夢の果てに  - 7-

            

panchan 様


” お願い、ゾロ・・・・・・・・・あの時のことは・・・・・・全部忘れて。 ”




忘れて欲しいと言ったのは、ゾロのためを思っての精一杯の強がりだった。

ゾロの足手まといにならないように。
ゾロの重荷にならないように。

でも。


本当は、拒否されるのが怖かった。

ゾロの気持ちがわからなくて。

単にヤりたかっただけだと言われるのか怖くて、
子どものことを伝えて鬱陶しそうな顔をされることが怖くて、
それまでの関係さえ失ってしまうのが怖くて・・・

思い切ってゾロの気持ちを確かめる勇気は無かった。

心の底ではわかってた。
ゾロの人間性から、子どものことを告げられれば、きっと拒否はしない。
でもそれは、ゾロにとって本当に望ましいことなのか。

ただ責任感だけで、引き受けられたくない。



だけどあの時、ナミの本当の気持ちは。





そんな強がりまで全部まとめて、ゾロが強引に抱き締めてくれるのを望んでいた。





涙がボロボロこぼれて、覆っている手のひらに伝う。


やっぱり思いは伝えられないのだろうか。
子どものことも、伝えなきゃならないのに。







「大体・・・・・・
 
 ・・・ガキができてて、忘れてもクソもねェんじゃねェのか・・!」



今・・・・・・何て・・?!
ナミはハッと手をのけて、涙で濡れた目を見開きゾロを見た。

そこでようやくゾロの腰に収まる白鞘の刀が目に留まり、愕然とした。
なぜ急にゾロが自分のもとに現れたのかも、頭の中でピンとつながった。
頭に上った大量の血液がサーッと音をたてて下へ引いていき、
さっきまで沸騰していた感情の熱が急激に冷める。



「・・・・会ったの?」

恐る恐る尋ねる。

「・・・・」

黙ってナミを直視するゾロの目が肯定している。

ゾロは知らないと思っていたのに。
今話をしている間も子どものことを知っていたのかと思うと、
突然心が激しく揺さぶられるように動揺した。
真っ直ぐなゾロの視線に向き合えなくて、斜め下に目をそらせた。
甲板に長く伸びたゾロの影にもしっかりあの刀の影が写る。


「あん時にはわかってたんだろ・・・」

「・・・・・・」

「なぜ言わなかった?おれが怖気づいて引くような男だと思ったのか?!」

「・・・そうじゃ、ないの。」

「ハァ?」

「あの時は・・・・・・私が産みたくて産むから、あんたは関係ないって思った。」

「だから・・・・なんでそうなるんだ?おれが関係ないわけないだろ!
 おれがお前を孕ませといて、それを知らねェなんてそんな情けないことあるか?
 ふざけんな!!
 おれだって、あのガキに責任はあんだよ!!」

「・・・だから、そんなんじゃないのよ・・・。
 もし言えば、あんたが責任取るって言うのはわかってたわ。
 そうやって責任であんたを縛りたくなかったのよ。
 だってあの時・・・あんたが私を抱いたのはただの勢いで、本気じゃなかったんでしょ・・・。」

ゾロが、目線をそらせたままのナミを睨みつけながら舌打ちする。

「ッ!・・・勝手に決めつけんな!
 おれは勢いだけで、仲間に手ェ出したりしねェ!
 ・・それなりの覚悟を決めて、おれは、お前を抱いたんだ。」

「・・・じゃあ、なんで起きたらいなくなってたのよ。
 勢いでヤったものの、朝起きて私と顔あわせるのが気まずかったんじゃないの?」

「それは・・・」

ゾロが黙り込んだ。

ナミがゆっくりゾロに視線を戻した。泣いて潤んだ瞳は、悲しそうにゾロを見る。

「あのあと・・・起きたらあんたの姿が消えてて、すごく不安になったわ・・。
 待っても戻らないあんたを探して・・・一人、船に戻った。
 そしたら待ち伏せしてた賊に捕まって。
 その時点では、まさかあんなことになるなんて思わなかった。
 全然心配もしてなかったし、あんたが来れば、必ず逃げられると信じてた。
 でもその後・・・私にとって何が一番ショックだったかわかる?
 あんたに助けてもらえなかったことでも、自分が傷ついたことでもない。
 一番ショックだったのは・・・

 私のせいで、あんたが刺されたことよ。」


震える声でなんとか伝えようとするナミに、ゾロは眉間に皺を寄せ黙っていた。

「それまではそんなことなかった。
 あんたが死にそうな目に遭うとこ、何度も見てきたもん。
 でもあの時はすごく心が動揺して、ゾロを失いたくないって思ったの。
 そのあと・・一人流されて、あんたが生きてるかどうかもわからなくて・・・。
 一人で不安な中・・私のせいであんたが死んだかもしれないって思うと、ほんとつらくて・・。
 妊娠がわかった時、私は絶対一人でも産むって決めたの。
 そこへ戻ってきたあんたに、驚いたわ。
 自分の中で整理をつけようとしていたのに、突然現れて頭が混乱した。
 ・・・私は、あの時・・・言えなかった。
 あんたにとっては自分ですら足手まといなのに、ましてや子どもなんて・・。
 あれは・・・たった一晩の事だから。
 たった一晩だけ、私達は男と女になった。それだけ。
 そのことであんたに、重荷を背負わせたくなかったの・・・。」

ナミはうつむき、手の甲で涙を拭った。

「あんたの・・・弱みになりたくなかったのよ・・・」

そう言って、うつむいたまま目を閉じた。




二人の間を海風がすり抜けて行く。





「・・・それが理由か。」


冷たいゾロの声が耳に届く。

「くだらねえ。」

吐き捨てるようなその言葉に、ナミは顔を上げてキッとゾロを睨んだ。
ゾロは相変わらず眉間に皺をよせ厳しい表情でナミを見つめている。

「確かに、あの時お前を守れなかったんじゃ、そう思われても仕方ねェがな」

「・・・」

ゾロが真っ直ぐナミを見据えたまま、言った。








「んなもん、おれが強けりゃいいだけの話じゃねェか。」









その言葉に、ナミは目を見開いてまじまじとゾロの顔を見た。


その時、再会してから、まだちゃんとゾロを直視してなかった事に気付いた。

いや。
あの後から。
あの翌朝から、ナミの心は真っ直ぐにゾロを見てはいなかった。

6年ぶりにまじまじと見たゾロは、以前より貫禄と大人の渋みが増しているものの、
昔と変わらず、己の強さと自信に堂々と立っている。
夕日に照らされ腕を組むその姿は、ナミの不安すべてが取るに足りないと思わせるほど、
とてもとても大きく見える。



「ゾロ・・・」

「それと、もう一つ。」



言うと同時に、ゾロが腕組を解き、ナミの方へ大股で踏み出す。
ゾロの右手がナミの左腕を掴んで、グイっと引き寄せ。
勢いよく前に引かれたナミの体はゾロの厚い胸板に受け止められ、
気付けばピアスが目の前で揺れて。








「大事なもんからは離れずに、そばでしっかり守ってりゃいいんだよ。」









何が起こったかわからないうちに、ゾロの腕でギュウっと強く抱き締められながら。
耳にその声が響いていた。


二人の影が重なり、甲板に一つの長い影が伸びる。



「ゾロ・・!」


「ナミ・・・・・・・悪かった・・・・」


「ゾロ・・ううっ・・ゾロッ・・ッ!」


ギュッとゾロの背中の服を両手で握り締め、その分厚い胸に顔を埋める。


「随分・・・待たせちまったな。」


「うっ・・うっ・・うあぁ!」


「おまえをもう一度抱き締めるまで、こんなに時間がかかると思わなかった・・・!」


「ううっ!・・・ゾロ・・・・・・ゾロ・・・うっ・・・うぁっ!」


まるで子どものように泣くナミを、ゾロはさらに強く抱き締める。


「おれは、お前と最後に会った時・・・本当は言うつもりだったことがある。」


ナミの耳元で、ゾロが話し始めた。
ナミは声を上げて泣くのをやめ、ゾロの声に耳を傾ける。

「あの時、実はおれには約束があった。
 ・・・話せば長くなるが、いいか?」

ナミは黙って頷く。ゾロが続きを話し始める。

「・・・あの島でお前が船ごと流されて・・・
 すぐに小舟で必死に後を追ったんだが、結局見失っちまってよ。
 おれはその後海のど真ん中でぶっ倒れて、意識失ったまま、
 小舟で3日漂流してたらしい。・・死ぬ手前だったから自分じゃ覚えてねェが。
 気付いたらデカイ船で寝かされてて、目を覚ました時にはお前を見失ってから
 すでに6日経ってた・・・。
 その時・・・おれは命を救われた恩に、おれを助けた奴らの要求を飲んだ。
 2年間、そいつらの船の護衛を請け負うってな。
 そいつらはお前が船に助けられたこともウソップの所へ向かっていることも知ってて、
 おれは何とかそいつらに頼んでシロップ村へ寄った。
 2年間離れる前に、なんとかお前に伝えたかったんだ・・・。
 おれはお前のために、地図作りの旅に付き合うってな。そのかわり、2年待って欲しい、と。」

「・・・!」


ゾロの顔を見ようと浮かせたナミの頭を、すぐにゾロが手でガッと肩に押し戻す。

すぐに押さえられたけど、それでも一瞬ナミはしっかり視界に捉えた。
赤くなったゾロの耳。
ぴったりくっ付いているナミの体に、ゾロのドキドキと跳ねる心臓の響きも伝わる。


「だが・・・おれがそれを伝えるより先に、お前に忘れてくれと言われた。
 それで、もうおれにはそれを言うべき理由が無くなったと思ったんだ。
 そのままおれは出て行っちまったが、今思えば、あの時ちゃんとお前に伝えるべきだった。」

ゾロが大きく息を吐き、素肌を晒すナミの肩にその熱い息が掛かる。


「ナミ」


はっきりしたゾロの声。


「おれはルフィのかわりにゃなれねェ。」


「・・・うん・・・わかってるわ。」


「お前は、おれにいて欲しいか?」


「・・・!」


「おれは、お前のそばにいたい。」


「・・・・ゾロ・・・!!」


「おれでよけりゃ、・・・・・・これからはずっと、お前のそばにいてやる。」


「・・・・・・・・・うん・・・・・・・・・いて・・・そばにいて・・!」


「それでいいか?」


「ゾロ・・・ゾロ!!・・・・・・・・・もう・・・!どこにも行かないで・・っ!!」


「行かねェよ・・・。
 遅くなって、悪かった。
 これからは・・・・・・
 おれは必ず、おまえを守る。ガキもまとめて、守ってみせる。」


「・・・うん・・・・・・・・・うん!・・・・・・もう・・・私を離さないでよ・・!」


「ああ、離さねえ。」


「ゾロ!・・・・・・私に、会いたかった?」


「!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、お前はどうなんだよ?」


「私は・・・・・ずっと、ゾロに会いたかった・・!!」


「・・・そうか。 

 おれもずっと一人で・・・・正直、誰からも必要とされねェ強さなんて、ただ虚しいだけだった。
 おれも・・・・・・お前に会いたかった。」


「・・・!」
 





そのまましばらく抱き合っていると、空が赤い夕焼けに染まりだした。
ゾロの肩越しに見る海面も夕日を映して赤く染まってキレイだった。

生まれてから今まで。

ベルメールさんがまだ生きてたとき、一人で村を取り戻すため泥棒やってたとき、
ルフィとゾロと出会って麦わらの一味として航海を始めてから、
母になってから・・・

何度も見てきた夕日の中で、一番心に滲みて、キレイだった。
きっとこの光景は、一生忘れない。ナミはそう思った。



ふとナミを抱き締めるゾロの腕が緩んだ。


「なんで・・・おれがお前を抱いたか、って聞いたよな?」


急に尋ねられ見上げると、夕日に照らされたゾロの顔が、うっすら微笑んでいる。
少しずつ上がり始めた口角に、なんとなくイヤな予感がした。

「知りてェか?」

よく知っている、ゾロの悪そうな顔が出来上がる。

「・・・いや・・別にもう、いいわよ。・・・・・・大体、わかったから・・」

気持ち体を引きながら答えると、逃がすものかとしっかり腕がロックされる。

「遠慮すんな。・・・じゃあお前が答えろよ。なんでおれと寝た?」

「そ、それは・・・・・・。雰囲気よ、雰囲気!」

「・・ふーん。お前は雰囲気で男と寝んのか。」

「!」

「まあいい・・・・・・今からゆっくり聞かせてもらうとするか。」

ニヤっと歯を見せて笑うと、ゾロは有無を言わせずナミをまた肩にガバッと担ぎ上げた。

「ちょっ!・・ちょっと!ゾロ!・・なんなのよ!もう歩けるわよ!
 あんた・・・何する気?!」

片腕でナミの腰を担ぎ、焦ってバタバタ暴れるその脚をもう一方の腕でがっしり捕まえて。

「暴れんな!海に落っことすぞ。・・何する気って・・・・決まってんだろ?」

ゾロの弾んだ声が背中越しに聞こえる。

「!!・・・ちょっ・・・本気なの?!」

「・・・お前はヤってる時のほうが素直だからな。」

「!!」


ナミを肩に担ぎ、ゾロが船室の扉へと歩いていく。

正直、ナミも期待していなかったわけではない。

でも、男に襲われそうになってるところ突然再会し、
助けられて沈没しそうな船から逃げ出したと思ったら、
ケンカして怒鳴りあって、泣いて、抱き合って・・・・・・

めまぐるしい出来事が台風のように過ぎ去ったとはいえ、
実際さっきゾロにあってから1時間も経っていない気がする。

まだ日も沈み切っていないというのに、展開が早すぎて。
なんだか落ち着かない気持ちでゾロを振り返る。

ゾロの肩に手をついて上半身を起こし、相変わらずマリモのような後頭部に話しかける。


「・・・・ねえ。ウソップもいるのよ?」

「おれのことは気にすんなっつってたぞ。」

「私は気にするわよ!!」

「・・・でも、イヤじゃあねェんだろ。」

「・・!」

「おれは気にしねェ。諦めろ。」


あまりにも堂々と開き直っているゾロに、ナミも溜息をついて諦め、
突っ張っていた体から脱力した。

うなだれているナミに、よしよし諦めたかと満足そうなゾロは、
その力の抜けた脚をポンポンと軽く叩いた。

再びゆっくり上体を起こし、ナミはマリモ頭に話しかける。


「・・ねえ、故郷へはいつ帰ったのよ?」

「・・・・・・ウソップに連れて行かれた。」

なるほど。やっぱり一人で帰れるわけなかったか。

「ウソップとはどこで会ったの?」

「シャボンディ。ルフィにも会った。お前がいなくなったっつーから、ウソップと追ってきた。
 先にシモツキへ行ってから、こっちへ来てお前を必死で探してたんだ。」

前を向いたままゾロが歩きながら答える。ナミが、からかうように言う。

「・・・ふーん。私のこと、そんなに心配だったんだ〜。」

ゾロの足が急に止まった。

「・・・・・・・・・・・・船長、命令だ!」

後ろから見ているナミにも、ゾロの耳が見る見る赤くなっているのがわかる。
なんか・・コイツかわいい、と思ってナミはついフフッと鼻で笑った。
それがシャクに触ったのか、それとも照れているのか、(たぶん両方)
ゾロが咳払いをしながら乱暴に肩を揺すってナミを担ぎなおす。
ゾロの肩の上で体が跳ねながらも、そんなゾロがおかしくて、
ナミは体を震わせながら、笑いを堪えていた。
でも、あんだけ照れるってことはかなり心配してくれてたのね、と思うと、
すごく幸せに思えて、そんなゾロを笑うのは申し訳なくなった。

微笑みながら、愛情を込めた目でゾロの後頭部を見る。
まだ耳は少し赤いまま、ゾロが歩き出した。


「・・・あの子・・・・・・元気に大きくなってた?」

またゾロの足が止まる。
今度はチラっと肩越しに振り向いて、穏やかな顔でナミを見ながら、言った。

「クソ生意気なガキだった。・・・お前にそっくりだ。」

「・・・・・・それは、あんたに似たんでしょ。」

「いや、お前だ。」

「あんたよ。」

真顔で目が合ったまま、一瞬沈黙が流れ。

「・・・・・・でも、かわいかったんでしょ?」

「・・・・・・まあな。」

そう言って自分でハッとなり、クルッと前を向いて再び歩き出したゾロの耳は、
また赤く染まっていた。笑い転げそうになる自分をナミは必死で我慢した。

ついに扉の手前まで来た。ゾロがドアを開けようと手を伸ばす。

「頭、屈めとけよ。ぶつけんぞ。」

「こんな抱え方してるからじゃない!だからもうちょっとマシな運び方できないの、あんたは?!」

フンッと不満げなゾロの鼻息を聞いたと思った途端、グワッと脚を下へ引っ張られた。

「ひゃあッ!!」

また乱暴に下ろされるっ!と目を瞑ると、膝裏と脇の下を太い腕でガシっと支えられ。

「・・・これで文句ねェだろ。」

瞑った目をそうっと開けると、しっかりお姫様抱っこの状態でゾロの腕に乗っかっていた。

「・・・まあ・・・これなら、文句ないわ。」

それを聞いたゾロはニヤっと悪い顔で笑って、
ナミを抱えたままズイッと扉を押し開け部屋の中に入った。

ゾロが後ろ足で乱暴に扉を閉めたバンッという音だけが、
その後誰も居なくなった甲板に響き渡った。






**********





「ハァ〜〜・・・・・・・・・」



夜の帳が下りて、とうにかなりの時間が過ぎた、ウエストブルー。

全ての生き物が寝静まりかえったかのように静かな暗い海を、
月の明かりだけが優しく照らす。

その静かで幻想的な世界に浮かび、穏やかな波に揺られ漂う一隻の船から、
一人の男が、腹の底から吐き出すような大きな溜息を何度もついていた。

さっきのハァ〜〜は一体、何回目だろう。

バカバカしくて数える気にもならなかったが。

壁一枚隔てた空間から聞こえてくるバカバカしい会話に比べたら、
それを数える方が何倍もマシに思えた。



 (・・から、なんで絶対いないなんて言えるのよ・・・・私に・・・・のも、気付いてなかっ・・くせに・・)

 (・・んども言って・・だろ・・・いねェもんはいねェ・・だ!・・しつけェ・・だよ!)

 (・・んなのわかんな・・じゃない!他にもいたら、ど・・・・るのよ!)

 (・・から、いねえんだよ!しつけェよ!お前は!・・もう、ちょ・・・・だまっ・・ろ・・・)

 (やっ・・・・・んーー・・・んんーー!・・・・んん!・・・あっ!)

ドンドンッドンッ!壁の向こうから叩く音。

 (やっ・・・・あっ・・・・ん・・・・・・・・・・・あ・・・・・・・・あ・・・・・・ぁ・・・・・あ・・・・・)



「ハァ〜〜・・・・・・・・・!!」


操縦室のソファで横になるウソップは、ガバッと頭から毛布を被った。

「・・・・・・いい加減にしてくれ・・・!一体いつまで続くんだ!バケモンか、あいつら!
 もう4時前だぞ!寝れねーっつーんだよーーーぅ!もう勘弁してくれっつーんだよーーぅ!
 もう泣きそうだぜ、おれァ・・!あ、ヤベッ。マジで涙出てきた・・・。
 ハァ〜〜、おれもカヤに会いてェよーーーーーーぅ・・・・・・。
 クソッ・・・!もう頭きた!・・・・・テメェら!!いい加減にしろ、コルァ!!」


ドンッ!!とウソップは足で壁を蹴飛ばした。
だが、すぐに向こうからも殺気だったドンッ!!!という衝撃音が帰ってきて、
ウソップは毛布の中で涙を飲んだ。


「ううっ・・・畜生ぅ!・・・カヤ〜〜〜〜〜〜!!」


**********




翌日。


「おはよ〜、ウソップ・・・」
「よお、ウソップ・・・」

「・・・・・・・・・てんめェら・・!ちょっと並んでここに座れ!!」


昼頃、のそのそ起き出してきたゾロとナミの二人は、
ドス黒い異様な怒りのオーラを背負って目の下に真っ黒なクマを作ったウソップに、
長時間に渡ってネチネチと説教を食らうことになった。

結果、ウソップのたっての希望で船では男女別室で寝ることに決まった。


そのルールが決まってから、ウソップは ”夜の声”に悩まされることは無くなったが、
1日に数回は二人のケンカに巻き込まれて、その度にうんざりした。
何度、もうお前ら二人だけで行ってくれと言いかけたことか。
でもあいつら放っとくとどうなるんだという不安と、ルフィの頼みだからという思いで、
最後まで一度もそれを口に出すことは無かった。

2ヵ月後にナミがウエストブルー全域を回り終えた時には、
ナミが世界中の海図を書き終えたという感動より、
やっとイーストブルーに帰れる!という感動で声を上げて泣いていた。



結局、ウソップの精神的疲労と欲求不満は、
イーストブルーに帰りカヤに会うまで、溜まり続けたのだった。




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(2011.09.26)


 

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