――あいつのことはハナっからわからねぇ
――今だってそうだ
――信用しているか否か
――そういう次元ではない場所の感覚
――考えてもいつも
――同じ所に行き着くんなら
――もう
――考えんのは止めにする
〜Bouvardia〜
ペコー 様
暗い天井が瞼の隙間から窺える。
部屋の闇にはひとつも灯りは無く、ただ気配がふたつ。
ひとつは自分、そして。
「ん〜・・・?」
オレンジ色の頭が一度揺れたと思ったら、今は見えない小さな口から僅かに声が漏れた。
「起きたか?」
「うん。起きてたの?」
「俺も今起きた」
「あんたが自然と目が覚めるのって、珍しい事よね」
意識が覚醒して早々、スラスラと嫌味を紡ぐ女は、クスクスと笑った。
「るせぇ」
明らかに拗ねた口調で言えば、ナミは僅かに顔を上げた。
急に腕の上に新たな空気が入り込む。
ナミとこういう関係になってから、こいつのことは益々わからなくなった。
最初は勝気で強気な女でいるはずなのに、だんだん知らない女になっていく。
どれがナミという女の本質なのか。
どれがナミの本音なのか。
ひとつわかってしまった事といえば、
俺がそれに嵌っているのでは、ということ。
「なーに、眉間に皺、いつも以上によってるわよ」
そう言うと俺の眉間に指をグリグリと押し付けてくるので、
その手をとって手首に口をつけた。
「ねぇ、ゾロ」
「あ?」
「あんたは強いよね」
ほら、また。
こいつは曖昧な言葉を吐く。
その裏の意図とか、そんなのを含めて俺に投げてくる。
俺の頭でわかると思ってんのか。
否。
わかるわけ無いだろう。
「どういう意味だ」
「そのまんまの意味よ」
闇にふたつの声音が響く。
そのままいつまでも漂ったまま。
「羨ましいわって言ってるの」
光の無い部屋のはずなのに、ナミの白い肌が浮きだって見える。
ハッキリは見えないのに、表情が浮き上がる。
「そりゃ、鍛えてるからな」
「そっちの意味じゃないんだけどな」
「どっちの意味だよ」
「わかんないか」
「わかんねぇよ。教えろ」
「まぁ、そのうち、ね」
再び俺の腕に頭を預けると、少し肌蹴ていたシーツを被りなおした。
腑に落ちない会話を終わらされて、腕に温度を感じて、
なんとなく、ただなんとなく触りたくなったので、
空いてる右手でオレンジの髪に指を入れた。
「ゾロの手、大きくて好き」
「そら、どうも」
「その手でさ、」
「あん?」
言葉の終わりが聞こえないので、顔を覗き込めば、
目を閉じて寝息をたてるナミの幼いような顔。
「なんだよ」
そのあと、俺にしては珍しく眠る気になれなかった。
今日もいつも通りの場所で昼寝は決定だなと思い始めた頃、
朝が近づいた匂いがしてきたので、ナミを起こさないように半分痺れた左手を抜いた。
ナミは少し身動きをしたが、また眠りに落ちていったようだ。
床に落ちている服に身体を通して部屋を出た。
白んだ空には残された白い月。
それを見て、ああ、あいつみたいだな、なんて。
ガラにも無く、思ってみたりした。
俺はおまえの言葉の半分も理解してねぇンだろうな――
それでも――
俺の身体に感じる熱に嘘は無いだろう――
ただ、今思うのは――
おまえが言った言葉ぐらいは――
ひとつも漏らさず――
聞くべきだったな――
FIN
(2008.06.24)