何もいらない  −3−

            

プヨっち 様


「ぁんのバカ…!なんで拠りによってアイツと飯食ってんだ!」


数日前に任されてしまった若手好色俳優のスキャンダル取材のため、ゾロはこの日もドラマ撮影のスタジオから出てきた対象を尾行した。
しかし、一緒に車に乗っているのは見間違うはずもない、幼馴染で隣の部屋に住む女優:ナミだった。

アイツ、まさかナミに手ェ出す気じゃねぇだろうな…んなこと俺が許さねェ!

昔から想いを寄せているけれど恋人同士とは言えない関係のナミに対し、独占欲のようなものは隠せなかった。
しかし、ガードの固いナミがどうでもいい男について行くとは思えない。

ゾロは2人が入ったガラス張りのレストランがよく見える真向かいのカフェに入り、小さなオペラグラスで様子を伺っていた。

2人はワイングラスを片手に話に花を咲かせ、よく笑い合っていて傍目にはどう見ても恋人同士に映る。


ちっ、と舌打ちをしてメモ帳を見やる。
昨日は深夜に出かけ、女と会っていた。その前の日はビリヤード場のバーカウンターでナンパ。その前はまた違う女と…。


ナミをこんな奴の毒牙にかけてたまるか!

そう思ってみても、どうしようもない。
ナミの恋愛を止める権利も、ナミを独占する権利もない。

ゾロは2人をこれ以上見ていられず、カフェを後にした。



ゾロが去ったカフェでは、1組の男女が望遠カメラを持ち、ナミとサンジのテーブルにピントを合わせてシャッターを切っていた。


「ねぇダズ、良い画撮れてる?」

「あぁ、任せろ。ポーラ、ボスに明日のレイアウト変えるように電話してくれ」

「OK。見出しは“熱愛発覚!サンジ&ナミ”でいいかしら?」

「もう少し、捻ったほうがいいかも知れんな…」

「偶然、こんなスクープをモノにできるなんて思わなかったわ。私たち、昇給かしらね?」


ポーラと呼ばれた女は軽い足取りで電話をかけに外へ出た。



仕事を投げ出し、久しぶりに早く帰宅したゾロはすぐさま冷蔵庫を開けた。あいにくビールは1本も入っていなかった。
乱暴に冷蔵庫のドアを閉め、風呂にも入らないままベッドへダイブし、そのまま眠ってしまった。

しばらく経ち、ゾロの目を覚ましたのはメールの着信音だった。
ディスプレイには「発信者:ナミ」の文字。


“仕事お疲れ様。電気ついてるけど、いるの?私は今日撮影終わってから共演のサンジくん(知ってるよね?)とご飯食べに行ったの。港の船上レストランって初めて行ったんだけど、雰囲気良くて美味しかった!今度、時間の都合がついたら美味しいもの食べに行こうね”


寝ぼけ眼がしかと開き、ゾロはガバリと起き上がった。
時計は午後10時を指していた。まだそれほど時間は経っていない。

こうやって無邪気に報告してるってことは、特に何があったわけでもないだろう。その点に少し安堵しながら、ゾロは返信画面を開く。


“お疲れさん。冷えたビール、あるか?”


ナミからの長いメールに短くそれだけ返信し、ゾロはベランダに出た。
隣の部屋のカーテン越しに細い影が浮かび上がる。
ガチャリという音とともに、ビールを2本持ったナミが出てきた。


「またビール買ってないの?アンタって酒飲みのくせに、そういうの横着よね」


ハイ、と冷えた缶ビールを渡してナミは自分のプルタブを開けた。

「悪ィな」「まったくよ」というやり取りの後、互いに言葉を選ぶのに時間がかかってしばしの沈黙が流れた。
それだけ、久しぶりに顔を合わせたのだ。


「さっきメールでも言ってたけど、レストランは凄く良かったわよ。ワインも美味しかったし、コースは結構ボリュームあって…」


ナミが先に口を開いた。
しかしゾロとしてはサンジと一緒に笑い合う現場を見ているだけに、その話題は歓迎できるものではなかった。


「お前、そいつとあんまり関わるなよ」

「何よ、唐突に。サンジくん、そりゃちょっと軽いけどいい人よ?」

「軽いってな…女癖の悪さはかなりのモンだし」

「なんでゾロがそんなこと知ってるのよ。知り合いってわけじゃないでしょう?」


ナミは仲良くなれた共演者と関わるなと言われたところで、納得できない。ゾロは続けた。


「俺は芸能記者だ。お前よりアイツのこと知ってんだよ」

「そんな…噂で知ってるだけじゃない!尾行したわけでもあるまいし…」

「したくもねぇけどな、してたんだよ!仕事だからな」

「え!?じゃ、今日私が食事してたことは…」

「俺がお前と幼馴染じゃなかったら、明日の新聞に“熱愛発覚!”とかって出てただろうな」


ナミはゾロの言葉がにわかには信じられなかった。
ゾロが他人のプライベートな時間を虫食み、キャリアを傷つけるような芸能記者に成り下がってしまったことがショックだった。


「もしホントに熱愛だったとしたら…私を問い詰めるの?こうやって、ビール飲みながらベランダで話すのも取材?」

「もし、そうだとしてもそれは…個人的興味だ。取材じゃねえよ」


ゾロが言い終わらぬうちに、ナミは部屋へ入ってしまった。
今、何を言ってもナミの耳には届かない。

温くなったビールを飲み干しゾロは缶を片手でバキィ、と潰した。



**********************************************


「ナミィー!!こりゃどういうことだよ!?」

「断じて、熱愛なんかじゃないわよっ!嘘八百書いて、バッカじゃないの?ゾロの奴…許せない!」


翌朝、西海スポーツ新聞に「熱愛発覚!夏ドラマ共演サンジ&ナミ」の見出しで昨夜の夕食のことが書かれていた。ドラマ関係者の話などを載せ、ありもしない事実に信憑性を持たせるやり方だ。しかも記事の最後には「食事の後は夜の街へと消えて行った」と書かれている。

ドラマの撮影スタジオでは各局の芸能リポーターや記者が入り口に待機し、ナミとサンジのスタジオ入りを待っていた。


「ウソップ、社長は何て言ってた?」

「あぁ、とりあえず今はノーコメントがいいかもしれないっつってた。スキャンダル、大いに結構とか抜かしてたけどな」

「冗談じゃないわよ!サンジくんとは本当に何も無いんだから…!」

「仕方ねぇな、さっさとスタジオ入るか。俺があいつら止めといてやるよ」


ウソップとナミはスタジオにダッシュし、なんとか撮影は無事にスタートした。


「ナミさん、おはよ〜。昨日はありが…」

「あんたと食事なんか行くんじゃなかったわよ!もー最悪!」


サンジを睨みつけるが、彼が悪いのではないことはわかっていた。
それよりも、怒りは別の男へと向かっていた。


「あはは…しっかり撮られちゃってたね。どう?このままホントのことにしちゃおうよ」

「…却下!」

「ちぇー。いいと思うんだけどな、俺とナミさん。それにしても、芸能記者ってのはいけ好かない奴らだよな。おちおち、デートも出来やしねぇ」


芸能記者…ずっと信頼していた大好きな幼馴染がこんなことを。
サンジくんや私を尾行して、しかも記事にまでしてしまうなんて。
仕事のためには私を売ってしまう…そんな奴だったとは。

信じられない…!!


この日の撮影が終わった後も、マスコミは出入り口に何人か残っていた。ゾロもその中に立っていて、ナミはその隙間を縫ってダッシュする瞬間、ゾロを思い切り睨みつけた。

ウソップの車の中で簡単な変装をし、マンション近くのコンビニ前で降ろしてもらう。朝食用のパンとミネラルウォーターだけを買い、部屋に帰った。

部屋の前には、ゾロが座りこんでナミを待っていた。


「…どいてくれる?入れないじゃない」

「大変なことになっちまったな…大丈夫か?」

「白々しく、何言ってるのよ!あんたのせいじゃないの!人のこと尾行なんかして、楽しい?」

「そりゃ、尾行はしたが…だからってあの記事は俺のせいじゃねぇだろ」

「あんた以外に、誰のせいだってのよ!」


昨日まで、ただ顔が見たくて声が聞きたくて。
でも実際には、こんな言い合いしか出来ていない。
こんなはずじゃなかったのに。

ナミはこの場から早く逃げたくなっていた。


「ちょっと待てよ。アレは西海スポだろ?俺は東海スポだ!尾行したくせにスクープ逃したって言って、編集長にかなり絞られたっつーのに…勘違いしてるんじゃねぇよ」

「え…?西海スポ…?」

「だぁから、俺以外にお前らを張ってた奴らがいたんだろ。大体、お前ら無防備なんだよ。普通は変装くらいするもんだろ」


ゾロが記事を書いたのではないと言う誤解は解けたものの、ただ食事に行くだけで無防備だ何だと言われる筋合いは無いではないかとナミは新たな怒りがこみ上げる。


「結局、芸能記者なんてそういう奴等だってことでしょ?人のプライベートにズカズカ踏み込んで…!ゾロだって、サンジくんの相手が私じゃなくてビビやコニスだったら記事にしてるんだろうし!」

「そりゃ、否定できないが…仕事だから仕方ねぇだろ」

「なんで、新聞社なんて…芸能記者になんてなっちゃうのよ!そんなゾロ、見たくないわ」

「それを言ったら、お前が芸能界に入らなきゃ良かったってのと同じだろ。俺たちはこれでメシ食ってんだ」


触れれば容赦なく斬りつけられるような、剣呑な空気が流れる。
ナミもゾロも、正論など頭では理解している。

ただ、今その状況を打開する術がないこともわかっていた。

ナミは女優として今回のことは少し軽率で自覚が足りなかったが、記事にされてしまったのはもう仕方が無い。
ゾロはいずれ武道関係の記事を書くために、せっかく入社した新聞社をやめるわけにはいかない。


「明日も早いの。そこ、どいてくれる?」

「あぁ…」


ナミはそのまま部屋に入り、バタンとドアを閉めた。
閉められたドアを前に、ゾロはしばらく立ち尽くす。

幼い頃からの付き合いで、何度も飽きずに喧嘩してきたがこれほど静かに、やり場の無い怒りを感じているのは初めてだった。


「…くそっ」


苦々しく呟き、ゾロは隣の自分の部屋へ入る。
なんとなくの習慣ですぐさま冷蔵庫を開けるが、今日もビールは冷えていない。
仕方なく烏龍茶のペットボトルを取り出し、一気に飲み干した。

冷蔵庫のドアにはこの地区のゴミ出し日のカレンダーが貼ってあり、仕事を始めてから曜日の感覚を失っていたゾロはとりあえずそれを確認しようとした。

えっと…今日が6月25日の金曜で、次の燃えないゴミは来週の…土曜か。来週の、土曜…!?


カレンダーが示す来週の土曜日は、7月3日。ナミの誕生日だ。
例年ナミは、1週間前までにはプレゼントのリクエストをしてくる。
しかしもちろん、今年はまだリクエストが無い。

勝手に何か買えば、センスが無いだの安物だのと文句を言うのは目に見えていた。それに今何か贈ったところで、ただの機嫌取りのように思われるだろう。
毛嫌いしている芸能記者に祝ってもらっても、嬉しくもないはずだ。


「…くそっ」

ゾロはベッドに仰向けになり、手の甲で目を覆って明かりを遮った。




←2へ  4へ→


(2004.07.09)

Copyright(C)プヨっち,All rights reserved.


 

戻る
BBSへ