやるぞ!」
「・・・・」

結局何の進歩もなく、途方にくれて空を見上げると、
見張り台の上にちょこんと見えるオレンジ色と、そこに繋がる梯子をゆっくりと上へ移動する緑色。
微笑ましい気持ちでそれを眺めていると、ふと、良いことを思いついた。





「・・・おいこら」
「なによ」
「何笑ってやがる」
「別に?」
「あの女に何吹き込みやがった?」
「は?」
「お前に何かやろうとしてるみたいだが」
「あー!もうすぐ誕生日ね!私の!」
「さあな」
「さあなって何よ!!!あんた今年も即席労働払いで済ませるつもりなわけ!?」
「冗談じゃねえよ!去年のあれで先5年分くらいは働かされたぞ俺は!!」
「じゃあ何?今年は何もくれないつもりなわけ?この私に常々散々迷惑かけといて?はーん、義理も人情も無いのね?武士道の名が泣くわね?ん?」

お前が欲しがってて手に入らないもんなんて無ぇだろうがよ。
―船の財産はこの女のもの。違うのか?

あるわよ。とびきり甘〜い愛の告白とかさ。
―お金で手に入れるのなんて冗談じゃないと思わない?

軽いんだか、重いんだか、よく分からない際どい遣り取りが心地よいのは
自分だけじゃなく、きっとこいつも。
そう何の疑いも無く信じられるのが一番のプレゼントなのだと、
・・・そう思えるような素直な人間には一生かかってもなれそうに無い。お互いに。






くすくすと笑いだしたロビンに、漸く何処だかから戻ってきたサンジが首を傾げる。


「どうしたロビンちゃん?」
「ええ。プレゼントがね、決まったのよ」
「そーか!そら良かったな!!!」

ふと遠くを見やれば、流れる雲を海が映して、風が時折、思い出したように光の粒を撒きながら水面を撫でる。
なんて清々しい今日なのだろうと、素直にそう思った。
彼女がこの世に生を受けたその記念日まで、どうかこのままであって欲しいと。


「なァウソップ!ナミ喜ぶかな!?」
クールな考古学者が出て行った後、気を取り直して薬草の調合に余念が無かったチョッパーが、一段落したのか、へへへと笑いながらウソップに話しかける。

「どうだかな。でも去年は喜んでただろ?」
ああ見えて案外、愛なるものが何より大事だったりするのだ、あの女は。

「そっか、そうだよな!」

指針が示す島と共に、年に一度の魔女の誕生日が近付いてくる。





少しばかり拍子抜けしたのは、船の誰もが到着を待ち侘びたこの島のせい。
無人島とまではいかないが、ビックリするほど何も無い島だったので。
自給自足でのんびり暮らす人々しか居らず、ログも5分ほどで貯まる島に、酒場も食料品店も期待できない。

仕方が無いので、有りっ丈の有り合わせなご馳走でハイキングパーティーにしよう!

と提案したのは船長。
新鮮な食材は手に入らなかったが、それでも腕を振るうのには絶好の機会、と気合を入れたサンジと、祭りの準備が大好きなチョッパー、ウソップに

「主役は休んでろ!呼ぶまで見るんじゃねえぞ!」

と言われたナミは、面倒くさそうにしながらも割とせかせか荷出しをしているゾロの背中をばしんと叩いて、「しっかりねー」なんて言いながら、小高い丘の向こうへ歩いていってしまった。

それを見計らってルフィが号令をかける。

「よーーし!準備始めるぞー!!まずサンジ!お前は俺におやつを作れ!!!」
「「「「アホか!!!」」」」


ロビンはそこらじゅうに手を咲かせて飾り付けを手伝ったり、料理の番をしたりと、まあ良く頭がパンクしないもんだ と周りがいっそ呆れるほどマルチな機能を発揮した。

「ねえコックさん」
「どうしたロビンちゃんv!?」
「あなたのプレゼントはこの料理?」
「ああ、これもそうだけどね」
「まだ何か?」

「もう少しだけお楽しみ」
人差し指を口に当てて、にやっと油断のならない笑みを浮かべたコックの君に、苦笑い。

「皆そう言って、誰も教えてくれないのよ」
―船医さんのは何となく分かったけれど。隠し事が出来ない性格なのね。

「物事を出っ来るだけ楽しもうとする奴らばっかりだからな」
―よくもまあこんな面倒な野郎どもを纏めて引きずって行けるよナミさんは!!

そう言って気合を入れなおしたコックに微笑みだけを返し、遠くにポツリと見えるオレンジ色を見る。
太陽の光に溶けて、軽やかに波打つ輝きが、なんて奇麗。

ふと視界を狭めると、緑髪の剣士が目に入った。
決して笑っているわけではないのだけれど、いつもとは大分違う柔らかい表情でやはりオレンジ色の輝きを見ている。

それは一瞬全てを忘れてしまうほどに、優しい時間。


「くぉら!!ゾロ!ロビン!!!サボんなよ!!!!」

咲き乱れていた数々の手が突然消えたのに吃驚した狙撃手が叫んだ言葉に、一人は苦い顔をし、一人は微笑んだ。

「サボってねえよ」
「ごめんなさいね。見惚れていたのよ、航海士さんに」

全員の え? という視線にも動じることなく。

「さ、早く終わらせましょう。主役が飽きてしまうわ」

ロビンは涼しい顔で笑った。


即席にしては随分と豪華に仕上がったパーティー会場に満足そうな笑みを浮かべたウソップが、ゾロに言いつける。

「よし!ゾロ、ナミを連れて来い!!!」

すかさず「何でこいつが!!!」と、ぶち切れたサンジと、
「何で俺が!」と真っ赤になったゾロを見て、ニッコリしたロビンは当然のように言う。

「じゃあ私が行って来ても良いかしら」

「誰でもいいから早く行って来いよ〜飯〜」という船長の台詞を許可と取って呆然としている4人の前をさっさと通り過ぎていってしまった。

「ぉぃ、どうしたんだロビンは?」
はっと我に返ったウソップがおずおずと振り返ると、これ以上無いくらい眉を顰めたゾロと、笑おうか泣こうか困ったような顔のサンジと、2人の反応にびくびくしているチョッパーが居た。

「こういうのは図々しいもん勝ちで意地張ったもん負けなんだ」と、妙に教訓的なことを偉そうに述べるルフィが、峯打ちと蹴りによってナミが居たところと同じくらい、そりゃあもう遠くに吹っ飛ばされたと、後にチョッパーが語るところとなる。


大喧騒を尻目にゆっくりと歩みを進めて行くと、航海士は何かに魅せられたように佇んでいる。
何を見ているの?眩しくないの?何があなたを虜にするの?そこは暖かい?
好奇心が頭を駆け巡る中で、またオレンジ色の輝きが目を焼いた。
ああ、なんて。

「奇麗な髪ね」





「「「「「「「乾杯!!!!!!!!!」」」」」」」

明らかに人数分よりもずっと騒がしい声が静かな島の大草原に響き渡り、
大宴会が始まった。


「ナミーーー!!!踊ろうぜ〜♪」
「うわ、チョッパーあんた何飲んだの!?真っ赤じゃない」
「へへへぇ〜」
「オイ聞け野郎共!!キャプテンウソップ賛歌!!!!」
「うるへーろ、うぉう(うるせえぞ、ウソップ)」
「くるァクソ猿!!!口に物詰めながら喋るんじゃねえよ、汚ねえな!!!!!」
「んン!!!おーしッ!!俺が歌うぞー!!!」
「俺は踊るんだー!!!!」
「馬鹿!くるくる回るな!!!!危ねえだろうが!!!(料理が)」


「楽しいわね」
「お前が楽しんでどうする」

歌と踊りは遠慮して、機嫌良く酒を煽っていたいた剣士は、ロビンが近付くと突然苦い顔をしてそっぽを向いた。

「まだ根に持っているの?さっきのこと」
「誰がだ!!!!」
「あなたがよ」
「・・・・っ」

誰もが認める恐ろしい目付きで睨まれたので、ちょっと肩を竦めて再び喧騒に目を戻す。
輪の中心で笑う少女がただ、あまりにも幸せそうだったので、どうしても顔が緩んでしまう。人の幸せと言うものは、他の誰かの幸せによって、より満たされるものなのだと、そう思った。あなたには教えてもらうことが沢山ありすぎて、忙しいわ。と、いつか言ってみようと思う。


「航海士さん」
「あー!!ロビン!飲んでる?一緒に踊る!?」

両手を広げて小首を傾げ、可愛らしく笑っている少女の肩に手を乗せて。

「生まれてくれた事と、私と出会ってくれた事と、平穏な航海に、感謝するわ」
心からの愛の告白だと、そう思ってくれるだろうか。

驚いて少し赤く染まった頬に、唇をつける。
鋭い目を今までに無いほどまん丸にした剣士と、あんぐりと口をあけたその他船員を視界の端に見ながら、ウインクをして告げる。

「プレゼントよ」
愛を込めた感謝を、あなたに。

「俺もだーーーーーーーーーーー!!!」
いち早く我に返った船長が、伸ばした腕で思い切り航海士を掴み、航海士の頭に嫌な予感(と言うか記憶)が過ぎる間もなく。

「ゴムゴムのーーーーー!!空中散歩ぉーーーーーーーーっ!!!!」
「きゃああああぁぁぁ!!!!!!!」

わぁー、たかいたかーい・・・。

航海士の体はみるみる空を目指し、本当にオレンジの星になってしまったかと思った。




「「「「アホゴムーーーーー!!!」」」」

―さもありなん。
袋叩きに遭っている船長を遠目で見ながら苦笑い。

しかし航海士は早々にその輪から外れ、こちらに突進してきた。
あ、と言う間もなく飛びつかれる。

「ありがとね!!」


「いいえ」
―喜んでもらえて良かったわ。


「俺も混ぜて下さい、真剣に!!」と言いながらひとっ跳びしてきたコックを奇麗に避けた航海士は、奇麗にラッピングされた、恐らく手作りであろうガラスのお皿を笑いながら掲げている職人な狙撃手と、リボンの着いた酒瓶を手にどうにも機嫌悪い剣士の方へ駆けて行って、飛びついた。船医もそこに駆け寄り、可愛らしい小瓶を献上している。

目の前で蹴躓いたコックの頭を地に咲かせた手で撫でてやると、瞬間復活し、ニッコリ笑った。

そのロビンの手を引き、4人がじゃれあっているところまで駆け寄っていくサンジが、
「ナミさーん!!これを!!!!」
そう言って器用にポケットから出したものは、これまた奇麗な小さな包み。
振り返った航海士が見せた笑顔に、満足そうな笑みを浮かべたサンジとロビンを巻き込んで、船長の腕がぐるぐると絡みつく。

「ぎゃーーー!!暑い暑い!放しなさいこら!!」
「あっはっはっはっはっはー!!楽しいなーナミ!!」
「あぁっ!!!コラ手前ナミさんの何処触ってやがる!!!!」
「耳元で騒ぐな!!・・・おいウソップ、顔が青いぞ?」
「ルフィ!!首!!!首を絞めるな!!!」
「・・・・ばーか」
「はっぴーばーすでぃだ〜!!」






翌朝。
夜明けと共に起き出した働き者の島民が、
団子になって大騒ぎをしている余所者達を、遠巻きに眺めていた。

何があったのかは知らないが、奴等がとても楽しそうだったので、
そのままいそいそと畑仕事に向かうことに決めた。




END



(2004.07.22)

Copyright(C)Nanae,All rights reserved.


<管理人のつぶやき>
ロビンはナミの誕生日のためのプレゼントを考えます。仲間達はそれぞれ思惑があるみたい。教えてくれないのは、みんな自分のが「とっておき」と思ってるからかな(^.^)。
「人の幸せと言うものは、他の誰かの幸せによって、より満たされるものなのだと、そう思った。」という言葉から、ロビンが心身ともに穏やかな心境に至ったのかなって思いました。そうなった一つの要因がナミという存在なのでしょう。
また、話が冒頭の「綺麗な髪ね」のセリフに辿り着いたときはお見事〜と唸ったですよ!
ゾロとナミの二人っきりシーンも覗けたし、ナミを取り巻いて仲間達が賑々しくお祝いに興じている様子も見れて、読んでいて本当に嬉しくなってしまいましたv 

前作の『
出鱈目恋情』は強引にナミ誕会場に置かせてもらいましたが、今作は正真正銘ナミ誕のために書いてくださいました!Nanaeさん、素敵なお話をどうもありがとうございましたvvv

 

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