線  −3−

panchan 様

 

 不穏な気配を感じて、ゾロはハッと目が覚めた。

一瞬だが遠くに感じたイヤな気配。気のせいか。
島にいる鳥や小動物の気配に交じってわずかに感じたが。
しばらくそのまま気配を探ってみたか、動物達の気配に消された。

窓の外はもう明るくなっていて、虫の鳴き声が響く。
どうやらもう嵐は通り過ぎたようだ。
風はまだ時折強く吹き付けるが、雨の音は止んでいる。


「んん・・」

ゾロの腕枕で眠るナミがモゾッと動いた。
ゾロはようやく腕の中のナミに目をやった。
綺麗なオレンジの長い髪が床に広がり、華やかだ。
ゾロの腕に預けられた顔は穏やかな表情を浮かべ、静かに寝息をたてている。

改めて、キレイな女だと思った。

こんな風にまじまじとナミを見たのは初めてかもしれない。
それ以前に、女の横で目を覚ますなんてこと自体、
ゾロにとっては初めてのことだった。
今までなら、行為の後はすぐに服を着て出て行くか、少し一緒に留まるとしても、
女の素性を信用しなかったので横で寝てしまうことなど絶対に無かった。
それが、いつの間にかこいつを腕に抱いたまま眠りに落ちていたなんて。
先に目を覚ましたのが自分でよかった。
先にナミが起きて耳元で「おはよう」なんて微笑んで言われようもんなら、
想像するだけで全身がムズムズこそばゆくて、鳥肌が立つ。

まだナミが深い眠りの中にいることを確認して、
ちょっと立ちかけた鳥肌を治めながら、そーっとナミの髪を触る。
サラッと指が通り、フワフワと柔らかい。
パサッと一房落とすたびに、いい匂いがゾロの鼻まで漂ってきた。

ナミの首に掛かっていた一房の髪を指ですくって後ろへとかすと、
首の付け根に付いた赤い痕が目に入った。
ヤベェ、昨夜は盛り上がりすぎたな、と苦笑する。
今日はフーシャ村へ戻る予定だ。
ルフィに見つかったらどうするかな。まあルフィは気付かねェか。

昨夜はナミにかなり無理をさせた。
あんなに繰り返し女を求めたのも、ゾロにとって初めてのことだった。
今も直に肌を合わせ体温を共有しているナミの柔らかい身体。
数時間前まで飽くことなく何度もつながっていたその身体の感触に、
昨夜の行為が思い出されてまた下腹辺りの落ち着きが悪くなってくる。
さすがにこれ以上朝っぱらから襲っちゃあ、おれも大概、鬼だなと自分を諌め、
そうっとナミの頭を持ち上げて腕を抜いた。
名残惜しかったが、ナミを起こさないように慎重にシーツから抜け出した。

相当疲れているのかナミが起きる気配はなく、このまま寝かせといてやろうと思った。
服を着て、とりあえず座り込み残っていた酒を飲む。

寝ているナミを座って眺める。
今この状況でナミが目を覚ましたら、結局気まずいことに変わりはないか、
とちょっと冷静になった頭で考えていると、
ゾクッとまた先程と同じイヤな気配を感じた。

さっきよりも確実に強くなっている。

島に近づいたか、上陸しようとしているか。
意識を集中する。
それなりの数の気配。中でも一際危険な気配を漂わせてる奴がいる。
ナミを起こして急いで船で出航するか。
もしゾロを狙って来ているなら、数の多い相手に海上で囲まれるのも厄介だ。
ここへ来るまで待って相手してやっても構わないが。

ふと穏やかに寝息をたてるナミを見る。
起こしちゃ悪ィな。ゆっくり休んでろ。
こっちから出迎えてくるとするか。
片付けて帰ってくる頃にはすでに起きてて、どこ行ってただ何だと
いつものようにうるさく言うだろうが、その方がいい。
目覚めに顔を合わす気恥ずかしさから、逃げたい本心もあった。

ゾロはナミが寒くないように、辺りにあったタオルやらバスタオルやら
干してあったナミの服やら、シーツに包まって寝ているナミの上に
ひとしきり掛けると、腰に刀を差して酒瓶を一本ぶら下げ、
音をたてないようそっと小屋を出た。




気配を辿りしばらく森を進むと、ゾロは海岸に着いた。
思った通り海賊船が停泊し、小船で上陸しようとしている所だった。

「さてと。」

酒を飲みながら様子を窺う。
ゾロ達の船は見当たらないので、違う場所の海岸ということになる。
あんまり早く片付けて、戻ったときナミがまだ寝ていた、なんてことは避けたい。

そのまましばらくゾロは様子を見ていた。

続々と賊が上陸してくる。
こっちの気配は消しているので、相手は気付いていないようだ。
砂浜で、腰に長い剣を差してメガネをかけた長髪の男が、
何かと指示を出したり伝電虫で話したりしている。
何者だ?
さっき感じた危険な気配は、あの男が発したものだと言う確信はあった。

ずっと目の前の様子に気を取られていたが、ふっと後方から弱いが
ナミとは違う数人の気配を感じた。
まさか?!
焦って一瞬ゾロが発した気配に、例の男が気付いた。
意図的にゾロに向かって危険な気を放ってくる。
そろそろやるか、とゾロは砂浜に歩み出た。


「自ら出てきてくれるとはな。探したぜ、ロロノア・ゾロ。」

「やっぱりおれが目的か。何の用だ?」

「世界一の剣士ってのに興味あってな。」

「いつでも相手になるぜ。死んでも恨むなよ。」

「まあ待て。剣士としてお前と勝負してみたいという興味もあるが、
 おれはそれ以上にお前の価値に興味がある。ちょっと話をしないか?」

「胡散臭すぎて興味ねェな。
 森ん中で仲間が寝てんだ。あんまりうるさくしねェでくれるか?」

「泥棒猫か?」

「!!・・なんで知ってる?」

「まあそんなに殺気を放たなくても何もしねえよ。
 ただ、お前が話しに付き合ってくれれば、だが。
 ・・・デきてんだろ?あの女と。」

「・・・あいつはただの仲間だ。」

「ほう。その割には大事そうだな。」

男はイヤらしい笑みを浮かべた。
その下品な笑いにゾロはあからさまに嫌な顔をした。


**********



「うーーん・・・寒っ。」


ナミは目を覚ました。
鳥のさえずりと虫の鳴き声が聞こえる。
嵐はもう去ったのかとぼんやり思いながらアクビをして、
目だけをキョロキョロさせて辺りを見回す。
ゾロがいない。

起き上がろうとして、下腹部に鈍痛が走る。
体中も痛くてだるい。
昨夜のゾロとの激しい営みを思い出して、
恥ずかしくなってシーツを引っ張り上げ、顔を覆った。

「まったく、あんな体力バカ、こっちの体がもたないわよ。」

照れ隠しに、シーツの中で一人文句を言ってみる。
返ってくる返事は鳥の鳴き声だけ。
やっぱり小屋にゾロはいない。
顔を合わせる気恥ずかしさから解放されたことよりも、
起きてそばにいない寂しさの方が強く感じられた。
むなしく虫の声が響く。
朝になったら女一人残していなくなってるなんて最低。
まるでやることやったら用済みだと言われてるような感じがした。

体の痛みに顔をしかめながら、起き上がる。
そこにゾロが入っていたことを主張するかのように、下腹部に違和感が残る。
一体どのくらいしたんだろう。
まさかゾロにあんなに性欲があるとは思わなかった。
ゾロに求められることが嬉しくて、ナミはゾロを受け入れ続けた。
ナミ自身何度も達したが、最後の方はキツくて、
ほとんど気を失っていた気がする。

気が付くと、ナミをしっかり抱き締めて眠る、無防備なゾロの寝顔が目の前にあった。

すごく安心して、温かくて、穏やかに眠りについた・・・
はずだったのに!

体に掛かるシーツをめくってみると、自分の体の所々に赤い痕が付いている。

「もうっ、あいつっ!」

言いながら顔が赤くなった。
とにかくだるい体を無理矢理起こし、立ち上がってシーツの上に
散らばっていた服を拾って着る。

「なにこれ・・・」

なんでこんなにタオルやら服やらシーツの上にまとめてあるんだろう、と
不思議に思った。

船に戻るため、一人で片付けて荷物をまとめていく。
弁当の中身や水、酒を消費した分、昨日より随分軽くなっている。
酒が一本足りない。きっとゾロが持っていったんだ。
当然、刀も無い。一体どこへ行ったんだろう。

ふと、もう戻らないんじゃないかという不安がよぎった。

「まさか、ね。」

もう出発の準備はできた。
手持ち無沙汰でゾロを待つが、不安だけがどんどん募る。
ジンと下腹が痛む。

じっとしてても不安で苦しくなりそうだったので、持てる荷物だけ持って、
ナミは船に戻ってみることにした。



ナミは昨日通ったルートで森を抜けると、海岸に出て
一人小舟を漕いで船に向かった。
ゾロは一体どこへ行ったんだろう。
こんな無人島でなんの用があるというのか。
段々と頭が冷静になるにつれ、昨夜ゾロと寝てしまったことを後悔し始めた。
流されて安易に体の関係を持ってしまったが、ルフィや皆に囲まれて
これからどんな顔してあいつと付き合っていけばいいのか。
第一、ゾロがどういうつもりでナミを抱いたのか、
よくわからないことが一番不安だった。

このことを知ったらルフィはどう思うだろう。
ナミの心がズキッとした。
でもこんなことになったのは、ルフィが二人で行かせたせいだと
責任転嫁してみたり、頭の中はモヤモヤしていた。

船に着いて、頭はうわのそらのまま乗り移ろうとしていると、
船室内に人影の動いた気がした。

「ゾロ!?」

やっぱり船に戻っていたのかと急いで向かい船室のドアを開けた。

「残念。ゾロじゃねえよ、お姉さん。待ってたぜェ。」

しまった!と思ったときにはもう遅かった。
油断していた。小舟は岸にあったのに。
船にいるのがゾロだったら、小舟は船の横にあったはずだ。
船室内に潜んでいた4人の男達にナミは捕らえられ、
情けなさと悔しさと怒りと、いろんな思いで涙目になりながら、
伝電虫で話す男を睨みつけた。



**********



「あいつは関係ねェ。話があるなら、おれが聞く。」

ゾロは長髪の男を睨みつけた。

「話を聞く気になってくれたのはありがたいが。
 残念ながらお前だけじゃなく泥棒猫にも用があるんだ。
 今さっき、伝電虫で連絡が入ったんだが・・・
 お前の船で、手下達が泥棒猫を預かってるとよ。」

「!!テメェ・・!一体何が狙いだ?!」

ゾロが刀に手を掛け、抑え気味の声でドスを効かせる。

「だからそんなに殺気立つなよ。よっぽどあの女、大事なんだな。
 まあ痕付けるくらいだから、昨夜は存分に楽しんだんだろ?
 イイ女だもんな。羨ましいぜ。」

またイヤらしい笑いだ。
その顔にゾロは虫唾が走り、さらにナミの体に残る痕に言及されたことで
頭に血が昇って、全員この場で斬ってやろうと刀を抜きかけた。

「おっと。今この場でおれ達に何かあれば、すぐにあっちで
 手下が女を始末するぜ。伝電虫はつながったままだ。
 おれ達はお前が話しに乗ってくれるなら女を一切傷つける気は無い。
 とりあえず、泥棒猫のいる海岸へと一緒に移動してもらおうか。
 そこで話はさせてもらう。」

「・・・いいだろう。」

ゾロは刀を収め、男達に従った。




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(2011.06.01)




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