この胸の痛みを   前編

            

プヨっち 様


午前8時…いつものようにルフィがメシメシー!と叫んで始まった朝。
その騒がしさに眉を顰めて大きく欠伸をした。
酒臭い息を吐き出して勢い良く部屋を飛び出すルフィとチョッパーを見送る。

昨夜遅くまで流し込んだ大量のアルコールは、自他共に認める酒豪の体をもってしても、全部は分解されずに残っていた。


顔を洗ってキッチンへ行くと、焼きたてのパンの良い匂いが広がっている。
ほどなくして昨夜の見張り番だったウソップが入ってきた。


「おはよう。サンジ、コーヒーくれ!あんまり濃くないヤツ」


それに対しておはよー、おつかれー、などとみんなが声をかけるが、俺はいつものように声をかけることはできずにいた。だからと言って、気にするような奴らではないが。


…贅沢モンが。


注文どおりのコーヒーをコックから受け取り、カップに口をつけるウソップに対し、心の中で毒づいた。

無意識に睨んでしまっていたのか、ウソップはただならぬ俺の視線に気付いた。


「なんだよ、ゾロ…。こえー顔して」


怪訝な顔をこっちに向ける。
その目は、見張りのせいなのか…それとも違う理由でなのか、赤く充血していた。


「何でもねェよ」

ボソリと呟くと、ウソップは首を傾げながらカップを持ちなおした。


「あー、言わなきゃなんねェことがあるんだが…」

「なんだ?大事な話ならナミさんとロビンちゃんが来てからで…」

「いや、今しかダメなんだよ」


強い口調に、みんなが押し黙る。


「その…俺たち…俺とナミ、別れたからさ。しばらく気まずい思いさせるけど勘弁してくれな。これからも仲間は仲間だから…そこんとこ、頼む」


もちろん、そんな話を予想できていたのは俺だけで。
他の奴らは一瞬、固まっていた。

「…もう、ナミと『つがい』じゃなくなったのか?俺、ナミとウソップの子供を取上げるの…楽しみにしてたんだけどな…」

ウソップは、心底淋しそうに言うチョッパーの頭をポンっと押さえる。

「そーゆーのは、なるようにしかならねェって言うし、仕方ねぇよな」

ルフィはそれだけ言うと、また「サンジ、メシー!」と騒ぎ始めた。

「も、もちろん、お前が振られたんだろうな?そうだよなー、ナミさんみたいな美しいレディが長っ鼻と付き合うってこと自体がオカシかったんだ!あぁ、やっとナミさんも間違いに気付いてくれたんだな…。残念だったな、ウソップ」

コックはフライ返しを持ったまま、ウソップの背中をバンバンと叩いた。


「振ったのは、ナミじゃねェよ」


俺は何も言うべきでは無いと、わかっていたはずだったのに。
そう口にしてしまったのは、まだ体内に残っているアルコールのせいかもしれない。


“ドスッ!!”

黙ったままのウソップを、コックの右足が直撃した。


「あっ、あんなにかわいいナミさんのドコが気にいらねェっつーんだよ!!手前ェにゃ勿体ねーにも程があるだろぉが!ホントはなぁ、俺たちごときが手ェ出していいレベルのレディじゃねぇはずだぜ!?ナミさんの貴重な半年間を返せ!アァ?何とか言ってみやがれ!」

「何も…言うことはねェよ…」

「んだとっ!?コラァ!!…」

怒りのおさまらないコックがさらに怒鳴ろうとしていた、その時。

「おはよ、サンジくん。熱い紅茶、煎れてくれる?」
「おはよう、コックさん。私にはコーヒーいただける?」

ナミとロビンがキッチンに入ってきた。
やはり、ナミの目は赤く腫れている。

蹴りで壁際に追いやられたウソップを見やった後、ナミはまだ突っ立っているコックへと視線を移した。

「は・や・く!」

そう言っていつもの調子で椅子に座るナミに、コックもいつもの調子で何やらクサイ台詞を吐きながら慌てて用意に取り掛かった。

ナミの様子を心配そうに見ているチョッパーにロビンが「大丈夫よ」とでも言うように微笑んで軽く頷き、チョッパーも頷き返す。

ルフィはナミをしばらく見た後、にししっと軽く笑った。

「サンジ、メシも早くしてくれよぉ〜。腹減ったー!!」

ルフィの声が響いて、それぞれが席に着き、いつもの朝食が始まる。


あんな風にウソップに怒鳴りつけていたって、アイツもちゃんと解っているのだ。


…俺たちには、どうしようもないということを。




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(2004.04.28)

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