線  −1−

panchan 様

 

   バタンッ


 
 風に押されて、木の扉が勢いよく閉まった。
ナミは両手をひらひらと踊らせて、雨の水気を飛ばす。

「ハァ、これで何とか雨風はしのげそうね・・・・は・・・っくしゅっ!」

自分を抱きしめるようにして二の腕を擦りながら、ナミはブルっと震えた。
濡れた髪が首や顔に貼りつき、ポタポタと雫が落ちる。

「ボロそうな小屋だがこの嵐くらいは大丈夫だろ。
 ふぅ、助かったぜ。」

そう言うとゾロは担いでいた大きな荷を下ろし、床に座り込んで
髪の水気を手のひらでバババッと弾き飛ばした。

「ちょっと、飛ばさないでよ。」

「ちょっとくらいかかっても、もう同じじゃねェか。」

ナミもリュックを下ろしてゴソゴソと中からタオルを二つ出すと、
一つをゾロに投げる。
一つで自分の髪や体を拭き、そのままタオルを首にかけてゾロの運んだ荷を開け、
中身を出し始めた。



イーストブルーへの帰郷。
長かった冒険もひとまず区切りを迎え、懐かしい面々の顔を見に。


一人、また一人と故郷で歓迎を受けて留まり、最後の目的地となった
ゾロの故郷、シモツキ村。
フーシャ村での宴に大盛り上がりのルフィがそのまま残って待ってると言い出して、
案内役のナミとゾロの二人で行くことになってしまった。
無事ゾロの帰郷を終えルフィが待つフーシャ村へと戻る途中、
大きな嵐が来るとナミが言った。
乗っているのは二人で操縦できる小型船で、嵐などひとたまりもない。
ちょうど近くに小さな島影が見えて、そこへ避難することにした。
島の海岸で船のイカリを下ろし、荷物を持って小船で砂浜に上陸してみると、
そこに人の気配は感じられず、どうやら無人島のようだった。
1時間もかからずぐるっと一周できそうな小さな島。
徐々に空が曇り始め、嵐の前触れの様に風が吹き、雨が降り出した。
とにかく洞窟でも何でも雨風のしのげる場所を探すため、二人で急いで森に入った。

ゾロが先に森を進み、その後ろでナミが方向を指示しながらついていく。

30分もすると雨足は強まり、このままどこも見つからなかったらどうしようと
ナミが弱音を吐き出したとき、ゾロが少し先に小さな小屋を見つけた。
急ぎ足で向かうと、木が切り倒されて少しだけ開けた場所に小屋が建っていた。
無人の小屋には鍵がかかっていたが、ゾロの馬鹿力で簡単に開いた。
近くの島に住む住人がここへ来た時だけ使う小屋なのだろうか。
中は床も壁も天井も木で出来ていて、湿気た木の匂いがしていた。
長く使われていないのか少し埃っぽかったが、キレイに掃除されており、
一間だけで広くはないものの、物はなにもなく、ガランとしていた。
雨はどんどん強く、風も激しさを増していて、
これ幸いと使わせてもらうことに決め、急いで中に入った・・・・
と、いう訳だった。



ナミが袋から荷物を取り出していくのを、
ゾロは座って壁にもたれ、タオルで頭を拭きながら眺めていた。

ランタン、水の入った水筒2つ、シモツキ村で大量にもらった弁当の残り、
酒1、2・・・10本、バスタオル2枚、着替え(ナミのみ)、シーツ・・・

次々出てくる荷物に、ゾロは疑問を口にした。

「・・・おい。この嵐やりすごすのにどのくらいかかるんだ?」

「さあね。この時期、熱帯低気圧が起きやすいから、あの大きさだと・・
 まあ運がよければ明日には出航できるんじゃない?」

「マジかよ・・。それでその大荷物だったのか。」

ナミがパッキングしたので何を持たされているかは知らなかったが、
通りでやけにズッシリしてた訳だ。

「あれ?おかしいわ・・・毛布がない!用意してたはずなのに。」

袋の底をゴソゴソやりながらナミが焦って言った。
そしてゾロをじっと見た。

「おれァ知らねェぞ。」

「・・・ゾロ、船に戻って取って来て。」

「はあっ?!アホかっ!!
 なんでこんな嵐の中おれが取りに行かなきゃならねェんだ!!
 大体取りに行っても戻るまでに毛布もボトボトに濡れんだろうが!!
 どんだけ人使い荒ェんだ、テメェはっ!!」

「そっかー。ボトボトの毛布じゃ意味ないわね。」

「イヤ、そこじゃねェだろ・・・」

「それに、あんた一人で迷わず戻って来いっていうのが無理だってこと、
 忘れてたわ。あっ、まず船にも着けないか・・・」

「・・テメェ、マジでたたっ斬るぞ・・」

「でも雨で濡れちゃって寒いのよ。」

ゾロの反論は完全無視で、ナミはキョロキョロと何かを探しながら、
肩をすくめ二の腕をさすっている。
ゾロは溜息をついた。

「だったら、そこの服にでも着替えろよ。」

荷物の間に並べてあるナミの着替えを指差した。
「うーん、そうねえ・・じゃあ、そうするわ。
 あんた壁の方向いて、ホラ。こっそり覗かないでよ。」

「だれがのぞくか、バカ。」

そう吐き捨てたが、大体もう濡れた白いシャツがはり付いて、
さっきから下着がエロい感じに透けてんだよ!というのは口に出さなかった。
言ってしまうと何かスイッチが入ってしまいそうな気がしたからだ。
外は嵐。ここは一間だけの密室。
ゾロは極力心の中のそれに近づかないようにしようと思い、
座ったまま素直に壁の方を向いた。
壁の木目を見ながら、ナミの着替える音より外の雨の音に意識を集中する。


「もういいわよ、ゾロ。着替えたから。」

ナミの声でようやく壁とのにらめっこから解放され振り向いたゾロは、
腕を組んで壁にもたれると、何も言わずじぃーっとナミを見た。

「なによ。」

「お前・・・それじゃ着替えた意味ねェだろ。」

脱ぎ捨てたシャツとジーンズを拾っているナミは、
ミニ丈で太ももがむき出しになったスカートに白いキャミソールを着ていた。

「仕方ないじゃない。これしか無かったのよ。濡れた服着てるよりマシでしょ。
 こっちは干してたら乾くかしら・・・」

そう言いながら窓辺の高いところに張ってあったロープに、脱いだ服を掛けていく。
腕を上げるたびにスカートの裾が上がり、ナミの脚のキワどいところまでが
チラチラとゾロの視界に入る。黒い下着まで干し始めたので、
そんなもん男の目の前で干すか?!と思いながらも、ゾロの方がそこから
目をそらせた。

「あんたも干す?」

「いや、おれはいい。それより腹減った。」

「そうね、もう夕方だし。雨の中歩いてヘトヘトだわ。
 お弁当の残り、食べましょ。」

そう言ってナミはシートを床に広げ、たくさんの重箱を並べ始めた。
ゾロも立ち上がって酒を取りに行く。
外の嵐は雨風がどんどん酷くなり、小屋に響く音も激しさを増していた。
ナミがランタンのキャンドルに火を灯す。
薄暗かった小屋がパッと温かみのある空間に変わった。
嵐に急かされていた心もようやくホッと落ち着いた気がした。
キャンドルの光で照らされた弁当の料理も、とてもおいしそうに見える。

「なんだか・・・キャンプかピクニックみたいでちょっと楽しいわね。」

そう言うナミが本当にうれしそうな顔をしていたので、
つられてゾロも口元を緩めた。

「まあ、悪くねェな。」

それぞれ選んだ酒を持って床に胡坐をかき、瓶のままぶつけて乾杯した。
酒豪らしく、お互いラッパ飲みして同時に手の甲で口元を拭う。

「「ぷは〜っ」」

そんな自分達にナミが吹き出した。

「あははは・・それにしてもこの2日、あんたと二人ってなんか不思議な感じ。
 いつもルフィ達みんながいたから。ルフィがいたら食事も落ち着かないしね。」

「お前はコックのおかげで落ち着いて食えてたじゃねェか。」

そう言って、いただきますと手を合わせる。

「でも横でバタバタされちゃ落ち着かないわよ。まあ、もう慣れちゃったけどね。」

「確かにな。」

ルフィ対策の食べ方が染みついたのか、ゾロは料理をポイポイと口に放り込んでいく。
ナミは味わいながらゆっくりと口を動かす。

「サンジくんの料理もおいしいけど、この料理もおいしいわね。」

「そうか?まあ、おれにとっちゃあ懐かしい味だ。」

「このお酒もおいしい〜。」

自分の故郷の料理と酒を褒められて、ゾロも悪い気はしなかった。
ナミは料理を一種類ずつ取りながらゾロに尋ねる。

「ねぇ、もっとゆっくりしてこなくてよかったの?
 別に今日はあの村に泊まってもよかったのに。」

「いいんだ。用は済んだ。」

「ふーん。でもルフィの村みたいに宴でゾロを迎えたかったんじゃない?」

「あんな派手な村じゃねェからな。
 まあこの大量の弁当で十分気持ちは受け取ったよ。」

「・・・・質素で小さな村だったけど、いい人達ね。」

「まあな。」

ゾロ本人はあまり意識していないが、シモツキ村の人達にとって、
ゾロは村の英雄だ。
ココヤシ村もそうだが、小さな村では一つの大きな家族のように
大人達全員が子供達を見守る。
ゾロを子供のころから見守ってきた村人達は、まるで自分の息子が
立派になって帰ってきたように喜び、またすぐ旅立っていくゾロに、
精一杯の愛情を込めてそれぞれの料理を手渡したのだろう。

ゾロが船に戻るまでの間に、ナミは少しだけ一人でシモツキ村を散策した。
その時見た村の光景を思い出した。
海辺の松林。深緑の山々。
風に揺れる竹林の木漏れ日。
畑で作業に励む人々、のどかな田園風景。
ココヤシとは全く違う風土なのに、不思議と親しみを感じた。
ゾロが子供の頃をすごした村。
ふとゾロの子供時代に興味が湧いた。


「あんたってさ、子供のころどんなだった?」

「ガキの頃?あんま覚えてねェが。う〜ん・・・
 とにかく強くなるために、毎日、体鍛えてたな。走り回ったり、筋トレしたり。」

「って、今と全然変わってないじゃない。頭の成長はしなかったわけね。」

「うるせェ。バカにすんなっ!そういうテメェのガキの頃はなんだ?泥棒か?」

「ぅぐっ・・!ゴホッ、ゴホッ・・・!!」

「図星だろ。」

ニヤッと意地悪い笑顔でうれしそうにゾロが言った。
蒸せて涙目のナミが赤い顔で反論する。

「ゴホッ・・・、それはっ、欲しい本も買ってもらえないくらい貧乏だったから!」

「そんなもん、言い訳になるか。」

「うっさいわね!その頃から航海術の勉強をしてたのよ!
 おかげで故郷の場所すら覚えてないあんたを無事帰郷させてあげたんだから、
 私に感謝しなさいよ!」

「へーへー、そりゃどうも。」

「・・気持ちが全然感じられないんだけど。」

「元はといえば泥棒の言い訳だろ。偉そうに言うなよ、偉そうに。」

「・・トレーニングバカよりマシよ。」

「・・!」

「「・・・・・フンッ!」」

お互い相手からプイッと顔を逸らした。
そのまま黙って皿に取った料理を食べ終えると、
ナミはさっさと弁当を片付け始めた。

会話がなくなると、外の嵐の音が急に大きく聞こえはじめる。
いつの間にか窓の外は真っ暗闇になっている。

食事を済ませてしまうと、後はもう特にすることはない。
トレーニングバカと言われて筋トレを始めるわけにもいかず、
ゾロは床にゴロンと仰向けに寝転がった。
片膝を立て、両腕を振り上げ頭の下で手を組み、枕にする。

片付けた弁当を包んでいるナミの後姿をチラッと見て、
ゾロは天井を見上げるとそのまま目を閉じた。

寝転がってすでに寝る体勢のゾロをナミは振り返り、
聞こえるように大げさに溜息をついた。




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(2011.05.29)




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