線  −5−

panchan 様

 

 「ここで待ってろ、必ず戻る。」

ゾロはルフィを見据えたまま、横の長髪男に言って、一人足を進めた。
ルフィも真剣な顔で、じっとゾロを見ている。
目を逸らさぬまま、徐々に二人の距離が近づく。

先に声を掛けたのは、ルフィだった。

「今まで何やってたんだ、ゾロ。」

「ルフィ。悪ィ、遅くなった。」

「・・・誰だ、あいつ。」

ルフィがゾロの後方、離れた場所にいる男をチラッと見た。

「ああ、気にすんな。おれをここまで運んでくれた奴だ。」

「ふーん・・・」

そう言いながらルフィはその黒い瞳でもう一度男をまじまじと見て、
しばらくしてまたゾロに視線を戻した。

「で、何があったんだ?」

「ま、いろいろとな。・・・ナミは?」

「屋敷にいる。」

「話せるか?」

「ああ。」

そして屋敷に向かって歩き出したルフィに付いて、ゾロも歩き出した。

「ゾロ、お前がいて何でこんなことになったんだ?」

前を向いたまま歩きながらルフィが言う。

「・・・ナミは何て?」

「嵐に遭って船が転覆して、海に投げ出されたらお前とはぐれたって言ってた。」

「そうか・・・」

急にルフィが立ち止まり、肩越しにチラッとゾロを見た。
相変わらず真剣な目だ。
程なく前に向き直ると、またルフィは歩き出した。

「ま、二人とも無事戻ってきたからよかったけどよ〜。」

そうのん気な声で言うと、ルフィはドアを開けて屋敷の中に入り、
ゾロもそれに続いた。


「おお、ゾロ!無事だったのかー、よかった!!心配してたんだぞ!」

ウソップが駆け寄ってきた。

「おう、ウソップ。悪ィな、遅くなっちまった。」

「お前こんなに長い間どこ彷徨ってたんだ?海でも迷子かよー。
 心配させんじゃねェよー。ナミのことも助けねェでよ。
 ナミに会ったら、あいつきっとカンカンだぞ。」

「・・・そうだな。」

ゾロはフッと笑いながら言った。

「おい、クソマリモ。」

少し離れた壁にもたれてタバコを吸っていたサンジが近づいてくる。

「テメェ、ナミさんにあんな傷負わせて、しかも助けることもできねェで、
 そのクセ平然としたツラで帰って来てんじゃねェ!!」

ゾロは顔色も変えず、サンジを見返し腕組をした。

「お前との話は後だ。先に、ナミに会わせてくれ。」

「ケッ。せいぜいしっかり謝ってこい!クソ野郎。」

サンジの横を通り過ぎる。

「ゾロ、こっちだ。」

ルフィが階段を上って行くのに、ゾロも後を追った。

「・・ルフィ、ナミの具合は悪ィのか?」

後ろから話しかける。

「うーーん、ま、ちょっと元気は無さそうだけどよ。大丈夫だろ。」

相変わらずのん気に言う。

「あそこの部屋だ。」

ルフィが指差した。
その時、後ろからゾロがルフィの肩に手を置いた。
少し肩を引かれて、ルフィは立ち止まった。

「ルフィ。ナミと二人で話してェんだが、いいか?」

すこし驚いた顔でゾロを見返していたが、

「おう、じゃあ下におりて待ってる。」

と言って、両肘を上げて手を麦わら帽の後ろで組むと、
ルフィはゆっくりと階段を下りて行った。


ゾロは一人、ナミのいる部屋へと向かう。

何とか旅立つ前に再会できる。

ゾロはここへ来るまでに、ナミに伝えるべき一つの答えを用意していた。
あの夜、ナミがゾロに投げかけた質問の答え。あの時は答えられなかった。
その答えを胸に、ゾロは部屋のドアを開けた。



「ちょっとルフィ、ノックぐらいしてって何度も・・・?!・・ゾロ!!」

ナミは部屋に入ってきたのがゾロだと気付いて、目を見開き固まった。

「おう。」

ナミはドアから真正面にある大きな窓辺に置かれたベッドで、
半身を起こして座っていた。
窓の外には青々と木がしげっている。
1ヶ月前とは別人のようにやつれた表情で、はかなげで、
近づくことを躊躇したゾロはドアを閉めると、胸の前で腕を組み、
そのままドアにもたれた。

「大丈夫か?」

「・・・大丈夫なわけないでしょ。」

声は弱々しいが厳しい表情のまま、ナミはゾロを見ていた。
ぎこちない緊張感と、張り詰めた空気が二人の間に流れる。

「よく助かったな。」

キッとゾロを睨んで下唇を噛むと、目をゾロからそらし、
うつむいて言った。

「もう・・・死んだと思ったわ・・。」

「・・悪かった。」

ナミの言葉にゾロは胸が痛んだ。
ナミは何も言わず、うつむいている。
沈黙が重く部屋の空気にのしかかる。
あえてそれに逆らい、ゾロは口を開いた。今、これだけは伝えなければ。

「ナミ、あん時の話だが・・」

ゾロはナミに伝えようとした。
ナミがあの夜、ゾロに尋ねた質問。
ナミの世界地図作製の旅には、ルフィのために行くのか、ナミのために行くのか。
それとも、旅そのものに行く気があるのか。
ゾロが続きを口にしかけた時、

「ゾロ、私、先に言いたいことがあるの。」

うつむいたままのナミが、ゾロを遮った。




**********



「なあ、ゾロの奴、一体今までどうしてたんだ?」

「さあ、知らね。」

ダイニングでお茶を飲みながら、ウソップとルフィが話す。

「ナミと何話してんだろうな?」

「さあ、知らね。おーーいサンジーーー。メシ、まだか?」

「テメェ、何時だと思ってんだ!まだ昼には早ェだろ!
 おれは今ナミさん用の軽食を作ってんだ。
 昼の仕込みも今やってっから、おとなしく待ってろ!」

キッチン奥からサンジの声が響く。
そこへガチャッとドアが開いて、ゾロが入ってきた。

「おっ、ちゃんとナミと話してきたか?さらに怒りを逆撫でして、
 こっちにとばっちりが来るような事は、勘弁してくれよ〜。」

ウソップがゾロに手を合わせ拝みながら言う。

「さあ、どうだかな。・・ルフィ、ちょっといいか?」

ゾロは親指を立て、ドアの外を指した。

「おう、メシまで時間あるからな。いいぞ。」

ルフィは立ち上がり、ゾロと一緒にダイニングから出て行った。



**********



別室に入ったルフィとゾロは話をしていた。

ソファに座ったルフィは立っているゾロを力強い目で見上げると、
キッパリと言った。

「認めねェ。」

「・・・・・」

ゾロは黙ってルフィを見ている。

「ちゃんとした理由もねェのに、一味を抜けるなんて、認められねェ。」

「理由なら、言っただろ。」

ゾロが落ち着いた声で返す。

「この一味にいる理由が無くなったなんて、そんな勝手な言い分、
 納得できるわけねェだろ。」

ルフィの声は低く抑えられていたが、ゾロを真っ直ぐ見るその目は、
怒りに見開かれていた。
その視線から逃げず、ゾロはしっかりルフィの眼差しを冷静な目で受け止めていた。
向き合って目が合ったまま、しばらく沈黙が流れる。
ゾロが目を閉じて息を吐くと、ようやく沈黙を破った。

「お前が納得できなかろうと、それがおれの理由だ。
 おれは今すぐ、ここから出て行く。」

ルフィは絶句して、唾を飲んだ。
固く決意した時のゾロの目を、ルフィは知っていた。

「力づくでも、出て行くのか?」

ルフィが拳を握り締める。
こんなこと言って力づくでゾロを倒したとしても、止められないことはわかっていた。

「ああ。」

予想通り、意志の強い声が返って来た。

ルフィは一度大きく深呼吸すると、帽子を前へ深く被り直し、言った。

「・・・わかった。
 だけど、一味を抜けることは認めねェ。
 どうしても抜けたかったら、もう一度おれの前に、納得できる理由を持って来い。」

そう言って、ルフィはごろんとソファに寝転がった。

ゾロはそんなルフィを眺めてしばらくじっと立っていたが、

「今まで世話んなったな。・・・楽しかったぜ、キャプテン。」

そう言って、ルフィのいるソファを通り過ぎ、ドアへと歩き出した。
そんなゾロにルフィは下唇を噛む。

「ゾロ。」

寝転んだままルフィの掛けた声に、ゾロは足を止める。

「ナミと、何かあったのか?」

ゾロの背中がピクッと動いた。

「いや、何も。」

ドアの方に体は向いたまま、顔だけルフィの方を振り向き、
ゾロは肩越しに言った。

「ルフィ、お前・・・長生きしろよ。」

ルフィはガバッと起き上がり、すでにドアの方を向いたゾロの背中を見る。

「お前っ!そんな死ぬまでもう会えねェみたいなこと言うなよっ!
 おいっ!ゾロ!!!」

もうルフィの叫びに振り向くことも足を止めることも無く、
ゾロはルフィを残して部屋から出ると、そのまま屋敷からも去っていった。




**********



一方、ダイニング。


「静かになったと思ったら・・ルフィは?」

「なんかゾロと二人で出て行ったぞ。」

「あいつ、もうナミさんとの話は済んだのか。」

そう言いながらキッチンから出てきたサンジは椅子に座り、
新しいタバコに火を点けた。

「な〜んかゾロの奴、おかしいよな・・」

ウソップがテーブルに頬杖をつく。

「お前も思ったか・・あいつ、妙に落ち着いてやがる。
 ナミさんがここにいることも、ナミさんの容態も、知ってたみたいだしよ。
 ・・・何かあったかな、ありゃ。」

サンジが頭をクシャっと抱えて、タバコの煙混じりの溜息をついた。

「ハァーー、だから二人で行かせたことをおれは責めてたんだ。
 男と女なんて、ちょっとしたキッカケでどうなるかわかんねェだろ。」

ウソップは目を丸くしてサンジを見た。

「・・・ゾロだぞ。」

サンジはウソップをチラッと見ると、タバコを指で持ち、
天井に向かって煙を吐いた。

「あいつだって、男さ・・・」

ゾロとナミが・・・と思うと、ウソップは心が落ち着かなくなり、
モヤモヤとし始めた。

「うーん、そう言えば、ナミも気になんだよなぁ。」

サンジは何も答えず、椅子の背に両腕をかけ、天井を見たまま
タバコの煙をくゆらせていた。

「昼メシの準備、済んだのか?」

「イヤ、まだだ。ナミさんの分はできてる。」

「じゃあおれが持って行ってやるよ。」

「なんでお前が行くんだ!お前にはもったいな過ぎるあの可憐なお嬢様がいるだろ。
 おれの楽しみを奪うな!」

「大げさだなー。下げる時はお前が行きゃいいだろ。
 早く用意しねェとまたルフィがうるせェぞ。」

「・・クソッ!下げるときは絶対おれだからな〜〜!」

そしてウソップは食事をもって、ナミの部屋へ向かった。




「ナミー、メシだぞー。」

ノックをしても返事がない。
不安がよぎったウソップは、勝手にドアを開けて中に入った。
ベッドに深く掛けられた布団から、オレンジの髪が出ている。
なんだ寝てんのか、と思ってベッドサイドへ近づき、食事の乗ったトレイを置いた。
もう一度近くでナミに目をやると、どうも小刻みに震えている。
息を呑むような音も聞こえた。

「ナミ?寒ィのか?」

「・・ウソップ・・大丈夫・・・何でもないから・・・。」

こっちに顔は向けないまま、ナミが答えた。

「何だ起きてんのか。ゾロも無事で、よかったよな。」

何も答えない。

「おい、カヤ呼んでこようか?」

心配になったウソップはベッドに座ってすこしナミを覗き込むが、顔は見えない。

「本当に、大丈夫・・・だから・・一人にして。」

どうにも心配だったが、ナミがそう言い張るなら従った方がいいかと立ち上がりかけて、
どうしても一つ、気になっていたことを聞いてみようと思った。

「なあ、ナミ・・気になってたんだが、グランドラインならまだしもよ、
 このイーストブルーで・・お前がいて嵐に巻き込まれるなんてこと・・あんのか?」

布団ごと、ナミの背中がビクッとした。

「このウソの天才ウソップ様が、お前のウソに気付かないとでも思ったか?
 なあ、本当は何があったんだ?ナミ。話せよ。」

「ウソッ・・プ・・」

苦しそうに息をしているナミが気になって、その顔を今度こそ覗き込もうとした。
すると突然ナミがガバッと体の向きを変えて、ウソップの首に抱きついてきた。

「おっ・・おいっ!ちょっ・・ナミ!?」

ドギマギしていたら、ふっと枕が目に入った。
大きく濡れたシミ。
こいつ、泣いてたのか。

「なあ、ナミ。ゾロと何があった?」

「うっ・・うう・・・うっ・・」

ついに声を漏らして、ナミはしっかりとウソップの首にしがみついたまま、泣き続けた。
ナミの背中をたたいてなだめながら、さすがサンジ、あながちあいつの勘は
外れてないかもしれない、とウソップは思った。
結局ナミは、泣き止んでも何も語ることは無かった。


その後。

ゾロが出て行ったとルフィから聞かされ、激しく顔色を変え動揺したナミに、
ウソップはサンジの勘はどうやら間違いないと確信した。



**********




遠退き、小さくなっていくシロップ村の島影を、
ゾロは甲板で風に吹かれながら、船縁にもたれて眺めていた。

昔、ここから真新しいメリーで旅立った時も、こんな風に島が見えていたのだろうか。

いや、あの頃はきっと前だけ見ていた。
通りで記憶に無い筈だ。

ゾロは意外に清々しい気持ちだった。

これでいい。

今日ナミに再会して、確信できた。

あの時の事は、仲間やルフィを失うかもしれないと不安になってたナミの心に、
おれがつけ込んだだけだ。

あの時と違って、今日はナミを心配する仲間たちや、
ナミを守るように立っていたルフィの姿があった。

これでいい。

おれはまた、昔のように一人で、誰にも合わせることなく、
思うままに生きる生活に戻るだけだ。
ナミもまた、ルフィのそばで、以前のように笑っていればいい。

これでいい。

おれには、一人気楽に生きていく方が性に合ってる。

三人なんて、面倒くせェ。




ゾロはもたれていた船縁から体を離し真っ直ぐ立つと、消え行く島影に背を向けて、
前方の水平線に向かい、船首の方へと歩き出した。




 


おわり


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(2011.06.07)


〜投稿者・panchan様のあとがき〜
   切ないお話ですみません。
  一線を越えてしまった二人の、不測の事態に見舞われながらも、
  ひとまず迎えた結果です。
  「線」はこれで終わりですが、この二人の話はまだ続きます。



<管理人のつぶやき>
冒険にひとまず区切りをつけた未来において、麦わら一味はイーストブルーへ里帰り。
ゾロの故郷へゾロとナミの二人だけで行くことになり、そこで二人は自分達の関係に改めて目を向けつつも、まずは身体の関係だけ持ってしまう。この後すぐにちゃんと二人で話す時間があったなら、また違う展開になっていたのかもしれません。それなのにまさかこんなことになるなんて!(泣)
ゾロが外れることが彼らの関係にどんな影響を及ぼすのか?ルフィ、ゾロ、ナミが再び会えるのはいつなのか?これからの展開に目が離せません><。

panchanさんの3作目の投稿作品にして初連載でした。続き、楽しみにしておりますよ〜!

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