線  −4−

panchan 様

 

 数人の男達がゾロを囲むように森を進む。

ほんの15分ほどで、別の海岸に出た。ゾロとナミの乗ってきた船が沖にある。

船の船首にナミの姿を確認して、簡単に捕まってんじゃねェと溜息をついた。
こっちを見ているナミに、相当怒ってんだろうなァと冷汗が出て、
ゾロはポリポリと頬を掻いた。
立たされているナミの後ろに隠れるようにして男が二人立ち、
ナミの首にナイフを当てている。ナミを盾にされては斬撃は飛ばせない。
船室の横に立つ、あと二人の男達はいけそうだ。
ルフィの使う覇気が自分にもあることを、ゾロは随分前から自覚していた。
しかしあくまで剣の腕で勝負することにこだわり自ら使おうとしなかったので、
コントロールはきかない。
もし使えば遠くの敵も倒せるが、おそらくナミまで巻き込むことになる。
さて、どうするか。

「見ての通り、女は無事だ。」

長髪の男が話しかけてきた。

「で、話ってのは何だ?」

「単刀直入に言えばスカウトだ。お前と泥棒猫、二人ともな。
 おれ達の仲間にならないか?金は払う。」

「断る、と言ったら?」

「残念だが泥棒猫だけもらっていく。」

「じゃあ、断る。」

「!?・・お前あの女見捨てるのか?」

「そうは言ってねェ。」

言った瞬間、ゾロが刀を抜いて振り回したかと思うと、
つむじ風のように斬撃が飛んだ。
ゾロを囲む男達、続いて船の船室横に立っていた男達まで、一瞬のうちに崩れ去った。
長髪の男だけは刀を抜いて受け返し、無事だった。

「さすが世界一だな。おもしろい。」

「テメェ、やるじゃねェか。」

こいつ、なかなかやる。ゾロの血がザワザワ騒ぎ始めた。
火花が散るほどのスピードで剣を打ち合う。

「泥棒猫はまだ捕まってるんだぞ?」

男も勝負を楽しんでいるのか笑いながら言う。

「あんな雑魚二人くらい、あいつなら自分でなんとかするさ。」

何度も一緒に死線をくぐった仲間としてナミの力量は知っている。
後は隙を見て何とか出来るはずだと踏んで、ゾロは目の前の戦いに集中しようとした。

その時。

「ィヤーーーーーーッ!」

ナミの叫び声にハッとして船を見た。
衝撃が走る。
視界に飛び込んだのは、服を引きちぎられその胸を露わにして、
男に羽交い絞めにされるナミの姿。
ゾロの血が逆流し、全身の毛が逆立つ。
ナミ!!!

ドンッ!!

「スキありだ。」

男の長い刀がゾロの腹から背中へと貫通した。
痛みは感じなかった。ナミから目が離せない。
腹の底から怒りがマグマのように込み上げる。

「ゾロッ!!」

ゾロの方へ手を伸ばし叫ぶナミの声。



触るな。

その女に、触るな!!!



ゾロの体内に込み上げていたマグマが爆発した。

その瞬間、体が白く光り周りにバンッ!とものすごい覇気が広がっていく。
ゾロのすぐ横にいた男は覇気の衝撃に弾き飛ばされた。
衝撃は波をも押し返し、ナミの方へも広がっていく。
ただただ怒りで頭に血が昇っていたゾロの目に、
ナミの剥き出しになった胸を赤い線がツーッと縦に流れるのが見えた。
ナミの後ろにいる男のナイフがナミの胸に刺さっていた。
ゾロは目を見開いた。

「ナミーーーーーーーッ!!!」

全てが白黒に見えた。その中で鮮やかに浮かび上がる赤い線。
間に合わなかったのか?!
おれは何をやってんだ!
ゾロ自身が放った覇気にナミが倒れた。
後ろにいた男達も気を失い、倒れかけたところを斬撃で船から弾き飛ばす。
冷静さを欠いて放った斬撃は、勢い余って一つは帆にバッサリと斬れ込み、
一つはイカリのロープを切断した。

船はナミを乗せたまま、衝撃に押されてどんどん沖へと遠のいていく。

「ぐっ・・・ぅあっ!」

腹に刺さった刀を自分で抜き、急いで海に向かった。
ナミを助けねェと!
ゾロは必死に泳いだ。
沖から寄せ返す波に押され、なかなか思うように進まない。
波に流され戻ってきた小舟に何とかつかまり乗り込むと、
ナミを乗せ水平線に向かっている船を全力で追う。

頼む!間に合ってくれ!

漕げども漕げども、船は海流にでも流されているのか
どんどん遠く小さくなって行き、ついに水平線にその姿は消えた。
それでもゾロは、必死でナミの船が消えた方へ小舟を漕いだ。

「ハァ、ハァ・・・ああ、ヤベェ・・・血が・・足りねェ・・ハァ・・」

体に力が入らず、寒気がする。
腹巻は血を大量に吸ってじっとりとしていた。
頭がフラつき、目がかすみ始めた。
それでもゾロは小舟を何時間も漕ぎ続けた。

日が暮れる。もう意識が朦朧としていた。
ナミの船を見失ってすでにかなりの時間が経っている。

辺り一面大海原で、自分がどこにいるのかも、
どこに向かえばいいのかも、もうわからなかった。
ゾロはドサッと船に倒れこんだ。

「畜生・・」

何が大剣豪。何が世界一。

おれは結局、大事な女一人、守れねェのか。


水平線に、日が沈んで消えていった。




**********




ゾロは夢を見ていた。

懐かしいメリーの船室。
ルフィが何かを指差しながら、うれしそうにナミに話しかけている。
ナミはルフィを見ながら、こちらも楽しそうに怒ったり笑ったりしている。
他の仲間も楽しそうに二人の話に加わっていて、ゾロはそれを、
少し離れた壁にもたれて見ていた。
よかった、ナミは生きてた、とホッとしている。
でもメリーなのに、仲間が全員いることに違和感を感じて、
ああ夢かと思った時、目が覚めた。



生きてた。


ここはどこだと思って周りを見回す。どうやら船室内のようだ。
おれは助かったのか。
確か、海のど真ん中で小舟に乗ったままぶっ倒れたはずだ。

「はっ・・ナミっ!!」

起き上がろうとして全身に激痛が走った。
しばらくして船室のドアが開き、入ってきた男にギョッとした。
あの無人島でゾロを刺した、長髪の男。

「テメェ・・!ぐっ!」

体を起こして身構えようとした。

「無理すんな。死にかけがよ。三日も寝てたぞ。」

「・・・・何で、おれを助けた?」

「前にも言っただろ。お前には価値があるからだ。
 命の恩人なんだから、今度こそ話を聞いてくれるよな。」

「いっそ死にたかったぜ・・・」

「・・・泥棒猫は生きていると聞いてもか?」

「!?」

「大丈夫だ。通りかかった客船に助けられた。しばらく漂流して弱ってるが、
 胸の傷も浅くて、命に別状は無い。客船でシロップ村というところへ
 送り届けてもらう予定だそうだ。」

ウソップのところか、とにかく無事でよかった、とゾロは思った。

「・・・お前ら、何者だ?」

「ようやく興味を持ったか。おれ達は、簡単に言えば ”運び屋”だ。
 グランドラインの島から島へと物を運ぶ。危険な仕事だ。
 お前も知っての通り、予測不能な気象に、うじゃうじゃ海賊もいる。
 それ以外にも何が起こるかわからない。
 だから、お前が乗っているというだけで海賊共の抑止力になるし、
 それでも襲ってくる奴らは返り討ちにして、安全に航海できるよう
 護衛してもらいたい。
 当然、優秀な航海士も欲しいから、泥棒猫とセットというわけだ。
 ビジネスだからもちろん謝礼金も払う。一年間、二人で一億ベリーでどうだ?
 船では二人同室の個室にしてもいいし、一仕事済めば2,3日の休みも取って、
 自由にしてもらってもいい。どうだ?悪い話じゃないだろ?」

男はニヤっと笑った。ゾロは男を一瞥すると口を開いた。

「どうせロクなもん運んでねェんだろ。・・・それで、断ると言ったら?」

「頑なな男だな。おれ達のおかげで助かってる島もあるんだぜ?
 まあ断るってんなら・・あの女は目的地には着けないだろうなあ。
 その客船にも、おれ達の仲間は潜ませてある。」

「・・よほどでかい組織らしいな。」

ゾロは目を閉じた。一度深く呼吸して、目を開くと男に言った。

「いいだろう。その話、受けてやる。・・・ただし、おれ一人だ。
 ナミには手を出すな。」

「・・まあ上からはどちらか一人でもと言われているから、別に構わないが。
 しかし一人でってんなら、二年は働いてもらわんとな。」

「・・二年でいい。それともう一つ、条件がある。
 シロップ村へ寄って、ナミの無事を確認したい。
 それを飲んでくれるってんなら、飲食の保障だけしてくれりゃ
 謝礼の金はいらねェ。」

「欲の無い奴だな。・・ま、いいんじゃないか。じゃあ契約成立だ。
 おれも助かるぜ。希望通り、シロップ村とやらに寄ってやるよ。
 ただし、おれ達にも準備があるので、すぐに向かうという訳にはいかないが。」

「それで構わねェ。」

「裏切るなよ。女は見張るぞ。」

「安心しろ。約束は守る。裏切ったとなりゃ、おれの名が廃る。」

ゾロはギロッと男を睨みつけた。
瀕死で横たわっているくせになんて眼力だ、と男は冷汗をかいた。

「じゃあゆっくり休みな。」

男が部屋から出て行き、バタンとドアが閉まった。
ゾロはまた深く暗い眠りに落ちて、意識を失った。



**********



 約一ヵ月後。シロップ村。


「おいっ!ナミさんが傷ついて一人シロップ村へ漂流して来たって、
 どういうことだ!?無事なのか?ナミさんは!?」

サンジの声がカヤの屋敷に響く。

2週間ほど前に、ナミがシロップ村のウソップの元へ到着してから、
驚いたウソップがフーシャ村のルフィに連絡を取った。
待てど暮らせど戻らないゾロとナミを心配していたルフィと、
すでにバラティエから移動しフーシャ村でルフィと合流していたサンジが、
連絡を受け急いでシロップ村へと集まって来たのだった。
ルフィも深刻な顔をしてウソップに尋ねる。

「ナミは大丈夫なのか?ゾロはどうした?」

「わからねェ。ナミは今は落ち着いてるが、ここへ来た時は衰弱してて、
 カヤがずっと看病してたんだ。ナミが言うには、どうやら嵐にあって
 船が転覆したとかで、海に投げ出され、ゾロとははぐれたらしい。」

「じゃあゾロの行方はわからねェんだな。」

サンジが冷静に言うルフィの胸ぐらを掴む。

「何度も言ったが、テメェが二人でなんか行かせるからこんなことになるんだ!
 このクソゴム!ああ、のん気にバラティエにいたなんて!
 おれァ、お前らなんかにナミさんを任せた自分が許せねェ!!」

「お前、昔のガールフレンド巡りだァ〜〜とか言ってたじゃねェか。」

ウソップが突っ込む。

「うるせェ!!」

怒鳴るサンジをチラッと一瞥すると、ルフィはサンジの手を引き剥がして
低い声で言った。

「ゾロがいるから、大丈夫だと思ったんだ。」

そう言ってルフィはナミのいる部屋へと入っていった。



その翌日。


「ウソップさん!」

「どうした?カヤ。慌てて・・」

「メリーが今港に行って来たら、大きな船が泊まってて、
 男が二人降りてきたうちの一人が、ロロノア・ゾロだって・・・」


ゾロはついにシロップ村に到着した。

見張り役の長髪男と二人で連れ立って、カヤの屋敷へと向かう。
小さくカヤの屋敷が見えてくると、遠目からでもゾロにはわかった。

門の前に、ルフィが立っていた。




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(2011.06.01)




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