この胸の痛みを 後編
プヨっち 様
「これからしばらく、毎晩ヤケ酒に付き合ってもらうわよ」
泣きそうな顔をして、ナミが俺にそう言った夜から、5日が経っていた。
狭い船の上では、あの二人が顔を合わせないわけにはいかないが、傍目にはごく普通の日常を過ごしているように見える。
もちろん、以前から付き合っているからと言って人前で惚気たり、イチャついたりするような奴らではなかったからかもしれないが。
アホコックはウソップへの嫌がらせのつもりか、毎日キノコ料理をさり気なく1品盛り込んだりもしていたが…ウソップは何も言わずに無理して食っていた。
普段ならば一人で静かに読書をしている考古学者は、ナミと他愛も無い話をする姿をよく見かける。
そして俺は。
ナミの言う通りに毎晩、酒を酌み交わしていた。
その量は日々少しずつ減ってはいたが、飲んでいる時間は徐々に長くなっているような気がする。
今夜も、どちらともなく甲板に出て晩酌が始まった。
「一発くらい、殴ってスッキリすりゃよかったんじゃねぇか?」
「…あたしもね、一発…ううん、百発くらいアイツを殴らなきゃ気が済まないかなーって思ってたんだけど。サンジくんが蹴ってくれてたし、キノコ攻撃も効いてるみたいだし。あたしが殴るより効果ありそうだって思ったら、どうでもよくなっちゃって」
「そりゃ言えてるな」
エノキのベーコン巻を前にしたアイツの苦しそうな顔を思い出し、二人で笑った。
そうやって、笑ってたほうがお前は…。
それに続く言葉が頭に浮かび、ガラでもねェ…と首を捻ってナミを見る。
少し風が冷たいが、いつものように腕を剥き出しにした服を着て、二の腕の辺りを手でさすっている。
「今夜は冷えるわね、風邪ひきそう…」
「もう、部屋に戻るか?」
「ううん、まだ飲むわ。飲めばあったかくなるでしょ」
「そういう問題じゃねぇだろーが」
また前のように倒れられてはたまったもんじゃない。
前と違って、今は優秀な船医がいてはくれるが。
「じゃ、ゾロあっためてよー」
「はァ?」
あっためる…シャツを貸せってことか?
…それとも。
いや、まさか…。
「ただ、後ろからギューって抱き締めてよ。あ、変なトコ触んないでよ?もし触ったら借金3倍だから」
「なんで俺が…」
…そういうことか、と。少し安堵の混じったため息が洩れた。
「いいじゃない、少しくらい。傷ついた女の子が寒さに震えてんのよ?それを見捨てられるんだ…ゾロってそんなに冷たい人間だったんだ…」
「わぁーったよ。やりゃいいんだろーが」
立てた膝に顔を埋めてそんなことを言うコイツの演技に、素直に騙されてやることにした。
「ぎゅーっとね、ぎゅーっと」
子どものような言い方に苦笑しながら、後ろから腕を回した。
「んー、あったかーい!」
満面の笑みで言うナミの横顔に、心臓が一つ大きく鳴った。
ここで初めて意識する、ナミの香り、体温、柔らかさ…。
急に速くなってしまった脈拍は自分の意思ではどうにも出来ず、意識すればするほど速さを増していく。
「おにーちゃん…」
「ん?っと、え?はぁ?!」
急に発せられた言葉に、変な反応を返した。
「おにーちゃんって、こんな感じかなって。あたしには姉しか…ノジコしかいないけど、この船の上って一つの家族みたいじゃない?だから、ゾロとサンジくんはお兄ちゃんで、ロビンはもう一人のお姉ちゃんで…ビビは妹、ルフィとチョッパーは弟でさ。」
「……」
「けど、やっぱりアイツは…弟だって思えないなぁ…。だって、やっぱり…」
声が潤んだ時、俺はナミを自分の腕から解放した。
自分の胸に鈍い痛みを感じて、眉間に皺ができる。
「無理、すんな」
オレンジの頭を軽く叩き、辺りに散らかっている酒瓶などを片付ける。
ナミは黙ったまま、俯いていた。
「今日はもう、寝ろ」
それだけ言ってナミに背を向け、部屋へと戻る。
アイツは弟じゃなくて、俺は兄貴か…。
先刻のナミの潤んだ声が頭に響く。
この胸の痛みを、何と呼べばいいのか。
俺は知っているはずだが、まだ、認めようとはしていなかった。
<FIN>
<筆者あとがき>
「この胸の痛みが」の続編で、次の日&5日後のゾロ視点のお話です。
ルフィをはじめ他のみんなも、ナミがちゃんと納得してウソップと別れたんだと感じて、何も言わないようになった、という感じです。
そういう素敵な仲間たちなんだろうな〜という想像で。
何と言ってもナミが「おにーちゃん」と言うシチュエーションを書きたかったんです(笑)。
これ、ゾロナミって言えるんでしょうか…(汗)。
読んでくださった皆さま、ありがとうございました!
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(2004.04.28)Copyright(C)プヨっち,All rights reserved.
<管理人のつぶやき>
「別れたからさ…」と説明してるウソップに、すごく『男』を感じました!
ウソップもこんなこと言うんだ〜しかも相手はナミでしょ?もう大興奮!(←オマエだけじゃ)
事情を知るゾロは一人不機嫌。言わなくてもいい一言も言ってしまう。もうこの辺からナミへの想いがにじみ出ててたまらんですv
一方ナミはというとゾロを兄扱い。彼女にとって船の上での異性はウソップだけなんですね。
それを知って、苦い想いを堪えきれないゾロ・・・ううう、切ねぇ〜!(じたばた)
プヨっちさんの『この胸の痛みが』の続編でございました。
萌え萌え話をありがとう〜♪ もっちろん、この続編も希望!シリーズ化を望みます!!