何もいらない −4−
プヨっち 様
サンジとの噂は、双方の事務所が「共演者としていい関係を築き、仲の良い友人の一人です」とファックスを出し、多少の疑惑を残したもののすぐに立ち消えていった。
ドラマはいよいよ来週第1回を放送するという時期に来ていたが、撮影が少し遅れていてキャストもスタッフも、随時スケジュールを変更しながら撮影をこなしている。
「よし、とりあえずここまでで休憩に入ろう!」
スタジオにプロデューサーの声が飛び、ナミは一旦楽屋に戻ろうとしたがビビとコニスに呼び止められた。
「ナミさん、このシーンの立ち位置なんですけど…ここでいいですか?」
「そうね、いいと思うけど。リハの時に監督に一応聞いてみたほうがいいかも。それじゃ、私は楽屋にいるわね」
「ちょ、ちょっと待ってナミさん!えっと…私、あまり滑舌が良くなくて。何か良くする方法ないかしら?」
「うーん…やっぱり発声練習かなぁ。私より、エースのほうが何か知ってるかもしれないわよ?芸歴長いしね」
「そ、それと…えっと…」
なんとかナミを引きとめようと、ビビとコニスはどうでもいい用事を探していた。ナミはさすがに不審に思う。
「ねぇ、どうかしたの…?」
顔を見合わせる二人の向こう側から、ルフィとサンジ、エースが走り寄ってきた。
「せ〜〜〜の!!」
≪ハッピーバースデイ!ナミ(さん)!≫
「え…?誕生日…!!」
「なんだ、お前忘れてたのか〜?あっちに、でっけーケーキもあるぞ!」
「って、お前は自分が食うことしか考えてねぇのかよ!…じゃなかった。誕生日おめでとう、ナミさん」
≪♪Happy birthday to you! Happy birthday to you! Happy birthday dear Nami... Happy birthday to you♪≫
共演者やスタッフが、スタジオに歌声を響かせた。
みんな口々におめでとう、とナミに声をかける。
「あり…がとうございます!あはは…私、すっかり忘れてて…」
「サプライズ、ばっちり成功だな」
エースが笑って花束を差し出した。カメラのフラッシュが焚かれ、スタジオは一気に眩しくなった。
ナミがそれを受け取ると、次は大きなデコレーションケーキが登場した。ケーキには色とりどりのフルーツが飾られている。
「うわ、美味しそう!ありがとうございます…もしかして誕生日だっていうのはウソップ…ウチのマネージャーが宣伝しちゃったんじゃ?恥ずかしいなぁ、もう…」
「いやいや、すまん。実は俺もすっかり忘れちまっててさ〜去年の今頃はまだナミのマネージャーしてなかったしなぁ」
ウソップは頭を掻きながら、バツの悪そうな顔をしている。
「ナミさん、お誕生日おめでとうございます。今回のお祝い企画は私ども東海スポーツ新聞がやらせていただきました。私、東海スポのたしぎと申します…うわっ」
たしぎと名乗った記者はナミに近づきながら、近くにあった小道具につまづいて危うくコケそうになった。
「22歳になられて、どんな気分でしょうか?そして今後の抱負を一言お願いします」
「たしぎ…さん、東海スポなんですよね。どうして、急にこんな企画してくださったんですか…?」
「えっと…まぁ、このドラマの放送も間近ですし、ウチの新聞の系列局なので…。あ、でもここだけの話ですけど、ウチの芸能担当記者がナミさんの大ファンみたいで。まだ新人なんですけどしっかりした企画書を書いてきたので、ぜひやってみようって」
新人の芸能担当記者、というところに否が応にもナミの心が反応する。
「そう、ですか…」
もしかして、という期待で少し声が震える。
そうだとしたら、なぜあいつはここにいないのだろうかという疑問もある。
「それにしても、豪華メンバーに囲まれて…もちろんナミさんもそうなんですけど、私はスモーカーさんのファンなんですよ!友達には渋い趣味だねって言われちゃうんですけど。あぁ、どうしよう…サインもらわなきゃ…でも何か書くもの…」
「そ、それでその企画してくれた新人さんは…ここには来てないのっ?」
「それなんですよね、ロロノア・ゾロっていうんですけど…私は普段スポーツ担当で芸能の取材には来ないんです。転属希望してるんですけど、ミーハーだから駄目だって言われて…。でも今回はロロノアが何故かどうしても行けないって言って、私が休日出勤してるんですよ。あれ、お笑いのコビメッポじゃないですか?きゃぁ〜!」
その後、簡単な取材が終わってケーキを切り分け、食べ終わった頃にまた撮影が再開し、たしぎはコニスの兄役であるスモーカーにサインを貰ってからスタジオを後にしていた。
ゾロが、誕生日を忘れずに企画してくれた。
でもゾロは、ここにいない。
共演者やスタッフのお祝いは、もちろん嬉しかった。
あんな大きなハッピーバースデーの歌は、初めてもらった。
あんな大きな、美味しいケーキは初めて食べた。
…でもゾロが、ここにいない。
誕生日を忘れていても、大掛かりに企画なんてしなくても、ゾロが傍にいて喧嘩してしまうほうがいい。
歌は鼻歌程度でも、買ってきたのが小さなコンビニのケーキでも、ゾロと一緒に祝えたほうがいい。
その日の撮影が終わると、ナミはすぐにマンションへ直帰した。
冷蔵庫からビールを2本取り出し、ベランダに出る。
22時30分。
隣の部屋にまだ明かりはつかない。
ナミは星を見上げて、夕涼みと言うにはまだ湿っぽすぎる風に当たる。
23時。
ガチャン、とドアの閉まる音がした。
すぐに隣のカーテンの内側が明るくなった。
早く、出てきてよ…。
ナミはそうするのが当然だという風にベランダでゾロを待つ。
23時30分。
シャッ、という音とともにカーテンが開き、Tシャツにジャージ姿のゾロが電話
をしながらベランダに出てきた。右手には烏龍茶のペットボトルが握られている。
「あぁ、だから来週は七夕賞レースに行くことになって…いや、そんなんじゃねぇよ。ただ、競馬のほうに転属になっただけだ。そうそうそれよりさ、スポーツ担当でくいなに激似の先輩がいてマジで最初驚い…あ、ヨサク悪ィ。またかけ直す…あぁ、それじゃまたな」
ゾロは相手は大学の友達らしい電話を切り、自分を見つめるナミに向き直った。
「…出てくるの遅いわよ。もうすぐ今日が終わるじゃない!」
「ナミ…」
「しかも、何?烏龍茶でこの私の誕生日を祝うつもり?冗談じゃないわ」
そう言ってナミは缶ビールを1本、隣のベランダに放り投げた。
既に温くなってしまったそれを手にしてゾロは問う。
「お前…待ってたのか?」
「待ってたわよ、企画だけして現場に現れない芸能記者をね」
「嫌いな芸能記者が…俺がいないほうが、気持ちよく祝えるんじゃねぇかと思って」
「バカじゃないの?だからってミーハーなスポーツ記者なんて送り込まないでよ、迷惑だわ」
彼女は休日出勤までしてくれたんだぞ、と言いそうになったが、ナミの強い口調に怯んでしまう。
「転属に…なったの?」
「あぁ、来週からは競馬だ。毎週地方に出張かも知れねぇ」
「そう、よかった…のよね?」
「あぁ、お前のスクープ逃してるからだろうが…怪我の功名ってやつだよな。まぁ、競馬もそんなに詳しくねぇけど芸能よかマシだ」
少なくともナミと、あんな気まずい喧嘩をすることはなくなるはずだとゾロは思っていた。少しの沈黙の後、不意にナミが口を開く。
「…あと20分間、お祝いしてくれる?」
ナミの美しく優しい微笑みにゾロは魅せられていた。
こんなにコイツは、いい女だっただろうか。
「プレゼントは、まだねぇぞ」
「わかってる」
「…誕生日、おめでとう」
二人は同時に缶ビールを掲げ、口をつけた。
「今年は、何が欲しいんだ?」
「そうね…まだ考えてないけど。今はとりあえず…」
「とりあえず?」
「ゾロがいれば、何もいらない」
ゾロは飲み込みかけたビールでむせてしまい、照れも手伝って茹でダコのように顔を赤くして咳き込んだ。
ナミもそれに負けないくらいの真っ赤な顔で笑った。
7月3日が終わるまで、あと少し。
この2人の関係が変わるまで、もう少し。
<FIN>
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(2004.07.09)Copyright(C)プヨっち,All rights reserved.
<管理人のつぶやき>
女優のナミと幼馴染のゾロ。もどかしくももう一歩踏み込んだ関係にはなれない二人。そんな二人に転機が訪れる。それは、ゾロが就職し芸能担当の記者になったこと。
思うようにゾロと会えなくなって、ナミは自分の気持ちを強く自覚して、ゾロはというとサンジとナミが楽しげに食事する様子に激しく嫉妬。
想い合っているのに芸能人と芸能記者として対立したりして、どうなるの〜と心配しましたが、ゾロの秘策のサプライズ誕生日パーティで勝負ありでした!
「ゾロがいれば、何もいらない」は殺し文句。こりゃイチコロだよ(笑)。
ラストの文がいいなぁ。これからどうなったのかな?と思わずにはいられませんね(^.^)。
プヨっちさん、素敵なお話をどうもありがとうございました!