逢人  −1−
            

ラプトル 様




「俺は船を降りる」

船員は丁度夕食の時間。
その一言で全員の箸が止まり食堂に沈黙が生まれた。
それを発したのは。
剣士。
それはあまりにも突然すぎる発言だった。
沈黙を破ったのは狙撃手だった。
「お、おい本当かよお前…」
急すぎやしねえかおい。今更何なんだよ。いやいやいやいや待て。ゾロ。
冗談きついぜおい。
そう思うのは当然。無理もない。
「てめえ…言ってる事わかってんだろうな…」
サンジがゾロを睨んだ。ゾロは眼を瞑ったまま。
まさかこいつがこんな事を言うとは正直驚いた。
もともと馬があわないが嫌いではないのだ。
少々癪だが安心して背中を預けられるのもまたこいつ。
そのこいつがこんな事を言うという事はよっぽどのことか、あるいは。
「降りるなんて言わないでくれよ!!ゾロ!!!」
チョッパーが叫んだ。これまでその強さに憧れていた。ずっと慕っていた。
いつもいつも戦闘になれば必ずと言って良いほどよく怪我をする。
その度に治療をすると言ってゾロに近づくが
面倒だ、包帯は動きずれえ、寝てりゃ治るなどと阿呆みたいに言ってはいたが。
それでも戦闘の度に心配なのだ。
そのゾロが船を降りる。
「おいルフィ!!お前はこれでいいのかよ!!」
ウソップがルフィに叫んだ。ルフィならゾロの決意を覆す事が出来ると思ったから。
ゾロはルフィの”船長命令”には絶対だから。
ルフィにすがった。
「俺が言ったら決意は変わるのか」
ルフィはゾロを見た。ゾロもルフィを見た。
お前が決めたことだ。俺が言った所でお前は揺れないだろ。
「いや」
ゾロは眼を閉じてクッと笑った。
お前はそうだ。勧誘の時はあれだけしつこく強引だったが。
下船の事を言ったらそうかしか言わねえ。
潔いと言うか、船長の器か。
どうしてお前はそうなのか。お前には頭が下がる。感心する。
「俺の約束は果たされた」
俺の手によって。幼き頃からの野望。友との約束。それらを全て果たしたのだ。
この船の船長に強引に勧誘されて。今考えて見ると自分のこれまでの全てはあの海軍基地でのこの男との出会いによって始まったのだ。
何とも皮肉だと思う。海賊を毛嫌いしていたこの俺が。海賊になっちまうとは。
それから嘘つきが仲間に加わって気に食わないコックが入って。
最後には。過去に決着をつけた航海士が本当の仲間になって。思えばこの女が導いたのだ。
世界一の座に。そこは礼の一つも言っておきたい。ありがとう、と。
だがそれでももうこの船にいる理由がなくなった。
しいて言えば疲れたのだ。長い航海に。
”偉大なる航路”を一周。偶然にもここは”東の海”。
そして次の島はどうやら故郷。
「潮時だ」
海賊に一区切り。
これからのことはゆっくり考えれば良い。故郷に戻って。
「済まない」
ゾロは立ちあがり食堂を出た。
ルフィは食堂の扉をずっと見ていた。深く深く。
「……」
わからない。この二人はどうもわからない。この二人には絶対の信頼がそこに存在する。
揺るがない。揺らぐ事はまずあり得ない。
共にいい相棒。ルフィの片腕。その片腕がいなくなる。
この船は誰が欠けても駄目なのだ。この船の誰か一人でも欠けたらそれはもう麦藁海賊団ではないのだ。
そんなことはルフィもゾロも理解してるはずなのに。
どうしてゾロは船を降りると決断したのだろう。
どうしてルフィはゾロの決断を受け入れたのだろう。
わからない。
突然ナミが立ちあがった。ナミはゾロと同様に食堂の扉を開けて甲板に出た。
行き先は。恐らくゾロ。
今更気付いた。ナミが一言も言葉を発しなかった事に。
知っていると思った。ゾロから聞いていると思った。
二人の関係は曖昧だったが。
この二人もわからない。共にルフィの片腕。ルフィを支えるのはこの二人。誰しもそう思っている。
二人にはまた違った絶対の信頼がある。
いつからだろう。二人がそのような関係になったのは。
別にあからさまにそういう発言はしなかったものの。
全員の暗黙の了解だった。
今度はウソップがその扉を見ていた。
どうしてお前らはそうなんだ。
ルフィも、ゾロも、お前も。どいつもこいつもどうしてお前らはそうなんだ。
三人の絆が深い事は全員知っている。入り込む事など出来やしない。
でも。
少しは俺達にも踏み込ませてくれたって良いだろう。
ウソップは溜息をついた。
(ナミ…お前はどうするんだ…)
ウソップが呟いた。




その感情を果たして怒りというのか。いや違う。むしろ呆れ。
扉を開ければ。
空に浮かぶ満月。船首にはそれに照らされたゾロ。
右手には”和道一文字”を持っている。
いつもは頼もしい背中が今は憎たらしく見える。
「勝手ね」
あんたは。いつもいつも。
身勝手にも程があるわ。

いい加減にしなさいよ。
「聞いた覚えはないわ」
嘘だった。本当は聞いてしまった。
ルフィとゾロが昨夜話しているところを。盗み聞きするつもりはなかった。
ただこの男からある言葉が出たものだから。
「だろうな…言った覚えはない」
言った覚えはないが気付いていた。昨夜俺とルフィがこの事を話していた時にこいつがいた事に。
ふいに気配を感じたのだ。この女の。長い付き合いだ。誰の気配かすぐわかる。
だがこいつに言う気はなかった。言っても何も変わらない。俺の決意は揺るがない。
「どうしてあんたはそうなの」
悔しかった。この男にとって私は何。この男に必要とされなくなったと知ったら途端に怒りじゃなく悔しさだけが込み上げてきた。
出来る事なら思いきり泣き叫びたかった。悔しくて悔しくてたまらなかったから。でも泣かない。泣きたくない。こんな事で。
泣いてやるものか。あんたが私から離れるのが怖いなどと言えるものか。そんな下らない理由で泣いてやるものか。
「私達は何だったの」
この曖昧な関係から私達は進めた?何をするでも無し、肝心な言葉はお互い言わないままで。
そのまま時だけがすぎて、挙句の果てにあんたの下船。
もうどうしようもないわよ。私達は。
曖昧な、微妙な関係だったからあんたは勝手に一人で決断したんでしょう。
別にそういう関係になっていたとしてもあんたは勝手にそうしたんでしょうけれど。
どうすればいいの。私達は。
「何処へでも行けばいいのよ」
あんたなんか。知らないわあんたのことなんか。
「ああ、そうする」
…どうしてこの男は。あんた一人で生きてるんじゃないのよ。わかってるでしょうそんな事。
迷惑はかけないと言うけれど、迷惑かけてることもあんたはきっと気付いてないんでしょうね。
あんたは馬鹿だから。
私達は馬鹿だから。何も進まないじゃない。
「わからねえな」
もう何もかも。俺達も。これからも。
ゾロは船内に向かう。ナミを通りすぎて扉を開けた。
「ナミ」
ゾロは扉を開けた状態でナミの名を呼んだ。
「……」
何を言おうとしているの。何が言いたいの。

ナミは拳を握り締めていた。ナミは船首をむいたまま。
「いや、何でもない」
何を言おうとしていたのか。”お前も来るか”例えばそう言う事を言おうとしていたのか。
馬鹿馬鹿しい。”俺と共に生きろ”例えばそう言う事を言おうとしていたのか。
馬鹿馬鹿しい。何を考えている。余計な情に流されようとしていたのか。
これは一人の問題。他人を付き合わせる事など出来ない。
ましてこいつは”航海士”。連れて行く気は毛頭ない。
だが一瞬でもそう思ってしまった。
俺も甘いな…

ゾロはそのまま船内へ入っていった。
扉が閉まった。
「馬鹿…」
何を期待していたのだろう。”俺と来い”例えばそれを期待していたのだろうか。
馬鹿馬鹿しい。こいつがそんな事を言う筈ないのに。
どうかしている。私も。あいつも。
もう悔しくてたまらない。もう涙さえ出ない。
拳を握って唇を噛んで悔しさを押し込めることしかできない。

馬鹿よ

大馬鹿

あんたも

私も


ナミは甲板にずっと立っていた…




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(2005.04.11)

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<管理人のつぶやき>
ゾロが船を降りる!? 長い年月を一緒にいても、曖昧な関係を保ってきたゾロとナミ。
二人の関係についに変化が訪れるのか。それとも何も変わらないのか。

ラプトルさんの8作目の投稿作品。連載スタートです〜。

 

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