「なんで言いたいことちゃんと言わないわけ?!いっつも言葉が足りないのよ、アンタは!」
「めんどくせー…」
「めんどくさいって何よ!お世辞とか言えとまで言わないけど、必要最低限の言葉ってもんがあるでしょ?!」
「へーへー。」

いつもの口喧嘩だった、はず。
原因は些細な事で…そう、確か味噌汁の具はナメコが一番好きで、今日作ったワカメと豆腐だけの味噌汁はあんまり好きじゃないとか、そういうこと。
最初からそう言ってくれたら、私だってちゃんとナメコ入りのを作るのに、今日は一瞬、嫌そうな顔したまま味噌汁をすすっていたから、つっこんだ挙句が「ナメコ…」の一言。
もう、わけわかんない。

もう20歳になったし、
こんな小さなことですぐに喧嘩になっちゃうような子どもっぽい関係じゃなくて、
もっと大人の恋がしたいのに…。





Not cocktail but...  前編

プヨっち 様



コイツ…ゾロとは付き合ってもうすぐ半年。
同じ大学の3年…私より1つ先輩で、同じ演劇サークル「ONE PIECE」に所属してる。
私はともかくゾロは演劇なんてガラでもないんだけど、1年生にして創設者&サークル長の、ルフィのしつこい勧誘によって剣道部とかけ持ちしている。
ま、おかげで私みたいなカワイイ子と付き合えてるんだからルフィには感謝しなさいよ?


とにかく、今日の朝は喧嘩してそのままゾロの家を出て大学に行った。
お互い一人暮らしで普段から気兼ねなく行き来しているけど、謝ってくるまで私は行かないし、ウチに来ても入れてあげないんだから。
大学祭を1ヵ月後に控えてるから、練習や準備のためにサークルでは嫌でも顔を付きあわせることになるけど、口をきいてなくとも既に周りのみんなは、だいたいの状況を察して放っておいてくれるから、こっちも楽だわ。


大学に着いてからまず向かったのはサークルの部室。
なぜか個人専用ロッカーよりも講堂や研究室に近いので部員はみんな、ロッカー代わりに使っているのだ。
今日は第2外国語のイタリア語と、専門科目のシェイクスピア分析論。
専門科目はともかく、第2外国語なんて1年の頃から受けてはいるけどあんまり頭に入らない。
テストが難しくないっていうのはラッキーで…それに今年の先生はネイティブで、なかなかのオトコマエだし。

「あれ?ナ〜ミすゎ〜ん!?」
「あ、おはようサンジくん。」

彼もサークルの部員で、ゾロと同い年。
ちょっと軽い感じだけど、まぁ、いい人…かな。

「おはよう〜!これから授業?って、イタリア語じゃん。先生ダレ?」
「うん、まだ時間あるけどね…先生は、ほら、あのカッコいいイタリア人!」
「マウリツィオかな?俺、マウリのゼミ取ってるんだよ」
「そうなの?そういえばサンジくんってイタリア語学科だったね〜。テストの前、ヨロシク!」
「ナミさんのためなら、手取り足取り…」
「ほどほどにヨロシク」

テキトーに流しながら、笑い合う。ゾロとは出来ない会話の流れだわ…。

「そうだ、聞いてよサンジくん!アイツったらね…」
「あ、マリモ?…おっと、話聞かせてもらいたいところだけど俺、もう行かなくちゃいけないんだよなぁ…。テキスト取りに来ただけだから。そうだ、今夜ウチの店来る?店長にはナイショだけどまたタダ酒飲みにおいでよ。話はその時に」
「ん、OK!遠慮なくご馳走になるわね♪」
「それじゃ、夜に」

不必要な投げキッスを飛ばしながら足早に駆け出していったサンジくんを見送りながら、テキストをバッグに詰め込んだ。


夕方一旦家に帰って着替えてから、私はサンジくんのバイト先のイタリアンレストラン&バー「バラティエ」に向かった。
レストランとバーが隣接していて、バーのほうならカウンターもあるし一人でも行きやすい。
何より、サンジくんがバーテンのバイトをやってるんだし。忙しい時には、レストランの方も手伝わされると嘆いていたけど、彼の腕前はプロ級だったりする。

「いらっしゃいませ…あ、ナミさ〜ん♪」
「こんばんは。約束どおり、ご馳走になりに来たわよ」
「夜のナミさんも、素敵だぁ〜!でも黒のワンピースなんて珍しいね、もちろん似合ってるけど」
「まぁ、たまにはイイかなと思って…実は、買ったはいいけど着る機会あんまりないのよね。ほら、アイツってこういうカッコするような所に連れてってくれないし…ここならいいかなって。」
「はは…確かに。さてと、何飲む?」
「うーん、スクリュードライバー」
「かしこまりました」

頼んだカクテルをステアするサンジくんを頬杖をついたまま見ていた、その時。
カララン…と小さくドアの開く音がして、新たな客が入ってきた。なんとなく振り向くと、それは大学のイタリア語講師、マウリツィオだった。

「あ、マウリ、いらっしゃい。でも今日は…」
「いや、わかってるよ。いいんだ」

私には何の会話なのかわからなかったけど。
マウリツィオ先生はこちらを向いて少し驚いた顔をした。

「えーっと…今日の授業にいる子だよね。ごめん、名前まではちょっと…。 Belta,come ti chiami(君の名前は)?」
「…Mi chiamo Nami(ナミと言います). ふふっ、先生って出席とらないから名前まで覚えてなくて当然ですよ。顔を覚えてもらってるだけで、光栄です」

急にイタリア語出すんだもん、びっくりした。
彼はもう一度小さく、ごめんねと言った。
Belta(美しい女性)なんて呼びかけるから、そんなの全然許してしまう。

「それじゃ…ナミ、もしよければ隣に座っても?」
「もちろん、どうぞ」

ネイティブなのに、在日8年だということでかなり流暢な日本語を話す彼に少しの違和感を覚えつつも、弾む話に夢中になった。

イタリア人らしい陽気さを持ち、それでいて28歳らしい落ち着いた大人の雰囲気がある。
背はゾロくらいかな…。こげ茶色の髪はサンジくんよりも少し長いくらいだけれど清潔感のある感じ。
彫りの深い目元に柔らかい笑みを浮かべて、故郷のイタリアのことや、彼も強いと言うお酒の話…カクテル談義は聞いていて本当に楽しかった。
私も演劇のことや、サンジくんに聞いてもらうはずだったゾロとの喧嘩の話など。サンジくんのオゴリなのをいいことに、二人して何杯ものグラスを空けて会話を楽しんだ。
同じ美辞麗句を述べるのでも、サンジくんはどこかまだ板に付いてないと言うか自然じゃないのだけど、マウリはとても自然にクサイ台詞を口にする。
それをゾロが言おうものなら…と想像しただけで笑いが止まらない。

「今の気分は…『ノックダウン』ってとこかな。目の前の『パーフェクトレディ』に。サンジ、『ノックダウン』と『パーフェクトレディ』を頼むよ」

ってな感じでカクテルを頼むのだ。経験したこともない扱いに戸惑いながらも、それを心地よく感じている自分がいた。
でも上手く切り返すことはできなくて、ただ笑っているだけだったけど。別に本気で口説かれてるわけじゃないのを私もわかっているから、それがイイのかもしれなかった。
頼んでくれたカクテルの『パーフェクトレディ』は、美味しいけど私には合わない気がした。
パーフェクトなんて、程遠いからかな…。


そのうちすっかり夜が更けてしまい、やっと重い腰を上げて店を出ることになった。
これだけタダ酒飲まれちゃ、店長にバレちまうと嘆いているサンジくんにマウリは自分の分だけでもと支払いをしていたようだ。

「今日は楽しく飲めたよ、Grazie(ありがとう).」
「いえいえ、こちらこそ!…Grazie.」

駅まで10分くらいかかる、あまり人気のない道を二人で歩きながらお礼を言い合った。

「無口な彼氏と仲直りするようにね。」
「うん…でもなんか、どうでもよくなっちゃった。あんな奴より、マウリのほうがカッコイイし、優しいし…」
「本気にするよ?そういうこと言ってると」

さっきと目が違うことに気付くのに少しの時間がかかった。言葉が、出なかった。きっと、彼も私も酔っているんだわ。

「…ナミ?」

マウリが私の顔を覗きこみ、2人の少し距離が縮む。張りつめた空気。
そのまま、頬と髪を撫でられ…キスをした。
ほんの少しだけ、お互いの気持ちがこもってる短くも長くもないキス。
唇を離すと、マウリが少し困ったような眼差しを私に向けていた。

「ナミ…」
「お、おやすみなさい!」

そう言って私は駅の改札までダッシュした。
喧嘩中とは言え、私にはゾロがいるのに…。
ゾロへの罪悪感も確かにあったけれど、それよりも数分前の出来事に対する戸惑いの気持ちでいっぱいのまま、私は電車に乗り込んだ。
思い切り走ったからか、一気に酔いが回ってきた気がした。



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(2003.11.13)

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