待ち人  −3−

panchan 様

 

あれから一体どのくらい飲んだだろう。


「こんな・・私が酔っ払うなんて・・」


酔って火照った体に、降り注ぐシャワーの刺激が心地よい。

あれからしばらくゾロは早く部屋を明け渡せとうるさかったが、
私は笑って居座り、久々の飲み比べを持ちかけた。
ちょっと挑発してやると、勝負の言葉に弱いゾロはすぐに乗ってきた。
先にゾロの服だけは洗ってやり、カウンターに広げて干しておいた。

ゾロのピッチは早く、それに引きずられた私もいつの間にか結構飲んでいた。
気づけば棚の酒は全部空になっていた。
シャッキーもまさかこんなに飲まれるとは思っていなかっただろう。
「勝負つかず、か。まだいけたんだがな。」
そういってゾロはベッドに転がった。
「私もまだいけたけど、あんたみたいなバケモノに付き合ってられないわ。
 シャワー浴びてくる。」
そう言って座り込んでいた床から立ち上がりバスルームに歩き出した途端、
足がふらついてベッドの方に倒れこんでしまった。
「おい、俺の勝ちだろ?」
ゾロが頭を上げてからかう様な声を掛けてきた。
「大丈夫よ、空瓶踏みそうになってよろけただけ。」
「いい加減部屋行けよ。運ぶか?」
「何言ってんの。私送った後、一人で戻ってこれんの?」
「・・・・勝手に自力でたどり着け。」

そしてシャワーを浴び始め、今に至る。
平静を装ってたが、実はかなり酔いが回っていた。
頭はフラフラしながらも、なんだか楽しくて仕方が無い。

鼻歌を歌いながらバスタオルで体を拭き、ふと着替えを用意していなかったことに気づいた。
どうしよう。
また同じパンツを穿くのはイヤだし。
そこでつい悪戯心が騒いだ。ゾロはルフィと同じくらい女に興味が無いのかどうか。
ゾロの反応見たさにバスタオル一枚の姿でバスルームを出た。
さあてどんな顔するか・・・と思ったら、

ゾロはベッドの真ん中ですでにいびきを掻いていた。

「はあ、つまんない。」
せっかくナミさんのバスタオル姿を拝ませてやろうと思ってたのに。
仕方ないから服を着るため鞄を取りにベッド脇へ行くと、
ゾロの寝顔がよく見えた。そうっとベッドに膝を着き、顔を覗き込んだ。
無防備な寝顔。
でも以前と違って左目には縦に傷が走り、眉間の皺は深くなってる。
髪とモミアゲは伸びて、うっすら無精ヒゲもある。

この2年、あんたは頑張ってたのね。
きっと、私とは比べ物にならないくらいに。

体は上半身裸のままで、大の字で横たわっている。
鍛え上げられて引き締まった体は女から見てもきれいだった。
見事に盛り上がった胸板と腹筋に、斜めに走る大きな傷。
男らしい太い首に浮き出た喉仏。
角ばったあご。無造作に生やしたモミアゲの横に、光るピアス。
筋の通った高い鼻。精悍な頬。
その顔に付けられた、みみず腫れになった目の傷。
うっすら開いた薄い唇。
その唇から漏れるいびきの合間、
「ん、んん・・」
と漏らした咳払いの声が妙に色気を帯びて。


そそる。

こういうことだったのね。確かにこの男はセクシーだわ。

酔っているせいで頭がクラクラする。ふらついてまた倒れそうになり、
ベッドの上に座り込んだ。

ふと目線を落とすと、大きな手が膝から数十センチのところに投げ出されている。
腕を伸ばして、ちょっとゾロの手を握ってみた。温かい。
ピクっと手が反応したのですぐに離したが、全く起きる気配は無くいびきは途切れない。
そこからつながる太くて長い腕。

温かいこの手この腕に抱かれたら、どんな感じだろう。
もっと触れてみたい。


この男に・・・・・・抱かれてみたい。

ルフィやサンジくん、仲間の顔が一瞬頭をよぎる。どう思うだろう?
うまく働かない頭で思った。でも、ここはみんなのいる船の上じゃない。
今何かあっても、そのことを知るのは私達だけ。ならば。

手を伸ばしてゾロの腕に触れたと思った瞬間。

すごい力で腕を引っ張られ、頭のクラクラがひどくなったと思うと、
上からドサっと何か重いものが降ってきた。
ギュッとつむった目をうっすら開けてみると、ぼんやりした視界にあるのは
天井と、頬に当たる緑色の髪。
重い。胸が押しつぶされそう。掴まれている両手首も痛い。
そこでようやく、ゾロに押さえ込まれているんだと気づいた。

「っはっ・うぅ・・」

胸を圧迫されてうまく声が出ない。抜け出そうにも、すごい力にビクともしない。
唯一自由な脚をバタつかせていると、ゾロの脚で巻きつかれ、動けなくなった。
・・・苦しい。
ふう〜とため息をついて体の力を抜き、抜け出すのをあきらめた。
抱かれてもいいと思ってたんだから、もう好きにして。
顔は見えないが起きてるのか寝ているのか、ゾロは何も言わない。
どうでもよくなってそのまま動かず様子を窺っていると、
押さえつけていた力が弱まって、耳元でいびきが聞こえ始めた。

寝てる?!

野獣の条件反射ってやつだったのかしら。寝ぼけてたの?
上に乗っかっていたゾロの体が少しずり落ちて、ようやく胸の圧迫がマシになった。
まだ手首は掴まれているがさっきみたいに痛くない。

ホっとして初めて気づいた。
急に組み敷かれたときに、巻いていたバスタオルがはだけて・・・
今ゾロとは上半身裸で絡み合ってる状態。
ギリギリ腰から下にはバスタオルが巻きついているけど、下着は穿いてない。

急激に鼓動が早くなっていく。重なってるゾロの胸にも響いてしまいそうなほど。
ドキドキが大きすぎて、息苦しい。
アルコールとゾロの匂いに酔わされて、頭はクラクラする。
でも・・・でも・・・・
もう少しこのままで・・このまましばらく起きないで。

ゾロの頭に頬をよせ、そっと目を閉じた。
肌の温もりと重み、髪とうなじにかかる寝息が愛しい。


もう大丈夫。
あの日から思い出さないようにしていた。
絶体絶命だったあの日。
海軍大将に踏みつけられ、ヒカリのようなビームで貫かれそうになったゾロを見て。
ゾロはもう殺されると思った。
今まで何度も死にそうな目に遭ってたけど、
本当に命が消えそうな気がしたのは初めてだった。
ゾロは不死身だと思ってたのに。
エネルの時も、スリラーバークの時も。
いつもは何度でも立ち上がっていたのに、弱ってただ抵抗もできず倒れているゾロ。
そして誰もが助けに行ける状況じゃなく、相手には攻撃が効かず、まさに絶望。
もうベルメールさんのように、大切な人が目の前で殺される姿は見たくない。
いつもなら命を賭けてでも仲間を守るルフィが、叫ぶことしかできない。
「ゾロが危ねェ!!」
胸をナイフで刺されるような痛みがした。
ゾロ!!死なないで!!お願い!!

急にゾロの体がビクっと跳ねた。
「ゾロ・・?」
目を開けて声を掛けると、ゆっくりとゾロが頭を起こして、目が合った。

「??ナミ!?・・!!・・・・・・・・・・・・・・・おれ、・・なんか・・したか?」

気づかない間に、私は涙を流していた。
困った顔をして状況に焦っているゾロを見て、ますます涙が溢れた。

「ぅおいっ!?待て!っ泣くなよ!!頼む!覚えてねえけど・・おれが悪かった!」
そう言って離れようとするゾロの首に自分からしがみついた。
ゾロは焦って離れようと起き上がり尻を着いて後ずさるが、
私はそのままゾロの首に抱きついて離さなかった。
「っ!おいっ!ナミ!?離せよ!」
「ゾロォ・・」涙が止まらない。

いつものように宴でバカ騒ぎして生きている喜びをかみしめ合う事もできず、
姿を見ることも言葉を交わすこともできず、
バラバラに思いを馳せることしかできなかった2年間。
本当はどれほど心配で、恋しかったことか。

声を絞り出すように、ゾロの耳元で言った。

「ううっ、生きてて・・・よかった!!」

必死で身を引こうとしていたゾロの動きが止まった。
私は涙が止まらず、ひたすら離れまいとゾロの首に腕を回していた。
ゾロはそのままにさせてくれた。

しばらくそうしてすすり泣いていると、
ふっと背中が温かくなっていて、ゾロに抱きしめられていることに気付いた。
背中をポンポンとなだめる様に叩く大きな手。
しっかりと私の体を包む太い腕。
この男に抱きしめられるのって・・気持ちよくてトロけそう。
不器用に背中を叩いてくれているゾロがいる。
この優しさが、温もりが、ゾロが生きてることを確かめさせてくれる。
そんなことを考えていると、涙にかわって今度は笑いが込み上げてきた。

「ふふ・・んふふふ」

「気持ち悪ィなァ、この酔っ払いが。」
ゾロは苦笑しながら頭を優しく撫でてくれた。

ようやく私はゾロの首を開放し、そのまま下ろした両手でゾロの頬をそっと撫でて、
上目使いにゾロを見上げる。ゾロの右目は優しく私を見下ろしている。
頬に添えた右手の親指で、慈しむように閉じられたままの目の下の傷を撫でた。
傷の脹らみを指の腹で優しくなぞる。

ゾロは切なそうに眉を寄せ、目をグッと閉じた。

「あ、ごめん。痛かった?」

「いや・・・お前・・そんな顔すんな。・・我慢できなくなるだろうが」

「・・・・・あ・・・」

下腹に、当たっている。
あのゾロが、私に欲情している。
ゾロは膝を割って座っていて、私はちょうどその間にお尻を落とし跨っている状態。
裸の胸は肘でギリギリ先端を隠せているがほとんど丸見え、
バスタオルはかろうじて腰に掛かっているが太ももはむき出しになっていた。

「あんたも女に反応するのね・・」

「あのな・・・・甘く見んなよ。おれも男だぞ。」

そう言って腰を掴んで引っ張られ、
グッとズボンの中の昂りをそこに押し付けられた。

「んあぁん!」
思いがけず甘い声を出してしまい、顔から火が出そうになって目を逸らした。
声に反応して、ゾロのそれがさらに固くそこを圧迫する。
チラっとゾロの顔を見ると、自分で自分を追い込んだのか切ない顔で
歯を食いしばって耐えている。
その耐える顔にすら・・・・
どうしようもなく誘われる。
堪らなくなって、ゾロの耳元に顔を寄せ、小さな声で口に出した。

「ゾロ、抱いて・・・」

腰を掴んでいた手に力が入った。
今、私の女の部分と、ゾロの男の部分を隔てているのは、薄い布だけ。
素肌の腰を痛いほどガッチリ掴む、大きなゾロの手が熱く汗ばんでいる。
「・・・・っ・・・」
ギリっと歯を食いしばり、ゾロは目を閉じている。
私はしっかりとゾロの肩につかまり、逞しい体に体重を預けた。
私の覚悟はできていた。


少ししてゾロは大きく息を吐くと、私をその体から剥がして言った。


「だめだ。」


あまりのショックに顔は上げられなかった。

「どうして・・・・・私じゃ・・イヤなの?」

「そうじゃねえ。」

言葉が出ない。ただうつむいたままで聞いていた。

「・・お前は仲間だからヤらねえ。おれのケジメだ。」

「そんな・・・」

「・・・」

「・・・男と女よ?」

「ただの男と女より、仲間の方が重いだろうがよ・・・」

「じゃ・・・・・・もし私達・・・・仲間じゃなかったら、男と女になれてたの?」

ゾロの溜息が降ってくる。
惨めなのはわかってたけど、女から誘うまでして気持ちがおさまらない。

「お前が仲間じゃなかったら・・・もうとっくに抱いてる」

その言葉に、嬉しくなって顔を上げた瞬間だった。
「ゾ・・!」
両手で顔を挟まれ、ゾロの唇で口を塞がれた。

ゾロと・・・キスしてる。

突然で驚いた。
でも徐々にその感触にすべてを委ねた。
目を閉じて、ゾロの唇の感覚を記憶に焼き付ける。

舌は入れない。唇と唇を重ねるだけの仲間のキス。
だけど。

それだけにしては、私の頬を包むゾロの手は熱く、
体の触れているところ全てが熱を持って、
ゾロの体が私の体に焼き付きそうだった。

薄っすら目を開けると、ゾロはすでにこちらを見ていて、
それを合図のように唇が離れた。

「・・・これで勘弁してくれ」
「仲間でも、キスはすんの?」
「・・すんだろ、チョッパーくらいになら。」
「あんたが?チョッパーに?」
「・・・・・いや、しねえ」

ふたりで同時にふき出した。

「さて」
ゾロはクシャと私の頭を一撫ですると脚の上から私を下ろし、
くるっと立ち上がってベッドを降りた。
背を向けて干していた服を着始め、向こうを向いたまま言う。

「おまえも早く着ろよ」

全裸でベッドの上に座り込んでいた私も一応バスタオルを巻きなおす。
ゾロが腰に刀を差した。

「もう行くの?」
「ああ」
「朝まで添い寝してあげるのに。」
「あのなあ、おれももう限界超えそうなんだよ。」
「勝手に我慢してんでしょ」
「うるせェ。それにしてもなんでそんなカッコで・・マジで何もしてねえよな?!」
ゾロは少し焦った声で聞いてきた。
「フフ、そうねえ。まあ最後まではしてないけど・・押し倒したのはあんたよ。
 責任取ってよね。」
思わせぶりに言ってやった。
「なにが責任だ・・・・・くそっ、全然思い出せねえ。・・・だけどな、ナミ」
「なによ。」
振り向き気味のゾロに、ニヤっと意地悪く言われた。
「おまえすげえ濡れてたな」

「!!このエロ剣士!!」
照れ隠しに手近にあった枕を投げつけたが、ゾロには簡単にキャッチされ。

「ハハ。おまえのがエロいだろうが。」
「もう!馬鹿!あんたなんか嫌いよ!」
「そりゃどうも。じゃあおれはもう行くぜ。」
笑いながら枕を投げて返してきた。
「きゃっ!」キャッチはしたけど加減しててもキツいのよ、あんたの馬鹿力は!
ゾロは笑いながらドアへと向かってる。

「ゾロ!」
向こうを向いたまま足を止めるゾロ。

「強くなったんでしょうね?」

もうあんな思いはさせないで。

「当たり前だ。おれを誰だと思ってる。」

こっちを向いた。ゾロが私を見てる。
ありがと、ゾロ。一緒に過ごせてよかった。目で訴えた。
「じゃあな、ナミ。」それだけ言ってゾロは無表情のままドアに向きなおる。
「うん」
ドアが開いて、ゾロが出て行く。
「おい」一瞬ゾロが立ち止まり、こう言った。
「全てにカタが付いたら、その時は最後までしてやるよ。」
・・・あんの自信満々の言い方!!
「バカね!私がいつまでもその気でいると思ってんの?」
「任せとけ、いつでもその気にさせてやるぜ。」
「!!大した自信ね・・じゃあさっさとカタつけて見せなさいよ!」
「へいへい」
「迷子になったらまた帰って来ていいわよ〜。」
「うるせェ」

そう言い捨てて、ゾロは出て行った。

また一人になって横たわると、やっぱりこのベッドは大きすぎる。
でももう寂しいとは思わない。
ゾロの匂いと温もりの残る中、裸のまま毛布とシーツに潜り込んだ。
外はうっすら明るくなり始めてる。私は幸せな気分で眠りに落ちた。


***********




「私、男待ってんの」

数日後、シャボンディ諸島のとある酒場。

ショッピングの合間に入った酒場では、ルフィの名を騙るダサい男が騒いでた。
嫌悪に軽い吐き気がしたけど、無視してお酒を味わってたのに。
あんたなんかが、私に声掛けて来るんじゃないわよ。

周りの馬鹿たちも騒ぎ立てる。

「もう一度だけ言うわよ?
 あんたじゃ私に釣り合わないから飲まないって言ったの!
 おわかり?”麦わらの”・・・誰だっけ?」

私が待ってるのは、未来の海賊王。
狙撃手にコック、医者、考古学者、船大工、音楽家。みんな超一流。
そして、未来の、世界一強い大剣豪。

そんな男じゃなきゃ私には釣り合わない。

突然店の中で異様な植物が暴れだし、絡んでたやつらがパニックになった。
そんな中そっと声が掛かった。

「じゃあおねーちゃん。おれとなら飲むか?」

ああ、懐かしい顔。いい男になったじゃない!

「きゃー!!ウソップ久しぶり〜〜〜!!」

ラッキーだったわね、ウソップ。仲間のハグよ!

仲間のキスはしてあげない。
あれは私とゾロの秘密だから。



こうしてまた、冒険の幕が上がる。







  終



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(2011.01.22)


<管理人のつぶやき>
もし2年後、ゾロとナミだけで先に再会していたら?ゾロナミストならば夢見る設定です(笑)。
2年ぶりの飲み比べ。仲間だからと男達を異性としては考えようとしなかったナミ。でも2年という歳月がナミをしてゾロを意識させます。
ゾロはとっても硬派です。潔く広い部屋をナミに譲るところまではカッコよかったですが・・・迷って戻ってきてしまうとわぁぁ!いや実にゾロらしいですヨ(笑)。
仲間と恋人の境界線に立ったような、仲間ではあるけれど他の仲間とはちょっと違う秘密を共有したゾロとナミ。果たして、この二人にはどんな未来が待ち受けてるんでしょうね?^^

panchanさんの初投稿作品でございました。素晴らしいお話をありがとうございましたーvvv

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