何もいらない  −2−

            

プヨっち 様


「6月15日のレッドライン・ドームでのライブは観客5万人を動員し、ロックバンド・シャンディアは押しも押されぬビッグ・アーティストとして…んー、イマイチだな」


ゾロはキーを打つ手を休め、横に置いていたペットボトルのお茶を口に含んだ。
仕事が始まってようやく2ヵ月半が過ぎ、任される仕事はハードだったが無難にこなしてきた。しかし、どうしても物足りない。


「やっておるな、有望新人」

「あ、編集長。お疲れ様です」


いつも無表情で考えの読めないミホーク編集長がゾロの肩に手を置いた。有望新人、などと呼ばれるのはゾロにはこそばゆかったが、新人の中で一番仕事の量も質も良いと認められていることは素直に誇らしかった。


「ちょっとロロノアに新たな仕事を頼もうと思ってな」

「何っすか?もしかして俺に、スポーツ関係の記事を任せてくれるんですか?」

「バカモノ、早まるでない。…こいつを張り込んでくれ」


編集長は俳優の顔写真が入ったファイルを手渡した。


「サンジ…?こいつ、何かやったんですか?」

「これからやるところを、キャッチしろということだ。若いのに渋い路線の俳優気取ってるが、女癖が悪いらしくてな。どこぞの大物女優とのデート現場でも押さえれば上等だ。とりあえずこれからは、それ以外の仕事は削ってもいい」


頼むぞ、と言って編集長は去り、ゾロは渡されたファイルを眺めた。
書類の写真にはこれまで何度となくテレビで見たことのある金髪の俳優が気取った顔で写っている。


「ちっ、ついにこういう仕事がきやがったか…何の因果で俺がこんな男の張り込みしなきゃなんねぇんだ…」


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ドラマの仕事はスムーズに進み、ナミは共演者といい関係を作っていけた。

最初は苦手だと思っていたサンジさえ仕事に対する真摯な姿勢は尊敬できるものであり、いつもの軽口はコミュニケーションの一部として捉えることができた。
ムードメーカーのルフィや見かけに拠らず根性のあるビビとは前の仕事以上に仲良くなれた。
コニスは新人ながらも3000人の中から選ばれただけのことはあり、演技力も周りに引けを取らない。
エースは23歳にしてベテランの風格で場を纏めることができる。

少し不規則な撮影スケジュールの中、体の疲れは確実に溜まっていたがそれはやりがいのある仕事への気力で乗り切ることができていた。

それよりも夜ベランダに出ても明かりのついていない隣の部屋の主に会いたい気持ちが募り、電話をしてもすれ違ってしまう着信履歴にため息が出る。

もうゾロとは、2ヶ月以上会っていない。


「ナーミさんっ。ここにいたんだ?」

「あ、サンジくん…。ごめん、もう時間?」

「うん、そろそろ。いよいよだね〜」

「…何が?制作発表?」

「うわー、トボけちゃってナミさんかわいいなぁ」


ニヤニヤしながら言うサンジを見て眉を顰めた。
サンジはナミが本当に何のことかわかっていないと悟り、ガックリうな垂れた。


「だからぁ、俺たちのキスシーン!」

「え?あぁ…そうだったわね」

「素っ気無いなぁ。俺、楽しみすぎて昨日は眠れなかったんだぜ?」

「し、仕事でしょ?そんな楽しみにされても困るわよ!ちゃんと寝なさいよ」

「ナミさん、照れちゃって〜」


見ているこっちがニヤけそうになるほど溶け切った顔のサンジに呆れてしまうが、軽口だろうが何だろうが、少し嬉しくもなった。
あからさまに好意を表に出されるのは、恥ずかしいけれど心地よい。


「よし、じゃあシーン30、いってみよう!」


『ジュリー…なんでお前がここに?』
『理由なんて無いわ。ただ…』
『ただ?』
『あなたの顔が、見たかったの』

そこでジュリー役のナミは、ロイ役のサンジの首に腕を回してキスをする。


「よーし、OK!ナミちゃん、泣く演出なんてよく考えたねぇ」

「え?泣くって…」


ナミは慌てて頬を触った。そこには確かに一筋、涙のあとが残っていた。


「あれ〜ナミさん、俺に惚れたー?」

「ナミ、こいつはやめとけよ〜」

「そうそう、喰われてからじゃ遅いって」


サンジのからかう様な言葉に対し、スタッフたちが笑いながら茶化す。
それを適当に流して、呆然としたままメイク係のほうへ歩いた。


『ただ、あなたの顔が見たかったの』

そう素直に言えたらどんなにいいか。
仕事で何度もキスをしてきたけれど、この歳まで本当のキスなんてしたことがない。
それは、最初はアイツだって決めてるからなのに。

早く顔が見たい。声が聞きたい。


「よし、今日はここまでだ。二人とも、お疲れさん」

「「お疲れ様でしたー」」


カメラチェックも終わり、OKが出たところでナミとサンジはこの日の撮影を終えた。
そしてすぐさまウソップがナミに走り寄ってきた。


「すまん、ナミ!今日はタクシーで帰ってもらっていいか?俺、ちょっと人と約束してて…もう遅れそうなんだよ」

「ドラマ撮影のある日に約束なんてしないでよね…ま、いいわ。これは貸しだからね!」

「あぁ、恩に着るよ。じゃ、また明日な」


言い終わるやいなや、ウソップは全力疾走で帰っていった。
おそらく恋人のもとへと飛んでいったのだろう。
いつも不規則なスケジュールで動く仕事なので最近はなかなか会えないと愚痴を漏らしていた。
仕方が無いでしょ、と弱音を吐くマネージャーを叱咤していたものだが、今になってよくわかる。

早く顔が見たい。声が聞きたい。


「ナミさん、今日はもう上がりなんだ?」

「うん、夜7時に終わるなんて久しぶりだわ。サンジくんは、まだ仕事?」

「いや、俺も今日は上がり。どうかな、よかったら夕食でも…」

「うーん…」


今日は、ゾロは早く帰ってきているかもしれない。
なるべく部屋にいるようにすれば、会える確率は高い。

でも、会える保証なんてドコにも無い。


「わかった。どこか美味しいところ教えて欲しいわ」

「うっわ、マジ?夢みたいだなぁ、ナミさんと一緒にメシ食えるなんて」

「大袈裟ねぇ…」


いつものように半分呆れながら、ウソップ以外の同年代の男と2人で食事をするのも久しぶりだと気づく。

たまには、いいかな…。食事だけなら。
ゾロと食事をしたのも、ずいぶん前になる。
豪華なディナーじゃなくて、近くのファミレスで十分なのに。
そんなささやかな願いも叶えられないなんて。

今度ゾロに会えたら、長い間温めてきた想いをぶつけよう。
もしも良い結果にならなかったとしても、今のようにずっと会えないのなら気まずい思いもせずに済むはずだし。
想いが通じたなら互いに、会う努力はできる。
どっちにしても、今この状態よりはマシなのだ。

ナミは一人、決意を固めた。


「んじゃ、行こうか」

サンジは関係者出入り口まで車を持ってきて、恭しく助手席のドアを開けた。




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(2004.07.09)

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