待ち人 −2−
panchan 様
「ここよ。」
シャッキーが扉の前で振り向き、後に付いていた私も足を止める。
ゾロも酒をラッパ飲みしながら少し後ろに付いてきていたが、その場で立ち止まった。
「お酒は好きなだけ飲んでかまわないし、部屋にあるものも自由に使っていいわよ。
2Fの部屋は階段を上がってすぐ右手の扉ね。ここよりすこし狭いけど・・・。
私も片付けが済んだらそのまま自分の部屋に上がるわ。
どうぞごゆっくり。ね。」
ウインクをするシャッキーに礼を言う。
戻っていくシャッキーとすれ違う時ゾロも頭を掻きつつ礼を述べていた。
「さて・・・」
そして部屋の扉を開けた私は中を見て固まった。
いつの間にかすぐ後ろに立っていたゾロが横から中をのぞく。
「何やってんだ?お前。・・・ほう、すげェな」
そこはサニー号の女部屋くらいはあるかと思える広さで、
部屋の端にバーカウンターがあり、壁付けの棚には大量に並ぶ酒瓶。
そしてそして部屋のど真ん中には・・・
ものすごい存在感を放つ大きなダブルベッドが。
これは、その、なんというか、ゾロとはいえ、男と2人きりはまずくない?
私がこの光景に入るのを躊躇していると、後ろからボソっと声が掛かる。
「おい、早く入るかどくかしろよ。この部屋で寝んのはおれだろ。」
勝手に部屋割りを決めたらしいゾロの口調にカチンときた私も黙ってはいられない。
「なんで勝手にあんたがこっちの部屋って決めてんのよ!」
別に2Fの部屋でもよかったのだが、つい言い返したくなる。
「あァ?おれは別にどっちでもいいぜ。でも酒はこの部屋にしか無いんだろが」
いつでも基準は酒なのか。さっきのすげえは酒瓶の量になのか。
「・・もう!わかったわよ、入るわよ!馬鹿」
気にしてるのが馬鹿らしくなった私はドスドスと大股で中に入った。
するとゾロが馬鹿とはなんだよと言いながら悠々と入ってきて横で呑気にこう言った。
「ベッドで寝れるなんて久しぶりだぜ。
しっかしでけえベッドだな。これなら2人でも十分寝れんじゃねえか?」
「!!」ゾロの爆弾発言に一気に頭に血が上った私。
「はあっ??!な、何馬鹿なこと言ってんのよ、あんた!!」
気づくとゾロを思いっきり殴り飛ばしていた。
「ッ!!テンメェ!いきなり何しやがる!」
ちょうどゾロは手に持っていた酒を飲もうとしていたところだったらしく、
突然殴られて、照準が口元から外れた酒がボタボタとゾロの体にかかり、
首筋から肩、胸元が酒まみれになった状態で、もったいねえ!と怒っている。
「あんたが変なこというからでしょ!それ以上床汚さないように!
ほらっ!早く!バスルーム行って!!」
「っおいっ!お前がいきなり殴りかかるからこうなってんだろうがっ!!」
ゾロの反論を無視してバスルームの扉を開けに向かうと、
今度はその広い背中を押して強引にバスルームへ押し込んだ。
そのまま一緒に中へ入り、置いてあったきれいなタオルを手渡す。
「あんた、早くその服脱いで、これで体拭いて。
服は今洗えば朝までにきっと乾くわ。」
「まったく・・なんなんだよ・・」
ぶつぶつ文句を言いながらも手渡されたタオルで首筋を拭くゾロ。よしよし。
こういうところは案外素直に聞くやつだ。
せっかく泊めてもらうのに、部屋を汚しては悪い。
洗面台下のバケツにくたびれたタオルを見つけた。
それで床にこぼれた酒を拭くと、木の床にシミはほとんど残らずに済み、ホッとした。
酒を吸い込んだ雑巾を洗いにもう1度バスルームへ戻る。
ゾロは濡れた上着を脱ぎ、上半身裸でさらに腹巻まで脱ごうとしているところだった。
「腹巻までいってたのね・・」
「誰のせいだよ」
少し申し訳なく思いつつ、ゾロに背を向け洗面で雑巾を洗う。
脱いだ上着と腹巻をそのまま裸の肩にかけ、バスルームを出ようと通り過ぎる
ゾロの体にはまだ濃厚にアルコールの匂いが残っていて、ムワとこちらへ漂ってきた。
「ちょっとゾロ」
「んだよ」
「服、洗わないと。」
「別にいいだろ。乾けば着れるからな」
「洗いなさいよね!
それと体も酒臭いから、そのままついでにシャワー浴びれば?匂うわ。」
匂うというのを体臭が匂うと勘違いしたのか、
「ああ、じゃあそうするか。ずっと野宿だったからな。」
と言って、ブーツを脱ぎながらズボンのボタンを外しジッパーを下ろし始めた。
「ちょっと待って!!まだ私がいるのよ、バカ!」
と急いで出て行こうとする私に、
「おいナミ、これ。後で洗ってくれ。」
と酒で濡れた服と腹巻をポイッと投げてよこした。
「何で私が!」と言い返すと、
「お前のせいだろ」とゾロが意地悪そうに捨てゼリフを吐いて、
バスルームのドアはバタンと閉まった。
**********
私はどでかいダブルベッドの端にちょこんと落ち着かず座っていた。
手にはゾロが投げてよこした服を持ったまま。
押し付けてきたことに腹が立って一度床に投げ捨てたが、
1人になったことで急激に落ち着いて、渋々それらをまた拾い上げた。
まあ突然殴ったのは私が悪かったかも。
せっかく久しぶりに再会したと言うのに。
ひざの上に掛かるゾロの上着は、
濡れずに無事だった部分がまだ体温を残していてほんのり暖かい。
それは久しぶりに感じた仲間の存在そのもののように、心地よく包んでいる。
その温もりが、部屋でゾロと二人っきりであるという緊張感を解かしていく。
「しょうがないから、洗ってあげるわ。・・お金は取るけど」
そう呟いて、馴染みのあるくたびれた腹巻と、今日初めて見た見慣れない
ローブのような上着を、撫でてみたり裏返してみたりしていた。
遠くにシャワーの音が聞こえている。
そういえば、今日は結構歩いて汗をかいていたことを思い出した。
時間もそろそろ更けてるし、先にシャワーを浴びてもいいかもしれない。
自分が2F部屋で寝ることになるだろうけど、あいつと飲んでからだと
何時になるかわからない。なにせお互いほぼ際限なくいけてしまうのだから。
ゾロが出てきたら、これを洗うついでに私もここでシャワーを済ませよう。
そんなことを思っていると、遠くのシャワーの音が止まった。
私が着替えの用意をしようかとベッドから立ち上がりかけると、ドアが開いて
「は〜!さっぱりしたぜ〜!」
と、さっきまでの怒りもすっかり洗い流したかのようにご機嫌なゾロが出てきた。
首に掛けたタオルで髪を拭きながら、片手には腰巻でまとめた刀を下げている。
私に向かって「おう、飲むか。」と笑いかけ、
カウンターの方へ向かうと棚から適当に酒を1本開けて2つのグラスに注ぎ、
両手に持ってこちらへやってきた。
「ほらよ」
と言って差し出すので、1杯付き合ってからシャワーに行くことにした。
「ありがと」
グラスを受け取ると、ゾロは満足そうにニヤリとして自分の酒をグッと飲み干し、
またカウンターへと戻って注ぎ足している。
ご機嫌なゾロに少し付き合ってやろうと思い、私はチビリチビリと飲んで、
またベッドの角に座りなおした。
「えらくご機嫌になったわね。」
「あ?シャワーは久しぶりだからな。ずっと水浴びだったしよ。
さっぱりしたら、次は飲み放題だぜ。最高だろ。」
「あんた、一体どんな生活してたのよ?!
でもまあ、ようやく人間の生活に戻れそうでよかったわね。
2年間お疲れさま。」
「ああ。まあなんでも修行だと思えばたいしたことねえな。」
「あっそ・・・。
ところでさ、ゾロ。これ、洗ってあげるわ。そのかわり・・」
「待て。金取るとかいうんだろ・・」
「あら、わかってんじゃない。」
「あほか、だからお前のせいだってんだ」
「あんたが変なこと言うのが悪いんじゃないの」
「変なことってなんだよ?」
「・・・なにって!」
言いかけて躊躇する。
カウンターからまっすぐこっちを見ているゾロの表情は変わらない。
「・・その・・ここで2人で寝れるとかなんとか・・」
最後はほとんど声にできないくらいに、自分で言ってて恥ずかしくなってきて、
ゾロの顔を見ていられなかった。
ゾロがしばらく黙って何も言ってこないのでチラッとその顔を窺うと、
困ったような顔をしてようやくこう言った。
「お前、もしかしておれとお前の二人で寝るって勘違いしたのか・・?」
「え??」
「おれは、人が2人は寝れそうな広さだっつうことを言っただけで・・」
横を向きながら言うゾロはめずらしく歯切れが悪い。
私の顔はきっと赤い。うつむきながら上目使いでゾロを見ていた。
ゾロは数秒思案してからパッとこちらへ視線を戻し、こう言った。
「・・・・何もするかよ。
まあよく考えりゃ勘違いされても仕方ねえ状況だな。
じゃあ、お前ここで寝ろ。おれはもう別の部屋で寝る。」
急に出て行くことにしたらしいゾロは立てかけていた刀を持ち、
まっすぐこちらへと歩いてきた。
「返せ」
そう言って差し出されたゾロの手と顔を複雑な思いで交互に見つめていると、
「ほら、服。返せよ。」
と優しい口調で催促された。
急な展開に頭が追いつかず言われた通りゆっくりと手渡した。
「あの・・・ごめん。」
膝を覆っていた温もりが消えて、言いながら今になって後悔する。
今夜はもう少しゾロと過ごすつもりだった。寂しさがこみ上げる。
「大した事ねえ、気にすんな。じゃあな。」
やっぱりまだ行かないでほしい。そう思った。
「ゾロ!」
「ん?」
「ねえ、やっぱりその服、私のせいだしさ!洗ってあげるし、
もう少しここで一緒に飲んでいけば・・」
「・・いや、いい。んじゃな。」
優しい口調だったがきっぱりそう言ってゾロは部屋を出て行った。
バタン
ドアの閉まる音が胸に響き、ゴトゴトと重い足音が遠ざかった。
**********
「・・ハァ〜」
大きなため息を一つ落とし、ドサっと大きなベッドに倒れこんだ。
一人になると、さっきよりもさらにベッドが大きく見えた。
一人で寝るには確かに広すぎるわね。
悪かったのは妙に意識しすぎた自分の方だ。
正直この2年、ルフィのことばかり考えていた。
エースを亡くして傷ついたルフィを思い、そばにいてあげられなかった自分が辛かった。
アーロンを倒し、私を自由にしてくれたルフィ。
普段は馬鹿で危なっかしくて、自分で進む方向すらわからず私を必要とするルフィ。
次再会した時にはもっともっとルフィの力になれるように、支えてあげられるように、
その思いで2年間いろんなことを吸収した。
時々寂しくてたまらない時も、ルフィの心の傷と、
自分と同じように一人で頑張っているだろう仲間達を思うと、泣いてはいられなかった。
ゾロのことを思い出したのは、そんな時くらい。
くまに最初に飛ばされていった時は、死にそうなほど重傷だった。
でも不思議と大丈夫だと思っていた。
ゾロは大丈夫。ゾロは強いから。きっとどこかで生きてる。
だからたまに考える仲間の中でも、心配するのは主にチョッパーやウソップ。
でも今日、再会したときに目の傷を見てズキッときた胸の痛み。
そしてゾロとレイリーの会話。
そう、あれは思い出さないようにしていた痛み。
ダメ。思い出したら、ダメ。
そこで、もし今日再会してたのがルフィだったら・・・と考え始める。
ルフィとなら、部屋で二人っきりなんてこともそれほど気にしなかったかな。
ベッドを見て2人で十分寝れると言われて、誤解せず言葉通り受け取っていたかも。
少なくともあれほど過剰には反応しなかっただろう。
そこでふいに、また足音が近づいてくるのが聞こえた。
ドアをノックする音。もしかして。
「はい」
ベッドに伏せたまま返事をする。ガタッとうろたえる音と響く低い男の声。
「・・おれだ、ちょっと開けろ」
「ゾロ!」
戻ってきたと思うと素直にうれしかった。飛び起きて小走りに向かい
ドアを開けると、ばつが悪そうに立っているゾロがいた。
「忘れ物でも?」
「・・悪ぃが、やっぱり、部屋替わってくれ。」
「別にいいわよ。どうしたの?」
「・・・・どこか・・わからねえ・・」
自然と笑いが込み上げてきた。こいつこんな見た目なのに、なんて・・
なんて可愛いやつなんだろう。眉間にしわを寄せ怖い顔しながらも、
部屋が見つけられなくて思いがけず戻ってきてしまった自分に照れている姿に、
なんだか愛しさすら感じた。戦いとなるとあんなに強くて自信満々なのに、
今目の前にいる背中を丸めてちょっと拗ねている大きな男は、
中身は実はルフィと大差ない少年のままなのかもしれない。
「笑ってんじゃねえ!」
「あはははは!いいから入りなさいよ。ね。」
渋々ゾロはまた中に入り、私は扉を閉めた。
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(2011.01.22)